3話「幼馴染とのひととき」

 昼食後の無性に眠たくなってくる午後の授業を終えて、放課後となった。SHRで先生からの連絡を話半分で聞きつつ、俺は帰ってからのことを考えていた。外は寒いしどこかへ寄り道はしないでまっすぐに帰って、こたつにくるまりながらゲームをするか。自分の部屋でヒーターで温まりながら適当にネットサーフィンでもするか。色々と俺の頭の中には案がポンポンと浮かんでいた。この時期はテストもないし、冬休み前だからかそこまで宿題も多くは出ない。だから遊びたい放題なのだ。


「じゃあ、これでSHR終わるぞ、藤宮ふじみや


「起立、礼」


 先生の合図のもと、委員長がいつものように規則正しい感じの口調で号令をかける。そしてそれに合わせて俺たちクラスメイトも、頭を下げ先生に礼をする。そして挨拶をし、無事今日の学校は終了となった。


「さーて、授業も終わったことだし、帰るか」


 明日美あすみはおそらくクリパの準備で忙しいだろうから、帰ってくるのは遅くなるだろう。それにしてもホントつくづく思うけど、生徒会ってものは大変な仕事だと思う。何かイベントがあるたんびに今日みたいに遅くまで残ることになるんだから。俺には到底出来ない仕事だ、ホント明日美には感心する。だからこそ、せめてでもそんな疲れて帰ってくる明日美のために今日は俺が夕食は作ってやろうかな。なんて考えつつ、カバンを持って教室を出ようとした矢先――


「ちょっと秋山あきやまくん、何帰ろうとしてんのよ」


 そんな呑気のんきに帰ろうとしていた俺を呼び止めるのは委員長であった。露骨にプスッとした顔で、こちらをにらみつけてくる。


「いや、もう授業も終わったし……」


 正直な話、呼び止められていることに全くの心当たりがなかった。だから俺は眉をひそめて委員長を相手にするのを面倒がりながも、そう返事をする。実際、もう授業もSHRも終わったのだから、後は帰るだけ。俺は別に部活に所属しているわけでもないし、もう学園に用はないはず。だからこそ、俺には家に帰ることが許されているはずなのだが、


「あぁーもう忘れてる……」


 『忘れてる』?


 …………あっ、いや、そういやあったわ。帰っちゃいけない用件が。時間が経っていたから、すっかり忘れてた。危ねぇーこれ忘れてたらたしか、クリパの仕事が全部俺に回ってくるんだっけ。忘れないでよかったぁー


「いっ、委員会だろ? 委員会! 忘れてるわけないじゃん!!」


 俺は必死で平静へいせいを装い、あくまでも最初から知っていたふうに振る舞って誤魔化す。


「今思い出したでしょ……ま、いっか、思い出したんだから絶対に来てよね!」


 相変わらず俺に呆れたような顔をしながらも、念を押すようにしつこくそう言って、委員長は教室を立ち去っていった。


「はいはい……はぁー……」


 俺は突如として入った忘れられた予定に気だるさを感じつつ、だけれども約束したことはたしかなので委員会へと向かうべくさっさとその教室へと向かうことにした。


「――おっ! れんが委員会来るなんて珍しい」


 委員会で使われる教室に入ると、先に来ていた幼馴染の諫山いさやまなぎさと目が合った。渚はまるで珍しいものでも見るかのような表情をしつつ、俺に話しかけてくる。たしかに珍しいっちゃ珍しいが、その表情と態度がどうにもムカついた。


「まぁー真面目に行かないと、ウチの委員長がうるさいからなぁー」


「ハハハ、あんたも大変ねーあっ、ところであんたたちのクラス、クリパ何やんの?」


「あれ、聞いてない? お化け屋敷だよ、まあ、ありきたりだよな。そっちは?」


 特に誰が推薦したわけでもなく、ほぼ惰性だせい的な流れで決まってしまったウチのクラスの出し物。ホントありきたり過ぎて面白みに欠けるが、決まったものはしょうがない。


「こっち? こっちは模擬店をやるんだって」


「へぇー……でも渚のウェイトレス姿とか似合わねぇー」


 なんて減らず口を叩いて、からかってみる。俺と渚はもう腐れ縁に近いほど一緒にいるので、こんな冗談めいた悪口もストレートに言える仲である。ただ実際のところ、渚スタイルがいいからたぶんウェイトレス姿は割りと似合うと俺は踏んでいるけど。


「ん? なんかいったー? よく聞こえなっかったんだけどー?」


 表情は笑顔だが、明らかにおでこに怒りマークでもついているかのような静かな怒りを表して、低めの声で威圧感のある感じでそう言ってくる。


「お前のウェイトレス姿は抜群に似合うから、楽しみだって言ったんだよ」


 そんな爆発寸前の渚に、今度は本音を言っておちょくってみる。長いこと一緒にいるだけあって、俺の発言も渚には嘘かどうかがわかるはず。だからこの言葉の本心もわかってしまい、彼女は余計に恥ずかしい思いをすることになるのだ。


「ちょっ、急に褒めないでってー……」 


 俺の思惑通り、顔を赤らめて恥ずかしそうに照れて、俺から目を逸らす幼馴染。ちょろい、ちょろすぎるぜ、こいつ。俺の手のひらで踊らされやがって。そういうところが可愛かったりするんだけど。なんて渚を翻弄ほんろうした俺は優越感にひたりながら、俺は決められた場所へと座る。しばらくすると、委員会の面々も集まり、いよいよ話し合いが始まるようだ。


「これから委員会を始めます―――」


 正直な話、委員会の内容はあまり覚えていない。たしかクリパの前に学年全員でやるレクの話を中心に、クリパ等の話をしていたと思う、あんま覚えてないけど。どうせ俺が覚えていなくたって、委員長――つまりは藤宮がどうせ覚えていてくれる。だから、ホントに俺はいるだけ。大した意見も言いもしない。それで成立してしまうのだから、ホント俺っている意味ないよな。そんなムダな時間を過ごしていることを感じつつ、


「これで委員会を終わります」


 ようやく委員会が終わったので、俺は帰ることにした。やはり、というか当たり前だが、委員会のせいですっかり時間が遅くなってしまった。特にこの時期は日の入りが早い。だからすぐに辺りは暗くなってしまう。


「――ねえ煉、久しぶりに一緒に帰らない?」


 そんな最中、帰り際に渚が俺のところへとやってきて、そう誘ってくる。


「ああ、いいよ」


 たぶん明日美はまだかかるだろうから、このまま帰っても1人になってしまう。やっぱりどうせ帰るなら1人で退屈するよりも、2人、3人と多い方が何かと喋れて楽しいだろう。それに断る理由もないしね。それにたまには幼馴染と帰るのもいいだろう。そう思い、俺は渚の誘いを快く受け入れた。


「じゃあ澪も連れてくるから、生徒玄関で待ってて」


「オッケー」


 それから俺は渚の言いつけどおり、生徒玄関へ向かうことにした。窓の外を眺めながら廊下を歩き、そして階段を降りようとすると、その踊り場で見覚えのある人が告白されている場面に出くわしてしまった。


「お、俺と付き合ってください!!」


 なーんかパッとしないどこにでもいそうな、特徴もない男子生徒がその子に頭を下げて告白している。


「ごめんなさい、私そういうのは……」


 だがその『汐月しおつき莉奈りな』は明らかに困り顔をして、その告白を断ってしまう。いくらなんでも相手が悪すぎるだろう。ぶっちゃけた話、そもそもあの男子と汐月は不釣り合いすぎる。なんせ『学園のアイドル』なんて言われてるぐらいの人物で、一方はモブレベルの明日ぐらいには顔を忘れてそうな感じだし。でもそう考えると、アイツは案外『学園のアイドル』と付き合って得られる名声とか、それかただ単に興味本位で告ってるような気がしてならない。それでオッケーしてもらえたら男子の中では英雄だろうし。まあ、たぶんその後すぐに嫉妬の波が押し寄せてくるだろうけど。でも、それでも一時的には名声を得られるわけだ。彼が真に告白した理由は定かではないけれど、どうしてもそんな邪推をしてしまう俺だった。


「そっかぁーごめん、なんか……」


 無残にも汐月に断られ、かなり気まずそうにしながら軽く謝る男子生徒。こういう状況で一番気まずいのはやっぱり断られた時だろう。まあ最初っから結果が見えていたとはいえ、この無言の空気になるのが傍から見ている俺でもなんか気持ち悪くて嫌だった。


「い、いや、私こそ……」


「じゃっ じゃあね!!」


 そう言い残し、断られた男子生徒はそそくさとその場を去っていくのであった。その背中に、哀愁を感じるのは言うまでもない。このまま汐月と話して約束に遅れると、渚に怒られそうで怖かったが、ずっと訊きたいことがあったので、汐月を優先することにした。


「いやー汐月はモテるねぇー」


 俺はバレないようにこっそりと汐月に近づいていき、そう声をかけて軽く汐月をからかった。


「へっ!?」


 突然話しかけられてビックリしたのか、体をビクッとさせながらその声がした俺の方に顔を向ける。


「あ、驚かせちゃった? ごめんごめん」


「何だ煉くんかぁ……私そんなモテないよ」


 そんな安堵のため息をつきながら、俺のからかいにちょっと嫌そうにボヤく汐月。


「嘘つけ、さっきのは何だったんだよ」


「あっ、あれは――」


 その質問に、言葉を濁してしまう汐月。アレが現実であり、何よりの事実だから何も言うことができないのだろう。


「まあ別にいいけどさ、でも、こんな時間まで何してたんだ? たしか汐月って部活とかしてない人だろ?」


「ん、ああ、図書館で本を読んでたの。私読書好きだから」


「ああ、そういえばそうだっけか。それなら納得だ」


 おそらく図書館で本を読んでいたところに、さっきの彼が来て告白されたというのが事の真実だろう。もしそれが正解ならば、彼は突発的に告白を行ったというわけだ。なんかそう考えると、男子グループの中でこの告白を『度胸試し』に使っている生徒とかもいそうだな。そんなくだらないことに使われる汐月もたまったもんじゃないけれど、ウチの生徒なら本当にいそうでちょっと怖い。


「後、もう1つ、すんげぇどうでもいい質問なんだけどさ、前から気になってたことなんだけど、なんで汐月はいつもメガネなの? コンタクトとかにしないの?」


 俺は別に女の子がメガネでもコンタクトで実質的な裸眼でもどっちでも可愛いとは思うが、大抵はメガネしてないほうがモテそうな気がする。ファンクラブとかでも、メガネ外したほうが可愛い派閥もあるみたいだし。もちろんそいつらにびるってわけでもないけれど、自分の『オシャレ』としてしてみる気はないのだろうか。そんなところが気になる俺だった。


「そっ、それは……じゃっ、じゃあ理由聞いても絶対誰にもいわないでね?」


 こんななんてことない質問に、どこか言いにくい理由でもあるのだろか、どこか恥ずかしそうな感じでそんなふうに念を押すような言い方をしてくる。


「つーか、言ってもたぶん誰も得しないし」


 いや、ファンクラブの野郎共は喜ぶか。何よりも汐月の情報がほしいやつらだからな。でも、俺はそれでもやっぱり他人に言いふらしはしないだろう。言いにくいことなのだから、俺の中でとどめておかないと。


「だって……目に物入れるの怖いんだもん!!」


 汐月はそれを言うだけで余程恥ずかしくなってしまったのか、顔をタコのように真っ赤にして、その言いにくい理由をさらしていく。その後、両手で自分の顔を覆い隠し、顔を背けてしまった。


「えっ、まじで……」


 まさかのそれはなんとも子供みたいな理由だった。分からなくもないような気がするけど、今どきそんな理由でメガネしているって……これはファンクラブの奴らに言ったらめちゃくちゃ喜びそうなネタだった。絶対に口が裂けても言わないでおこう。


「ぜっーたいに、誰にも言わないでね!!」


「はいはい……」


 そんな強く念を押す汐月に呆れつつ、俺は渚たちのことが気にかかっていた。あいつ結構気が短いところがあるから、早く行かないと怒りそうだ。


「んじゃ、俺、そろそろ行くわ。待たせてる人いるし」


 もう諫山姉妹が待っているかもしれない。それを心配して、話を早めに切り上げることにした。明日美ほどではないが、渚は怒ると怖い。なるべく早く行ったほうがいいだろう。


「あっ、うん、じゃあね、煉くん」


 そう言って、俺を手を振りながら見送る。


「おう」


 それにつられ俺も同じように手を振りながら、急ぎ目で生徒玄関へと向かった。


「――ありゃ、まだ来てなかったか」


 だが、まさかの急ぎ損であった。生徒玄関には諫山姉妹の姿はなかった。こんなことなら汐月ともう少し話でもしてればよかったと、ちょっぴり後悔する。ただもう時既に遅し、とっくに汐月は教室にでも戻っていることだろう。なので、俺は渚の言う通りに2人が来るのを待っていた。


「――お、来た来た」


 少しして、諫山姉妹がようやくお目見えする。まず先頭に渚、そしてその姉を後ろからついてくるのが『諫山いさやまみお』。双子の妹の方。相変わらず恥ずかしがり屋な性格なのか、まるで姉に隠れるように歩いている。


「ごめん、待った?」


「ううん、今来たとこ」


「じゃあ行こっか。澪、行くよ」


「あっ、うん」


 そういや今気がついたけど、諫山姉妹に会うのって結構久しぶりな気がする。諫山家の家は俺んの前で、超ご近所だってのに、案外そんなものなのかもしれない。クラスも隣なのに、まず見かけることもないし。


「――そういや澪さ、まだピアノってやってんの?」


 薄暗くなった通学路を3人で歩きながら、ふとしたタイミングで俺は久しぶりに会ったということもあって近況でも訊いてみることにした。昔は澪といえばピアノなイメージだったけど、今もなお続けているのか気になった。


「えっ、ああうん、まだ続けてるよ……」


 俺のそんな質問に、久しぶりだからだろうか、どこか俺に対しても恥ずかしそうに返事をする。10年来の付き合いだというのに、ちょっと引っかかるところがあった。


「へぇー大変だねー」


 そんな引っ掛かりを抱えながらも、俺は澪がピアノを続けているということに感心していた。ただでさえ学業の方でも忙しいだろうに、さらに習い事までこなすとは。とても俺にはできなそうな所業だ。


「全然そんなことないよ……」


 澪は照れながらも、そう俺の言葉を否定する。でもそれもこれもやはり『好き』だから続けられるんだろう。やっぱり『嫌い』だったらここまで長くは続かないだろうし、それはただただ辛いだけだろうし。そこまで熱中できるものがあるっていうのは純粋に羨ましい。


「そっか、すごいなぁー……あれ、そういやさピアノっていつからやってんの? 俺あんま記憶になくてさ」


 そんな澪に感心しながらも、ふとそんなことが気になった。澪がピアノを昔からやっているのは知っているけれど、それがいつからだったのかまではハッキリしなかった。


「たしか、4~5歳ぐらいからじゃなかった?」


 その質問に、横から渚が思い出すような仕草をしつつ、そう答える。


「あぁーそれじゃ覚えてないわけだわー」


 その答えに1人で妙に納得してしまう自分がいた。だから澪のピアノのことも覚えていなかったわけだ。


「煉、その頃の記憶ないもんね」


 渚はまるで自分のことのようにどこか寂しそうな声で、そう言った。渚の言う通り、俺にはその頃から前の記憶が一切ないのだ。具体的に言うと、秋山家に俺が預けられる前の記憶だ。どういうわけか、俺の人生の頭の部分だけすっぽり抜け落ちてしまっているのだ。


「そんな暗い顔すんなって。別に日常生活に支障をきたしているわけじゃないしさ」


 とは言え、その頃に既に知り合いだった諫山姉妹たちとも今もこうして関係が続けられているのだから、全くもって支障はない。そんな4、5年の記憶なんて大した事はないだろう。ぶっちゃけ、最初の3年ぐらいなんて普通の人でも記憶にないんだから。俺はそういつも楽観的に考えている。


「うん、煉がそう言うならいいけど……」


「それにしても、てことは澪はもう10年以上ピアノをやってんだな、偉いなぁー」


「そんなことないよー……全然」


 そんな俺の褒め言葉に澪は両手を振りながら、照れながら謙遜けんそんしていた。


「でも、コンクールとかで優勝するじゃん」


「たッ、たまたまだよー!!」


 コンクールでの優勝は初耳だったが、それは本当に凄いことだと思う。それはやはり10年以上の努力の結果、というやつだろう。継続は力なりってよく言うし。そんなことを考えながら、諫山姉妹と他愛もない日常会話を続けていると、気づいたらもう自分たちの家の近くまで来ていた。


「んじゃな、渚、澪」


「じゃあね煉」

「じゃあね煉くん」


 その挨拶、特に妹の方のそれに違和感があった。今日はどうも人の言葉に違和感がありまくりな1日のようだ。澪はたしか俺のことを姉と同じく『煉』と呼んでいたはず。久しぶりとは言え、『くん付け』にいわば降格するのは何かあったのだろうか。さっきまでの会話から見ても、そんな降格されるようなことはしてはいないと思うのだが。あるいは本人の気分とかそういったたぐいのものなのだろうか。そんなことを考えながら、俺は自分の家に入って行った。


「――さてと、今日は何にすっかなぁー……」


 部屋で着替えを済ませ、1人キッチンへとたちそんなことをつぶやく。やっぱり俺の予想通り明日美はまだ帰ってきてはなかった。だから俺が夕食を作ることにした。明日美仕込の腕前であるから、その味にはちょっとの自信がある。なので今日は久しぶりに疲れて帰ってくるであろう明日美に腕をふるってみようと思う。冷蔵庫の中を確認しながら、俺は夕食のメニューを考えることに没頭していた。

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