くっころを真面目に書いてみた

卯月

くっころを真面目に書いてみた



「くっ殺せ!!」


「分かった。自分の結末を粛々と受け入れてくれて助かる」


「えっ?」


「えっ?」


 互いの顔を見合わせて男女は混乱する。

 女性の方は両手を後ろで縛り上げられて男に見下ろされている。まだ若く、腰まで届く金髪は血と土埃に塗れているが、顔の造詣そのものは醜面とは無縁、むしろ十分に男の劣情を誘う整った容姿である。そのような少女が血まみれかつ自由を奪われているのは、おおよそ只事ではない。


「なぜそこで驚く。君が王家に逆らい、我々の軍勢に手酷い損失を与え、その末に虜囚となった以上どう扱われるのか分からないほど愚かではあるまい」


「い、いえ。それは分かっていますが、ここは古来からの作法に則るべきでは?」


「君が何を言っているのか俺にはよく分からんのだが。君の家には何か捕虜となった相手に特別な作法でもあるのかね?」


「虜囚となった若く美しい女性に『ぐへへ。お前はこれから兵士達の獣欲を満たす便器としての役を命ずる。孕み袋として残りの生を過ごせ』とゲスな笑みを浮かべて嫌らしく命じるのではないのですか?」


「私はこれでも誇りある貴族だよ。そのように嬲るような真似は好まない。出来れば君には穢れの無い体で生涯を終えてほしい。というか、何だねその知識は。いったいどこで学んだのだ?」


 少女の意味不明な供述に男の方は頭痛を覚える。陣幕の入り口に控える兵士二人も首を傾げる。

 彼女の言わんとする事自体は分からなくはない。だが、それは山賊や海賊のような無法者に捕らえられた無辜の女性の末路である。間違っても規律と誇りある自分達正規軍のして良い行為ではない。

 まして反逆者だが、相手はまだ十台半ばの少女だ。処刑するといっても強者として、公爵家の娘として処刑台に立つまで丁重に扱わねばならない。


「家の書庫にあった本に書いてありました。『悲劇―――美少女姫騎士の純潔は無残に散らされる』『異種姦苗床姫の一日』『オークの花嫁』色々読んだが、どれも捕らえられた女性は気丈に振る舞うが、最後は力及ばず慰み者にされて快楽と絶望の渦へと引きずり込まれてしまう。――――違うのですか?私が間違っているのですか?」


「少なくとも俺の隊では捕虜の虐待はしない。陛下からは公爵家の者は戦場で殺すか即刻処刑せよと仰せつかっているから、明日の朝には処刑を執り行うつもりだ」


「なっ待ってください!!私は貴方の部下を大勢殺したんですよ!その怨みをこの身に余さずぶつけるのが道理でしょうが!何を格好付けて『俺は他の奴と違って紳士だぜ!キリッ!』って気取っているんですか!戦場で女を抱ける機会など無いのですから、遠慮はいりませんよ!」


 男は頭痛だけでなく、胃がよじれる痛みを感じた。ただでさえ自分の娘と同じぐらいの少女が戦場で殺し合いを演じ、あまつさえ明日にはか細い首を刎ねられると思うと欝々とした気分になるのに、自ら身体を差し出そうとするとは。公爵家は彼女に一体どう教育しているのか。

 いや、そもそもまともな判断力があれば、わざわざ王家に弓引く真似などすまい。当代の公爵は愚劣を絵に描いたような男だが、彼女もその影響を受けているのか。

 そもそも一人で勝手に盛り上がっている彼女は何者なのだろうか。無論公爵の私兵を従えていたのだから無関係ではないだろうが、生憎と公爵家全ての人間を知っているわけでは無い。

 試しに少女に来歴を訊ねると、あっさりと答えてくれた。


「私は今の公爵が平民の使用人に手を出して産ませた娘です。ですが一族は身内と認めず、ずっと鼻摘み者として扱われていました」


「つまり君は公爵の猶子というわけか。だが、なぜ女の身で兵を率いて戦いに?」


「女ですから政略結婚の道具として手元に置かれていたんですが、そんな境遇に腹が立って武芸ばかり修めていたら、今日貴方達と戦ってこいと言われて放り出されました。

 あと訂正しておきますが、後ろに居た兵士は部下ではなく私を逃がさないための監視兼壁役です。あのクズに死んで来いと言われて家から追い出されました。あとは知っての通り、道連れに殺すだけ殺して果てるつもりでしたが、幸か不幸か生き残ってしまいました」


「不憫だな。実の親から死地へ送り出され、明日には首を刎ねられて晒されるとは」


「ならムカつくので、あいつらの籠っている砦の場所ぐらいなら教えますよ。あの一族には怨みしかありませんし、母ももう死んでますから、この際皆殺しにしてくれた方が私もすっきりします」


 男は身内の死を心から願うほどに冷遇を受けた少女をどうにかして生き長らえさせたいと考え始めた。

 しかし主命は主命。軍人は自らの意思で政治的判断を下してはならない。せめて即日処刑の命令さえなければ、このまま王都に連れて行き、王に助命嘆願でも出来るのだが。

 部下を殺された怨みはある。主命を遂行する義務もある。しかし甘いと誹られようとも自身に嘘は吐けない。自分は親に捨てられた憐れな少女をただの謀反人として殺すのを許容出来なかった。

 ここで苦悩を滲ませる上官を見ていられなくなった兵士達は短いやり取りの後、咳払いをして出来るだけ上機嫌に話しかけた。


「流石です隊長。公爵家の軍勢を壊滅させて指揮官を討ち取るとは」


「全くですな。所でこちらのお嬢さんは隊長の娘さんか何かですか?このような戦場まで会いに来るとは、いやはや随分と慕われている」


 どうやら甘いのは自分だけでなく、部下もまた相当に甘いらしい。長年仕えてくれた良き部下の気遣いを無駄にしないために男も猿芝居に付き合った。


「―――血の繋がりは無い義理の娘だがな。まったく、お転婆で困ったものだ」


「何を言っているんですか?いつ私が貴方の養女になったと―――――はっ!これは『壮絶!義父の子を身籠った娘』という展開が望みなのですか!?」


「「「お前空気読めよ」」」



     □□□□□□□□□



 その後、少女は正式に討伐軍の隊長の養女となり、さらに彼の息子の一人の妻となって名実ともに娘となった。

 国王は公爵の血を引く少女の扱いに悩んだ物の、元々公爵の一族として扱われておらず、国も出生を把握していなかったのを考慮して、信頼のおける隊長に全責任を負う誓紙を提出させるだけに留めた。後々彼女の子供を傀儡にして接収した公爵家の土地を管理する腹積もりなのだろう。

 実の親に捨てられたおかげで人並みの幸せを掴めた少女は後世まで物語の主役として人気を博す事となる。




『くっころ姫』はいつまでも人々に語り継がれ、国中の少女達の憧れとなったのでした。


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くっころを真面目に書いてみた 卯月 @fivestarest

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