第45話

「静香ちゃん、事務所の冷蔵庫から冷えピタ持ってきて。火傷したときようのが入ってるから。譲君は悪いけど、トイレででも着替えて」

「いや、僕も証人としていますよ」

「証人って? 」

「愛実ちゃんの無実と、沢井さんの勘違いの。」


 譲は、譲の知っていることを亮子に説明し、その後に俊が泰葉母が愛実の家にまで押し寄せたことも付け加える。

 亮子は頭を押さえて話しを聞いていたが、静香が冷えピタを持ってくると、それを半分に切って愛実の左頬に貼った。


「なるほど、愛実ちゃん、スマホ持ってる? 」


 愛実は、ロッカーからスマホを取り出して机に置いた。


「中、見てもいい? あ、見られたらまずい写真とかなければだけど」


 亮子はなんの心配をしているのか、俊と愛実の両方を見ながら言う。


「別に、何見られても大丈夫です。SDカードの中もどうぞ」


 愛実はスマホのロックを解除し、アルバムを表示して亮子に渡す。亮子は、愛実のスマホを手にすると、みんなに見えるように、ゆっくりスクロールして行く。

 先週の金曜日のことだし、写真なんかたいして撮っていないから、すぐに夏の旅行のときの写真までさかのぼれてしまう。


「とくに変な写真はないわね。SDカードのほうも……。って、最近のはないじゃない」


 亮子は、スマホを愛実に返した。


「どう? 愛実ちゃんは写真なんか撮ってないって、理解してもらえたかしら? 」


 泰葉はコクリとうなづく。

 今は、写真を撮った撮らないよりも、母親が浮気をしていたということにショックを受けているらしい。


「お母様に、写真なんかないこと話してあげられる? 」


 泰葉は、またもやコクリとうなづく。


「それで、愛実ちゃんに何か言うことはないわけ? ちなみに、君の母親の浮気をばらしたのは僕だからね。またわけのわからない勘違いしないように、お母さんにちゃんと説明よろしく」


 譲が先回りするように言う。

 泰葉母が、自分の浮気をばらされたと、愛実に逆ギレしないようにという配慮からだった。

 泰葉は、ぐっと唇を噛み、愛実から視線をそらした。


「……謝れないのね」


 亮子はため息をつくと、困ったように泰葉を見る。


「私は……、私達は、沢井さんのお母さんのことを言いふらすつもりはないし、はっきり言って関わりたくない。謝らなくていいから、沢井さんも沢井さんのお母さんも、私達を巻き込まないで」


 愛実も聖人君子じゃないし、やられたことを考えると腹もたつ。でも、それを怒ったとしても、泰葉や泰葉母みたいな人間には一言も響かないだろう。だったら、怒るだけ体力の無駄遣いだ。


「うん、俺も誰にも言わない。第一、興味ないから」


 俊はそっけなく言う。


「とりあえずおうちに帰って、お母様と話してちょうだい。で、バイトのことだけど、あなたはどうしたいの? 続けたい? 辞めたい? 」


 泰葉は答えない。


「そう、じゃあ次は金曜日にシフトが入っているけど、それはお休みにしましょう。来週の月曜日、あなたがバイトにこなければ、バイトは辞めたとみなします。それでいいかしら? 」


 泰葉はコクリとうなづいた。


「譲君、月曜日シフト入れるかしら? ちょっと、シフトの相談したいから、来てくれる? 静香ちゃんも」


 亮子は泰葉を促して更衣室から出て行く。静香と譲もあとについて出て行った。


「ごめんな」


 俊が愛実を抱きしめながら言う。


「俊君は何も悪くないじゃない。なんで謝るの? 」


 俊の顔を見上げると、厳しい顔つきの中に辛そうな表情が浮かんでいた。俊は唇をぐっと噛み、愛実の頬を冷えピタの上から優しく撫でる。


「俺と付き合ったから、沢井みたいな奴が現れて……」

「そういうこと言わない! 」

「でも、これからだって、俺のこと勝手に好きになったやつが、愛実に嫌がらせするかもしれない。嫌がらせじゃすまないことも……」


 愛実は、俊の腕をおもいっきり引っ張ってかがませると、俊の顔を正面から睨み付けた。


「だからって、何? 別れようとか言うわけ? 」

「いや……」

「最初はね、俊君にからかわれてるんだと思ったの。だから、わざとそれにのっかったふりをして付き合ってもいいよって答えた」


 俊は、いきなりなんの話しが始まったんだ? と、戸惑ったように愛実を見つめる。

「だからね、最初は俊君のこと好きってわけじゃなく、のりで付き合うことになっちゃったのよ」

「ちょっ……、えっ? 」


 愛実は、俊のパーカーの紐を、引っ張り、オデコがつくんじゃないかって距離まで顔を近づける。


「第一、私のタイプはな人なんだって。イケメン嫌いは治ったけど、だからってイケメン大好きになったわけじゃないし、やっぱり普通の人と普通の恋愛がベストだって思ってる」

「ちょっと待った! なんかもしかして、別れ話し的な流れになってない? そりゃ、俺と付き合ったからあんな目にあったわけなんだけど、でも、愛実のことが大好きだから、別れようとかそういうことじゃなくて……」


 動揺が隠しきれず、俊はあたふたしながら愛実の肩をつかんで言葉を探す。

 愛実は、再度パーカーの紐を引っ張ると、自分から初めて俊の唇に唇を押し当てた。


「人の話しは最後まで聞きなさいよ。非常に不本意で、私の理想とはかけ離れてるんだけど、俊君のことは好きになっちゃってるの。誰が嫌がらせしてきても、別れるつもりはないから。だから、二度と謝らないで」


 俊は、愛実を力いっぱい抱き締めた。


「ヤバイ、嬉し過ぎるんですけど。さっきは、地獄に堕ちたかと思った」

「言い過ぎ」

「いや、マジで。ねえ、もう一回! もう一回して。愛実からのキスなんて、激レア過ぎるし」


 俊が顔を近づけてくる。愛実は、平手で俊の顔を押しやった。


「無理! 」

「さっきまでシリアスだったのに、何イチャこいてんの? 」


 開いていたドアをノックし、譲が呆れたようにドアに寄りかかって愛実達を見ていた。


「譲君! 」


 愛実の顔がボッと赤くなる。


「ど……どこから見てたの?! 」


 譲は、ポリポリと頭をかく。


「愛実ちゃんのタイプの話し辺りから? 別れ話しかと思って、喜んでたのに……。うーん、でも普通で地味な男がタイプって、合わせるの難しいよね。研究しなくちゃ」

「その研究は無意味だから」

「わからないだろ? 僕はけっこう努力家なんだよ」


 譲は爽やかな笑顔を浮かべる。


「努力が報われないって、切ないな」

「もう、二人共出て! 着替えるから」


 愛実は二人を更衣室から追い出した。

 廊下でもまだ、二人は何やら言い合っている。

 愛実は、首まで赤くなりながら、大急ぎで着替えた。


 もう!

 見てないで声かけてよ!!


 恥ずかし過ぎて、すっかり頬の痛みなんか飛んでいってしまった。



 

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