第23話

 夏休みはバイトに明け暮れた愛実だった。

 たまの休みは梨香と映画に行ったり、ショッピングをしたり、聡美や和希がまざることもあり、それなりに充実した高校初の夏休みになった。

 そして、なぜかその女の子ばかりの集まりに、毎回俊が顔を出していた。

 特に声をかけたわけではないのだが、梨香にくっついてきてしまうのだ。

 つまり、学校でもないのに、毎日俊と顔を合わせていたことになる。しかも聡美達がいるときはカップルを演じないといけないわけで、最近では俊と手を繋いだり、肩を組んだりするのに、あまり違和感を感じなくなっている愛実だ。相変わらずドキドキはするのだが。

 ノータッチでって、最初に約束したような気もするが、旅行だなんだで、そんな約束はどこかへいってしまっていた。

 今日から二学期、始業式も終わり、梨香を迎えに南校舎へ向かっていたとき、普通に俊は愛実と手をつないでくる。


「回りに人いないけど? 」


 愛実は、つながれた手を目の高さまであげると、もう片方の手で俊の指をはがしていく。


「何気なく見られてたりするんだよ。見られてないって思ってるときにボロがでるんだな。それじゃなくても、愛実の手は柔らかくて、つい触りたくなるんだよ」


 ギュッとつなぎなおす俊に、愛実はわざとため息を大きくつき、ドキドキを隠そうとする。


「なんか、都合よく言ってるだけのセクハラ親父みたいだけど」

「まあ、いいじゃん。いい加減慣れてね。そういえば愛実、平日もバイトのシフト入れたでしょ?」


 愛実は、水曜日と金曜日の放課後、土曜日はフルでバイトを入れていた。


「うん。俊君は土日だっけ? 」

「いや、愛実のシフト聞いて、金土にしたよ。水曜日だけはな、違うバイト入れてるから無理なんだけど……」

「なにもそこまで合わせなくても」


 カップルだから、違う日にバイトをいれるのは不自然だと思っているんだろうか?

 徹底して恋人を偽造しようとしている俊に、呆れるというより、感心してしまう。


「いや、譲君のこともあるしね。なるだけ他の奴と入らないようにしないと……。だれが愛実のこと好きなるかわからないからね」

「なるほどね、私に好きな男の子ができたら、偽恋人を解消しないとだからでしょ? 大丈夫よ。もうイケメンは見慣れたし、そんなに簡単に彼氏なんかできないから。しばらくは俊君の周りは平穏だよ」

 

 一番のイケメンは、私の横にいるしね。

 俊君見てるから、バイトのイケメン君達を前にして、そんなにイケメンって意識しないですんでるっていうか……。


 俊は、愛実の髪の毛を引っ張る。


「愛実に俺以外の好きな奴ができても嫌だけど、愛実くらい魅力的な女の子なら、誰だって愛実のこと好きになっちゃうだろ? 」


 すねているような、それでいて色っぽい流し目で見られ、愛実はドキドキを隠すために、わざとぶっきらぼうに答える。


「はいはい、そういうのはもういいから。第一、うちのバイトさん達みたいなイケメンが、私なんかに興味持つわけないし。譲君だって、私みたいなのは周りにいないタイプだから、ちょっとした好奇心を勘違いしているだけでしょ。怖いもの見たさってやつ? それに私、無駄な恋愛はしない主義なの」


 だから、絶対俊君のことも好きにはならない!

 俊君の冗談に、騙されたりなんかしないんだから!!


 愛実はおなかに力を入れ、俊の甘々攻撃に撃沈しないように踏ん張る。


「ふーん、じゃあ、バイトの男子とはあまり話したらダメだよ。水曜日も、あがりに迎えに行くから。くれぐれも、譲君と二人っきりにはならないように」


 髪を愛実の耳にかけると、愛実の髪をとかすように撫でた。

 その手つきは優しく、思わずおなかの力が抜けそうになる。


「もう、そこまでしなくても。違うバイトしてるんでしょ? そう言えば何のバイトしてるの? 聞いてなかったよね? 」

「美希子さんつながりで、どうしても断れなくて、近所の小学生の家庭教師なんだ。ちょっと我が強いっていうか、家庭教師泣かせな子でね。なかなか家庭教師が続かなかったんだって。気に入らないと、徹底的に嫌がらせしてたみたいだ。俺のことは気に入ってくれて、是非来てくれてって言われてさ」


 気に入らない家庭教師に嫌がらせか……。凄い男の子だな。 


 愛実は、ヤンチャな悪ガキをイメージして、そんな小学生と本気でバトルする俊も想像する。


 なんとなく微笑ましいかも……。


「俊君、頭いいもんね。家庭教師かあ」

「まあ、相手は小学生だからね。そんなに難しいバイトじゃないよ。愛実のバイトあがりの時間には間に合うし、絶対に迎えに行くから」

「俊君ってさ、徹底してるよね?元が完璧主義なの? 」


 全力でフリだと言い聞かせないと勘違いしそうになるくらい、俊の甘々な彼氏ぶりは日を増すほどに熾烈を極めていた。


「なにが? 」

「彼氏のフリ。そこまで女子にトラウマがあるんだね。まあ、イケメンを封印して生活しようって思っちゃうくらいだから、よっぽどだったんだろうなとは思うけど。うん、私なんかが役に立って良かったよ。偽造彼氏体験ができて、私もいい経験になったっていうか。まあ、ちょっと心臓に負担が大きいけどね」


 俊は、軽くため息をつく。イケメンの思い悩んだ表情は、なんとも色気があった。

 少しの沈黙の後、俊は思いきったように言う。


「フリじゃなくて、の彼氏に立候補したいんだけど」


 愛実は全く信じず、また俊にからかわれているんだと、少し怒り気味に俊を睨む。


「そんな冗談ばっか言って、本気にしたらどうするのよ。」


 俊は、少し厳しめの表情になると、南校舎に入るのではなく、校舎の裏庭に愛実を引っ張っていった。

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