第18話
ミカドの慰安旅行当日、結局参加は正社員三人にバイトが六人の合計九人にだった。
そのうち車を持っているのが店長とパティシエの長野で、店長の八人乗りのエスティマには、矢島、静香、俊、愛実が乗り、長野のノートには亮子、楓、譲が乗ることになった。
静香は当たり前のように助手席に乗り込み、問題は後ろの席割りだ。
BBQの荷物や各自の荷物やらで、三列目は埋まってしまっているから、二列目に三人並んで座ることになる。体格を考えると、愛実が真ん中になるのが順当だが……。
矢島さんの隣りか……。
車中、どんなセクハラまがいの発言をされるかと思うと、譲か楓に席を変わってほしくなる。
「愛実、窓際いいよ」
俊がすすんで真ん中に乗る。
「おまえ、一番デカイ奴が真ん中って」
俊はニッコリ笑う。
「大丈夫です。座高ならそんなに高くないんで」
確かに、矢島と俊では身長差十センチ以上あるはずだが、座ると俊のほうがわずかに低い。
「ウワッ! イヤミな奴だな。この、足長お化け! 」
返しが子供ですけど……?
矢島はひたすら俊の足攻撃する。
「ほら、お菓子タイム。好きなのとって。店長は飴とガムどっちがいいですか? 」
静香がお菓子の詰まった袋を後ろ姿に投げた。
手荷物が多いと思ったら、ほとんどお菓子だったみたいだ。
「ガム。おまえら、菓子食べるのはいいけど、こぼすなよ。特に矢島」
「やだなあ、子供じゃないんだから」
そう言いながら、小袋のポテトチップスを食べ始めた矢島は、ボロボロとこぼしている。
「去年、お前のせた後、車が汚すぎだって嫁に怒られたんだからな」
「店長、結婚してたんですか?!」
静香がくいつく。
「そりゃ、この年だからな。愛実ちゃんくらいの娘がいるよ」
「そうなんですか?! ウワーッ、うちの父親と全然違う! 店長が父親だったら、凄い自慢するけどな」
どう見ても三十前半、二十代でもうなずける容姿だ。ミカドの店長だけあって、優しげな整った顔つきをしている。
「愛実ちゃん、次のPAでジュースおごってあげるね」
「店長! 指輪してないじゃないですか? 指輪の跡すらないし」
静香が左手薬指を指差す。
「飲食店だしね、アクセサリー禁止でしょ。だから、つい家に置きっぱになっちゃって、嫁にも文句言われるよ」
「新川さんはしてますよ! 」
「そうだねぇ。ダメなんだけどね。あそこは結婚したてだから。奥さんが心配するんだって。ほら、うちは女性客が多いからね。結婚してるアピールに外すなって、奥さんの厳命らしいよ」
静香は、ひたすらショックをうけたように、結婚子持ちとつぶやくと、後ろをむいて矢島からお菓子の袋を取り上げ、バリバリと食べ始めた。
なるほど、俊君には私って彼女がいるし、ターゲットを店長に変えてたわけね。
「店長、何歳なんですか? 三十くらいかなって思ってたんですけど、私と同じ年の娘さんがいるんなら、三十半ばは絶対過ぎてますよね? 」
「あ、もうアイスもつけちゃうよ。四十一だし」
みんながエエッ?! と驚く。
「化け物だ……」
矢島がつぶやく。
「それは褒め言葉か? 」
それから、年齢当てクイズが始まった。
アルバイトのみんなはだいたいの年齢はわかっていたが、パティシエや社員の中には年齢不詳の人達もいたから、なにげに盛り上がる。
特に、亮子の年齢も予想にはばらつきがあり、女性だからと店長も教えてくれなかった。
PAにつくと、店長はみんなにアイスクリームをおごってくれ、愛実にはジュースもつけてくれた。
トイレ休憩もすみ、出発するときになると、静香の代わりに譲が店長の車にやってきた。
「なんか、亮子さんの年齢を聞き出すとかで、静香さんあっちの車に乗るみたいです」
それは言い訳だな。店長が妻子持ちだってわかったから、きっとターゲットを向こうの車の誰かに変えたんだ。
「じゃ、俺前ね」
矢島が前に乗る。
「私、真ん中にこようか? 」
「大丈夫だよ。真ん中座りにくいからね」
矢島がいた席に譲が座り、愛実はまた窓際に座る。
俊は、座っている愛実の膝の上で愛実の手に手を重ねた。
「ほんと、二人とも仲いいね。なんか、当てられちゃうな」
矢島が隣りのときにはしなかったのに、譲にはわざと見せつけるように恋人つなぎにする。
「まあね。二人っきりの旅行ならよかったんだけど」
「こらこら、高校生がダメでしょ」
「アハハ、パパですね。やっぱり」
振りほどくのも変だし、愛実は赤くなっている頬を隠すため、窓の外を見ているフリをする。
たまに俊が指にキュッと力を入れたりするものだから、ドキドキしてしまって、話しをしていてもつい上の空になってしまう。
もう! 確かにこの旅行ではいつも以上にベタベタするからね……とは言っていたけどさ。
俊は、矢島や静香の質問責め対策に、とにかくカップルらしくするからねと言っていた。自然と手をつないだり、腰に手を回したり、そういうことを見せつければ、セクハラ発言は止むんじゃないかってことだったんだけど……。
今、横にいるのは高宮君だけど?
わざわざ車中で手をつなぐ意味もわからず、でも聞くこともできず、愛実はなるべく平静を装わなければと、頭の中で羊の数を数え始めた。
違う! それは眠りたいときだ!
自分に突っ込みを入れつつ、目的地に着くまで、愛実の意識は左手に集中しまくっていた。
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