第12話
「相手は本当にわからないのか? 」
昼休み、職員室で若林はお弁当を机どうしたに広げたまま、俊と愛実の話しを聞いていた。
「さあ? ほら、俊君無駄にイケメンだから、俊君のこと好きな誰かだとは思いますけどね」
「無駄にってな……。あれって」
愛実が俊の背中をつねる。
「イジメとかじゃなく……嫌がらせ? イケメンの彼女って大変ですね」
愛実はヘラヘラ笑ってみせる。
「大丈夫なのか? 」
若林も、少しホッとしたように、それでもきちんと確認してくる。
「大丈夫ですよ! なにかあったら、ちゃんと相談しますから。それより先生、それ彼女が作ってるんですか? お弁当、美味しそうですね」
「なわけあるか! おまえらと違って、リア充してないんだよ。これは自作」
キャラ弁ではないけれど、彩り豊かで全部手作りのお弁当、とても二十五歳男性の作った物には見えなかった。
「うわーッ、なんか逆にひくわー! 先生、男のくせに料理上手なんですね」
「ひくって、失礼な奴だな。安藤も弁当くらい斉藤に作ってやれよ」
「無理、無理。私、家庭科2ですから」
「そこは愛情で努力しろよ。ほら、除光液。瑞穂先生に借りたやつだから、あまり使いすぎるなよ」
「はーい。じゃあ、失礼します」
愛実はお辞儀をすると、俊の袖を引っ張って職員室から出た。
「なあ、なんで言わなかった? あれって、沢井だよな? 」
「うーん、たぶんね。でも、泰葉だって言いつけても、泰葉は絶対認めないだろうし、泰葉のこと目撃した吉田君や前島さんがターゲットになっちゃうかもしれないし」
俊は、愛実の頭をクシャクシャッと撫でた。
「やっぱり愛実だな」
「なによ、それ? 」
俊の目が、フワッと優しげにほころぶ。
「幼稚園のとき、女の子達が俺を取り合って揉めたときにさ、彼女達が花壇をぐちゃぐちゃにしたんだよね。愛実、関係ないのに、一生懸命花壇なおしてたよな。誰がやったとか言いつけないで、黙々とさ」
「そんなことあったっけ? 」
愛実は覚えていなかったが、昔は可愛い物や綺麗な物が大好きだった。花も大好きで、いつも花壇の前で眺めていた。
いつからか、ごく普通の自分に
は可愛い物や綺麗な物は似合わないと思うようになり、身につけることはなくなってはいたが。
「あったよ。愛実のこと……」
「俊くぅーん。探したのよぉ」
俊が愛実の耳元で何か言おうとしたとき、甘ったれた声が響いた。
俊は、愛実の腕を取り、しっかり手を握る。
「沢井さん? 」
「やん、や・す・はって呼んで」
泰葉は、愛実は目に入らないと言わんばかりに、俊に腕を絡めようとする。
「こんにちは、沢井さん」
愛実は、さりげなく俊の手を引いて泰葉をブロックする。
「あら、いたの? 」
邪魔とばかりに、愛実を睨み付けてきた。
「朝さ、愛実の机が汚されてたんだよ。それでシンナーを借りにきたんだ。誰がやったかわからないんだけど」
俊は、さぐるように泰葉の顔を見る。
「ふーん。いやねぇ。怖いわぁ。そんなことよりぃ、俊君は放課後暇ーぁ? 」
そんなこと扱いですか?
泰葉は、張り付けたような笑顔を崩すことなく、鼻にかかった声をだして俊に寄り添う。俊は一歩引いて、泰葉と距離を置こうとする。
「暇じゃない。愛実とデートするから」
「えーっ、安藤さんとはぁ、いつも一緒なんだからぁ、ファンクラブサービスもしてほしいなー。今日、幹部会するんだけどぉ、ファンクラブでぇ、決まりごととか決めたからぁ、俊君にも見てほしいなぁって。泰葉のお・ね・が・い」
泰葉は、上目遣いで見上げながら、たぶん一番自信のある笑顔を俊にふりまく。
ここまで徹底してぶりっこできる泰葉って、逆に凄いかも。彼女のいる男子に、しかも彼女がいる前でこれって、鉄の心臓だとしか思えない。
愛実は、変に感心してしまう。
「俊君、行っておいでよ」
「えっ? えっ?! 」
俊は、信じられないと愛実を二度見する。
「でもさ、一応彼女としては、心穏やかではいられないし、私も同席するんで良ければだけど」
「おい、おい……」
「あら、よくってよ。ぜひいらして。放課後ぉ、お迎えにぃ、まいりますわね。ではぁ、またぁ、のちほどぉ」
愛実に話すときと、俊に話すときでは、明らかに口調もトーンも違う。
俊に手を振り、スキップしながら去って行く泰葉を見て、俊はため息とともに脱力した。
「何だって、あんなこと? 」
「あれ? ダメだった? 」
「いや、何か考えてなんだろうから、いいんだけどさ」
「やられてばかりは嫌じゃん」
愛実がニコッと笑うと、俊は愛実の頭に手を置いた。
「やっぱり愛実だな」
俊君にとって、自分はどんなイメージなんだろう?
愛実は、俊を見上げながら、このイケメンが自分に向けてくる笑顔の理由を考えていた。
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