第3話
「安藤さん、今日の放課後暇? 」
廊下ですれ違いざま、俊が耳元で囁いた。
愛実は、思わずドキドキしてしまう。なんていうか、俊の声は破壊力がある。普通に聞いても、うっとりとしてしまうそのイケメンボイスだから、耳元で囁かれた日には、とろけてしまいそうになる。
「ほら、前に言ったお見舞い、今日どうかな? 」
「用事はないけど。でも、私が行っていいのかな? 」
愛実は、少し戸惑い気味に聞いた。
そんなに親しいわけでもなかったのに、いきなり見舞いに行ったら引かれるんじゃないかと思ったからだ。それに、女の子ならば、入院しているときの素の自分は見られたくないんじゃないかとも思った。
「梨香に話したら、会いたいって言ってたけど」
「そう? じゃあ、行こうかな」
「放課後な」
「うん。」
俊は教室へ入っていった。
愛実は、その後ろ姿を見つつ、ドキドキしている自分に驚いた。
あの声のせいか、それとも俊本人にドキドキしているのか…。
放課後、俊が愛実の机の前にきた。
「行こうか」
「あ、うん」
愛実は、学生鞄に荷物を詰めて立ち上がる。
二人でそろって教室を出ると、教室がざわついた。
明日、説明が必要そうだな……。
「病院、バスで行くんだけど、大丈夫? 」
「うん、大丈夫よ。パスモあるし。お見舞い、なにか買ったほうがいいよね? なにがいいのかな? 雑誌とか? 」
「いらないよ。梨香、友達が少ないからさ、お見舞いにきてくれるだけで」
「そう? でも……」
二人でバスに乗る。
バスはそれなりに混んでいた。
「あのさ」
俊の声が耳元で聞こえ、愛実はビクンと震える。身構えてないと、本当に腰が砕けそうになる。
「もう! だから、耳元で話さないでって。なんか、わざとやってない? 」
「混んでるんだから、仕方ないだろ。あのさ、梨香なんだけど、病気とか関係なく、普通に話してくれるとありがたい。あいつ、小さい時から身体弱くて、気にされると凹むんだ」
「わかった」
病院につき、受付で面会時間と名前を書く。病室につく前に、売店に寄って雑誌を買った
病室は個室で、ドアを開けると梨香がベッドに横たわっていた。
「俊ちゃんいらっしゃい。愛実ちゃんも! 来てくれたのね、ありがとう」
梨香はベッドから起き上がり、俊の後ろから愛実がペコンとお辞儀をしたのを見つけ、嬉しそうに手を振った。
「久しぶり。突然来てごめんね。これ、暇なときに読んでね」
買ってきた雑誌を枕元に置いた。
「ありがとう! こっち座って。俊ちゃん、飲み物買ってきて。お菓子もね」
「はいはい。安藤さん、座ってて」
俊は愛実を病室に残して出ていった。
「愛実ちゃん、高校はどう? 」
愛実は椅子に座ると、高校の友達のこと、先生のことなど、色々話した。
ゴスロリの格好をして若作りの化粧をしている現国の渡辺先生は実は定年間近であることや、社会の口うるさい宮本先生の口真似、体育のマッチョ田中はいつもピチTを着ているとか……。
梨香は、涙を流すほど笑った。
その姿は病人には見えないくらいだったが、手首などを見ると確か細くなっていた。
「やっぱり愛実ちゃんて面白いね」
「普通だよ。梨香ちゃんも、入院してるなんて聞いたからびっくりしたけど、全然元気そうじゃん。退院したら、うちの高校くるの?
」
「どうかな? でも、俊ちゃんも愛実ちゃんもいるから、北高に行きたいな。面白そうだしね」
「まあ、先生は個性的なんが多いよ」
「俊ちゃんは学校ではどう? やっぱりモテてるの? 」
愛実は、びっくりして二度聞きしてしまう。
「斉藤君? 斉藤君がモテル? 全然だよ。クラスでは、いるかいないかわからないくらい静かだし」
「ウソ? 俊ちゃん、中学では凄かったんだよ。ファンクラブまであったみたい。地元だと女の子に追いかけ回されるからって、高校はうちから通うことにしたんだもん」
「まじで? ほら、今ほとんど顔見えないじゃん? 声はイケメンだと思うけど」
「髪の毛伸びすぎよね。前はもっとすっきりしてたんだけどな」
「誰がイケメンなの? 」
俊の声が耳元で響いた。思わず飛び上がってしまう。
「ヒャッ! だーかーらー、耳元で喋るな! 斉藤君、あなたわざとやってるでしょ? 」
「なんか、安藤さんの反応が面白くて」
俊はクックッと笑う。
ということは、やはりわざとか!
「俊ちゃん、それセクハラ! 」
俊は笑いながら、買ってきたジュースやお菓子をベッドにばらまいた。
「好きなのとって。安藤さんの好みがわからなかったから、色々買ってみたよ。梨香はこれだろ? 」
ミルクティを渡す。
「ありがとう」
それから、三人で色々話した。
俊も学校とは違いよく喋った。学校に興味なさそうに見えて、色々観察しているようだ。
あまりに楽しくて、病院の夕食の時間までいてしまった。
「やばい、帰らないとだ」
外を見ると、暗くなりかけている。
愛実は、学生鞄をつかんで立ち上がった。
「もう?」
梨香が、一瞬寂しそうに見えた。
「梨香も、夕飯の時間だろ。俺らは帰るよ」
「またきてもいいかな? 」
また来ることを伝えると、梨香の表情がパアッと明るくなる。
ほんと、可愛い子だな。
実を言うと、愛実はイケメンだけでなく、美人も苦手だった。これは勝手な思い込みだったが、きついイメージがあったから。積極的に関わることなく、遠くから眺めるくらいがちょうどいいと思っていた。
だから、中学時代も梨香にはあまり近寄らなかったのだ。
「きてくれるの? 」
「梨香ちゃんが良ければ。これ、わたしのラインID。ラインはやってる? 」
「うん。登録するね。私のはこれ」
ラインの交換をすると、愛実は梨香に手を振って病室を出た。
「安藤さん、ありがとな」
病院を出ると、俊が頭を下げた。
「なにが? 」
「梨香、凄く楽しそうだったから」
「私も楽しかったよ。斉藤君って、学校とだいぶ違うのね。あんに喋る人だと思わなかったよ。それに、中学時代モテモテだったんだって? 」
「まあ……、まあね」
愛実は、俊の前髪に手を伸ばし、髪をかきあげて顔を出した。俊の顔を間近で見て、愛実はそのまま固まってしまう。
「こらこら、眩しいでしょ。」
俊は微笑んで髪をもとに戻す。
破壊的なのは声だけじゃなかった。
確かに梨香に似ているかもしれない。切れ長の涼しげな目元、整った鼻筋。これなら、ファンクラブくらいできるかもしれない。
「えーッ、なんで顔ださないのよ?! 」
「なんでって、めんどくさいから? あと、怖いんだよ」
「怖い? 」
「女子が集団になると、かなりパワフルになるんだぜ。集団で追いかけてきたりすると、服はむしられるわ、髪は抜かれるわ、色々触られるわ……。勝手にプレゼントしてきて、こんなに貢いだのに!
とか迫ってきたり、そのプレゼントだって、怖すぎる。なにが入ってるかわかったもんじゃない。使用済みの下着とか入ってたこともあるんだぞ。俺は変態かっての!
」
俊は、興奮を静めようと、大きく肩で息をした。
なるほど、かっこよすぎるのも大変なんだ……。
「今、すげえ平和。顔なんて、一生出さなくていいって感じ。クラスでも、なるべく目立たないように、気配消してるし。安藤さん、俺の顔のことは内緒ね」
髪をかきあげ、きれいにウィンクをきめた。
愛実は、少し残念に思った。
あまりにかっこよすぎて、逆に恋愛対象から外れるというか、顔見る前のほうが、俊のことを意識していたかもしれない。
イケメン……苦手なんだけどな。
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