今日のニッカ!

白湯気

第0話 今日からニッカ!

 トリガーを引く。反動リコイルを肩に受け、毎秒15の鉄塊を吐き出す兵器おもちゃの悲鳴を鼓膜で直に受け止める。

 外郭区付近、一歩間違えれば奈落の底。落ちれば死ぬ。

 淡い希望を持って入社すると、安月給の重労働。

 英雄、救世主、ヒーローなんて夢のまた夢。

 規格外の化け物相手に、通用するかも分からない人間作の武器を使って抵抗するが、今のところ生還率は75%ってところだろう。

 でも、誰かがやらねばならない。

 俺は、そう信じて戦う。

 ここに入ると決めた以上、覚悟は―――。


 ---Report/10230566


 隊員番号01037 - 個体識別番号M-C023の攻撃により損傷。


 死亡を確認。


 報告は以上です。


 ---



               ◇



 【診断結果】

 固有識別名称 - うどん

 値段 - 170円

 〈主構成〉

 カロリー - 270kcal

 脂質 - 0.6g

 カリウム - 90mg

 炭水化物 - 57g

 タンパク質 - 6g

 (100gあたり)


「あ〜、オイシソウダナァ」


 虚空に投げかけるメッキに塗りたくられたうわ言は、跳ね返って僕の心の温度をより一層寒くする。

 目の前にあるうどん。本当にただのうどん。これに無料提供である七味や醤油をふんだんにかけ、極限までカロリーを高めたのが今日の昼食であり、夜食。ちなみに昨日、一昨日……いや、ここ一か月これだ。

 バイトをやっているにも関わらず金欠なのは、生活費(内枠の8割が新作ゲーム)に消えているため仕方ないのだが、ひもじい思いに打ちひしがれているところに後ろから声がかかる。


「なぁ、俺のも、お前さんの便利能力でさ」

「急に誰かと思ったら、コガか……それと、便利能力って言うな」


 コガ、僕がそう呼ぶ男は、中学からの悪友で、大学に入った今でも切れない縁で繋がっていた。

 コガは、声をかけるや否や断りも入れず隣に座る。もちろん、断りが必要な仲ではないのだが、昼時は困るのだ。

 主に隣の芝生は青いと言った意味で。


「ちょうどバイトの給料日で贅沢しようと思ったんだが、いかんせん始めて食うもんは怖いからな、お前さんの個人特性ビルドで見てくれや」

「これだからコガと飯を食うのだけは嫌なんだ!」


 コガが持ってきたプレートには、ここ大学食堂において知る人ぞ知る隠れた人気の「豚辛味噌丼」なるものが乗っていた。

 これ見よがしにアピールしてくる魔性におい

 豚と辛味噌の邂逅とは、それすなわち美味。

 米の相性抜群四天王の内、最強と謳われる豚肉と、日本と呼ばれていた国が誇る最凶調味料MISOに、辛味を加えた「塩分摂取するならコレ!」シリーズを和えるのだからマズイはずがない。

 つまるところ、うどんしか食えない貧乏学生の空腹中枢にとっては、天敵に等しいのである。

 ちなみに四天王の他三つは「マヨネーズ・焼肉のタレ・卵(異論は認める)」である。


 【診断結果】

 固有識別名称 - 人気急上昇! 知る人ぞ知る! 絶品甘辛味噌の豚肉丼

 値段 - 680円

 〈主構成〉

 カロリー - 1,273kcal

 脂質 - 62.3g

 タンパク質 - 52.6g

 炭水化物 - 156.8g

 ナトリウム - 2,013g


「絶対うまいやつじゃん! いただきまーす!」

「うどんだってそれなりにうまいよ、1か月連続じゃなければね」


 ジッ と、豚辛味噌丼を凝視すると頭の中で浮かぶ【診断結果】をコガに伝えた。

 素うどんに醤油やら七味を限界までかけた貧乏うどんを噛みしめ、能力のために高カロリー高脂質の人間が好む味覚をすべて詰め込んだような、100%太るが120%美味い飯を凝視したことを後悔する。



               ◇



 《個人特性ビルド》定価32,000円で買えるようになった超能力と呼ばれていたもの。

 今から56年前、未曽有の大災害、人間絶滅のカウントダウンとまで呼ばれた天災 《全世界同時多発大怪災》。

 いわく、見たこともないような怪物が一斉に現れ、生物、建造物問わず破壊の限りを尽くした……らしい。

 56年という長くも短くもない年数は、この大事件を「教科書で聞いたことはあるけど実感が湧くような親近感はない」と、言った存在にするのには十分すぎる時間であった。

 結末としては、著名な発明家、五十嵐重郎しげろうなるものの手により、国そのものを空に飛ばすという突拍子も無い発明で危機は免れる。

 それが、僕たちが住む《第二空国ラプラス》宙に浮く国。

 さらに、ここで出てくるのが、五十嵐重郎が発表したもう一つの大発明。

 人智を超える超常的な力、異能力―――個人特性ビルド

 彼は、一夜にして世界を救い、さらに世界が自らを守り続ける力を与えた生ける伝説に近い存在であった。


「『異能力、超能力など存在しない。それは、当たり前の技術であり、自在に操れる指なのだ』ってさ、今考えりゃ当たり前のことを堂々と言ってるだけだよな」


 地獄の食事時間を血涙を流しながら耐える……ことはなく、結局友人コガから少し分けてもらい、永遠の友情を誓いながら今日習った授業内容を振り返る。

 要するに、僕たちが知っているこの国の歴史とやらは、授業とかで習う程度の知識しかないのだ。


「五十嵐重郎は、その当たり前を作った人なんだよ。教授が言ってたろ?」

「あーはいはい。なんちゃって真面目ちゃんはこれだから、その調子でさっさと内定とれよな」


 なかなか痛いところを突いてくる。

 本来であれば、就職先も決まり、あとは卒業するだけ。のはずである。

 休み期間等で色々と巡ってはみたが、反りの合わないことが多く、なかなか決まらないでいた。

 国が空にいようが、超能力が定価で買えるようになろうが、就職というのはうまくいかないと言うのが僕たちにとっての重要な要素であり、歴史なんてのはいくら勉強しようが今後の給料には一切関係がない。というのが、授業を受けてきた僕の率直な感想であったりする。


「その、『分析』でいいとこ探せばいいじゃん」

「今のご時世食べ物の成分分析なんてのは、精度の高い機械が2000円以下で買えるから意味ないんだよ」

「そうゆうことでなく、自分に合う会社を能力使って調べてみろよってこと」

「そんなことができたら、今頃僕には彼女がいて、内定も決まって、豚辛味噌丼どころか、満漢全席を昼食でとるくらいには満足してるはずさ」

「それはない。俺が人事なら、お前みたいな怠け草は絶対に仕入れないからな」

「僕が草なら、お前の職場に根付いてやるよ」


 『分析』コガが言っていた僕の個人特性ビルド

「今のご時世に無能力はない」という、根も葉もない同調圧力に負けて、心もとない懐をひっくり返して身につけた無駄能力。「視たモノの構造を理解する」だなんて単純なもので、先ほど食堂で見た【診断結果】とやらが僕の力。

 構造分析だなんて、片手に収まるサイズの媒体でインターネットとかいう世界最強インフラを活用すればいくらでも出てくるというのに。

 見た目も普通、中身もこれといって特徴なし、能力は微妙ときたら雇いたいと思う企業なんてどこにもないだろう。

 それに対し、コガの見た目はいかにもと言った感じのチャラい男なのだが、なかなかどうして成績優秀、将来有望で内定も同学年で1・2を争うスピードで決めてしまった彼女持ちの……虚しくなるので考えるのはやめよう。


「それで? 今日は雑草と一緒にいて大丈夫なんですか? 彼女は?」

「あぁ、あいつは今日バイト。暇なんで芝刈りに来たって寸法よ」

「ははーん? しばかれたいようだな! かかってこい!」

「ほう? いい度胸だ、どちらが刈る者か分からせてやるよ」


 就活で悩む日々にとって僕とコガのいつもの流れ、お約束のような展開に救われている。そんなことは、口が裂けても言えやしない。

 それが、いつもの風景殴り合い、変わらない景色敗北


「じゃあ、いつものとこ行くか」

ぎょうは、がんべんじでぐだざい今日は、勘弁してください

「まったく、負けたやつがおごりってやつ、今日はいいよ。おごってやるから行こうぜ、いつでもいいから返してくれや」


 そういいながら、カラカラと笑った。

 こいつがモテる理由やら、成績優秀なとこやらを妙に納得させられるコガの行動に敗北感を覚える。

 単に、プライドが許せないだけだ。と、自覚がある分ダメージもでかい。

 

「施しなんざいらないよ、僕にだってプライドがある」

「なら、その綺麗な土下座をなんとかしろよ」

「なんだと!? まだ頭が高いって言うのかお前は‼ この人でなしが!」

「お前のその潔さは羨ましいよ……」

「ほほう? ならば、伝授してやらんでもない。ただし、今日はチキンカレーを所望する!」

「そこで店内最安値のメニュー選ぶところは、なんというか……お前らしいよ」


 食欲には、何者も敵わない。だから、その憐れみの目で見ないでほしい。

 何はともあれこれで、今日の夕飯が記念すべき「うどん50連目」にならずに済んだ。食べ盛りの男子大学生にとって食とは常に死活問題なのである。

 「いつものとこ」それは、僕らのいきつけのカフェを指す。

 学校から出て直ぐの大通りを真っすぐ進み、途中脇道をそれた場所にある少々洒落た店だ。

 「知る人ぞ知る」なんて言葉はよくできているもので、それが付くだけで購買意欲が沸き立つ。コガが食べた「豚辛味噌丼」しかり、ことごとく引っかかるからおかしいものである。

 ちなみに、このカフェもいわば「知る人ぞ知るシリーズ」の一つで、僕がまんまと引っかかった店だ。

 

「あれ? 店長じゃね?」

「あ、ホントだ。おーい! ヤクザ店長!」


 コガが指さした先には、件の店を営む店の長がいそいそと扉に立札を付けていた。

 おしゃれな店とは裏腹に、スキンヘッドに傷持ちと、何とも言えないギャップが売りなのだが、そんな筋者にも間違えられそうな男が明確に焦りを感じている。


「あん? 坊主達じゃねぇか! 今日はもう閉めたからお前らもさっさと逃げな!」

「逃げる? なに言ってんだ、店長」

害獣ゾーマだよ! 近くに来てるらしいんだ!」


 害獣ゾーマ、かの《全世界同時多発大怪災》の要因となった存在。

 空中に逃げ、回避したにも関わらずどこからともなく現れる天災。

 テレビでしか見聞のない存在が、近くに来ているということを実感するには、少々生きた年数が足りなかった。


「いや、ここは中央街区の割と近くだし、誤報じゃない?」

「だといいけどな!」


 そう吐き捨てるや否や、店長は大通りのほうへ向け走っていく。

 あの、撃たれても死なないような印象のハゲ親父が死に物狂いで逃げていく後ろ姿は、知見の浅い僕らにも訴えるものがあった。

 そんな折に、警報が聞こえてくる。


害獣ゾーマ警報。害獣警報。近辺に害獣が確認されました。速やかに安全地域セーフゾーンに避難してください。繰り返します―――』


「マジかよ!? とりあえず避難しようぜ」


 コガが警報を聞き、先ほどの店長の行動もあってか焦り始める。

 緊急事態。害獣は、人間にとって天敵と言っても過言ではない。

 それは、大小種類様々で、見た目と共に攻撃方法も変わり危険度もまちまちなのだが、唯一の共通点に例外なく人間を襲うという点があるためだ。


「警報って確か、居住区2km圏内に侵入した瞬間鳴るんだったよな?」

「こんな時に何言ってんだよ、安全地域は学校になってるはずだから戻るぞ!」

「あ、うん。分かった! 行こう!」


 と、その時だった。


「あれ? コガ、なんか聞こえない?」

「あ? なんも聞こえねぇよ! さっさと行くぞ!」


 ふと、逃げ出そうとした後方から声が聞こえるのだ。


「なんかさ、声が聞こえるんだよ」

「は? 本当に何言ってんだお前、バカな気起こさないで行くぞ!」


 コガが苛立った声をあげる。

 声。女性の声だ。たしかに聞こえたはずなんだ。


「こっちだ!」

「おいバカ! そっちは逆方向だ!」


 コガの制止も聞かず、警報が鳴る方へ走る。

 最寄りの最も大きな安全地域セーフゾーンは学校近辺にあるが、少し離れると小さな地下シェルターが点在するのみになる。

 そこへ、我先に逃げ込まんと怒号が飛び交っている。

 喧騒溢れる道路を素通りし、徐々に警報が増しているのを感じていた。

 声は、確かに聞こえたのだ。気のせいかもしれないが、放っておくわけにもいかないと自分に言い訳する。

 本当は、ただただ変化がほしいだけだったのかもしれない。

 それが何よりも自覚できるのは、周囲がこんなにも騒々しい状況で走っているのにも関わらず、声の主が見つからない時点で、それは気のせいとしか言いようがない。

 恐怖よりも、期待の方が勝るのは、無知が生み出す虚栄心である。

 と、思っていたその時。


 ――――――助けて。


「聞こえた! こっちだ!」

「くそ! マジかよ……! 」


 今度はコガも聞こえたみたで、急いで僕についてくる。

 大きな十字路を目の前に、声は左方から聞こえる。

 微かな声で、もしかすると重症者かもしれない。


「大丈夫ですか!?」


 大声で呼びかけ、角を曲がる。


「……たす、けて」


 しかし、そこにいたのは、負傷者ではなかった。


「……え?」


 2㎞圏内に害獣が侵入した際に鳴る警報。つまり、2ということ。


 例えば、2km圏外から一気に跳躍し、侵入する技術。

 例えば、それを音もなく成し遂げる能力。

 例えば、人質を取り、声を出させて他の人間をおびき出す習性。


 そう、目の前にいたのは、まぎれもない人外。

 百聞は一見にしかず と、言うがまさにその通りで、一目見ただけで『それ』が人間にとっての脅威だと一瞬で理解する。

 目の前にたたずむ『それ』は、甲殻類のような造形に合わせて前面から触手のようなものを何本も伸ばし、巨大な複眼が辺りを見下ろしている。

 唖然として声が出ない。動けない。

 全長は8mくらいだろうか、全貌を見ようとすると見上げる形になる。

 蠢く触手のせいで奥行きがうまくつかめない。


 その触手の一つに、おそらく先ほどの声の主であろう女性が腹を貫かれ、虚ろな目でぶら下がっていた。


「あ……あぁ……」


 これが、虚ろな女性の声だったのか、僕の喉から出ていたのか分からないことだった。

 そして、女性が突き刺さっていた触手が恐ろしいスピードで襲い掛かる。

 スピードに耐えかねた女性の肉体がはじけ飛ぶ。

 辺りに細くなった女性が散らばる。

 圧倒的な暴力が迫る。

 僕は―――。


「イノ‼︎‼︎」


 イノ・カイバラ。それが、迫りくる触手の前に一歩も動けずいた無知な男であり、後から来た悪友に突き飛ばされ命からがら生き延びた愚か者の名であった。

 余りにも巨大な害獣と呼ばれるもの、外部からの情報でしか見ることのない光景。

 恐怖は、この時初めて痛感し、遅すぎる後悔が僕を襲う。

 鉄の強烈な臭いと、腸内を満たしいた排泄物の汚臭が一面に広がる。

 コガの腹を後ろから貫き、一撃にして致命傷を与えた凶器は、害獣の触腕である部分の先端であり。幾重にも並ぶ夥しい量の鱗に似た表面がコガの傷口を修復不可能なレベルまでズタズタに引き裂いていた。


「こ、コガ……」


 ズルリ と、これ見よがしにゆっくりと引き抜かれる害獣の触腕。

 凹凸に引っ張られるようにして臓物が辺りに散らばる。

 害獣の虫が持つような複眼で、その全てが僕を捉えている気がする。

 遥か上空にある瞳が、こちらを凝視するのが分かるほどの圧力。


「逃げ……ろ……」


 コガの虚ろな瞳が、声が届く。

 こんな時でも、コガは他人を思いやっていた。

 そんなコガを前に、僕は一歩も動くことができなかった。

 何もできない僕は……とか、無力だ……とか。

 そんなことを考える余地すらない空白。

 容赦ないほど圧倒的な現実が、雁字搦がんじがらめに僕を縛る。


『伏せて!』


 その時脳内に、女の子の声が響いた。

 音ではない、直接鼓膜に叩き込まれるような感覚。おそらく個人特性ビルドによるものだと気づくのは、だいぶ後のことだった。

 言われるがままカエルのように這いつくばると、上空を何かが通過していった。

 それは《第二空国ラプラス》が持つ最後の砦。

 《セラフ治安維持部隊》の、治安維持保全執行第二課と呼ばれる集団。

 ――――――通称「ニッカ」その、輸送車だった。



               ◇



 時間は数刻前、輸送車内。

「個体識別番号M-C023視認!」

「対象付近に生存者2人、1人は重傷のようだ」

「逃げ遅れ!? とりあえず私が呼びかけます!」

「私は……そうねぇ、どうしようかしら」

「ふざけてる場合じゃねぇ! 姐さんは重傷者の救助、俺と大将であのシャコ野郎を食い止める!」

「その作戦でいく、俺とゴッヅが先行、ユキとエルティナは救助に向かえ」

「「了解」」


 輸送バンが瓦礫に乗り上げ宙を舞う。

 正直なところ、生存者の上を通過するなど正気の沙汰じゃないが、そうも言ってられない。


回線開放チャンネルオープン、こっからは思念通話キネシスチャットで行くわ』

『『了解』』


 音のない会話。個人特性ビルドを利用した連携。

 脳内に直接言葉を伝える念波を使う能力。

 もちろん、これだけではない。ここにいる全員が個人特性ビルド保有者である。


『ゴッヅは右から陽動、俺が左から弱点を探す』

『任せろ、シャコを抑えるのはコツがいるからな』


 目の前の駆除対象は今巷を騒がす害獣「M-C023」。

 シャコ野郎とはよく言ったもので、複数の節足と、巨大な複眼、触腕を自在に操り、高速移動も可能。さらなる報告によると、再生能力まで兼ね備えた駆除必須な割にしぶといという厄介者。と、いうことが分かっている。

 逆に言えば、その他に情報はない。

 対してこちらは、汎用自動小銃アサルトライフルと、それに付随する二種類の弾丸。閃光音響弾フラッシュグレネード、汎用大型ナイフ。

 個人特性ビルドによる奥の手もあるが、人質がいる以上、即撤退がセオリーだ。

 つまり、ぶっつけ本番である。


『全く、ここの区画責任者にはあとでたんまりお灸をすえてやるわ!』

『そうねぇ、こっちは自分の区画を対処した後なのに応援要請だなんて』

『ここの区画責任者は、ついこの間殉職している。仕方がない』

『無駄口たたいてるんじゃねぇっすよ先輩方!』


 悪態を吐く女性二人に、それを諫める男が二人。

 たった四人が巨大な害獣の目と鼻の先に到着する。

 輸送バンを急停車させると共に、男二人が銃を抱えて陽動のため突貫する。

 続けて飛び出す女性が、地面に倒れこむ二人の男子学生を対処した。

 3人を降ろしたバンは急旋回し、ドアを開け放ちつつ退路を確保する。


『救助者確保したわ、応急処置したいけど……厳しいわね、もう一人は運良く無傷よ』

『退路確保! 救助者有りで戦おうなんて考えないでよ脳筋バカ共!』


 たった4人、されど4人見事な連携は最初交わした言葉のみで成り立たせる熟練度は高く、状況は数刻で前進した。

 しかし、完全に有利になったわけではない。今も通信担当の個人特性ビルド保有者が念波を飛ばしているが前線を維持する男たちに意識する余裕はない。

 触腕が頭上をかすめる中、狙いを目に定めて弾丸を発射するが、全て触腕によって撃ち落とされていた。


『シャコ野郎、見えてやがる』

『あの眼は伊達じゃないらしい』


 救助あちらは順調。あとは、ある程度いなしたらバンに乗り込み、一旦退避……なのだが。


『大将! コイツ、情報より疾ぇ!』

『なら、囮に専念しろ、俺が捉える』


 致命傷は避けている。しかし、それは相手とて同じこと。

 一進一退の攻防が続けば、消耗戦になり圧倒的に不利に陥る。

 と、その時。


「弾丸を切換えて! 小型榴HE弾だ!」


 念波じゃない、鼓膜に響く肉声。

 だが、進展がない今、前線に立つ二人の判断は早かった。



               ◇



 イノは、ただうずくまり事の成り行きを傍観しているだけだった。

 声が届いた瞬間から湧き出る自責の念、助けられた安堵、様々な思考が色付いてくる。

 装甲のようなスーツを着込む人間がバンから飛び出たかと思うと、即座に連携をとり、瞬く間に僕らを救助し、害獣を食い止めた。

 助かった。そう思える余裕が生まれると同時に後悔が波となって僕を襲う。


『間抜け面ね、惚けてないでついてきなさい』


 バンから3人が飛び出した後、操縦していたであろう人物がこちらに駆け寄って、いきなり罵声であったが、言葉の通り惚けたままで反応はできなかった。

 その声は若く、見た目の背丈的に女性だろうか、装甲が顔面も覆ってるため識別できないが、明らかに自分より若い。

 向かい側で、救助に来たもう一人がコガを診ていた。

 そちらもおそらく女性だろう、スーツの女性的な特徴からしてなんとなく想像がつく。

 しかし、少し俯いたかと思うとコガを置いて女性はこちらに戻ってきた。


現状対処不可能ネガティブよ』

『了解、残念だけど。このアホ面だけ助けてずらかるわ』


 背筋を冷たいものが伝うような感覚がする。

 コガは? 死んだのか? 俺のせいで。


『ぼさっとしてないで! 知り合いか何か知らないけど、生存者優先よ!』


 生存者優先。コガがもう、生存者じゃないみたいな言い方だ。

 若い女の子に引きずられるようにしてバンまでたどり着く。 


「待ってくれ……コガが! 俺の友達なんだ!」

「今は生存者優先って言ったでしょ!? ぼさっとしないで早く!」

「いい子なら、こっちへ来なさい」


 能力ではなく、肉声。

 女の子の声は怒気を孕み、手を伸ばしてバンに強制的に乗せようとしている。

 もう一人の女性も、こちらをバンに乗せようと背中に手を添えている。

 ダメだ。それだけはダメなんだ。

 俺のせいで、俺の思い違いな行動のせいで、失いたくはない。

 そんな責任、負えるはずがない。

 彼らが助けてくれない理由は明確だ。

 害獣ヤツのせいで余裕がないのだろう。

 ヒュンヒュン と、触腕の風を切る音が離れたバンにまで届くということは、相当な質量と速度だと分かる。

 冷静になれ、よく見ろ、よく考えて観察しろ、きっと何か、コガを助ける手立てがあるはずだ。


「いい加減にしてよ! 早く乗って! 一般人になんとかできる存在ものじゃないの!」

「コガが……! 友達なんだ!」


 ついに捕まり、女の子とは思えない程の力で引っ張られバンに乗せられる。

 現状をひっくり返す。

 そんな、絶対的な一手。

 焦り、恐れ、悔やみ、いろんな感情が頭の中を駆け巡る中、僕は必死に害獣を見やる。


【診断結果】

 ・甲殻種の海水生物をベースにした特殊変異個人特性ビルド

 ・構成割合

 水分…70.8%

 タンパク質…13.3%

 脂質…10.3%

 カルシウム…2.3%

 ミネラル…1.3%

  ・・・


 その時、唐突に頭の中でイメージが浮かぶ。

 特殊変異個人特性……?


 ---解析シーケンス ---始動

 ---構造解析プロトコル開始 ---成功

 ---神経系バイパス投影開始 ---成功

 ---DNAテクスチャ解析開始 ---成功


 その時、今まで見たことのない現象が起こった。

 突然目の前にいた害獣の身体が透け始め、細い線がその中を走り始めた。

 最後に、透けた身体の表面部分が極彩色に変化する。

 一拍を置いて、これが自分の個人特性ビルドだと気付く。

 《分析》の個人特性、見たものをその名の通り分析し、構成要素を把握する。

 目の前に広がる景色は、一度も使ったことがない僕の能力の一部なのだろうか、神経系バイパス? テクスチャ? 自分の能力なのに、さっぱり言っている意味が分からない。

 土壇場での新しい能力の開花、『分析』のさらなる可能性。

 しかし、たったそれだけの能力には変わりなかった。今周りにいる人たちに遠く及ばない能力。

 念じて会話することはできないし、害獣相手に立ち向かうような能力じゃない。

 どんなに進化しようが、ただ見るだけ。

 何もできない、こんな時でさえ役に立たないのだ。

 いや、待てよ……?

 1つ引っかかる部分がある。

 もう一度る、線の流れを見る。

 もう一度る、極彩色の差を見る。

 もう一度る、銃弾の動き、触手の動きを比較する。

 もしかしたら。


「あ、あの!」

「今度は何!? 今さら戻してなんて無理だからね!」

「そうじゃなくて、火は……熱を出すような武器ってありませんか!?」

「え? 熱……? それなら、建物を破壊する用の小型榴HE弾とかなら比較的熱くなるというか……火薬を大量に使ってるものなら」


 それを聞いて再び害獣を見据える。

 風切り音を生み出すほどの速度と質量、とても目で捉えることができない。

 しかし、今度は観察のためではない。逆転のために見据えた。

 前線を抑える男たちが放つ銃弾は触腕で弾かれている。

 


「弾丸を切換えて! 小型榴HE弾だ!」


 前線に向かって叫ぶ。

 すると、男たちは素早い手際で小銃の弾倉を切り替えたのが見えた。


「ちょっと! 何言ってんの!? あの弾はあくまで建物を破壊する用よ! 害獣ゾーマに効くはずないじゃない!」


 女の子が慌てて叫ぶ。前線では、すでに小型榴弾が使用されていた。

 考えが間違っていれば、もしかすると助けに来てくれた人たちすら犠牲にするかもしれない。

 ――――――それでも。


「大丈夫! 僕に策がある!」


 僕の個人特性によって分かった害獣の弱点。


「触腕の根元を狙うんだ!」


 再び前線に叫ぶ。

 僕の個人特性ビルドは、ただ見ることしかできない。でも、見るだけなら誰にも負けない、観察して分析するだけなら僕にもできる。

 だから、分かった弱点。害獣あいつは、弾丸を弾くのではなく。

 

 発射された弾丸は速すぎて目にとらえることができないが、弾かれた弾丸があるなら必ず周囲に弾痕が広がるはず、しかし、それがなかったのだ。

 そして、男たちの狙いが根元に移行したことを確認する。防ぐための触腕の動きが集中している個所を見れば、根元だと分かる。

 そして、攻防が続くさなか、ある変化が起きる。


「あれ? 害獣あいつの動きが見える……?」


 先ほどまで散々隣で馬事罵声を叫んでいた女の子が唖然と見ていた。

 弾丸を防ぐほどの速度で動いていた触手が、徐々に目で捉えられるスピードになる。動きが鈍くなっているのだ。

 すると、弾丸が触手を抜け、本体に直撃する回数が増える。


「触手を構成しているのは主にタンパク質だった。だから、弾は弾かれてるんじゃなくて触手が飲み込んでいたんだ。そして、体内に埋まった榴弾が破裂するエネルギーは、そのまま熱エネルギーになって、タンパク質が熱凝固を起こした」

「だったって、アンタ……よく、そんな分かったわね」

「僕の、個人特性ビルドです。視ることしか能がない……僕の力です」


 熱凝固によるタンパク質の変化。

 熱を加えることによって、豚肉が白く硬くなる原理のことである。

 ちなみに、この時肉の旨味成分も出ていることを知っていたのは、貧乏学生の特権ならではかもしれない。


「じゃ、じゃあ、そのまま撃ち続ければ完全に停止するってこと?」

「いや、完全に停止させるには1時間以上は熱を加えないとダメだと思う。あの大きさならそれ以上かも」

「ダメじゃない! どうすんのよ!」

「だから、。一発でも、あの触手を抜けて当たれば大丈夫」


 そう、たった一発でも運よく当たればいい。

 さっき見た神経系バイパスと呼ばれた細い線の流れ。

 触手を動かすための要、それが集中する箇所。

 触腕の根元、高速で動かすための命令バイパス。

 そのどれかが切れるだけで、触手は少しずつ動かなくなっていく。



               ◇



『動きが鈍くなった! 見えるぞ大将!』

『よし、切り替えるぞ』


 男たちの武器が切り替わる。

 一方は拳に、もう一方は鉈に。

 ここから先は一方的だった。


『殴り飛ばすぞ! 頼んだ大将!』


 拳を振るう。触手が鈍くなったおかげで懐にうまく飛び込めた。

 捉えたのは節足の一つ。

 ゴガッ! と、盛大に音を立て、巨大な害獣が宙に舞う。

 地に待つのは大鉈を持つ男。

 農業用の鉈とは違い、その刃は異常に長く、厚い。

 刃の部分だけで男の身長と同じくらいあるのではないかと思うと持ち上げている様は異常に見える。

 踏み込み、一閃。

 異様な鉈を恐ろしいスピードで振り抜く。すると、着地に使うはずだった節足がことごとく切断されていた。

 ズン と、先ほどまで節足を巧みに扱い立っていた害獣が、音を立てて倒れる。

 しかし、ここで先ほど鈍らせたはずの触手が動き始める。


『再生能力だ大将! やべぇぞ!』

『一旦下がる、遅れるな』


 そう、指示を出した瞬間だった。


「眉間だ! 複眼の間!」


 再び、指示が飛んでくる。

 再生し始めた触手の間を縫って、眉間に迫るというリスク。

 先ほどの結果を見ている男たちに、疑う選択肢はなかった。


『ゴッヅ、俺が切り開く』

『あいよ!』


 再び大鉈を振るう、さっきとは違い懐に飛び込んでからの一閃は、ゴッヅと呼ばれた男に迫る触腕を切り飛ばすのには十分だった。

 このゴッヅという男も相当に異様である。

 質量、体積共に圧倒的に劣っているにも関わらず、その相対する巨体を打ち上げる拳の威力。

 それを、眉間に打ち込んだ。

 必殺の一撃、激しい激突音と共にシャコのような巨体が地面に沈む。

 命令バイパスが次に密集していた箇所、全身駆動用の中枢。

 深々と突き刺さった拳はそれを破壊し、害獣駆除は終幕を迎えた。

 これが、イノ・カイバラが『治安維持保全執行第二課ニッカ』に加入する半年前の出来事。

 いわく、後に彼は「触手が動かなくなった時点で眉間に銃弾を撃ち込んでもらう作戦だったが、正直賭けの要素が強かった。鈍る前に残弾が切れたらダメだし、当たらなくてもダメ。でも、メンバーが予想以上にバケモノで助かった」と、言い残している。

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