泣いて馬謖を斬る
久保カズヤ@試験に出る三国志
第1話
およそ228年現在、中華は三つの国「魏」「呉」「蜀」に分かれ、天下の覇権を争っていた。
しかし、最大の強国「魏」を築き上げた「曹操」、そして三国建立以前の正当国家であった「漢」の正当性を引き継ぎ「蜀」を立ち上げた「劉備」、その二人の英傑の姿は今は亡く、時代は脈々と移り変わりつつある。
突きつけられた厳しい状況。勝利を重ねながらも、蜀国の丞相「諸葛亮」の率いる蜀軍は、苦境を強いられていた。
対峙するのは、魏国の大将軍である「曹真」率いる二十万の主力軍。重なる敗戦で曹真の兵力や士気は落ち込んでいたが、魏より精鋭数万が援軍として到着。これで、明らかに総数は蜀軍の総勢十八万よりも多くなった。
さらに急報によると、魏国で、政争によって爵位を剥奪されていたはずの「司馬懿」が復帰。錬磨の勇将である「張コウ」と共に、十数万の軍勢で蜀軍の侵攻を阻む為、進軍の足を速めている。
そして最も蜀軍にとって大きな打撃だったのは、魏国から降伏してくるはずであった将軍「孟達」のクーデターが、司馬懿によって迅速に鎮圧されたことであった。
外から蜀軍が都市「長安」を脅かし、内から孟達が都市「洛陽」を脅かす。国の二京を同時に攻めれば、一挙に魏国を打ち滅ぼすことだって可能であっただろう。
しかし、それがついに叶うことはなかった。戦況は、苦しくなっていくばかりである。
高低様々な山が並び、地面は岩肌があちこちに露出している。蜀の兵は、こういった山岳での戦いを得意としており、対する魏の兵は、平原での騎馬戦こそ強かったが、こういった山岳での戦は不得手であった。数の劣る蜀軍が魏軍に押し勝つ為、諸葛亮が地の理を活かすべく選んだ戦場である。
蜀軍本陣。最も大きな幕舎では、今日も、締め付けが強まる戦況を打開するべく、全ての将軍や部隊長らによって軍議が執り行われている。そして現在、軍議の主張は大きく二つに分かれていた。
「丞相、今こそ絶好の好機です。わざわざ長安にまで出向いてきた魏帝の『曹叡』はまだ若く、戦を知りません。それに曹真、司馬懿が出て来ている今、長安に駐屯しているのは大したことのない雑軍です。今こそ一気に攻め上がり、長安を落とすべきかと思いまする」
「逸ってはならん、『魏延』都督。一気に攻め上がれば、我らは常に、曹真と司馬懿に背後を脅かされることになる。長安を取った後、司馬懿らに包囲されては元も子もない」
魏国の都市である長安へ攻め込む為には、大きく分けて三つの道がある。
一つは「子午谷」を進み、長安へ進む最短の道。最も距離が短い道だが、蜀にとってまだ不明瞭な土地でもあり、どんな罠があるのか分からないといった不安があった。
もう一つは「箕谷」「斜谷」を進み、要所である「ビ城」を取って長安へ臨む道。この道は大軍が進むのに適しており、現に蜀軍はこの箕谷で曹真軍との対峙を続けている。
そして、最後の一つは「祁山」に上り「渭水」の上流から下流のビ城や長安へ攻め込む道。他の二つと比べ足元を着実に固める堅実な道筋ではあるが、距離的には一番の遠回りでもあった。
「虎穴に入らざれば虎子を得ず、と言います。それに曹真や司馬懿が我らの背後をつけるまでは時間がかかります。それまでに長安を取れれば、食料も十分に長安で賄えますし、我が蜀漢の漢中から軍勢を出して、曹真と司馬懿を挟撃することだって可能でございます」
「魏延都督は長安ばかりに気を取られておるが、長安の周囲には『ビ城』を始めとした要所となる支城が複数ある。司馬懿や張コウは必ず進軍の途中で、その複数の城に兵を割いているだろう。それでもまだ、楽に長安へ攻め込めると思っているのか?我らはこのまま斜谷へ出でてビ城を落とし、街亭より物資を運び込んだ後、決戦へ臨むべきだ」
「それでは敵の体制が整うまで待っていろと言っているようなものですぞ!?物資も兵数も圧倒的にこちらが少なく、守りを固められては手の出しようがないのは火を見るより明らか!それならば、この魏延に精鋭一万を与えてくだされ。丞相率いる本隊が司馬懿らを相手取っている間に、一気に奇襲で長安を攻め落とし、挟撃の形に持ち込んで見せまする!!」
「この魏国を討伐するという『北伐』は先帝である『劉備』皇帝陛下の悲願であった。そのような危険な賭けに乗って失敗でもしようものなら、もう二度と、先帝のご遺志が叶うことはなくなるのかもしれない」
「先帝のご遺志であるからこそ、その身を惜しまず、好機を逃してはならぬのです!!」
議論の中、一挙に魏国の要である長安へ攻め込む策を提案しているのは、蜀軍の前線部隊の統括を行う立場の魏延である。実質、諸葛亮に次ぐ重職であり、蜀の将軍の中でも筆頭として名の挙がる豪傑の武将でもあった。顔に現れるくらい厳格で強情な性格だが、配下の兵を良く労り、どれだけ厳しい戦況であろうと絶対に仲間を見捨てない、誇り高き武将である。
武将の中でも一際体格が大きく、顎から喉にかけてまで生えた無精髭が目立つ。そして何よりも、声が大きい。数多の叫び声が響く戦場であろうと、魏延の声だけは遠くまでよく通った。その為、魏延の下で戦う兵達は非常に良く統率が取れており、どれほどの混戦でも隊が乱れることがない。文官やその他の将軍達との衝突も多かったが、兵士達から寄せられる信頼はとても厚かった。
そして、危険の少ない土地で確実に足元を固めて長安へ臨む策を立てているのは、言わずと知れた、蜀の皇帝に次ぐ最高権力者の諸葛亮だ。弱冠二十歳の頃から、先帝である「劉備」に付き従ってきた忠臣。その先帝亡き今は、蜀の軍事や内政の一切を取り仕切っている。
体の線は細く、決して肌艶も良くはない。疲れが溜まっている様に見えるものの、その眼光は強く、あの魏延でさえも強く踏み込んだ抗議を立てることが出来ずにいた。
各将軍や部隊長などの、血の気の多い軍人は魏延の策を支持し、諸葛亮を支持するのは文官が主である。しかし、やはり今までこの蜀を支え続けてきたのは、この諸葛亮の他ならない。
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