死んで身に入るこの魂
TNネイント
どんな対策も、生き延びる事ができないと意味がないとわかったあの日。
ある年の六月
「今日は暇か?」
「えっ、今日?」
昼休みで生徒や教員たちの会話が弾む、ある市立中学校。
政令指定都市の一つの市の中にある、見た目は至って普通の学校だ。
かなりの頻度での統廃合を繰り返した、という流れ以外は、特に変わった所はない。
そしてそんな所に通っている私「ナミ」もまた、外見は普通の女子生徒の一人だ。
テストの点数は学内では平均レベルで、何かに長けているわけでもなければ、何か後ろめたくなるような事をしていたり、重い障害等を抱えていたりするわけでもない。
私のような平凡な人間でも、平穏に過ごせる日々ができるだけ長く続くことを祈る限りだ。
しかし、その様な祈りは今日、儚くも砕け散る。
祈りというのは、簡単には叶わないものである―――――。
どこからか突然、銃で発砲する音が聞こえてきた。
かと思いきや、飛んできた弾が窓ガラス一枚を割り、一つの教室の壁に穴を開ける。
悲鳴が上がったり、弾んだ会話がどよめきに変わったりと、生徒や教員達の中に不安が募る。
外では、発砲したと思われる男と、たまたま居合わせたと思われる教員達とで、騒ぎが起こっていた。
「おい! いきなり銃で撃つな!」
その中の一人が怒鳴りつけるような声が響くが、その人も数分で銃で射殺されてしまった。
男が校舎に入ってくると思い、混乱になったのか、悲鳴を上げながら上へ上へと移動する人たち。
行動そのものは、おそらく「逃げる」という意味では合っていた事だろう。
「男は一階でも何人かに銃を発砲していて、既に二桁に登る死人が出ている」とも考えられるのだから。
私はこれを相当重大な危機と思っていなかったのか、呑気に廊下を歩いていた。
そして、二階から三階への階段の近くで―――――。
「えっ……?」
柱から姿を現した所、左
銃弾は膝を貫通していて、血も多く出ている。
痛い、というだけでは済まない程の痛さで、立つ事すらできない。
声さえも出しづらく、視界も暗くなってきた。
手を使って方向を変え、男から僅かでも距離を置こうとするが―――――。
「たす……け―――――」
これが
まさか、
思いもよらない出来事だった。
*
そんな私が、目を開けた先に広がってきた光景は―――――。
「なに……これ……」
何かの歌を口ずさみながら何かの作業をしている途中と思われる、赤い髪の毛のショートヘアの少女と、私にはくぐって中に入れそうなくらい大きいモニターが、何百面も並べられている空間だった。
薄い水色の空や、白い雲も広がっている。
少女の先の数々のモニターに映し出されているのは、過去の私の行動の数々。
気持ち悪いとも言えるほどに展開されていた。
ある日は授業中だったり、またある日は家族での買い物だったり―――――。
それらをしばらく見つめていると、こちらの動きに気付いたのか、少女が一度振り向いてくる。
赤色の目に赤のメガネ、白い生地に股の辺りから
なぜか赤が多い。
容姿は―――――私からすれば、お姉さん、とも言えなくはないところか。
背は少し高めで、顔も特に悪い所は無いように見えた。
「どこ、ここ……?」
一度呟いた。
「あっ、目覚めた? 早いなぁ……。 まだ行動一つ一つをアーカイブ化してる途中だから……もう少しくらい寝ててくれない?」
彼女からは、寝ているように
何をアーカイブ化しているのか?
私の過去なんかをアーカイブにしたところで、どんな人に需要があるのか?
気になって仕方がない。
そして、身の回りを確かめてみて気になったのが、足や背中の弾痕のようなものがない事だった。
もちろん、血も出ていない。
服も中学校の制服のままだ。
私は、こんな地獄とも天国とも言い難いような所にやってきたのか?
とにかく、今はこの少女の言うとおりにして、一旦寝ておこう。
信頼できないも何も、今この周りにいるのは、彼女と私くらいだから。
一方で、その彼女はというと―――――。
「……あれ、もう終わり?」
既に作業を終了させていたようだ。
「意外と早く終わったなあ。 もしかして、普通すぎるから? まあ、それはそれでいいんだけど、今は伝えようないし……そうだ!」
そして、何かを企んでいた。
*
それから、二時間ほど後。
「終わったぞー? とりあえず起きろー?」
両手で私の体を揺すり、起こそうとしてきた。
しかし、『寝ててくれない?』って言ったのはそちらではないのか?
「ん……? えっ、何これ……?」
目を開けて視線を下に向けてみると、どういうわけか、椅子に正座した状態にされていた。
「早く終わって、暇だったからね」
いや、玩具か何かじゃないんだから。
この発言から、彼女への様々な言葉が私の頭の裏を過っていく―――――。
「いや……まず、誰……? 名前は?」
その中で最初に出てきたのは、かなり簡単な疑問だった。
「誰、ねぇ……。 あ、ここに来たばっかだし、やっぱり知らないか。 良く
なぜ空間があり、なぜその空間に担当管理人の概念があるのか?
「空間……? 何かが出来るようになったりするの?」
「これも良く訊かれるよ! やっぱりみんな、最初はここで何ができるのか気になるみたいだね!」
彼女にとっては、『よくある質問』のようだった。
「早く教えて?」
「ここは……そうだね、簡単に言うとしたら……『過去に直接移動して当時と異なる行動をする事で他人の記憶を改竄できるようになる空間』、かな!」
ところが、説明を受けても本当なのか分からない。
そもそも改竄させたい記憶があるのは、何か後ろめたい過去を持っている人か、死刑囚くらいしかいないはずだ。
「どういう事……?」
「まあまあ、まずはお試しで! ちょうど一年前の自分の体内に行ってみよう!」
いきなり生々しそうな事を言うな。
大体、お試しってなんだ。
ある程度説明はされたが、どうすればいいかわからない。
「どうやって行くんだろう……?」
先程から気になっていた、大量のモニターの中から選べばいいのか?
浮遊する体―――――いや、これは一度死んでいるから当たり前か。
これが生身だったらおかしいだろう。
モニターに表示された行動から、ちょうど一年前の記憶を探る。
「これは……三年前の二月
しばらく確認していると、映し出されているのは、一日の行動の中からランダムに選ばれたものがスライドショーのようにして表示されているという事などが分かってきた。
そんな中で一度立ち止まった時に表示された日にちは、「二千十一年十一月
順番などはなく、バラバラに置かれているのか―――――?
「えーっと……どれだろう」
とにかく、今回の場合はそれらの中から昨年の六月九日の行動が映されているものを見つければいい―――――のだが、なかなかこれが見つからない。
時間や動きが全く同じで、何時のものかを見分けるのが難しい事があるからだ。
迷いそうになってきたところで、後ろから管理人の少女が右肩に左手を跳ねさせるようにして触ってきた。
思わず振り向いた。
だが、寝る前もそうだったように、今のところこの周辺には彼女と私くらいしかいない。
「いきなり何……あれ? それ……持てるの?」
そしてその右手に持っていたのは―――――モニターだ。
「あはは、やっぱり最初は迷っちゃうよね。 あっ、あと、これは灰色の縁のような部分は手に持てるし、復元も可能ではあるけど、乱暴に扱ったりしたら割れたりもするようなやつだから、なるべく優しく扱ってね。
ところで……探してるのって、この日のものでしょ?」
「あっ、それだ!」
持っていたものに表示されていた日にちは、ちゃんと『ちょうど一年前』。
さすがに担当管理人を名乗ることはある、というべきなのか、それとも一応の優しさはあるというべきなのかは分からないが、
とにかく、一度崖から子供を落とし、自分のもとへと登ってくるまで何もしないような、そのような考え方ではないようで安心した。
「とりあえず、手から徐々に入れていく感じでいいよ。 行ってらっしゃい」
一度死んだはずの私は、この空間でどのような事になっていくのか―――――。
そんな期待と不安を背負いながら、私は身体をモニターの中へと突っ込んでいく。
入った先の事はまだ言われていない気もするが、とにかく最初は試す事だ。
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