1-1-7 大好きな子どもたち

【少女の思い出】


 私の村の長は、魔術師だった。


「今日の夕方、村長があなたに来なさいって」

「ふぁぁ・・・、何て?」


 ある朝。母さんは、寝起きで頭の働かない私に、村長からの言伝を話した。


「もう、魔法が使えて我が娘ながら優秀だからって、世の中舐めすぎよ。近所の子たちは朝早くから仕事してるし、ケルヴィン君なんか昼夜問わず学院に行くために勉強してるんだから。村長が夕方に、あなたに来るように言ってるの」

「ははっ、ケルヴィンのやつ、相変わらず要領悪いわね。分かった、夕方村長ね」

「夕方村長って・・・、村長の名前が夕方みたいじゃない。あいつは、深夜が一番元気なのよ」



 母が、失言を漏らした。

 朝ごはんを食べた後、ケルヴィンの家からくすねた本で少しだけ魔法の勉強をする。

 泥棒は良くない? 警備意識の低い、彼の方に責任があります。


「ええと・・・、雷の精霊よ、汝の牙を突き立てよ。『紫電』」


 バチバチバチィ!


「な、何事ダァ!」


 父が起きたばっかりであることを示す半目で、部屋に飛び込んでくる。ようやく起きたか、ダラけオヤジ。そんなだから母に愛想を尽かされるんだぞ。

 村長イケメンだから、仕方ないかもしれんが。

 頑張れ、父。

 それにしても、村長は私に、何の用があるのだろう?

 前々から嘆願していた「あなたの息子さんを下さい!」という希望が叶えられるのだろうか?


「まだ六歳なんだが」


 と断られた気がする。

 それでいいのに。

 それがいいのに。

 へへ。

 それとも、新しい魔法でも教えてくれるのだろうか。それはそれで、素直にありがたいが。

 魔法の練習に飽きてきたので、いつも子供達が遊んでいるサンクチュアリに、手づから作った弁当持参で巡礼に行く。

 これのために早起きした後二度寝するのが、私のルーティーン。純真無垢な少年少女の輪に入り込む、一匹の邪なる毒蛇。

 それが私です!

 聖域に近づけば、子供達が遊ぶ甘美なる声も聞こえてきた。出来るなら、あそこに骨を埋めたいものだ。

 この戦場を死地と見定め、いざ、行かん!


「ほら、お坊ちゃんお嬢ちゃん、魔法見せてあげるから、こっちおいで」


 私が魔法を勉強するのは、糞真面目なケルヴィンとは違って、学院に行くためではない。

 ちっちゃい子の興味を引くために過ぎないのだよ!

 逆に、このように目的がはっきりしているからこそ、私はケルヴィンより圧倒的に魔法が出来る。あいつは常々「世の中のため」とか言ってるが、そんなのでモチベーションが保てるはずがない。

 煩悩は、時として崇高な目的に勝る。


「アー!ヘンタイ魔法使いだ!」

「近づいたら食われるってかーちゃん言ってた!」

「キャー! ヘンタイ怖い!」


 うるさい! 本当に食ってやろうか!?

 ・・・ゲフンゲフン、手は出さない、手は出さない。

 お母さん、私はそんな節操なしではありませんよ? 淑女ですから。お分りいただけたでしょうか? それならば、息子さんを一晩お貸しいただけたら幸いです。

 大丈夫、添い寝だけですから・・・。


「ふっふっふ。そう言ってられるのも今のうちだけよ! 水の精霊よ、恵みの活劇を見せつけよ。『水球』」


 そうやって顕現した水の球に、子供達は目を吸い寄せられる。


「やっぱ魔法ってスゲェ!」

「呪文、カッコイイ!」

「水汲みに行かなくてもいいのー?」


 子供達から賛美と尊敬の視線を受ける。至福!

 魔法、覚えてよかった。

 あなたもどうですか?

 人生、変わりますよ。


「どうやったら出来るようになるのぉ?」


 お、さっそくきました。子供らしい間延びで聞いてきました。このように、受講の申し込みは簡単。お題は時間単位当たりにつき、一ペロペロで十分です。

 十二歳以上は、お帰りください。


「お前みたいに、どんくさいヤツにはできねえよ! かーちゃん言ってたもん。この姉ちゃんは、テンサイだって! ヘンタイだけど」


 おいおい、この子のお母さん余計なこと言いすぎでしょ。魔法くらい、誰でも使えるさ。ケルヴィンだって使えるんだから。

 それに私は、変態ではない。ちょっと本能に忠実なだけ。いやそれ、変態か。

 天才に関しては、別に否定しませんがねぇ?


「そんなことないって。魔法は簡単よ? 精霊はすぐそこにいるわ。その子達に媒介を頼む代わりに、魔力をあげるだけなのよ」

「セーレーさん? どこにいるのぉ?」

「え? 見えないけど、何か感じない?」

「うううう・・・・・・わかんない」


 ちょっとの間、周りを一生懸命見た後、小首を傾げるその様は、既に一種の芸術である。

 もうこの子飼いたい。


「やっぱトロいお前にはムリなんだよ」


 と、お母さんに問題のある子が言うと、ペット候補は膝を崩し、地べたに座りながら泣き出してしまった。「こらこら」と発言を注意しながら、候補に「大丈夫?」と声をかけて、抱きしめてあげる。

 うひひ、役得じゃわい。


 その後もしばらく遊んで。

 お昼には一旦、家にご飯を食べに帰る子も多いけれど。ここ数年は、私の作ってきたご飯にありつこうとしている子も沢山いる。そりゃ、通いつめてますから。子供たちは、友達とご飯が食べれて万々歳。親は、食費が浮いて万々歳。私は、子供達に取り入ることができて、万々歳。

 みんな幸福。

 因みに、具材は私が魔法で営んでいる農業及び畜産業で得られるものを使っているので、両親には迷惑をかけていない。

 物資を提供している分、むしろ貢献している。

 このような涙ぐましい努力もあってか、私にとても懐いてくれる子もいる。その中の一人は、今日もランチの間、ずっと私の膝上を占有していた。

 私が口元にサンドウィッチを持って行ってあげると、すぐにパクついて、にへらっと、こっちに向かって笑いかけてくれる。

 萌え死にしそう。

 昼飯時が終わると、一時的に帰宅した子もまた舞い戻ってくる。そんなにお姉さんが恋しいかぁ。

 よしよし、遊んでやろう。


「水の精霊よ、地に水湧かし、動きを捕らえよ。『泥沼』」


 その後みんなで泥遊び。愛すべきチルドレンとくんずほぐれつだぜ!

 ひゃっはー!


 ・・・。


 ・・・日が暮れてきた。楽しい時間はあっという間。いつか終わりが来るもの。そろそろ帰る時間。

 私の出した「水球」で泥を洗い流しながら、「永遠は醜し」を大声で合唱する。

 それでお別れ。


「ばいばぁい!」「じゃぁねぇ」「また、明日な!」


 こんな楽しい日々を繰り返す。

 今日はこれで終わりだけど、明日、明後日、明々後日と、また楽しい日々を過ごす。


 ずっと、ずっと。

 私はそう思っていた。詩の意味なんて、まったく分かっていなかった。


「さて、そろそろ深夜村長の家に行きますか」

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