杏仁豆腐

第1話プロローグ

ピピピー。ピピピー。ピピピー。


聖は夢の中にまだ意識を残したまま

、無意識に右手を上下に伸ばしている。携帯の在りかを探しているのだ。先程からとっくに携帯の目覚まし機能は、起きる時間を告げているのだが、聖は睡魔と格闘しながら何回目かのスヌーズの後、やっと覚醒して重い身体を布団から引きずり起こすことに成功した。



あーあ、折角いい夢見てたのに、そう呟くとトイレに向かった。何年使用してるか定かではない薄ピンクのパジャマのズボンを下げて、便座に座り、用を足しながら夢の世界を反芻していた。



そう、夢に見たそれは、鼻の無い世界だった。



その世界とは、そう、字のごとく、夢の中では人類皆、生存しうる生物全員が鼻を持たない世界なのだ。その世界には香りという概念がない。今日日、現代社会では、テレビを付けてCMを見れば、お店に行けば、ありとあらゆる場所を消臭する、消臭剤や、フレグランス剤の類いが存在感を示している。しかし、夢の世界ではそれは存在しない。皆鼻がないのだから。気にする必要がないのである。また、夢の世界では、嗅覚が効かないだからろうか、その反動からか、人類の味覚は発達し、シェフを生業にしている人間は勿論、一般人でも、絶対音感ならぬ、絶対舌を持ち合わせてる人間も少なくない。料理を前にした時、現実世界だったら、「いい匂いー」とまず嗅覚からその料理の感想を述べる。でも、夢の中の住人達はいつも視覚、味覚をフルに使って料理を味わっているのだ。まず、視覚で料理を舐め回し、彩を誉めた所で次にそれを口に運ぶ。言葉のセンテンスも皆上等ときてる。つまり、ありとあらゆるものを消臭しない、香りを気にしない、そして、現実世界とはかけ離れた味覚の持ち主が沢山存在する世界、それが鼻のない世界だった。



聖は時間が経って、曖昧になった鼻のない世界の記憶の切れ端を辿りながら、出掛ける準備をしていた。


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