#29 ぶれない関係性
城で1泊世話になり、朝、サミエルとマロはキャスパやカーシーたちに見送られ、王都を後にする。
「
サミエルとマロに与えられた部屋は、壁こそシンプルに白だったが、床の色彩が鮮やかだった。
だが組み合わせの為なのか、原色では無いからか、不思議と落ち着く色合いではあった。
そして
出された朝食はカーシーがメインで作られたものだった。
フレンチドレッシングが掛かった新鮮野菜のサラダと、数種のきのこが入ったオムレツに、じゃがいものポタージュ。
料理の能力者であるカーシーの手に依るものだけあって、サミエルでも普通に美味しくいただけた。
「そうだな。宿でも高い部屋だったらあんな感じなのかも知れんが、俺には縁が無いかな」
何せ毎日宿を取っているのである。せめて普通の部屋で無いと、金銭的に続かない。
サミエルは営業でも常識的、良心的な価格で提供しているので、別段裕福と言う訳では無いのだ。
「いつものお部屋も、とても良いお部屋なのですカピ」
「だな。掃除だって綺麗にしてあるしな」
移動は明日にして、今日は宿でゆっくりする事にしよう。昨日の珍客の事もあったが、やはりサミエルもマロも城で多少の気疲れをしていた。
一昨日から滞在している、王都近くの宿に帰り着く。
「お帰りなさい。大役、お疲れさまでした」
そう暖かな笑顔で出迎えてくれたのは、受付の女性。サミエルに宿の厨房を使わせてくれた人だ。どうやら宿の主の奥方らしい。
昨夜宿に戻れない事を告げた時に、世間話程度に王都、城に行く事、そして料理を作る事を話していた。
「ありがとうございます。お陰さまで何とか無事に終わりました」
実際にはカロリーナたちの襲撃があった訳だが、終わり良ければ全て良し、と言う事にして。
「それは良かったです。今夜も厨房を使われますか?」
「そうさせて貰えると助かるっす」
「分かりました。またその時にはお声を掛けてくださいね」
「ありがとうございます」
そしてサミエルとマロは部屋へ上がる。バッグを適当に置き、靴を脱ぐのももどかしく、ベッドへ飛び込む。そこで
「は〜〜〜」
大きく息を吐くと、マロがそんなサミエルを
「サミエルさん、お疲れさまでしたカピ」
「おう、マロもお疲れ。大変だったな」
「ボクは全然なのですカピ。ブレアさんが強い
「あ〜俺は見てる事しか出来なかったけど、あれは何か凄かった。弾け飛んでったもんな、カロリーナたち。今夜来るかな」
するとマロは、むぅ、と顔を
「あの悪魔に反省という文字は無いと思うのですカピ。普通に来そうな気がしますカピ」
サミエルは「そうだな」と応えながら苦笑した。
すると、窓がコツコツと音を立てた。風か何かだろうと無視していると、次には大きめの音が。
サミエルが首を曲げて見ると、窓の向こうに
「お」
サミエルは声を漏らして上半身を起こし、マロは腰を上げて
マロにとっては最初から印象が良く無かった悪魔という存在のカロリーナ。昨日の事で
ベッドから降りて、窓を開けてやる。するとカロリーナは珍しく遠慮がちに入って来た。
「こんな時間に珍しいな。昼飯すらまだだぜ」
「……違うわよ。お姉さまたちに言われたから」
「昨日一緒だった悪魔ふたりか?」
「そうよ。もの凄く叱られたわ」
「飯食えなかったからか?」
「違うわよ! ……約束を破った事をよ」
「誰との」
「サミエルとの!」
カロリーナは悔しげに声を絞り出した。
「そこのカピバラたちに追い払われた後、お姉さまたちに問い詰められたのよ。結界さえ突破出来れば食べられるんじゃ無かったのか、どうして抵抗されたのかって」
「まぁ、俺は昨日は遠慮してくれって言ってたからな」
「それをお姉さまたちに言ったら怒られたのよ。どうして約束を破ったのって」
「約束って、そんなのお前さん今まで破りまくってんじゃ無いか」
「そうだけど! だって私にとって人間との約束とか常識なんてどうでも良いものだもの。でもお姉さまたちは違うのよ。約束は守らなきゃ駄目って言われたわ」
「そっか。お前さんのお姉さん方は常識人なんだな」
「私はお姉さまたちを尊敬しているけど、そこだけは理解出来ないわね」
「そこも見習って欲しいとこだけどなぁ」
サミエルは苦笑するしか無かった。
「で、謝りに来てくれたんか?」
サミエルが訊くと、カロリーナは「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「私は謝らないわよ。だって悪い事したなんて思っていないもの」
「悪魔!」
それまでカロリーナに向かって
「何よ! お姉さまたちに勝ったからって調子に乗らないでよね! それにお前1匹ではどうにも出来なかったんでしょ!」
「もうひとりの祓魔師に出力を合わせていたのだカピ。お前の姉たちが高位の悪魔だと言う事は一目見て判ったカピ。けどボクの全力なら負けなかったカピ」
マロの台詞にカロリーナは顔を歪めた。
「本当に
「じゃあこんな時間に何をしに来たんだ?」
「今日の夕食、お姉さまたちの分も用意しなさい。謝りたいって言っているのよ。感謝しなさいよね」
今まで以上の高圧的な物言いに、サミエルはまた苦笑する。
「分かったよ。じゃあ今夜は5人分だな」
「サミエルさん、良いのですカピか?」
「まぁな。話聞いてると、お姉さんたちは話が通じそうだし。謝りたいって言うんならさ」
マロは
「じゃあ昨日と同じメニューが良いのか? トマトの煮込みハンバーグとカルパッチョだが」
「それは任せるわ。お前の料理は何でも美味しいから、メニューには
カロリーナはそう言い残すと、窓を開けて出て行った。姿が見えなくなった頃、マロが「ふぅ」と息を吐いた。
「相変わらずの
「ま、その気はあるかもな。さてと、もう少し休んで、昼飯は久々に食堂で食うか。その後は市場で買い出しだ」
「はいカピ」
サミエルはまたベッドに横になり、マロも腰を下ろした。
昼食は小さな食堂でカルボナーラ。また
食べ終わると市場へ。また大いに賑わっていて、サミエルはマロを入れたバッグを担いでゆっくりと見て回る。
「サミエルさん、この村では豚肉が特産品なのでしたカピね」
「そうだな。けどそれは営業で使ったからなぁ。それに今夜はそこらへんは拘らんでも大丈夫だろ。そうだな、鶏とかどうだろう。この村は鶏も旨いぜ」
「鶏! 良いですカピね。ボクも大好きですカピ」
「じゃ、決まりな。鶏だとそうだな、良し、あれにするか」
サミエルはメニューを決めると、材料を買うべく商店を巡り始めた。
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