#21 サミエルの評判の行き着いた先

 営業を終え、サミエルとマロは宿に帰り着く。


 ロビーに入った時、ふと隅に置かれている電話機が眼に付く。


 それはフロントに言えば誰でも使えるものである。料金は使用する時間に寄って変わる。申し出た瞬間から、終わったと言う時まで。


 実家に電話が導入されている筈だと言う事を思い出し、サミエルは実家に電話をしてみようかと思い立つ。


「マロ、実家に電話してみるから、ちょっと待っててくれんか」


 言うと、マロは「勿論ですカピ」と頷いた。


 フロントに声を掛け、サミエルは受話器を上げる。交換台に実家の住所などを告げ、繋がるのを待った。やがて。


「はい、モルダウ・シュミットの家です」


 それは父親のフルネームだった。声は聞き慣れた母親のもの。サミエルは安堵あんどして口を開いた。


「俺。サミエル」


 すると一瞬の間があって、受話器の向こうから明るい声が響いた。


「あらぁ、サミエル。どうしたの〜?」


「いや、電話引くって言ってただろ。どうかなーって思って掛けてみた」


「あらあら、嬉しいわねぇ」


 そうして世間話を少しばかりした後。


「そうそうサミエル、国王さまから手紙が届いてるわよ〜」


 母親があまりにも呑気な調子で言うものだから、スルーしそうになってしまったが、ん?


「は? 国王!?」


 つい声が大きくなってしまう。それに気付いてサミエルは慌てて口を抑えた。


 幸いロビーにはサミエルとマロの他に客はおらず、カウンタで受付の女性がきょとんとした表情を浮かべていたので、小さく会釈えしゃくして詫びとする。


 足元で首を傾げているマロにも、小声で「済まん、大丈夫だから」とささやく様に言った。


「どう言う事?」


「あんたと入れ違いぐらいで国王さまのつかいだって人が来て、あんた宛ての手紙を置いて行ったのよ〜」


「中身見た?」


「見て無いわよ〜、あんた宛てだもの」


「ちょっと見てみてくれよ」


「ちょっと待ってね〜」


 すぐ近くに置いてあったのか、間も無く紙をり合わせる様な音がかすかに耳に入って来る。


「読むわね。ええと〜」



 拝啓、日々ご活躍のこととおよろこび申し上げる。


 さて、市井しせいの噂で、貴殿の作る料理が、どの料理人が作るものよりも美味だと聞いた。


 そこで是非、我が城でその腕を披露してもらえないだろうか。


 良い返事を期待する。


    ニンクルメルの国 国王  アデルバート・ラ・ニンクルメル



 全文を聞いたサミエルは、ごくりと喉を鳴らした。


「それ本物? 悪戯いたずらとかじゃ無く?」


封蝋ふうろうに押されているのが王家の紋章だし、連絡先って渡された紙片メモに書かれた住所は、王都のものだったわよ〜。手紙持って来た人の身分証明まで見せられたから、本物だと思うわ〜」


「うわぁ……」


 これは大変な事になった。国王陛下に料理を振る舞う? そんな大それた事、自分に務まるのか。


「流石に無視するって訳には行かんよなぁ」


「行かんでしょうね〜」


「だよなぁ。じゃあ連絡先教えてくれ。電話で良いんか?」


「まずはそうしてくれって言ってた。えっと〜」


 サミエルは母親が読み上げる住所を、電話機の横にそなえられている|紙片の束を1枚千切り、それに記して行く。


「じゃ、明日にでも連絡してみる」


「そうして〜」


 電話を切ったサミエルは、紙片を見て溜め息をひとつ。これは大変な事になった。


 国王陛下に食べていただくとなると、それなりのコースを組み立てなければならないだろう。


 突き出しと前菜、スープ、魚料理に口直しと肉料理、サラダにチーズ、デザートと小菓子。


 普段サミエルが作っているものは家庭料理の域を出ない。だがそれは街や村に住まう庶民のお客さんに手軽に食べて貰う為であって、格式あるメニューが作れない訳では無い。


 それでも不慣れな事に違いは無い。サミエルは「ううん」と首をひねってしまう。


「サミエルさん、大丈夫ですカピ。サミエルさんの「能力」なら何の問題も無いのですカピ」


 マロの自信に満ちた台詞に、サミエルは自分の能力を思い出す。神の舌と呼ばれる「敏感な味覚」、そして、「料理の能力」。


 その途端、サミエルの頭の中で様々な料理のレシピが渦巻いた。前菜に、肉料理に、魚料理にそれぞれ似つかわしいレシピ。


 サミエルはそれらを整理して、組み立てて行く。うん、出来る。


「ありがとうな、マロ。おう、行けそうだ」


「良かったですカピ」


 マロが嬉しそうに首を傾げ、そんなマロとともに、サミエルは部屋に上がった。




 翌日朝食を済ませたサミエルとマロ。昨日の連絡先を記した紙片に加え、自前の紙片束とペンを手にロビーに降りた。まずはフロントに行き、続けて電話機の前へ。やや緊張を覚えながら受話器を上げる。


 足元ではマロもやや固い表情でサミエルを見上げていた。


 交換台が出る前に、マロを安心させてやる為に、笑みを浮かべて頷く。ぎこちなくなってしまったかも知れない。それでもマロは少し安堵した様子で、頭を下ろした。


 出た交換台に繋ぎ先を告げると、愛想の良い女性の交換手はすぐに繋いでくれた。


 呼び出し音がなる間、やはりサミエルは緊張を感じて大きく息を吸った。さて吐こうとした瞬間、相手が出た。


「はい。王都中央詰所でございます」


 丁寧で落ち着いた女性の声。サミエルは驚いて息を詰まらせ、派手に咳き込んでしまった。


「大丈夫ですか?」


 耳に届くのは、本当にそう思っているのか感情の判らない抑揚よくようの無い声。サミエルは息苦しくしながらも「だ、大丈夫です」と応えた。


 そうしてようやく息を整えて。


「失礼しました。サミエル・シュミットと申します。私の実家に国王陛下からの書状が届けられたと聞きまして。連絡先にそちらを指定されておりましたので、お電話させていただきました」


 流石に王都の人間相手に砕けた言葉使いは出来ない。サミエルは出来る限りの丁寧を心掛けた。


「担当の者と代わりますので、少々お待ちください」


 女性が言うと、数秒ほど待たされる。次に耳に触れたのは男性の声だった。


「大変お待たせいたしました、サミエルさま。わたくし、担当を務めますキャスパ・トリエルと申します。わざわざのご連絡、誠にありがとうございます」


 先程の女性とは違って抑揚は感じられるものの、落ち着きは変わらなかった。耳障りの良い、やや低めの若い声である。


「いいえ、こちらこそお待たせしてしまい、申し訳ありません」


 つい前にいない相手に頭を下げてしまう。


「ご家族さまにお預けいたしました書状の通り、国王陛下が、サミエルさまの作られるお料理を所望しておられます。そこで……」


 国王を始め王族に食べられないものは無い事、日程とメニューはこちらに一任する事、材料はサミエルが望むものを何でも用意する事、などが伝えられる。


 サミエルはそれらを了承しつつ、調味料だけは持参する事を伝えた。


「では、こちらでコースを組ませていただきます」


「それなのですが、国王陛下はサミエルさまが普段作られているものをお召し上がりになりたいとおっしゃっております。市井の皆さまが食べておられるものを、と」


「ですが、それですと庶民の家庭料理になってしまいます。国王陛下に食べていただくには余りにも……」


 サミエルが言い淀むと、キャスパは「いえ」と言葉を繋ぐ。


「そもそも、国王陛下始め王族の皆さまは、普段からぜいを尽くされてはいないのです。市井の皆さまとあまり変わらない食生活をされておられます。豪華なコース料理などはお祝いの席だけなのです。そして国王陛下は、サミエルさまに対しましても、王族の為だけにわざわざ王都までお出で頂く事を心苦しく思っておられます。ですからどうか、普段作られているものを、普段の通りに作ってはいただけませんか」


 国王陛下がお優しく有能な方だと言う事は、周知の事である。サミエルもそのお姿を一方的に拝見した事があるが、柔和にゅうわな笑顔をたたえた、印象の良い壮年の男性だった。


 税金もまつりごとに必要な分のみを徴収し、国民が圧迫される事は無い。


 そして時折お忍びで街や村に降りて来ていると言う都市伝説まであった。


 そこまで言われて拒む事は出来ない。サミエルは「解りました」と応じた。


「王族の方たちのお口に合うかは判りませんが、精一杯腕を振るわせていただきます」


「そう言っていただけて安心いたしました。それではどうぞよろしくお願いいたします」


 そうして日程を決め、電話を切った。


「ふ〜〜〜!」


 キャスパの物腰のお陰か緊張は途中で解けていたが、サミエルは詰まった息を吐き出す様に口を開いた。


「サミエルさん、大丈夫ですカピか?」


 またマロの不安げな顔。サミエルは「ははっ」と小さく笑う。


「大丈夫大丈夫。さぁてっと、何を作るか考えんとな。いつもと同じでって言われても、やっぱり緊張するかな〜」


「さ、サミエルさんなら大丈夫なのですカピ!」


 焦った様なマロの台詞。サミエルはまた笑みを浮かべた。


「そうだな。大丈夫だな」

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