#19 洗練された味との出会い
朝の目覚めは相変わらず最悪である。どうして朝はやって来るのか。どうして朝に起きなければならないのか。
そんな
「う〜……」
呻き声を上げながら、頭をがしがしと
「おはようございますカピ」
いつもサミエルより早く起きているマロは、やはり今朝も既に起きていて、元気に挨拶してくれる。
「おはよう……」
最初はやや恐々だったマロも慣れてくれた様だ。
頭はぼんやりしているが、恐らく移動疲れは取れている。となると、今夜営業出来そうではあるが。
今日行く予定の場所の対応に寄っては、明日に延期になるだろう。確率としては高い。
「……起きるか」
サミエルは呟くと、のろのろとベッドから足を下ろした。
朝食、そして昼食を済ませ、サミエルとマロはとある工房に向かう。
「何処に行くのですカピ?」
「酒の工房だな。醸造酒メインに手広くやってるぜ。米酒、あれを開発した工房でもあるな」
「凄いのですカピね!」
「そうだな。米酒はまだ飲むには味がいまいちなんだが、料理に使うと良い甘みとコクが出るんだ。素材の臭みを取ったりな。
「ユリンさんも凄いのですカピ」
「まぁな。ま、あの調子なもんだから、
「そうですカピね」
そんな話をしながら到着した工房は、村外れにあるかなりな規模の敷地で、幾つかの建物が手前に奥にと建てられていた。
「広いのですカピね」
「結構大規模に商売やってるからな。さてと、マキリさんはいるかな」
「マキリさんですかカピ? サミエルさんが買われるお酒の工房が、確かこちらのお酒ばかりだったかと思うのですカピが」
「お、流石
「そうなのですカピね」
そうしてサミエルとマロは並んで敷地内へ。1番手前にある事務所を訪ねる。
「こんちわ!」
声を掛けると、デスクで事務仕事をしているであろう女性が気付いてくれた。
「あら、サミエルさんお久しぶり。マキリ社長はワイン舎にいるわよ。呼んで来るわね」
そう言って立ち上がろうとした女性を、サミエルは「いえいえ」と止める。
「俺行くっすよ。ワイン舎ですね。ありがとうございます」
「はーい」
女性に見送られ、サミエルとマロは事務所を出てワイン舎に向かう。
「こんちわ。マキリさんいます?」
覗き込むと、1番手前で作業をしていた男性が振り向いてくれた。
「サミエルさん、久しぶりですね、こんにちは。マキリ社長、社長ー! サミエルさん来られましたよー!」
奥に向かって大声で呼ぶと、「はーい」と言う返事とともにひとりの男性が姿を現した。白い帽子を被り、白の上下に白のエプロン。あちらこちらを赤や黄に染めているのは、ワインに使う
「おや、サミエルさんこんにちは。お久しぶりですね」
にこやかに低姿勢で近付いて来る男性に、サミエルは「こんちわっす」と笑顔で応える。
「ご無沙汰っす。お世話になってます」
「いえいえ、こちらこそ。サミエルさんに味見していただきたいお酒があるんですよ。ワインもエールも美味しく出来てます。是非飲んで行ってください。さぁさぁさぁ。おや、可愛らしいカピバラをお連れなんですね」
マキリがサミエルの足元のマロに気付き、帽子を脱ぎながら
「こんにちはカピ。マロと言いますカピ」
「おや、喋れると言う事は、この子も能力持ちなんですね」
「はいカピ。よろしくお願いしますカピ」
「はい、よろしくお願いします。マキリと言います。マロさんも良かったら、僕たちが作ったお酒、いかがですか?」
「嬉しいですカピ! なのですが、どうやらボクはお酒に弱いみたいなのですカピ。すぐに眠くなってしまって、皆さまにご迷惑をお掛けしてしまうのですカピ」
喜ぶマロだが、すぐに申し訳無さげに顔を伏せてしまう。するとマキリはクスリと笑った。
「構いませんよ。場所はありますから、ゆっくり休んでください。じゃあサミエルさん、マロさん、行きましょう。皆さん、後はお願いしますね。先ほど言いました通りに」
従業員に後を託し、マキリはサミエルとマロを促した。向かったのは先程訪れた事務所の隣の建物。
ドアを開くと、まるで食堂の様にテーブルや椅子が整然と並べられている。壁沿いにはずらりと棚や冷暗庫が置かれていた。
「適当に掛けてください。マロさんも椅子に上がってくださいね。サミエルさん、米酒は料理に使ってくださってますか?」
「ああ、はい。それはもう。あれで味に深みとか甘みとか、コクなんかも出るんで。ユリンが作る大豆の調味料と、特に合うんすよ」
「それは良かったです。で、ですね」
マキリはニヤリと口角を上げると、冷暗庫を開け、1本のボトルを取り出した。
透明のガラスのボトルには、透明な液体がなみなみと入っていた。
「こちら、是非飲んでみてください。マロさんも
「お、お酒でしたら、ボクは少しだけでお願いしますカピ」
「解りました」
マキリは棚から小振りなグラスとサラダボウルを出すと、それぞれに注いだ。
「どうぞ」
「じゃ、いただきます」
サミエルはグラスを持ち上げ、まずは香りを確かめる。そして「おお?」と驚いた声を上げた。
「これ、米酒っすね」
「その通りです」
サミエルはグラスを傾け、ほんの少量、
「へぇ! これは凄い!」
「旨いっすね!」
「本当ですカピ。美味しいですカピ!」
サミエルとマロが賞賛すると、マキリは得意げに「ふふ」と笑みを浮かべた。
「そうでしょう。前に作ったものは、料理には使えたんですが、飲むにはいまいちでしたからね。美味しく飲めるものをと考えてみましたよ。サミエルさんたちにそう言って貰えたなら、これも流通させて行きますかね」
流石に商魂
「あ、マロ、言うの忘れてた。マキリさんも能力持ちなんだぜ。醸造酒作りの能力な」
「そうなのですカピね! だからサミエルさんはこちらのお酒ばかりを買われるのですね」
「そう言う事だ。新作が出ても間違いが無いからな。米酒は珍しく手間取ったみたいっすね」
「そうなんですよね。発酵が葡萄よりも難しいのでしょうか。でも1回目の経験がありましたからね。これは2回目に作ったものなんですよ」
「2回目でこの出来っすか。流石ですね」
サミエルはその能力に
「まだ磨く余地はあるかと思いますけどね。新しい米酒が出来ましたら、また飲んでみてください」
「楽しみにしてます」
さて、マロを見ると、加減して舐めていた様で、眠たそうな気配は無い。
「マロ、大丈夫か?」
「大丈夫ですカピ。マキリさんが少しにしてくれましたのでカピ。でもボクには充分美味しくいただけましたのですカピ」
とても機嫌も良い様だ。
「それは良かったです。お酒はある程度は飲まないと強くなれませんからね。勿論限度はありますが。マロさんもよろしければ、またうちのお酒飲んでみてください」
「はいカピ。先日は白ワインをいただきましたカピ。そちらもとても美味しかったのですカピ」
サミエルの実家で買われる酒類も、サミエルの進言に従って、この工房のものばかりなのだ。
「嬉しいですねぇ」
マキリは本当に嬉しそうに破顔した。
「サミエルさん、マロさん、こちらの赤ワインも飲んでみてください。後こっちのエールも、麦の出来が良くて」
マキリはそう言って、冷暗庫や棚から次々とボトルやグラスを出して来る。案の定の対応だった。これはやはり営業は明日に延期になるだろう。確実に
サミエルに断る理由は無い。これが商売の一環だと判っていても、有り難くいただく事にしよう。
おっと、マロの様子にだけは気を付けなければ。
マキリ醸造酒工房を辞したサミエルの片手には、マキリから直接購入した米酒と赤ワインのボトルが入った袋が
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