あっと ほーむ

moes

あっと ほーむ

 メイドというのは、人につくのか家につくのか。

 そして幽霊は?



「幽霊はそれぞれなんじゃないのぉ? 家につけば地縛霊、人につくなら背後霊とか。わたしは断然家憑き派」

 疑問は口をついていたらしい。

 同居人――と言いきって良いものかは謎だがとりあえず――はりんごをむきながら続ける。

「ちなみにメイドは人でも家でもなくお金に付くと思う」

「そんなかわいらしい格好して夢も希望もないことを言うなよぉ」

 いわゆるメイド喫茶にいそうな感じの、フリルたっぷりの膝丈のメイド服姿が大変よく似合う同居人はうさぎ型にカットしたりんごがのせた皿を寄越す。

 手振りで感謝を示し、一つ摘む。

「ギャップ萌え?」

 かるく握ったこぶしを、両頬に添えて首を傾げる。

 そんな仕草が似合う容貌なだけに、あざとい。

「萌えはしない。そこにギャップは要らない」

 かわいらしいことを言ったら萌えるわけでもないけど。

 たぶん本人も本気で言ったわけではないのだろう。こちらの言葉を気にした風もなく、自分でむいたりんごを一つかじっている。

「うさぎりんごって、可愛いけど、皮が残って微妙だね」

 お弁当に入っているのを見てうらやましく見たことはあったけれど、いざ食べてみるとイマイチかもしれない。

「何もかもが良いっていうのは難しいものなんだよ。薔薇にだってトゲがある」

 したり顔で言われ、かるく納得する。

 まぁ、確かに。

「あんたも、かわいくて働き者なのに幽霊だしね」

「生きてた時なら完璧じゃない、わたし」

 良い性格してるな。

 呆れた視線を感じたのか、二個目のりんごを食べる手を止める。

「引きこもりでぐうたらのゴクツブシが何か?」

 ホントに良い性格してるな、コイツは。

「私は引きこもりじゃなくて、ニートだ!」

「そこは威張るところじゃない!」

 ニートにはニートのプライドというものがあるのだよ。



 きっかけは一月ほど前。

 いや、もともとの始まりは一年半ほど前だ。

 まず、続く激務等々で、体調をくずして仕事を辞めた。

 自分でためた貯金もあったし、親の遺産もあって、当面は働かなくても良いくらいのお金はあったから、療養がてらのんびりしようと考えた。

 それまで、自分は働くことが好きだと思っていたのだけれど、やってみたら家でだらだらするのも性に合っていることに気がついた。

 新しい自分発見。

 ほどほどに家事をしつつ、近所を散歩したり、映画を見たり、買い物したり、たまに友達と会ったり、ゆるい生活は快適すぎて、半年ほど過ぎて、体調がもどったあとも、このままの生活で良いんじゃない? 働かなくても、贅沢しなければ生きていけるんだし? と気がついたら一直線。

 正に人間と水は低いほうに流れる。

 そこに一石を投じたのは、成人まで面倒を見てくれていた叔母だった。

「ミツグさん、いらっしゃぁい」

 今までも気が向くとふらりと顔を見にきてくれていたので、その時も何の警戒もせずに招き入れた。

「元気そうねェ、引きこもり」

「引きこもりと一緒にしないで欲しいなぁ。私はちゃんと外出もしてる。ニートだよ、ニート」

 ノット イン エデュケーション エンプロイメント オア トレイニング!

「威張るな、バカモノ」

 頭をグーで小突かれる。

「虐待反対」

「育て方が悪かったのかしらねェ。私、一生懸命頑張ったつもりだったのに、まさかこんな非生産物に育ってしまうなんて。姉さんと義兄さんに顔向けできないわァ」

 わざとらしい泣きまねをしながら、ミツグさんは勝手にお茶を入れはじめる。

「ミツグさん、私にも入れて」

「甘えるな、ニートが」

 そう言いながらも、カップをもう一つ出してくれるミツグさんはやさしい。

「で、ミツグさん。今日はどうしたの?」

 手土産のシュークリームをほお張りながらたずねる。

「暇人ニートにお願いがあってね」

 ニートという言葉の意味を理解してないな、まったく。

「暇人ニートは働いたら負けだと思ってるから、面倒ごとはゴメンだよ?」

 朗らかに返すと、再度頭をはたかれる。

「別に難しいことじゃないんだよ。ちょっと引越ししてもらいたいだけ」

「はぁ?」

 学生の頃から住んでいるマンションは、多少手狭だけれど、立地も悪くないし、不便もない。つまり引っ越す理由はない。

 そのことを告げると、ミツグさんはにっこりと笑う。

「うん。トキワの都合は聞いてないかな。ミツグさんが引っ越せといったら、トキワちゃんは「はい、わかりました」って素直にうなずけば良いのよ?」

 ちょくちょくこういうワケのわからない理不尽言い出すよな、ミツグさんは。

「せめて理由くらいは教えてよ」

 こういう時は逆らっても無駄なのは経験上よくわかっている。

「空き家があるのよ。良い家なのよ? ちょっと古いんだけど、きちんと手入れをされてて……。いずれ売り払うつもりはあるんだけど、それまで放置するってワケにもいかないじゃない。人が住まない家は荒むしね」

「その空き家はどこからわいて出たわけ? ミツグさんの仕事関連なら、社内でどうにかしてよ」

 不動産関係の仕事をしているから、ワケアリ空家の一つや二つや三つや四つ、持っていることに不思議はないけれど、巻き込まれるのはゴメンだ。

「身内関連だからトキワに頼んでるんでしょ」

 あっさりとおっしゃいますが、ミツグさん。

 それは頼んでるんじゃなくて命令してるんだと思うんだけど。

 内心はしっかり顔に出ていたはずだが、黙殺される。

「ざっくり言えば遠縁かな。亡くなってね。押し付けられたっていうか、引き受けたっていうか。ほら、手元に手近な暇人がいるし」

 ここまで言われれば、さすがにやることはわかる。

「その家を管理しろってこと? 引越しするのはともかく、私は家の手入れなんて出来ないよ?」

 ミツグさんの家もマンションだったし、一軒家に住んでいたのは、両親がいた幼い頃だけで、記憶にとおい。

 だいたい掃除だって実は好きじゃない。

 最低限はするけど、細やかに気を配れる性質じゃない。

「別に特別なことしなくても良いよ。窓を開けて風を通して、人が住んでいれば。それ以上の問題があれば業者を入れれば良いしね」

「……わかった」

「あら、素直」

 抵抗しても無駄だしね。

「ミツグさんのお願い断るわけにはいかないでしょ」

 割と本音だけど、とりあえず、恩着せがましく言っておいた。



 そんな経緯で引っ越してきたのは、結構な古家だった。

 けれど、きちんと手入れもされていたし、水回りのリフォームもしたようで不便はなさそうだった。敷地も広いし、周囲は適度に垣根で囲われていて落ち着くし、適度に田舎で海も山も近くて環境も良い。

 一言でいえば気にいった。

「掃除は、大変そうだけどねぇ」

 部屋数が多いし。庭も広い。

 住み始めてしばらくは、多くはない引越し荷物を片付け、過ごしやすいように家を整えることに費やしていた。

 そして違和感に気がついた。

 開けた覚えがない窓が開いていたのが数回。

 雨が降ってきたからあわてて閉めに走ったら、もう閉まっていた窓。

 それ以前に、なんというか、人の気配があった。

 たまに振り返って見ても、でもそれを見つけることも出来ず、なんとなくもやもや。

 不思議と気味が悪いという感覚はなかったけれど。

「まぁ、良いか」

 初めの一週間くらいは、何とか見つけてやろうと躍起になっていたけれど、放っておいても害はなさそうだし、窓の開け閉めなんてやってもらったほうが楽だ。

 割り切って、あきらめて、さらに一週間。

 ソファでうたた寝してた時に、小さな物音で目が覚めた。

 視界に入る白いレースに思わずがばりと身体を起こして、それを掴む。

「うゎっ。ヘンタイ!」

 かわいらしい声に、思わぬことを言われて反射的に言い返す。

「ヘンタイじゃない! ニートだ!」

 我ながら寝ぼけた反論だった。

「スカートの裾を掴んでるニートは変態だと思う」

 至極全うな言い分な気もするが、そう言い切る相手も変態ではないが、おかしい。変人の類だ。

「メイド?」

 くるぶし丈のスカートの裾からひらひらとしたレースが覗く。

 つけたエプロンは真っ白で、こちらもフリルたっぷり。

 頭にもフリルのついたカチューシャらしき物がついている。

「メイド派遣組合からやってまいりましたー。高梨ツグミと申しますー」

 そんなのあるのか? っていうか、例えあったとしても、勝手に家に入り込んだりはしなくないか? ミツグさんが許可したにしても、家人がいれば先に挨拶するよな、普通。

「あ、信じてないか。まぁ、信じないよね。信じられたら、心配になるよね。高額布団とか買わされそうで」

 腕を組んで一人納得している。

「っていうか、この不法侵入者! 警察呼ぶぞ」

 いつまでも見下ろされているのも腹が立つので、立ち上がる。

 小柄な子だ。年齢は二十歳そこそこに見える。

「うん。別に呼んでも良いけど、怒られるのはアナタのほうだと思うな」

 どこか挑戦的に、でもかわいらしく笑う。

「なんで。一応ここは私が家主だし、妙な不法侵入者通報して何が悪いの」

 あまりにも堂々としていて不思議に思う。

「かわいらしいメイドは仮の姿。わたしは死しても元気に働く幽霊だ! ってことで、警察を前にして姿を消すことも可能」

 ワケのわからないことを言って胸をはる。

「アンタ、さわれるじゃん」

 幽霊というには血色の良い頬を指でつつく。

 ぷにぷにだ。

「実体もてないようじゃ、わたしがこの家にいる意味ないじゃない」

 何故そんなこともわからないのかと言わんばかりの表情。

 ……知らないよ、そっちの事情なんか。

「ってことで、家事は任せてよ。いつでも快適、住み心地の良い家、美味しい食事を約束しますー」

 なんだか、すごく勝手だ。

 メイド姿の幽霊なんて不審すぎるし。

 でも実際、家事をやってもらえるのは助かる。

 この家、一人で住むには広すぎて、掃除だけでも結構な手間なのだ。

 そして、ぶっちゃけ料理も苦手だ。

 どうしたものかと、思っていると幽霊と目が合う。

 そして首を傾げて微笑う幽霊がちょっと可愛かったのでため息をつく。

 まぁ、良いか。

「よろしく、ツグミ」



「トキワぁ、ごはーん」

 自己申告のとおり、ツグミの家事能力は完璧だった。

 くるくるとよく動き、家の中は隅々まで掃除が行き届いているし、時間があれば庭の手入れまでしている。

 そして料理もうまい。

 特に凝った料理を出すわけではないけれど、毎日飽きの来ない献立だ。

 テーブルにはオムライスに野菜たっぷりスープが二人分。

「ケチャップで何か描いてあげようか?」

「いや、要らない」

 相変わらず、機能性に欠けるメイド服――よりによって、今日はピンク色だ――を身にまとうツグミにそんなことをされたら、ほんとにただのメイド喫茶だし。

 ふわふわ卵に適当に自分でケチャップをかけて、ツグミに渡す。

「いただきます」

「そういうとこ、キチンとしてるよね。トキワは」

 スプーンを持って手を合わせたツグミはしみじみと言う。

「?」

「うーん、ケチャップで絵を書くのって結構難しいねぇ」

 歪んだ、かろうじてハートに見えるものを卵の上に描き終えたツグミ納得いかない風だ。

 そんなんでよく人に描いてあげようかといえたものだ。

「何か文句言いたそうな顔してる?」

「別に? 幽霊が食べたものは、どこに消えるんだろうなぁとか考えてただけだよ」

 幽霊のくせにツグミは食事も普通にとる。

 よくよく考えると不思議だ。それを言ったら幽霊がいることが既に不思議なんだけど。

「じゃあ、引きこもりのいる意味はどこにあるんだろう?」

 その疑問は同列にならぶのか? ちょっとだいぶ別問題だと思うけど。

「世の中無意味なことはないんだよ。ニートの私もこうして役に立ってる」

「なんの?」

 胡散臭そうにツグミが見返す。

「ツグミの話し相手になってるじゃないか。ごはんも一人より二人のが美味しい」

 ツグミがどうだったかはわからないけど、一人の時はおなかを膨れさせるために機械的に投入するという感じだった。

 それを考えると今はきちんと食事をしているという気がする。

 ミツグさんと一緒にいた頃をちょっと思い出して懐かしい。

「じゃ、幽霊も役に立つってことだねぇ。ニートの世話だって出来るしね」

 残りのオムライスの食べながら、ツグミは満足げに頷いている。

 あれ? そういう話だっけ?

「ごちそーさまぁ」

 いつの間にかスープも飲み干したツグミはさっさと食器を持って立ち上がる。

「洗い物よろしくねぇ」

 生活を共にするうちに、なんとなく洗い物だけは自分の担当になっていた。

 小学生のお手伝いレベルだが、ツグミは家事に手出しされるのが、あまり好きではないようなので、それに甘えている。

「あ、トキワぁ、夜ご飯、お魚にしたいから、あとで買い物行って来て」

 洗い物をしていると、ほうきを持ったツグミが顔をのぞかせる。

 今お昼食べ終わったところで、もう晩御飯の話ですか?

「んー。本屋にも寄りたいからこれ片付けたら行って来るよ。他にもいるものあるなら書き出しておいて」

 そういえば買い物も担当だった。

 とはいっても、ほとんどのものは宅配サービスや、ネット購入に頼っているので、細々としたものばかりだけど。

 洗った食器類を収納して、ツグミから買い物メモを受け取る。

「じゃ、行って来ます」

「いってらっしゃぁい。よろしくね」

 


「ただいまー……客?」

 自分のものでも、ツグミのものでもない靴が玄関に揃えられていて眉をひそめる。

 誰だ?

 ツグミが対応してるのか? というか、ツグミは対応できるのか?

 なんとなく、足音を忍ばせて廊下を進む。

 居間からうっすらと話し声が漏れてきて、そっと戸に近づく。

「それにしても、ツグミ。何その格好」

「え? 似合わない? 着物に割烹着と迷って、機能性をとったんだけど」

「似合う似合わないの問題じゃなくてさ」

 聞き覚え、というか馴染みのある声だ。

「ま、トキワとうまくやってるようで何よりだけど」

 どことなく呆れた口調。

「ミツグさん」

「あら、おかえり」

 戸を開けると、むかい合ってお茶を飲むふたり。

 ミツグさんは平然としているが、ツグミはふと視線を逸らす。

「元気そうで何より」

「いや、元気だけどね。なに、ミツグさん、ツグミのこと知ってたの?」

 こちらの問いに、ミツグさんは不思議そうにツグミをふり返る。

「知ってた、って。ツグミ、あなた何も説明してないの?」

「……普通、信じると思わないじゃない。だから、引っ込みつかなかったっていうか」

 視線を合わせないまま、歯切れ悪く、ツグミはぼそぼそと呟く。

「信じたって何を」

 ミツグさんが怪訝そうに眉を寄せる。

「…………」

「ツーグーミちゃん?」

 ミツグさんの声の圧力に負けたのか、ツグミは諦めたように口を開く。

「幽霊なんて、いるわけないのに。それも、こんな働き者の幽霊。メイド派遣組合とかより、よっぽど胡散臭いし」

「えぇと、つまり、なに。ツグミは自分のこと幽霊だって自己紹介して、トキワがそれを信じてたってこと?」

 中途半端な告白にミツグさんはテーブルに肘をつき頭を抱えている。

「って、幽霊じゃなかったの!?」

 ツグミはふくれっつらをする。

「なんで信じるかなぁ。せめて、適当なところで気付いてよ。嘘だって言うタイミングもつかめなかったじゃない」

 開き直ったな! 最初にそんな意味不明な嘘つくほうが悪いんじゃないか。

「どっちもどっちよ。まったく」

「で、結局、どういうことなワケ?」

 ミツグさんとツグミを交互に見て、説明を求める。

「ツグミはここの家主の孫で引きこもり」

 引きこもり?

「ツグミさん、アナタ散々、私のこと引きこもりのゴクツブシとかおっしゃってませんでしたか?」

 他人のこと言えた立場か?

「引きこもりにも意味があるんでしょ?」

 ああ言えばこういうし。

 なんて面の皮の厚いやつだ。

「だいたい、ミツグさんもなんでニートと引きこもり、混ぜたら危険、みたいなのを一緒に住まわせるかなぁ」

「アンタたちみたいなのは一人にさせておくほうが心配なの」

 ミツグさんが微妙に過保護なことはわかってるつもりだったけど。

 二人一緒くたですか?

「わたし、トキワと違って自分の面倒くらい見れるし」

「いっておくけど、私だって一通りの家事くらいは出来るからね」

 それほど好きではないし、上手くもないけれど、一人暮らししてたんだし。

「二人とも無自覚。ツグミは自分だけだと食事もまともに取らないし、トキワは偏った食生活だし」

 そう言われたら返す言葉もないけど。

「とりあえず、二人とも以前よりずっと顔色よくなっていて安心した」

 ミツグさんは目を細めて微笑う。

 心配をかけていたことが申し訳なくて、心配してもらえていたことがうれしい。

 コドモみたいだ。我ながら。

 うつむいたツグミも心なしかうれしそうに見えた。

「ありがと、ミツグさん」

「どういたしまして。ところで、ニート及び引きこもりはいつ脱却してもらえるのかしら」

 ねめつける視線から逃れようと、ツグミを見る。

「買い物、ありがとう。トキワ、それもらうよ。冷蔵庫にしまってくるね」

 買い物袋を強奪するようにして、ツグミは台所に逃げ込む。

 裏切り者。ずるいぞー。

 おそるおそるミツグさんをふり返ると、あきれたような笑顔。

 つられて、笑う。

 とりあえず、ここから。これから。



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