第2話
『請負人』
復活祭以後、人類の生存可能区域は極端に少なくなってしまった。
それも当然、常人など容易く殺せる怪物がそこかしこでうろついているのだ。
しかし人類が異形から隔離され安心して暮らせる環境が存在する。それが特区。
不活祭以後の変化は異形の復活や土地の変化だけではなく人間にも適用されたのだ。
魔術、呪術、法力、霊感、占術、超能力、、血統、エトセトラ。
中でも我らが大和の国において強大な力を発揮したのが血統の力。
名前を出すのも恐れ多い、大和の国において数千年に渡り神々の直系の子孫たる天孫の血を残す御方。
彼の人は太陽より遣わされた神鳥・八咫烏を従え、八咫烏とともに与えられた天羽々弓を手に誰より早く国土平定に打って出た。
八咫烏の放つ太陽の輝きに魑魅魍魎のたぐいは追い散らされ、それでもなお立ち向かう悪鬼化生は超人的な身体能力を見せる彼の人により放たれた天より降り注ぐ無数の矢に討たれた。
それ以降、単身獅子奮迅の働きを見せた後、皇居周辺に彼の御方は結界を張った。
天高く空を舞う八咫烏。それを頂点にした円錐状の大結界。
その規模は国土の中央三分の一を復活祭以前の、怪異の存在を寄せ付けない平和な大地に浄化してみせた。
これが『特区』
しかし必然、限られた土地にすべての国民が住むことはできない。
故に一部の者は特区の外に居を構えるほかなかった。
これが『外区』
魑魅魍魎ちみもうりょう溢れる外区で暮らすためにはなにはともあれ力は必要不可欠。そのために存在するのが『請負人制度』。
請負人は前述した超常の力を大なり小なり発現させた超人である。
彼らは『協会』に所属し、復活祭の影響で現れた怪異に対するあらゆる対処を金銭と引き換えに依頼として請け負う。
つまり請負人とは現代の傭兵なのである。
※未成年者の請負人業は推奨できません。
未成年者の請負人業は特例を除き保護者の許可が必要となります。
◇
『のろいの家』。それは復活祭の影響で出現した建築物をアパートとして再利用したものである。
昭和以前から建っていたと言われれば信じてしまいそうな二階建ての木造ボロアパート。その正面玄関に呪井たちはいた。
大沢木に家賃を払わせるためには請負人の仕事をさせるのが手っ取り早く、そのために協会まで連れて行こうとしたところで彼ははたと気づく。
「……よく考えたら、なんで俺までついていく感じになってるんだ?お前が一人で協会まで行って仕事とってくればいいだけじゃねえか?」
「あっれー、呪井さん知らないんですかー?未成年は保護者の許可がないと請負人の仕事できないんですよー?」
「誰が保護者だ。あとその間延びした喋り方をやめろ、余計に馬鹿に見えるぞ」
馬鹿ってなんですかー、と不服そうに言う大沢木に少し前までの悲壮感は見られない。
金なしの現状こそ変わらないが、収入のメドが立ったことと呪井という大人を頼れることが軽口を叩く余裕を取り戻させた。
機嫌よさげに軽口を叩く大沢木だが呪井に帰られるといきなり一人で仕事をしなければならない。呪井なら許可証一枚用意してそれを持たせて送り出しかねないところがある。
さすがにその自信はないので“しな”を作って庇護欲をそそるようなポーズを取る。
「わ、わたし、はじめてだから……呪井さんにいろいろ教えて欲しいなって……」
「そのネタ引っ張るな、誤解されるからやめろ」
そうゆうのは出るとこ出てる女がやるもんだ、との呪井の発言にぐぬぬ、と歯噛みする。
「まあ実際請負人業ははじめてですから。一人で行って死んだら滞納した家賃を回収できませんよ?見殺しにしたら目覚めが悪いですよ!?」
「なんだそりゃ脅迫か?……しょうがねえな。木琴さんにはいろいろ世話になったし、少しの間だけ付き合ってやるよ」
いっそ開き直ったら上手くいき、やったー!とバンザイして喜ぶ大沢木を放っておいて呪井はアパートの中へと戻っていく。
玄関からすぐ横の一号室の部屋の戸をノックして住人が出てくるのを待っていると慌てて追いかけてきた大沢木が、依頼受けに行くんじゃないんですかー?と周りをうろちょろしながら問いかけてくる。
「野暮用を済ませてから行く。あとうるさい、そんなだからお前は大沢木なんだ」
「そんなだから大沢木ってどういうこと!?」
キーキー喚く大沢木の顔をフェイスハガーのように押さえつけていると、ギイィ、と古い木造建築特有の軋んだ音を立てながら一号室の戸が開いた。
顔を出したのは金に髪を染めたオールバック、革のジャケットに身を包んだ鋭い目をした青年。
寝起きなのか眉間にシワが寄って見るからに不機嫌そうな態度を隠しもせず、あ゛あ゛?とだけ言葉にならない威嚇じみた声をあげた。
控え目に言ってもかかわり合いになりたくない類の人種である。
「ふぁー!の、呪井さん、今この人「あ゛あ゛?」って言いましたよ「あ゛あ゛?」って!しかも見た目からして不良ですよ不良!」
「落ち着け大沢木。コイツは確かに不良だが俺にとっては優良顧客だ。お前と違ってしっかり家賃は払うからな」
「うぇ!?家賃払うんですか不良なのに!仕事してないっぽいのに!?」
「おまえあんまこいつ舐めんじゃねえぞ。この熊革はなあ、ただ不良ってだけじゃなくてあの不良集団『辺留競流苦』のリーダーでな。請負人としての腕も相当でここらじゃ五本の指に入る実力者だ。不良なのに」
「不良なのに!?」
「不良なのに」
「おい、朝っぱら喧嘩売ってんなら買うぞテメエらッ……!」
熊革と呼ばれた男の機嫌が、わざと煽ってるとしか思えない二人の会話に地面を潜る勢いで低下していく。
「まあまあ、落ち着けよ熊革。ただ家賃の回収に来ただけだって。てかもう昼だぜ、またグループの集会とかいって夜中まで騒いでたのか?」
「集会じゃねえ、サバトだ。チッ、家賃だあ?……あーっと、ほらこれでいいだろ。とっとと帰れ」
呪井の要求にめんどくさそうにしながらもどうやら事前に用意はしていたらしく、金の入った封筒を押し付けるようにしてすぐ扉を閉めようとする熊革に呪井が待ったをかける。
「まてまて、ついでのついでに頼みなんだがな。これから協会に行くのに足が欲しいんだ。ってわけでお前のバイク借してくんねえ?」
「アホぬかせ。バイクは俺の魂だ、借すわけねえだろ。ってかそれ以前にいま俺のバイク改造中で組み上がるのは夕方ごろだ、あきらめな」
頼みをにべもなく断り、あくびしながら今度こそ熊革は戸を閉めた。ご丁寧に鍵までかけて。
「ちッ、しょーがねえ歩いて行くか。とっとと行くぞ、ついてこい大沢木」
「了解であります!……ところで、この手どけてくれません?」
先程からずっと大沢木はフェイスハガーに取り憑かれた状態である。呪井はそれに構わず協会へと大沢木を引きずりながら歩いていった。
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