復活祭 ~この世界の日常~
@2007
第1話
『皆様は――西暦二千年、一月一日のあの日のことを覚えているでしょうか?
あれから二十年、あの日のことを覚えていない、そもそもその日のことを経験していない、そんな方も増えているのではないでしょうか?そんな方のために、私は改めてあの日のことを語りましょう。
――復活祭。そう呼ばれています、あの日のことは。
午前0時0秒、その瞬間この世に死したモノたちが蘇りました。人、ではありません。
奴らは歴史の敗北者、幻想と、想像上の存在として切り捨てられ、世界から抹消された存在。
我々が神話や伝承の中でのみ知るもの。例えば竜、例えば妖精、例えば悪魔、例えば妖怪。
あの日に起こったのは彼らが再びこの世に復活したその祭り、ええ彼らにとっては祭りです。
しかし、我々人類にとっては地獄の日々の始まりでした。
化物が我が物顔で街を練り歩き人を食らう!空を飛ぶ魔物が飛行機を落とす!海の怪物が舟を沈める!
この日を境に人類の積み上げた歴史、伝統は破壊されました。
しかし今も尚、歴史は歪められ続けている。だからこそ、我々は今の滅びの道を歩む誤った歴史ではなく正しい歴史を取り戻さなければならないのです!
そしてこの度、我々はあの日の復活祭。その日に何が起こったのか、なぜ引き起こされたのか、その真実に迫るためにある重要人物に話を聞く機会を得ました。その重要人物とは―――』
『ザンスのハンバーガー!今ならバリュー価格で300円ザンス!うーん美味いザンス、さすがザンスバーガーザンス!』
『重要人物とは?そして、復活祭の真実とは!?』
そんな安っぽいテロップを画面いっぱいに映し、電気屋のディスプレイのテレビに映った復活祭を題材にした在り来りなバラエティー番組はハンバーガーチェーンのCMに変わった。
「誤った歴史に正しい歴史ね……特区の連中がつくりそうな番組だな。―――っと、ごめんよ」
「ム、キオツケロ」
テレビに目を奪われながら歩いていた中年の男が正面から歩いてきたリザードマンにぶつかるが、一言謝罪するとリザードマンもさして気にすることなく通り過ぎていく。
のそのそ歩くリザードマンの足元では半透明で手のひらサイズの小人が数人キャーキャー言いながら踏まれないように遊んでいて、その遥か頭上を人面の鳥がギャーギャー騒ぎながら飛び去っていく。
周囲の景色に目を向ければ背の高いビルやコンクリ製のマンションなどは少なく木造平屋の建築物が多い。 これは怪異全盛の江戸の街並みが一部現れた結果である。
復活祭の影響は異形の復活だけではなく地形や土地などの変化も起こり、一部地域では都市がまるごと森林に沈んだり幻の大陸の浮上なども引き起こされている。
二十年前の復活祭から大きく変化したこの世界。
一部の者はこの世界は滅びの道を歩んでいる、正しい世界に戻さなければならない、などと言うけれど。
しかし人々は既にこの新しい世界に順応し始め、蘇った彼らとある程度折り合いをつけ、日々を生きている。
二十年という時間は新しい命を育み、この世界で育った彼らにとって既に異常な世界は当たり前の日常として受け入れている。
問題があれば話し合い、必要がなければ関わらず、必要があれば時に戦う。それが新しいこの世界。
そんな世界の一国、大和の国。―――これはそんな世界で生きる人びとの、『この世界の日常の物語』
◇
1LDKのボロアパートの一室。
ブラウン管テレビに映るハンバーガーチェーンのCMを見ながらちゃぶ台に突っ伏する少女の姿があった。
「お腹すいたな……」
彼女は大沢木舞来。
つい数ヶ月前まで父親との二人暮らしだったがひと月前にその父親も命を落とし、今は天涯孤独の身。
そんな彼女の目下最大の問題はお金がないということ。
父親は請負人の仕事をしていてそれなりの額を稼いでいたはずだが通帳にも金庫にもまとまった金額は見当たらず、あのクソ親父……と呪ったりしたがそれで現実が変わるわけではない。
このご時世、未だ学生身分の自分に金を稼ぐ手段などそうあるわけもなく、親戚や知人にも頼れそうな相手はいない。
このままではいけない、と思いつつ自慢の前向きさでまあなんとかなるだろうとこのひと月を生きてきた。無論それはただの現実逃避だと気づいてはいたが。
しかしそれももう限界。今日は家賃の集金日だ。
先月はなんとか待ってもらったが今月は流石に無理だろう。 しかし自分の食事さえままならないのだから払いたくても払えないのだ、開き直ってもしようがないが。
最悪、色仕掛けで切り抜けるしかないかな、と自分の体を見やるがお世辞にもセクシーとは言えない胸元を見て二重の意味でため息をつく。
あとは……と視線を向けた先には父の形見。
そこで部屋にチャイムの音が響く。
ついに来たか、開けないわけにもいかず、重い足取りで玄関まで行き戸を開けると、そこには大柄な男が一人立っていた。
顎鬚を生やした眠たげな目をした男。 しかしがっしりした大柄な体格と強面の顔つきに気の弱い者なら気後れしてしまうだろう。
彼はこのボロアパート『のろいの家』のオーナー兼管理人の呪井束。
十年前にここに引っ越してきた大沢木とは長い付き合いであり、兄のような存在(と大沢木は勝手に思っている)だ。
なぜアパートの名前をこんな名前にしたのかというと本人曰く『うけるとおもった』だそうだ。
「い、いらっしゃい。とりあえず座ります?」
それに呪井はああ、と短く答える。
いつも気だるげな雰囲気だが今日は冷たさを感じる、その理由は私人としてではなく公人として来ているという意思表示なのだろう。
食事もままならない身でお茶など買う余裕はないので出涸らしというのも限界のあるほぼお湯を湯呑みに注いで出す。 呪井は事情を知っているのか知らないのか湯呑に手をつけることはない。
卓袱台をはさんで二人は無言で数分ほど向き合い、気まずい時間が過ぎたが呪井の方から話を切りだした。
「先月と今月の家賃なんだが―――」
「今日のところはこれで勘弁してください!」
呪井の言葉を遮って、大沢木は土下座する勢いで後ろ手に隠していた木箱を差し出す。
木箱の中身は父の形見の刀。我が身を売るか形見を売るか、さすがに形見を我が身に変えることはできない。
請負人だった父の形見の刀ならば中古であってもそこそこの値がするだろう。 これで解決にはならないが一時しのぎにはなる。これで今回はどうにか帰ってもらうしかない。
「―――いや、これは受け取れないな」
無言で箱を受け取り、中身の刀を改めていたが鞘にしまってそれを大沢木に突き返しながらそう告げる。
(あー……これはいよいよわたしの魅力でメロメロにするしかないか。たしか昔わたしのことかわいいって言ってた気がするし!)
形見がダメならいよいよ我が身を売るしか道はない。 できる限り避けたかったがどこの誰ともしれない相手よりは兄のような人物が相手ならまだあきらめもつく。
自信を持つのは結構だが大沢木は呪井の言ったかわいいが「バカな犬みたいでかわいい」という内容だったことを知らない。
刀を返されて覚悟を決めつつある大沢木だが呪井は大沢木を自分の方へ呼びつけて質問する。
「木琴さんは金を残してなかったのか?」
「いやあ……それがまったく。食べるのにも苦労する有様で……」
だろうな、と言う呪井の目線はお茶というの名のお湯に向けられている。
呪井はしばし顎鬚をいじりながら考え込んだ後、仕方ないか……、と小さく呟いて大沢木の肩に真剣な表情で両手を乗せる。
その表情にただならぬものを感じたのか大沢木も真面目な表情でごくり……と次の言葉を待つ。 そして出た呪井のセリフは――
「体で払え」
であった。
「え、そ、それってやっぱり――「そこまでだッ!!」へ?」
「家賃を免除する代わりに女性を手篭めにしようとする悪徳大家めッ!この俺、緋色列奴ひいろれっどが成敗してや――「部屋に入る前にノックしろ」ぷげらッ!?」
まさか呪井の方から言ってくるとは思っておらず、ある意味願ったり叶ったりで困惑する大沢木。 そこへ突如部屋へ飛び込んできた見た目美少年な男の子を呪井が裏拳一発で部屋の外へ叩き出してノックアウトする。
「全くこのバカは……ついでに家賃の回収といくか」
「え、ええー……?」
一枚、二枚……結構持ってるな、などと財布を拝借しながら言う呪井を状況についていけていない大沢木がドン引きした目で見る。
「見るがいい大沢木、この無様なバカの姿を。だがこんなバカでも家賃を払う金は持ってるんだ。お前今コイツ以下だぞ」
「それは勘弁して欲しいですけど……でも体でなんて。いや、じゃ……ないですけどぉ」
キャーキャー言いながらくねくねしてる大沢木を呪井は怪訝な顔で見ていたが得心が言ったのか馬鹿にしたように見下して笑う。
「何を考えてるのかと思えば……だからお前は大沢木なんだ」
「だ、だから大沢木ってなんですか!?しかもその見下した目……コンチクショー!」
「やかましい」
「ぎゃふんっ」
両手を振り回して抗議する大沢木を容赦なく殴り倒し床を舐めさせる。
さめざめと泣く大沢木の首根っこを掴んでズルズルと引きずりながら呪井は階段を下りていく。 必然引きづられる大沢木は階段で何度も叩きつけられる。
「いたたたった!ちょ、どこ、連れて、行くんですかっ?そっち系じゃないんですよね?」
「お前には請負人になってもらう」
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