ないないづくしのものどもよ

ナギラセツ

第1話 三時の禊萩


 紅い座布団を抱いて寝転がる。


 二つに折れた谷間に両手を突っ込むと、まるで自分の肺腑を探っているような心地がした。

 障子の側は淡く陽が差して肌寒いなりに暖かい。そこで目を閉じるとしんと静かになって、世界は古い端切れと褪せた畳の匂いだけになった。


「要るかい」


 襖の滑る音も無く、南南西の暗闇から声がした。

 不覚にも暁を覚えてしまった少しばかりの腹癒せに、挙げた左足首を宙に振る。


「居ないよ」

「そうでなく。柘榴を持って来たんだ」

「ふうん」

「……足に話し掛けた覚えは無いのだが」

「ご覧の通り他の部分は皆忙しい」


 背を向けて、抱いた座布団に顎を載せるとまた静かになる。この同居人はどうにも穏やかすぎていけない。

 目を瞑ったまま畳の目に沿って足の爪を何往復も流した。二の句を継ぐのを待っている。自分も、恐らく向こうも。


「柘榴が人の味というのは本当だろうか」

「さて」

「つれないな」

「持ってきたのろう。食べれば判ることじゃあないか」


 相手が口の端だけで笑ったような気配がする。大きな手毬を落としたような音が畳を鳴らした。

 そのままごろ、ごろ、ろ、と大儀そうに転がって、畳に伸ばした膝の辺りでゆらゆら止まる。

 未だ少し笑っているような気がした。


「そら、一つどうだい」


 随分と久し振りに薄目を開けた。薄目を開けて眉を寄せた。


「無精者め。実だけ放る奴があるかい」

「では切り分けておくれ」

「呆れた怠け者だね。まずその無駄に高い鼻から切り分けようか」

「いや勘弁」


 ゆらりと傾いで柘榴が笑う。

 照らす淡日に緋の目が映える。


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