第49話 織姫と彦星

『間もなく、前夜祭を始めます。生徒の皆さんは体育館に集合してください』


 十六時を回り、海斗たちが片づけと翌日の仕込みを終えた頃に全校放送が入った。いつもならば下校する時間帯だが、今日は学校祭。これから全校イベントが待っている。

 体育館は全校生徒が思い思いの場所で集まり、これから始まる前夜祭を皆、心待ちにしている。海斗と美波は御琴と合流し、一緒に壁際でステージを眺めていた。


「あ、伊薙先輩見つけた!」

「ほら、まどか!」

「え、ダメだよ。神崎先輩たちと一緒だし、邪魔しちゃ……」

「そんなこと言ってたら負けちゃうよ。ほらこっち来なさい!」


 クラスの友達と一緒に体育館に入って来たまどかとその友達が三人を見つけた。遠慮するまどかを集団で引っ張り、海斗の下へと連れて来る。


「伊薙先輩。こんにちはー!」

「こんにちは。三木のクラスメイト?」

「はい。いつもまどかがお世話になってます」

「みんな、何言ってるのー!」


 まどかが海斗に好意を寄せていることはどうやら友達も知っているらしい。何人かは純粋に応援しているみたいだが、中にはまどかの慌てる様子を楽しんでいる子もいるようだ。


「ほら。私たちは向こうに行ってるから、後は頑張って来なさい!」

「ええっ! みんな、置いていかないで!」

「ふっふっふ、ごゆっくりー」


 置いて行かれたまどかは、彼女らを追いかけようか、海斗たちの所に居ようか迷ているようだった。海斗は苦笑してまどかに声をかける。


「いいよ。ここにいれば」

「は、はい! それじゃ、お邪魔します!」


 恐縮しながら海斗たちから少し離れて壁にもたれかかる。そんな姿に海斗も笑ってしまった。


「そうだ。芦原タイムズに記事が載ってたな」

「あ、読んだんですか?」

「うん。御琴と一緒にカッコよく載ってた」

「実は、あの記事のお陰で今日は大変だったんですよ……」


 まどかがため息を吐く。御琴も身に覚えがあるのか、その隣で苦笑していた。


「すぐに友達に知られちゃって、サイン攻めに遭いました。SNSのアカウントも知られちゃったから知らない人からのフォローが一気に増えちゃって……」

「学校にも取材の問い合わせがたくさん来てるみたいね。今日は校内祭だったからよかったけど、明日からはマスコミの人も来るかもって話よ」

「ええ……施設の名前も出しちゃってるし、あっちにも来たらどうしよう」

「なんか凄い事になってるな……」


 記事の思った以上の影響に海斗も驚いていた。


「メディアの影響って馬鹿にできないからねー。今じゃSNSを使えば個人でも簡単に情報発信できるし」

「神崎先輩は使ってるんですか?」

「作った料理の記録くらいだけどねー。でも、同じ趣味の人で集まれるからとても楽しいんだ。良かったらフォローする?」

「あ、お願いします」


 スマートフォンを取り出して美波とまどかがお互いのアカウントを見せ合う。御琴はスマートフォンを出さないが、既にフォロー済みらしい。


「伊薙先輩はアカウント持ってるんですか?」

「え、俺?」

「はい。良かったらフォローさせてもらいたいんですけど……」

「いいよ。あまり呟いたりはしないけど」


 海斗も自分のアカウントをまどかに見せる。海斗と連絡が取れるようになったことが嬉しいのか、まどかは笑顔でディスプレイに表示されている海斗のアカウントを眺めていた。


「そろそろ前夜祭、始まるんじゃないか?」

「うん。そう言えば今年の織姫と彦星、誰だろねー?」


 毎年、芦達祭あだちさいが七夕を前後して行われるため、前夜祭で行われているミス芦高とミスター芦高コンテストのグランプリをいつしか七夕にちなんで織姫と彦星と呼ぶようになっている。

 ちなみに、立候補制にすると候補者が毎年少人数になることから、コンテストは全校生徒の中から投票によって選ばれる事になっている。誰が選ばれるかは当日まで生徒会と実行委員の者の中でも、前夜祭を担当する者以外は誰も知らない。


「去年に続いて、深雪先輩かな?」

「確か生徒会役員は最初から除外されたはずだぞ」

「あ、そっか」


 生徒会役員は実行委員に必ず参加する。故に不正を防ぐため芦高生の中でコンテストの参加権がない。昨年は深雪が圧倒的支持で一位に選ばれたが、今年はその深雪に投票できない。票が割れることは十分に予想された。


「海斗は誰かに投票したの?」

「火種になりそうだから棄権した」

「賢明ね」


 海斗の答えに御琴が頷く。だが、その一方で少し残念そうな表情も浮かべていた。

 と、体育館に流れていた音楽がボリュームを増していく。いよいよ前夜祭が始まることがわかり、誰もが口を閉ざした。


「皆さん、楽しんでいますかー!」


 派手な衣装でステージに飛び出した司会がマイクを片手に呼び掛ける。ノリのいい生徒を筆頭に、歓声が返って行った。


「まずは開会の言葉だ! 生徒会長、お願いします!」


 深雪が続いてステージに昇る。そして優等生らしい模範的なスピーチの終わりと共に会場のボルテージはどんどん上がり始める。有志のダンスやバンドの演奏。各部活のPRなど、次々と進行して行く。そして、遂にミスコンテストとミスターコンテストが始まった。


「まずはミスター芦高から!」


 司会の生徒が第五位からクラスと生徒名を読み上げていく。投票用紙には投票理由も書かれているのでそれを読み上げられるたびに歓声が上がっていた。


「それでは、第一位ひこぼしの発表です! 呼ばれた生徒はステージに来てください!」

「そう言えば、みんなは投票したのか?」


 ふと、海斗が疑問に思ったことを聞いてみた。するとその瞬間に海斗の視界がいきなり真っ白に染まる。体育館のギャラリーからスポットライトが海斗らに向けられていた。


「え?」

「今年の彦星は、二年C組の伊薙海斗君です!」

「えええーっ!?」


 全校生徒の眼が一斉に向けられる。戸惑う海斗に、美波たちが一様に口をそろえて言った。


「カイくんに投票したよ。料理部で」

「海斗に一票。水泳部で」

「もちろん、私も伊薙先輩です……クラスメイトと」

「原因はお前らかよ!」


 ステージ上のスクリーンには海斗の写真と、投票数が表示されていた。さすがに何百人もいれば票は分散するはずだ。しかし海斗は美波を始めとした料理部、普段咲耶に世話になっている水泳部、そしてまどかを応援しているクラスの友人らからの組織票が入ったお陰で二位以下を圧倒的に離しての一位だった。


「投票理由は、『料理ができて家庭的なところがポイント』『お金持ちで性格もイケメン』『伊薙君に料理されたい』などなど」

「ちょっと待て。最後の何だ!?」

「あはは……なんか凄い人がいるみたいですね」

「勘弁してくれ……」


 ただでさえ最近色々と起きているだけに、これ以上悩みの種を増やしたくないと海斗は切実に思った。


「続いて、ミスコンテストの順位発表です!」


 海斗が壇上に向かう中で一人一人紹介されていく。そして第三位で御琴の名前が呼ばれた。


「うそ、あたし三位!?」

「投票理由は……えーっと、『去年から見ていました。水着姿を』『水着で見える体のラインがたまらない』などなど」

「こらあー! 誰だ、この投票理由書いた奴!」

「続いて二位は……二年A組、神崎美波さん!」

「ほわっ!? 私?」

「投票理由……『嫁にください』『俺のために毎朝みそ汁を作ってください』など、家庭的なものが多いですね」

「えー。私、朝食は洋食派なんだけどな」

美波みなみん……そう言う意味じゃないと思う」

「では、いよいよ第一位。今年のミス芦高の発表です!」


 ドラムロールが鳴り響く。スポットライトが目まぐるしく動き、海斗の横に立つ人物が誰か全校生徒がその行き先を追う。


「……え?」


 そして、二つのライトはその女子生徒を照らし出す。


「一年B組。三木まどかさんです!」


 体育館が拍手に包まれる。自分が選ばれると思っていなかったまどかは突然のことに状況が飲み込めていない様だった。


「実は投票理由にもありますが、『次のオリンピックは任せた!』など、今日になって一気に得票を増やしての逆転でした」

「うわ、それじゃ今日まで私が一位だったんだ」

「……まあ、あの記事が原因なら仕方ないか。あたしの票もそれで増えた分があるだろうし」

「他にも『小さい子供たちのお姉さんとして頑張ってる姿が心打たれた』など、たくさんの人からの応援がありました。おめでとうございます。それではステージへどうぞ!」


 まどかのために生徒たちが道を開ける。その先には海斗が立っている。


「ほらほら、まどかちゃん。カイくんが待ってるよ」

「で、でも……」

「ま、今日の所は素直に負けを認めるわ。でも、来年は負けないんだからね」


 美波と御琴がまどかの背を押す。全校生徒が見守る中、まどかはステージへと昇っていく。


「……早くステージから降りたい」

「あはは……でも、私はちょっと嬉しいです」

「そうか?」

「はい、イベントとはいえ、全校生徒が伊薙先輩の横に立つ人を私に選んでくれたんですから」


 まどかははにかみながら笑顔を向ける。ステージからはまどかの友達も見える。二人で並んで立っている姿を写真にとってはしゃいでいた。


「さて、織姫と彦星に選ばれた二人には、七夕にちなんだ賞品が与えられます」

「賞品?」


 海斗に青い短冊が、まどかに赤い短冊が渡される。何の変哲もない普通の短冊だ


「短冊……ですよね?」

「この短冊に願いごとを書いて、好きな人へ渡してください。そして渡された人は必ずその願いをかなえてあげてください……と言っても、常識の範囲内ですが」

「なるほど。そう言う趣向か。ま、適当に使うか」

「……願いを」

「それでは皆さん、今年の織姫と彦星に拍手を!」


 万雷の拍手の中、海斗はステージから降りようと歩き出す。しかし、まどかはその場に立ったままステージを降りようとしない。


「三木?」

「どうしました、三木さん?」

「……あ、あの。これって、今使ってもいいんですか?」

「はい。それは構いませんけど……?」

「い、伊薙先輩!」


 まどかが、あらん限りの声で海斗を呼ぶ。彼女の性格からは考えられないほど大胆な行動だった。


「わ、私は。三木まどかは、伊薙先輩にお願いがあります!」

「なっ!?」

「ほわっ!?」

「ちょっ!?」


 体育館中が異様な盛り上がりを見せる。この状況で想定される言葉はほとんどお決まりのものだ。その言葉を期待して、あるいは恐れながら次の言葉を待つ。


「み、三木……」

「あ、あの……あの、私……」


 まどかが真っ赤な顔で短冊を海斗に差し出す。手足は震え、その言葉も緊張でなかなか出てこない。


「あ、あ、あ……明日。一緒に芦達祭あだちさいを回ってください!」


 全校生徒の前でならどうしても断り辛い雰囲気になる。だからこそ、告白と言う手段も十分に取れた。だが、彼女から絞り出すように出た精一杯の願いは、そんなささやかなものだった。


「こ、これは! デートのお誘いだああああ!」


 だが、テンションの上がっていた生徒たちにはそれだけでも十分に盛り上がる要素だった。そして、自分の気持ちを伝えきったまどかから全校生徒の視線は海斗へと移る。


「……すいません、こんな手を使って。でも……私だって神崎先輩や八重垣先輩に負けたくないんです、だから!」

「謝らなくていいよ」

「え?」


 海斗がまどかの手から赤い短冊を取る。そして優しい笑顔でまどかに答える。


「わかった。明日は一緒に回ろう」

「……はいっ!」


 今にも泣きそうな顔で、まどかは笑っていた。そんな彼女に海斗は手を差し出し、まどかはそれを取る。


「でもさ、もうちょっと欲張ってもいいと思うぞ、三木は」

「じゃ、じゃあ……もう一つだけ、良いですか?」

「俺にできることならな」


 まどかが気持ちを落ち着けるため、大きく息を吸う。そして言った。


「私のこと、これから名前で呼んでください。神崎先輩や八重垣先輩みたいに」

「わかったよ、三木……いや、

「はいっ!」


 全校が見守る中、海斗とまどかがステージを降りていく。カップル成立と言うわけではないが、一つの恋する女の子の願いがかなったことを、皆拍手で祝福してくれていた。

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