49:お手軽!トランス☆セクシュアル

 もしかしたら前の話を読んで、混乱してる人がいるかもしれない。

 唐突な学園展開はまだしも、流石にキャラの名前が変わったりすると、読んでて混乱するもんな。

 分かるわ。


 とりあえず、俺は海良寺清実かいらじ きよみ、十七歳、男性。

 憶えてくれよな。


 ……よし。わかった。

 やっぱり事の発端から話すことにしよう。


 今回のクエストが届いたのは、二日前。

 いつものように、転生阻止者フィルギアサポート担当のスクルドが、現れたその時。


「あのー、清実さん、お時間よろしいですかー?」


 俺は鳩尾に掌底を食らい、派手にぶっとばされていた。


「うっ、ごっ、が、あ、ぐえええぇぇえ」


 これは、壁に背中を打ちつけ、落下して顎を打ち、悶え苦しんでいたらもう一度壁にぶつかった時の悲鳴な。

 ついでに言うと鳩尾を強打されたので、全然呼吸が出来ない。


 辛い、痛い、マジで死ぬ。


「なんじゃなんじゃ、だらしないのう。それでも『きたいのるーきー』かいな?」

「うるさい、こちとらフツーの高校生だ! あんたみたいな怪物と一緒にするなっ」


 俺を五メートルはふっとばした張本人は、軽やかなステップでこちらに近づいてくる。


「失礼な奴じゃのう。せっかく楽しい異世界探訪を切り上げて来てやったというのに」

「ごめんねー、ウーさん。口の悪い子なのよ、ホント」

「なに、かわいいものよ。チ☆コに噛み付いてこないだけ、上品な方じゃわい」


 ブリュンヒルデと気安く言葉を交わしているその人は、どう見ても少女だった。


 年齢にして十二歳とか、まあ、小学校高学年というルックスである。

 髪は短いおかっぱで、東洋系の美少女と言えばいいのか。

 チャイナっぽい刺繍の入った上下の服も、やたらとよく似合っている。


 口ぶりで分かると思うけど――てか今さりげにチ☆コとか言ってなかった?

 まあ、この人は普通のキッズじゃない。

 こう見えて中身は、数千年前に中国で勇名を轟かせた武術家なんだそうだ。


 戦乱に巻き込まれて死んだ後、何度も異世界転生を繰り返し、数え切れないほどの世界を卓越した武術で救ってきた英雄らしい。

 幾星霜に亘ってなお武を極めんとする飽くなき姿勢から、ついたあだ名が「ウーさん」。


(転生しすぎて自分の本名を忘れたんだとさ。マジかよ)


 このウーさんこそ、スーパーバトルマスターのじゃロリ仙人にして、俺の師匠という訳だ。

 つい一時間ほど前から、の話だけど。


「ほれ、もう立てるじゃろ。呼気が落ち着いてきたぞ」

「人の呼吸を読むの、やめてくれよ」

「染み付いた技はもう変えられんのじゃ。これも武じゃよ」


 俺は前回のクエストでヤクザや不良警官とさんざっぱら殴り合った結果、「やっぱり暴力は効率重視だな!」と気付いたのだ。

 ビル一個軽く吹っ飛ばせる雷魔法チートを全開で振り回すチャンスなんて、全然無かったし。クエストごとにいちいちそんな真似してたら、俺が転生する頃には街が更地になってしまう。


 という訳で、ブリュンヒルデにお手軽なテクニックが無いか頼んだのだ。

 そしたら、ウーさんが来たってわけ。


「まあそういう訳で、今のが魔法勁じゃな。一言で言えば、最少の魔力で最大の効果を得る技術、ということになる。風魔法を喰らわせばおぬしのように五メートルほどぶっ飛ぶし、炎魔法なら狙った臓器をウェルダンに焼き上げる、といった具合じゃ。極めればドラゴンなんぞワンパンじゃわい」

「……あー、なるほど」


 俺も、似たようなアイデアは考えていた。

 指先に雷電障壁サンダーシールドを纏わせてデコピン、とかな。


 この技は、そのアイデアを百歩先に進めた感じだ。


「ブリュンヒルデ殿から、お主の魔法制御の精妙さについては聞いていたのでな。ここから始めるのが良いじゃろ」

「ここからって、いきなり断崖絶壁にぶち当たった気分なんだけど」


 制御の精度以前に、目にも留まらぬスピードとか、相手の呼吸の読み方とか、発動までのスピードとか、めっちゃハードル多いわ。どうしろっつんだ。

 こういうのをお手軽になんとかできるのがチートスキルじゃないのか。


 返事は、わっはっはっは、とウーさん。

 武将みたいな笑い方する女子小学生、結構シュールだな。


「何を言うとる。お主の出力限界、無詠唱、発動速度、精度、どれもこれも規格外じゃわい。体術なんぞは鍛えやすい方じゃ。それにな、目標は高いほどいいもんじゃぞ。お主はもう、時間からも死からも開放されたんじゃからな?」


 さらっとすごいこと言ってくれる。

 まあ確かに……転生するまで、俺は歳も取らないし死にもしない。

 言ったら、宙ぶらりんの状態なんだけどさ。


「……あのー、清実さーん?」

「うわ、スクルド!? いつからそこに?」

「え、清実さんがー、五メートルほどふっとばされた辺りからですけどー」


 ええええ。見られてたの? ちょっと恥ずかしい。


「大丈夫ですよー。悶絶する清実さん、かわいーです」

「かわ……え?」


 青い髪に緑の瞳、ラブリー魔女っ子然とした美幼女こと女神スクルドは、にわかに頬を染めながら、


「顔を真っ赤にしてぇ、涙を浮かべながら痛みをこらえる顔ー、とーってもすてきです」

「ちょっと、なにそれ怖いんだけど」


 忘れそうになるけど、スクルドもブリュンヒルデと同じ戦闘民族なんだよな。

 いくら親のローブを借りてきたコスプレ美幼女みたいな見た目してても、戦闘力が低い人間はゴミとしか思ってないのか。


「ブリュンヒルデと一緒にしないでくださいぃ。わたしは、ええと、そうー、か弱いものを保護したいタイプなんですぅ」

「緊縛監禁拷問なんでもござれのドSだから、スクルドちゃんは」

「ちょっとぉ、ブリュンヒルデー、語弊がありますよー」


 知りたくない。

 これ以上ヴァルハラの闇を知ったら、俺、転生阻止者フィルギアとしてやっていけなくなる気がする。


「もういいよ、性に関する暴露大会は二人だけでやってくれ。で、今回もクエストの通達なんだろ?」

「あとで決着つけますからね―、ブリュンヒルデったらー」

「ていうか清実ちゃんでハアハアすんのやめてよね。この子はあたしの相棒だし」

「えー、独占欲ですかー? ずるーい」


 オイ、なんか、クエストの説明がテキトーになってないか。

 人の命がかかってるんだぞ。

 ちゃんとやる気あるのか!


「さて。今回の転生候補者はぁ、オミネ・チカコさんですー」


 十七歳、高校生。

 私立木之花このはな女子高等学院に通う優等生。もちろん美人。

 転生のタイミングは、今後二週間の内。


 ははーん。これは読めてきたぞ。


「んで、原因は? 他殺? 痴情のもつれかストーカー殺人?」

「心停止、ですねぇ」


 ……え、情報それだけ?


「そりゃ、死んだら心臓止まるでしょ。死亡時の状況とか、凶器とか、死因は? もともと心臓が弱かったとか、そういう子なの?」


 と訊いたのは、ブリュンヒルデ。

 いいね、病弱の薄幸美少女。異世界転生しそう。


「んーと。学校の敷地内で心停止するー、みたいですー」


 なんだそりゃ。また随分とあやふやな情報だな。


「今回も『変革力』が強い候補者なのか? 自ら運命に干渉できるから、予知精度が低くなるってやつ」


 前回の転生候補者がそうだったな。

 ヤクザと警官とチンピラ、合わせて十二名を墓場に叩き込んだチートいらずのキリングマシーン。今頃、東南アジアのどこかで美人女医とイチャイチャしてるはずだけど。


「『変革力』による干渉は観測されてないですねぇ。分岐剪定観測は進めてるんですがー」

「相変わらずあやふやね、ノルニルの情報は……ウルド達、遊んでるんじゃないでしょうね」

「お姉ちゃん達に文句言うなんて、相変わらず命知らずですねぇ。因果律イジられてもしりませんよぉ」


 じゃれ合う二人を脇において、俺は考え込む。


「二週間か……用務員の枠とか空いてるかな」

「え、なに、何の話?」

「私立木之花女子高等学院――ハナジョっつったら、全寮制のエリート女子校だからな。死の原因を探って阻止するなら、潜入して近くにいないと、だろ。二週間ずっと姿を消して監視してる訳にもいかないし」


 私立木之花女子高等学院、通称ハナジョ。

 それは、四方津市に住む全男子が憧れる秘密の花園。

 市内の美少女の九割が集っているとの噂もあるとかないとか。


 そんな桃源郷、ぜひ潜入してみたい。

 いやもちろん、目的はオミネさんを『死の運命』から救うことであって、それ以上の下心などあるやなしや。


「清実ちゃんってさー、発想が下等だよね。もうゲスというよりも、下等」

「ちょっと丁寧な言葉遣いをするな、傷つくだろ」


 げんなりした顔で俺を蔑むブリュンヒルデ。

 そんなことで俺の情熱は冷ませないぞ!


「女子校に潜入ですかー? それなら、いい方法がありますけどぉ」


 マジか。

 流石は女神様、迷える哀れな子羊に救いの手を!


「清実さんがー、女の子になればいいんですよぉ」


 スクルドは、またしても頬をバラ色に染めながら言う。


「……は?」


 対する俺と言えば、間抜けな顔で疑問符を投げることしかできなかった。

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