101.女子会③(ミア視点)

 さっき遠目に見ていたにもかかわらず、アネッタ達は目の前の女性がエリカだとは全く気付いてなかったのだろう。仕事の時は名前を変えているのだと教えられても、がらりと雰囲気の変わったエリカに驚きを隠せないようだ。


「エリカさんには、あらかじめミアさん達が遊びに来ることは話していてね。彼女はもうすぐミモリ家に行く予定だし、仕事内容は違うけれど、せっかくだから仕事ぶりを見てもらって、その後は女子会に参加してもらいたいってお願いしていたのよ」

 今日は他の客が来る予定もなく、子どもたちの世話も、もう数時間は大丈夫らしい。

「たまにはいいでしょう?」

 と、いたずらっぽく笑うカルラの強引で快活な雰囲気は、彼女の母親にそっくりだ。


「驚いたわ。あなたがイチジョー・エリカさんだったの。普通のメイドならうちに引き抜きたいと思ってたくらいなのに」

 わざと悔しそうな顔をして見せるドリカに、エリカは「恐れ入ります」と微笑んだ。

 アネッタはと言えば、なぜか上から下、下から上と言った風に、何度もエリカを見返している。その後にっこり笑って「楽しい朝食だったわ」と、エリカの手を一瞬握って敬意を表した。

「あなたは客間メイドというよりも女優さんのようね。自分が舞台の登場人物にでもなったような気持ちだったから、今も夢からさめたような、変な気分よ」

 アネッタの感想にミアもだと同意すると、エリカは面白そうに微笑む。その目がいたずらっ子のようにキラキラしていて、ミアは(エリカ様がめちゃくちゃ可愛いんですけどっ!)と悶絶しそうになるのを懸命に我慢しなくてはいけなかった。


 しばらく他愛のない話をしつつミア達が互いに視線を交わし合った結果、この親戚の中で「叔母」の立場であるユリアが小さく頷いた。彼女はちらりと考えるように視線を上に向けた後、何でもない顔でエリカに話しかけた。

「ねえ、エリカ様。お聞きしたいことがあるんですけど」

「なにかしら?」

「アルバートのことは、前向きに考えて下さいました?」

 何も知らないふりをして質問したユリアに、エリカがポッと頬を染める。どうやら不意打ちだったらしく、これは明らかに彼女の素の表情なのだと気づき、ミアはまたしても悶えそうになった。


 ――今日のエリカ様はどうしてこうも可愛いの! アルバート兄様のせいなの? ねえ、そうなの?


 少しだけ妬けるような、それでいて世界中に自慢して見せびらかしたいような衝動を懸命に隠し、エリカの答えを待つ。アネッタやドリカも目がキラキラしているせいか、エリカが戸惑ったようにもじもじしながらも、囁くように「ええ」と頷いた。

 その愛らしさに今度こそ我慢できなくなったミアは、両手で顔を覆って声にならない声をあげた。


 ――いったいこれは、なんのご褒美ですかー⁉


 しばらく身もだえた後にようやく顔を上げると、隣でユリアも顔を真っ赤にし、アネッタとドリカが「いいわねぇ」と夢見るように頬に手を当てている。エリカは不思議そうに周囲を見回し、カルラはしたり顔で大きく何度も頷いた。

 ミアは、ワクワクすると言っていたカルラの気持ちがよく理解できた気がした。

 もしもミアがエリカのファンではなくて、たとえば今日が初対面だったとしても、ミアは確実にエリカの応援をしたくなっただろうと確信する。

 前は大好きな物語のヒロインに似ている人だと思っていた。

 でも今は違う。エリカはエリカで、現実にいる女の子だけどやっぱりヒロインで、間違いなくミアの憧れの人だ。

 仲良くなれたら絶対に幸せで、こんな女の子になりたいって、本当に心の底からそう思う。


 ――だから私は絶対、エリカ様を悲しませたくない!


 ミアは両手にこぶしを握り、改めてそう誓った。


「ねえ、エリカさん。あなたから見て、アルはどんな男?」

 面白そうにアネッタが目を細めると、エリカは考えをまとめるように微かに首を傾げた後、「信頼できる人です」と言った。

 その答えに、ミアが友人から聞くような――優しいとかカッコいいみたいな――表現ではないことに意外な気がした。意外だけど、信じて頼れる人というのは最上級の褒め言葉だと思い、目から鱗が落ちる気がする。


 記憶がないエリカにとって、アルバートとの出会いはイチジョーのあの樹だったらしい。

 ユリアとミアはそのときのことを思い出し「あっ」と、同時に声を上げた。

 弟たちを助けるために大樹に登ったエリカが枝から落ち、あわやというところでアルバートに抱き留められた場面がはっきりと思い浮かぶ。


 エリカの許可を得て二人がその時の話をすると、主婦組の三人はぞっとしたようにと顔を青褪めさせ、次いでアルバートの活躍に目を輝かせた。

「あの時のアルバート兄様は、物語の騎士様のように素敵だったのよ」

「ええ、本当に。そのあと、エリカ様がショックを受けて泣いてしまわれたんですけど、それを私たちに見せないよう隠して」

 思い返せば、なんて劇的な出会いだったのだろうと、ユリアとミアはほうっと息を吐いた。

「アルに手厳しいあなたたちがそこまで言うなら、相当ね」

 カルラが面白そうに笑うが、あのすごさは実際に見たものにしか分からないだろう。

「アルがいなかったら、エリカ様は……」

 ユリアも何かを言いかけて、ゾッとしたように言葉を止める。


 そう。あの時アルバートがいなかったら、彼女は死んでいたかもしれないのだ。

 改めて思い当たった真実に涙ぐむと、エリカは優しく微笑んだ。

 そして茶会の時も、学生時代からずっと彼女に付きまとっていた男から助けてくれたのだと教えてくれる。それに対し、カルラが厳しい顔で「ああ」と小さく声を上げた。


「他には? どんなところが好き?」

 ドリカにズバリ聞かれ、身内の前でそれを言うのかというエリカに、思わずクスクス笑いが漏れた。

「エリカさんと私たちの出会いの記念よ。せっかくだから惚気ておきなさい」

 理由になってるようななってないようなドリカの言葉には変な説得感があり、エリカはしばらく目を泳がせた後、「声が素敵です」と教えてくれた。

「歌も上手ですし、絵も上手です。私、アルバートさんの絵が大好きなんです」

 出張先から毎日カードを送ってくれたのだと言うエリカは、小さな少女のように頬を染めてにっこり微笑む。カードと言えばミアもエリカから面白いカードを貰ったことに礼を言えば、同じ感じのものをアルバートにも贈ったとかで、その時の様子を楽しそうに話してくれた。


 アルバートの側にいると楽しいのだというエリカは、以前の婚約者といたときの彼女とはまったく表情が違う。とても肩の力が抜けている感じで、ミアはしみじみと(なんだか素敵だなぁ)と思った。ユリアとルドの出会いも素敵だと思っていたけれど、エリカとアルバートのように少しずつ気持ちを育てていく感じも憧れる。

 誰かとの出会いやきっかけで互いが素敵に変わるというのは、何かの物語のようでたまらない。

 第三子である自分には遠い世界のように思っていたけれど、いつかそんな人に出会いたいなぁと夢見てしまうくらいには、以前のアルバートが思い出せなくなっていた。


「じゃあエリカ様は、アルバート兄様がお好きなのね?」

 直接聞いてみたくてミアがエリカの顔をのぞき込むと、彼女はくしゃっと相好を崩し、内緒話をするように小さく「大好き」というので、ミア達は大興奮で楽しい悲鳴を上げてしまった。まさかまさか! こんな風にはっきり言ってくれるとは夢にも思わなかったのだ。


 ――アルバート兄様がうらやましい!


 そんなことを考えていると、カルラが「ですってよ、アル」とドアの向こうに声をかけた。ミア達がキョトンとすると、少し困ったような顔のアルバートが入ってくるので、今度はエリカが小さく悲鳴を上げて真っ赤になってしまった。

「あ、アルバートさん、い、いつからそこに」

「いや。姉上から来るように言われてたんだけど、ちょっと入りにくくて困ってた」

 耳を赤くしながら困ったように微笑むアルバートに、ミアは(やだぁ。こっちも可愛くなってる!)とユリアと視線で会話する。さっきから興奮しすぎて頭がパンクしそうだ。

 エリカの惚気は、どうやらアルバートに聞かせるためのものだったらしい。


 ――カルラ姉様! ありがとーっ!


 すっかり冷めたお茶をのんでミアがようやく落ち着くと、アルバートはエリカの隣に座るよう言われ、おとなしく椅子に腰かけたところだった。

 運動もしていないのに興奮しすぎで肩で息をしていたミアとユリアは、ふいにある考えが浮かんで、同時に「そうだ」と呟く。

 怪訝そうな周りの目を無視してユリアと頭を突き合わせると、こそこそっと互いの考えを囁き合った。どうやら同じことを考えたらしいことを確認し、話をユリアに任せると、ミアは何でもない顔で姿勢を正す。

 でもユリアが口を開く前に、アネッタが少し笑いながら「実際にエリカさんを見たら、父の伴侶にって声が上がるのが理解できたわ」というのでギョッとした。

 思わず反論しようとしたミア達に、彼女は軽く手を上げて制した。


「エリカさんは、見ている人を幸せにする何かを持っているのよね。女優さんのようだと思ったのは本当。あなたがその気になれば、大勢の人の前で完璧な聖女を再現できると思う」

 その真剣な声に、ミアは思わず息を飲んだ。

 エリカも神妙な面持ちになっているので、次の王妃にという話も聞いているのかもしれない。

「でもねぇ。だからと言って私は、あるかどうかもわからないことの為に、二人を引き裂くほど野暮じゃないわよ。これがアルバートの片思いなら、エリカさんを説得してもいいかなと思ったのは事実だけど」

 イタズラっぽく微笑むアネッタに、アルバートが以前のような、感情を消し去ったような目になる。でも彼が口を開く前にエリカが苦笑して、たぶんわざとだろう。「おじさんもマッチョも嫌です」と言ったあと、にっこりと無邪気な笑みを見せたので皆で噴き出してしまった。おじさんはオーラフのことで、マッチョとはリュウオーのことだろう。


 笑いながらも、ほんのちょっとだけエリカが悲しそうに見えてミアはドキッとした。

「エリカ様……」

 思わず彼女の手を握ると、エリカは困ったように微笑む。

 途方に暮れたようなその顔はまるで迷子になった子どものようで、思わずミアは立ち上がって彼女をギュッと抱きしめた。


 この国のことを一から学んでいる彼女が、まだ生まれて間もないに等しい女性だということを考えれば、ミアのほうが色々分かってていいはずなのだ。

 ミアにできること。それはさっきユリアと話した。

 ユリアと頷き合うと、彼女が立ち上がり、ぐるりと皆を見回して自分に目を集めた。


「だったら、王家の人間でもあって、調査員でもあるダン・アルバートと、もしかしたら聖女かもしれないイチジョー・エリカが恋人なのだと、周りにアピールしてしまいましょう。エアーリアが現れる前に、それが当たり前であって引き裂くほうがおかしいと周知させてしまえばいいんだわ。実際起こるかどうかもわからないことを、今から心配しても仕方がないじゃない?」

 朝食前に話していたことを、あえてユリアがゆっくりしたテンポで話す。二人がどんな反応を示すだろうとミア達が注目すると、アルバートも「俺もそう思ってた」と頷く。そして彼は安心させるようにエリカに微笑んで見せた。


「なら話は早いわね。私としては、二人は堂々と婚約者として振舞ってほしいわ。まだ婚約していなくても、周りがそう思い込めばいいのよ。アルはエリカ様に指輪を贈って。ああ、大丈夫よ。最近は恋人同士でお揃いの指輪をはめることが流行っているから、全然おかしなことではないわ。知らなかったの? 本当よ。私もルドさんからもらう約束をしてるもの」

 そう言うユリアにミアも、

「私のマムも、恋人とお揃いの指輪をしてますわ」

 と教えると、アルバートだけではなく、カルラたちまでも目を丸くした。

 どうやらこれは十代の流行だったようだが構わないだろう。伴侶の指輪と違って、デザインが凝っているのに手に入れやすい価格の指輪が多いので、恋人がいなくても鎖につけてペンダントにしている女の子もいると教えれば、ドリカが「それは可愛いかも」と興味を示した。

 昔からおしゃれなドリカが興味を持ったなら、年上の人たちにも広がるに違いないと思い、ミアはにっこり笑った。


「それでね、私とミアで今考えたんだけど、二人の出会いを少ーし脚色して、白花会の新聞に書こうと思うのよ。あっ、白花会というのはエリカ様のファンクラブのことよ。――そうね。事故で記憶を失ったことも、世間には大っぴらにしたほうがいいと思うわ。すべてを忘れたエリカ様は、命の恩人であるアルバートと恋に落ちた。お芝居にしてもいいくらいよね。うん、いいかも」

 自信たっぷりに口の端を上げるユリアに、アルバートも面白そうにニヤリとする。

 アネッタも「面白そう」と、いたずらっ子のような目をし、カルラとドリカも同意するように頷いた。

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