43.プレゼント

 エリカ改め絵梨花のお兄さんは、写真映りが今一のようだ。


 夕方アルバートと共に帰宅したトムを出迎えた萌香は、丁寧に礼をして微笑みつつも、心の中ではこれでもかと目を見開いて彼を見つめていた。

 写真でも父親似のハンサムな男性だと思っていたが、実物のトムはなんとも存在感がある人物だった。父親が海外のベテランアクション俳優だとすると、兄の方は人気急上昇の若手といったところだろうか。見た目だけではない、人を惹き付ける空気感のようなものがある。もし彼が舞台に立てば、さぞや人目を惹きつけるに違いない。

 片やトムの隣に立つアルバートは、トムに比べるとずいぶんと粗野に見えた。


 ――やっぱりもったいないわ、アルバートさん。せっかくいい素材を持ってるのに!


 もし彼らに似合う役を与えるならば、兄が王子なら、アルバートは不良っぽい騎士といった雰囲気だろうか。もし仮装パーティーなどでアルバート達をプロデュースさせてもらえるなら、ぜひその路線でいかせてもらいたい。二人並んだらなんとも目に楽しい感じになりそうなどと考え、萌香は心の中でクスッと笑った。


 実際のところアルバートはミアの従兄にあたるそうで、国が国なら王子なのは彼の方だった。彼らが親戚だとわかったことで、昼間の親しげな様子にも納得がいく。

 今日の泊まり客は王族ばかりであることに、イチジョーとはなにものなんだろう? と改めて萌香は疑問に思った。


「エリカ、ただいま」

 イナと挨拶をしたあと、どこかホッとしたような表情で萌香に笑いかけたトムは、ごく当たり前のように萌香を抱き寄せ頭を撫でてくる。

「ずいぶん痩せたね? でも元気そうでよかったよ」

「ありがとうございます。……お兄様?」

 呼び方があってるか少し迷いつつ答えた萌香に、トムは笑みを深めた。

「うん」


 ――不思議。


 萌香はトムを見つめ、微かに首を傾げる。

 写真で毎日見ていたせいか、初対面だという気がしない。抱き寄せられても嫌悪感は一切なく、むしろ嬉しさや懐かしさがこみ上げてきたのだ。

 ――きっと今はエリカの仮面をつけているから。

 そう自分を納得させたものの、素直に彼を「お兄ちゃん」だと思えたことに笑みが浮かんだ。絵梨花が兄の前では素の顔を見せていたというのにも頷ける。

 自然と甘えるようにトムの胸に額を付ける萌香に、イナが穏やかに微笑んだ。


  ◆


 晩餐はさながら親戚の集まりのようだった。


 晩餐には大人だけというルールがあるのか、ミアとゲイル、それからロベルトは別室での夕食だという。唯一参加している子どもはユリアだけだが、ベビーピンクのディナードレスを着ているユリアはさすがに堂々としたものだ。

 ユリアは女王の末の妹の娘に当たり、アルバートより九つも年下だが彼の叔母にあたる。ユリアの口調が、アルバートに対しても少しだけ「お姉さん」風なのはそのせいなのだろう。二人の会話は見ていてなんともほほえましい。

 そしてミアの母とユリアの母はアラフィフ世代で年頃が同じでも、こちらも義理の叔母と姪という不思議な関係だ。これでアルバートの母まで集まる明日は――

「絶対にかしましいだろうな」

 トムがこそっと萌香に囁いたので、思わずクスッとなる。

 父のシモン、トム、アルバート以外は全員女性で、それだけでも大変賑やかな晩餐だったのだ。萌香はその様子を見ながら、ただにこやかに食事を楽しんだ。記憶喪失を面白がられることもなく、かといって無理やり話題を振られることもなく、居心地のいい空気を作れる大人たちだと萌香は気付き、ひそかに嘆息した。

 シモンは帰宅が晩餐直前だったこともあり、萌香は挨拶をした程度だが、安心させるように笑いかけると少しだけホッとしたような顔をしていた。

 明日の茶会の件では不満があるような様子ではあるが、萌香が自分のさせてもらうことや、準備でしたことなどを話すと少しだけ意外そうな顔をして、それ以上は何も言わなかった。




 食後のお茶を楽しむためにサロンに移ろうとした時、アルバートが思い出したかのように萌香に小さな箱を手渡した。

「これは?」

 綺麗にリボンが掛けられた小さな箱を見て、萌香は首を傾げる。


「エリカ様、気にしないでもらったらいいですよ。アルバートは何でもないときに、なんでもない贈り物をする人なんです」

 ユリアがニコニコしながら、自分もさっきミアとおそろいのブローチを、弟たちには汽車の模型を貰ったのだと言った。その代わり、誕生日なんかは忘れちゃうんですからね、と。


「そうなんですか?」

 戸惑いながらトムを見るとなぜか少し苦笑しつつ「貰っとけ」というので、萌香は頷いて丁寧に包み紙を開いて折りたたみ、リボンを簡単にまとめてから箱を開いた。

「あら」

 萌香の手元をのぞき込んでいたイナがそう言ってにっこりと笑った。

 そこに入っていたのは二つ折りになる美しい手鏡だ。

 アルバートは

「似合うと思ったんだよ」

 といい、萌香にだけ聞こえるように耳元でこそっと「萌香に」と言った。


 萌香が瞬きをしてアルバートを見ると、特にニコリともしないシレッとした表情のままだ。考えてみると、屋敷に到着してからアルバートの表情筋はあまり動いてない気がする。だが姦しい親戚に囲まれれば、男性もそうそう愛想良くしてられるものでもないのだろうと萌香は考え、微笑みながら礼を言った。

「すごく素敵です。ありがとうございます、アルバートさん」

 実際とても嬉しかったのだ。こっそりと萌香・・にと言ってくれたこともそうだが、

「これ、欲しかったんです」

 と言うと、アルバートはそうなの? とでも言うように首を傾げる。


「マーケットで購入されたんですよね? 先日見て、素敵だなって話してたんですよ。ね、お母さま」

 イナが頷くと、トムが「へえ、よかったな、エリカ」と笑った。


「マーケットと言えば、なんだか雰囲気が変わっていたわね」

「そうそう、いつもと違って見えたわ。何か変えたの?」

 ユリアの母親らがイナに向かって華やいだ声をあげる。


 実は萌香が十日前にマーケットに行った後、気になったことをイナに相談した。世間が夏休みに入るとイチジョーも観光シーズンに入るのだと聞き、差し出がましいのは承知の上で、思い切っていくつかの案を出させてもらったのだ。

 結果、萌香はイナの協力で大通りに面した店の中から三軒だけ選び、試験的に立て看板の設置と、通りからも見やすいよう窓辺にディスプレイをさせてもらった。奥をのぞき込まずとも、ぱっと見商品が華やいで見えると思ったが、お客様の感想を直接聞けて萌香は笑みを深める。

 この手鏡は雑貨店の飾りつけをした中でも、特に素敵に見えたものだ。イナはそんな萌香に気付いて買ってくれると言ってくれたのだが、萌香としてはぜひお客様の手に取ってほしかったし、素敵な人のもとに行きますようにと願っていた。まさかそれが自分のもとに来るとは思ってなかったが、一目ぼれに近い感じで気に入っていたので、かなり嬉しかったのである。

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