24.ウィンドウショッピング

 メリヤを出ても、萌香は少し気分が高揚したままだった。

「なんだかとっても、すっきりした感じがするわ」

 倉庫から家具を選ぶのも楽しかったが、買い物はまた違う高揚感があった。これから出来上がったものが届いて、それらを部屋においてと想像していくと、ますます楽しくなってくるのだ。

 ――自分の頭の中にある理想が、少しずつ形になっていくのは最高!


「ふふ、女にとってお買い物は重要ですよね」

 萌香が出会ってから一番の笑みになっているためか、ベニが可笑しそうに笑い出す。

「そうよね? ねえ、ベニ。私、もう少しお店をひやかして行きたいんだけど、大丈夫かしら?」

 思いのほか買い物が早く済んだのだ。天気もいいし、このまま帰ってしまうのはあまりにも勿体ない。

「まだ日も高いですし、小一時間程度で、お嬢様が無理をしなければ大丈夫ですよ」

「ありがとう、ベニ。ハンス、申し訳ないんだけど、もう少し付き合ってね」

 男性が女の買い物に付き添うのは退屈だろうが、少しだけ我慢してほしい。

 ごめんねという顔をする萌香にハンスは一瞬驚いた顔をすると、次の瞬間には楽しそうな笑顔になった。

「いえ、とんでもないです。ごゆっくりお楽しみください」

 そして、自分は荷物係だから大物を買っても任せてくださいと、力こぶを作って見せるハンスに萌香はにっこり笑った。メリヤでは出番がなくて物足りなかったようだ。


 ベニと並んで歩く後ろをハンスがついてくる形で、萌香はマーケットをぶらつき始めた。カラフルなドアには必ず表札があるので、それを読みながら窓の中の光景を眺める。

 八百屋に果物や、肉屋にパン屋。キッチン用品などの雑貨店、かわいらしい人形の店、美しいガラス細工の店や、糸の専門店やお菓子屋さん。カラフルで日本とは全く違う風景だが、ちょっとしたショッピングモール程度の店がほとんどありように思える。だが、

「本屋とか、服やカバンを売ってる店はないのかしら?」

 特に衣類の店など、ショッピングモールで一番種類が多そうな店のように思うが、それらの店を萌香はまだ一つも見ていない。外出の時にはどちらかを必ず覗くので、自動車を降りてからずっと探しているのに、だ。


「本の専門店はイチジョーにはなかったと思います。基本的に問屋にまとめて注文して図書館と図書室においているのではなかったでしょうか。私達は本は借りるだけですし」

「そうなの?」

「はい。本は高価ですから。でもロデアには図書館が多いので助かります。イチジョーにもお屋敷の他に、市民が利用できる大きな図書館が一箇所ありますよ」

「へえ」

 本の価値観までは気づいてなかった萌香は、図書室を持つイチジョー家のすごさに少々慄いてしまう。同時に、なんの運命のいたずらなのか、そんな恵まれた場所で目覚めたことも幸運なのだろう。あのケガでこちらの常識もなく、違う場所、違う立場なら野垂れ死にしていたのかもしれない。そう思うと、背筋に冷たいものが流れる。未だに理由はわからないが、エリカにそっくりな自分の容姿に感謝すべきなのかもしれない。


「じゃあ服は?」

「服はマーケットではほとんど扱いませんね。エプロンなどの装飾品はありますけど」

「そうなの?」

「はい。お嬢様ですと、いつも服は専門の仕立て街に行くか、職人を呼ぶんですよ」

 ベニの答えに萌香は思わず立ち止まってしまった。

 えっと、もしかして既製服がない世界? 全部オートクチュール?


「ベニたちは?」

「私たちは仕立て街ですね。でも、立場によって場所が違います」

 買い物する場所まで違うとは、さすがに考えてなかった萌香は少し首を傾げた。

「たとえば、あまり着なかったけど、もう着なくなった服なんかはどうするの?」

 最近読んだ小説の内容を、頭の中で素早く検索していく。たしかドレスをリメイクをしていたシーンがあったはずだ。

「それは古着屋ですね。上流階級の服が仕立て直されて売られていることもあるので、掘り出し物もあるんですよ」

「それは、とても楽しそうね!」

「でも、お嬢様には縁のない店ですよ?」

「そうなの? がっかりだわ」

「お嬢様ったら。上流階級ですと、お直しも仕立て屋を呼ぶものなんですよ」


 しょぼんとする萌香に、後ろのハンスが笑いをかみ殺しているのが分かる。

 いけない、これでは全然お嬢様っぽくないわ。

 萌香は気を引き締めたものの、ついつい楽しくて地が出てしまったことでベニたちが嬉しそうにするので、それはそれで今はよしとすることにした。舞台ならともかく、日常生活で他人になりきるのは疲れてしまうし、無理をしすぎれば綻びも生まれてしまうだろう。

 演じているのは「記憶をなくしたエリカ」なのだから、あまり気をはらないことだ。


「あら、あそこは喫茶店? ねえ、ベニ、ハンス。あそこで少し休憩しましょう」

 店の外でレモネードを売っている店を見つけた萌香は二人を誘ったが、ハンスには断られてしまった。

 萌香としては、暑いし二人とも喉が乾いただろうと思ったのだが、ベニはともかくフットマンであるハンスが同じ席につくのはまずいのだと気が付いた。


 ――うーん、でも絶対喉は乾いてるわよね? こっそり水分補給してたとは思えないし。


 階級社会のルールがよく分からないため、どうしたものかと考えていると、ふと前方に一人で立っている男の子の姿に気が付いた。

 年のころは小学校低学年程度だろうか。着ているものを見ると、上流階級の子であることが分かる。

 ――迷子? この土地で誘拐等があるとは考えたくはないけど、子どもが町中で一人で立っているのは、この世界だって不用心よね。


「ベニ、ハンス、ちょっとここで待ってて」

 二人に声をかけてから、萌香は少年のそばに歩み寄った。

 不安のためか顔色が少し悪いように見えるが、その姿は小さくても紳士然としていて、もしかしたら人を待っているのかもしれない。

 だが暑さで具合が悪い可能性も考えられる。


「何かお困りですか?」

 萌香は少年を見下ろさないようしゃがみこみ、怖がらせないように気を付けながら声をかけてみた。人待ちで、保護者に当たる人がすぐ近くにいるといいのだけれど。


「あなたは?」

 固い声ながらもしっかりした口調で誰何され、萌香はにっこりと笑って見せた。

「私はイチジョー・エリカといいます。ここ、イチジョーの娘です。あなたのお名前は?」

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