目が覚めたら天空都市でしたが、日本への帰り道がわかりません

相内充希

プロローグ

 シン……と静まり返った室内には、カチコチという時計の音だけがやけに大きく響いている。大きな窓からは月の光が差し込み、部屋の輪郭を浮き上がらせていた。


 照明は落とされ、鏡台の鏡だけがぼんやりと光っている。

 それは横長の鏡で、幅が六十センチメートルほどと決して大きいものではない。だが、額には細かい彫刻が施され、鏡の右下にも何か模様が掘られている美しい鏡だ。その前に一人の少女が腰掛けていた。


「明日、決行するわ」

 そう口にした少女の顔は、その強い意思を表すような口元と目で蠱惑的な微笑みを浮かべている。

 紅を引いた唇は濡れたように赤い。

 少女は鏡をのぞき込むと数秒後、今度は少し困ったような顔をする。

 そうすると年相応の可愛らしさが顔を出し、なんとも危うい脆さを醸し出していた。


「ああ、お願い。そんな顔をしないで。星が重なってしまえば、どのみちもう会えなくなってしまうのよ。私は嫌。それならば、イチかバチかに賭けたい」

 そして、愛おしそうにそっと右手を鏡に当てる。

「――ええ。わかってる。それでもあなたのいない世界なんて、私には意味がないの」

 瞳にゆるぎない決意をたたえ、少女は鏡にそっと口づけた。

 それは冷たいだけで、決してぬくもりを伝えてはくれない。そのことに、少女は悲しく微笑む。

「愛しているわ」


 だから――決して後悔なんてしない。

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