第16話 シャワーといえば洗いっこでしょ

「エマちゃん、シャワー行こう」

 夕食のあと、未冬はエマに声を掛けた。

「また今日も、お胸の洗いっこをしようよ」

 エマは、すうーっと目を細めた。

 おい、未冬。低い声で言う。

「それが、あたかも行われて来たかの様な言い方を止めろ。有りもしないことを既成事実化しようとするな!」

「あれ、エマちゃんがわたしのおっぱいを、いやらしく揉みしだいたのは」

「お前の妄想だろうが!」

 ちっちっ、と未冬は人差し指を振る。

「いーや、あれは正夢だとおもうよ。さあ、今からそれを実現しに行くのだ」


 エマはガックリと肩を落とした。

「あのさ、未冬って、いつもそんな事ばかり考えてるのか」

 うーん、と考え込んだ未冬。

「そうだね。エマちゃんと居るときは、大抵そうかも」

 なんて不健全な女子なんだ、こいつは。


「部屋、変えて貰おうかな」

 結構、本気で思った。一人部屋になりたい。

「うわー、この幽霊騒ぎの中、勇気あるー」

 ぴくっ、とエマの肩が震えた。

「あ、あれって冗談なんだよな」

「え、なにが?」

「ゆ、幽霊がどうとか」

「ああ、もちろんだよ」

 やだなぁ、と未冬は笑った。

「そ、そうだよな。なら良いんだ」

 はは、は。エマもつられて笑う。


「もちろん、わたしたちが幽霊って事は、冗談に決まってるじゃない」

 エマの笑顔が凍りついた。

 だけ、って言った?

「ほ、他は? ねえ、未冬!」

「さあ。知らないよ。だって、ほら後ろ」

「いやぁーっっっ!!!」


 またエマに殴られた。


「ほら、さっさと行くぞ」

 未冬はエマに引きずられるようにシャワー室へ向かった。

「個室でいいのかい、エマちゃん」

 ニヤニヤ笑いながら未冬は言った。

 う、うう。エマは呻いている。

「き、今日だけは一緒に入ってやる。それも、お前が心配だから、なんだからな。勘違いするなよ。怖いとか、違うんだからな」

 素直じゃないなー、未冬はエマの腕にすがりついた。


 最初は、大人しく背中を流しあっていたのだが。

「うわー、エマちゃん背中すべすべ。おっと、手が滑った」

「きゃっ」

 エマが、普段の態度に似合わない、可愛い声をあげる。

「やめろ、触るな、ばか」

「えー、だって。先っぽがこんな固くなってるよ」

「そんなとこ弄るからだ。えい、お返しだ!」

「いやん♡」

 こうなってしまった。


「おい、未冬、そろそろ出るぞ」

 振り向くと、彼女は上気した顔でしゃがみ込んでいた。

「あ、脚が。腰が抜けた。ひどいよ、エマちゃん。激しすぎだよぅ」

「ふん。わたしが本気出せばこんなもんだ。あれ、だけど。結構時間が経ったのに誰も入ってこないのは、なぜだろうな」


 脱衣所に戻って、その理由が分かった。

 あきれ果てた顔の、フュアリとマリーンがいた。

「あ、あの。これは」

 言い訳をしようとするエマと、這いつくばっている未冬を交互に見た後、マリーンが静かに言った。

「二人とも、もう少し人目をはばかって下さい」

「ご免なさい。でも、誰も入って来なかったから……」

「わたしが追い返したんだよ。今、水が出ないみたい、とか言って」

 フュアリが怒り心頭の表情で言った。

「なのに、一体なによ、その大洪水はっ」

「え、やだ、フューちゃん、えっち」

「うるさいっ、さっさと着替えて、みんなにお風呂が直りました、って言ってこい。この変態ども!」

 まったく、まったくだよ、本当にもう、とふくれている。

「そうですね。二人だけで楽しんじゃって、ねえ。フュアリさん」

「うん。わたしだって未冬のおっぱいに……、って違うよ。そうじゃないよ。わたし、そんな事で怒ってるんじゃないんだから」

「あら、そうなんですか」


 部屋に戻った二人は、それぞれのベッドに倒れ込んだ。

 エマは顔をあげ、ぽつり、と言った。

「なあ、未冬。わたし思うんだけど」

「うん。どうやったら胸が大きくなるか、だね」

 違うよ、ばか。

「技術開発部の事だよ。未冬を試してるんじゃないかな」

「どういう事だろう」

「それでも飛びたいって意思を、持ち続けられるか」

「あのプロペラを見ても?」

「だって、あり得ないだろ。子供の遊びじゃないんだから。プロペラくっつけて

飛ぶ、なんて」

 そうだけどさ、と未冬が考え込んだその時。


『艦内緊急警報、艦内緊急警報! 船籍不明の戦闘艦が接近中!繰り返す……』


 一瞬顔を見合わせる。

 うん、と頷いてすぐに跳ね起きる。急いで制服に着替えると、二人は士官学校へ向けて走りだした。

 エマは、それが幽霊船ではない事を祈りながら。




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