機械仕掛けのワルキューレ
杉浦ヒナタ
機械仕掛けのワルキューレ
1章 女子たちの士官学校
第1話 都市型空母は漂流する
この地球からすべての大陸が失われて、およそ三百年ほど経った。
人類は、ひとつの都市に匹敵するほどの巨大な都市空母をいくつも建造し、その中で暮らしを続けていた。
かつて百億を超えた人口も、今や十分の一以下にまで減っているらしい。
というのは世界中で建造された空母の数が正確に把握出来ておらず、概算でしかないからである。そして、それを検証する
これは、そんな都市型空母に暮らす少女たちの物語。
わずかな時間で扉が開くと、強い海の匂いに包み込まれる。
手すりに囲まれた十メートル四方ほどの小さな展望台。
塗装の剥げかけた床板と、錆の浮いた手すり。時折メンテナンスはされているが、つねに潮風に晒されている場所だけに傷みがひどい。二、三度揺らして壊れないのを確認する。実際、手すりごと海に転落した人もいるらしいから注意が必要だ。
こうして外に出てみると、都市型空母の巨大さが良く分かる。銀色の外壁は、ほとんど水平線まで続いているように見える。この手すりと違って、それは特殊合金で出来ているので、錆の心配は無い。
空はきれいに晴れているが、やはり見渡す限り海ばかり。見慣れた光景というよりも、彼女はこれ以外を知らなかったけれど。
今日は遠くに白波が立っていた。
長い黒髪と、制服のスカートが風に揺れている。
「天気晴朗なれど、浪高し……か」
これって昔の
ひとつ咳払いした未冬は大きく息を吸い込むと、長身を思い切り反らせて叫んだ。
「馬鹿やろー!」
やろー、ゃろー、ぉー、と自分で
よし、すっきりした。顔を両手で叩く。むしゃくしゃした気分の時は、いつもここで叫ぶことにしているのだ。
うん?
彼女は振り向いた。エレベーターの扉が開いたような気がしたのだが。
やはり、気のせいかと、もう一度海の方に向き直った背中に、小柄な影が迫った。
未冬は後ろから胸を掴まれた。ふにゅ、ふにゅと揉まれる。
「ぎゃーっっ!」
慌てて、その手を振りほどく。
「だ、だ、誰?」
「お久しぶり、未冬。ハヴィだよ」
いつの間にか後ろに立っていたのは、金髪の小柄な少女だった。
まん丸い目で、いたずらっぽく笑う。右のえくぼと八重歯が可愛い。
幼なじみのハヴィ・ラントだった。会うのは一年ぶりくらいじゃないだろうか。
「へへっ。相変わらず、いいおっぱいだのぅ。ところでなにしてんの。学校は?」
彼女は、エレベーターに乗る未冬を見つけて、後をつけたのだと言う。
「え。いいじゃん、そんな細かいこと」
「まあ、未冬がいいなら、いいんだけど。未冬、今度は不登校始めたの?」
「遅刻だよ、遅刻。朝起きたら昼過ぎでさぁ」
ハヴィはぽかんと口を開けた。
「だから急いで学校行ったのに、すっごく怒られて。仕方ないから、早退したところだよ」
未冬がそう言うと、ハヴィは額を押さえた。
「あのね未冬。わたしも友達の肩を持ちたいのは山々なんだよ。でもね」
うーん、と彼女は唸った。
一見、クールビューティのくせに馬鹿なんだから、未冬は。
ハヴィはため息をついた。
「それからさ、嘘つくならもっとマシな嘘つきなよ」
苦笑いして、うん、と未冬は頷いた。
「ごめん、ハヴィちゃん」
「やはり、家のことか?」
「……うん。まぁ、そう」
そうか、やっぱりな、とハヴィは腕組みをして考え込む。どこも大変だよな、と呟く。
「じゃあ、これ以上は聞かない」
「ありがとう。でも、遅刻したのも本当なんだけどね」
おっと。
「でも、ハヴィちゃんは。こんな所までわたしを追っかけてて良いの」
ハヴィは首をかしげた。ああ、と得意げに笑う。
ぽんぽん、と胸の辺りを叩く。
「ほら。これだよ、これ」
「なに、胸が小さいと学校行かなくていいの?」
「殺すよ、未冬。この制服。士官候補生のでしょ。休暇中なんだよ」
この都市空母にも軍隊は存在した。
わずかに残った
人類とは、こんな状況でも戦争を止められない生物なのだった。
「そうか。わたしも士官学校に進学すれば良かったな」
未冬の愚痴に、ハヴィは本当にあきれ顔になった。
「なに言ってるの。だって……」
そう言うと、彼女は空高く舞い上がった。口を開けて見上げる未冬の上空をぐるりと回り、音もなく着地した。
ぴっ、と未冬を指さす。
「未冬は、飛行スキル持ってないでしょ!」
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