11
いや、時間を止める、と言うのは正確ではない。実際には、白の騎士に流れている時間を、めいっぱい遅くしたのだ。
だから、今のあいつは停止して見えるけど、実際には気の遠くなるような時間をかけて少しずつ動いているはずだ。
ドラゴンを殺したあの日から、この時間遅滞魔法の構想は浮かんでいた。
僕や天田を対象にした時間魔法は、反動が怖すぎる。だったら逆の発想で、化け物の時間を操作すればいいのだと思った。
仮に反動があったとしても、むしろ、追加ダメージを与えられると考えれば、合理的な気がした。
とにかく、これで白の騎士の動きを止める事ができた。
ただやっぱり、時間を操作する魔法は精神的な綱渡りだ。少しでも気を緩めれば、あいつの時間はこの世界に戻ってしまう。
あいつを止めながら、他の魔法に思考を割く余裕はない。
となると、やっぱり天田に頼るしかない。
「天田、あいつの時間を遅くした! トドメを頼む!」
天田は、ぜいぜい息をしながら、のろりと立ち上がる。
弓でヘリを落とすような奴に蹴りを入れられたんだ。あばらが何本やられたか、わかったものじゃない。一杯一杯なのは確かだろう。
けれど天田は、立った。
「
まただ。また、意味不明な言葉を叫んでから、跳躍。
真っ直ぐにゴルフクラブを降り下ろしながら、急降下。
さっき、馬の頭をカチ割った時と同じ挙動だ。
七番アイアンの鉄槌が、無防備な騎士の脳天に直撃。
その接触により生じた、暴力的な衝撃エネルギーが、四方を薙ぎ払う。
事実、街路樹が一本、へし折れたのが聞こえた。
殺ったか。
粉塵が舞う中、僕は確信した。
あんなデタラメな威力の殴打をまともに受けては、化け物と言えど無事では済まない。
この世界の物理的常識は、そのようにできている。
いる、のだけど。
視界が晴れた。
騎士は、変わらずそこに居た!
バカな、天田の一撃は確実に入ったはず。
僕は確かに、この目で見た!
「天田!」
着地後、酔っぱらいみたいにふらつく天田を、僕は呼んだ。
「くそったれ、どうなってんの、これ」
天田もまた、解せない風に言う。
「確かに、手応えあった。ワシは外しとらん!」
空で制止する騎士を睨み、行き場の無い思いをぶちまける。
何でだ。何で、騎士に変化が無い?
さっきまで、天田の殴打は効いていたのに。
「神尾くんッ! 天田さんッ!」
僕の
春花さんだ。
恐慌状態で右往左往する警官隊を掻き分けて、彼女は僕らの方へ駆け寄ってきた。
「倉沢さん! どうして、ここに」
「テレビを見たからに決まってるでしょう!」
即答だ。
「貴方達こそ、犯人は明日まで待つって言ってたのに――」
そこまで言って、議論が無駄だと悟ったらしく。春花さんは言葉を切った。
僕は春花さんに、要点を伝えた。
妹は無事。白の騎士は、交戦の末、時間を止めた。魔法が解けるまで、騎士が動くことは無い。
「全く。私抜きで戦わないでって何度言えば……。でも、妹さんの事だから、仕方が無いか……」
呟きながら、春花さんは手早く僕と天田を触診。
「怪我の状況を教えて。回復魔法のイメージを固めないと」
そうなのか。
確かに、僕の魔法もある程度の論理性は求められるから、回復魔法も問診が必要なのだろう。
今回、僕は無傷だ。
問題は天田。かなり重傷だ。あの蹴りは、骨までイッてるかもしれない。
天田は、速やかに彼女の問診に答えた。
そして怪我の内容を把握すると、彼女の中でイメージが固まったらしい。
天田の身体が優しい光に包まれると、脇腹や肩のえぐれが埋まった。
回復魔力の余波でか、
次に、春花さんは僕の顔を覗き込む。
その白く冷たい手で僕の額に触れると、僕も淡い光に包まれた。
その暖光は額の皮膚から吸い込まれて、頭の中へ入りこんできた。
今まで、モヤモヤしていた意識が、すっきり明瞭になってきた。
トロールの時と同じだ。
頭が、とても冴えている感じ。
春花さんが来てくれたおかげで、僕達のコンディションは万全に整った。
後の問題は、あいつへの対処だ。
依然、僕の時間遅滞魔法に囚われ、宙にくぎ付けとなっている白の騎士を、どうするか。
「さっきのは何かの間違いじゃね? ワシ、もう一回、あいつをぶちのめしに行こうか?」
「いや、待て天田」
僕は、即座に彼を止めた。
「何でよ? 殴っといて損は無いはずだろ」
「今更僕が言えたことじゃないけど、時間をいじくる魔法は特にわからない事が多すぎる。ドラゴン相手に時間停止した時みたいに、何が跳ね返ってくるかわかったものじゃない」
「だったらどうする? あいつをまた動かすのか」
「……」
こうして、白の騎士を止め続けているだけでも、何か恐ろしい揺り起こしがあるかもしれない。
けど、安易にあいつを動かしてしまっていいものかも悩む。
ジレンマだけど……、
「撃て、撃つんだ!」
背後から、警官隊の人が叫んだ。
そして、僕が止める間も無く、白の騎士めがけサブマシンガンを発砲。
それに触発されて、何人かの警官が発砲した。
耳をつんざく銃声と、目を刺すマズルフラッシュ。
無数の銃弾が、ピラニアのように白の騎士へと殺到してゆく。
……。
……?
今僕は、銃撃を見て、ピラニアのように、と思った。
何か、その感覚に違和感がある。
いや、そうか。わかった。
サブマシンガンから発射された銃弾の一つ一つが、僕の動体視力でもはっきりとわかる。
白の騎士の身体に食い込む寸前、銃弾が極端に遅くなっているのだ。
銃弾は、スローモーションのように騎士の全身に食い込む。
しかし、石に歯が立たない包丁のように食い止められたと思うと、その場で落下。
「そういう事か!」
今の銃弾の挙動を見た僕は、ようやく理解した。自分がしでかした、時間遅滞魔法とやらの副作用を。
僕の魔法は、単純に白の騎士の動きをノロくするわけではない。
あいつに属する時間そのものが、極めて遅くなっているんだ。
つまり。
銃弾や天田の殴打によって生じたエネルギーも、本来の何万分の一というスロー速度で、白の騎士に伝わっているんだ。
微妙な喩えだけど、カルピスの原液コップ一杯分を、ダム一杯分の水で薄めるようなものだ。
時間当たりの威力が分散された銃弾や打撃は、白の騎士に対してまともな影響を与えられずに終わる。
だから、この魔法で動きを止めても、こちらからの攻撃も効かなくなる。
これじゃあ、時間稼ぎにしかならない。
いつまでも止めてられればいいけど、僕の集中力がまず保たない。僕だって食事・睡眠・排泄はしなければならない。
その仮説を、二人に手早く伝えると、
「それでは、どうするの?」
という話になった。当然だろう。
だから僕は、
「あいつにかけた時間魔法を、解く」
決心を告げた。
「そうしたら、あいつはまた動くけど、策はある?」
春花さんの問いに、僕は、曖昧にうなずいた。
かえって不安を与えたろうけど、どの道、あいつを長くは止めていられない。なら。
「倉沢さんの補助魔法で頭がすっきりしているから、あいつが動くと同時に一発は魔法を撃てると思う」
今の僕なら、白の騎士が動き出した直後に先制攻撃ができる。
「よし……それじゃあ、あいつの時間を戻す」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます