並行世界でお部屋を借りるときは進入禁止

ちびまるフォイ

やっと見つけたそのお部屋は手放さない

「なるほどなるほど、駅に近くて、家は広くて、

 それでいて訪問販売はなくて、騒いでも迷惑がかからない場所と」


「はい。家賃は1万円以下で」


「そして、立地は都心エリアと」


「朝はゆっくり寝ていたいんです。

 平日に慌てて早起きするなんて嫌なんで」


「……」


不動産屋はおもむろに立ち上がると、

男に渾身のアッパーを食らわせた。


「あるかそんな物件ーー!!」


窓ガラスを突き破って放り出された男は途方にくれていた。


「くそう、どこもいい物件がないなぁ。

 ペットが飼えるってのは妥協したほうがいいのかなぁ」


リストアップしていたうちの最後の不動産屋にやってきた。

そこでも紙に書いてきた自分の要求を伝える。

たいていはこれで「無理だ」と言い放つか、ブチ切れて破く。


今回はどちらでもなかった。


「ございますよ」


「あるの!?」


「ええ、うちは普通の不動産とは異なりちょっと変わった物件を売っていまして。

 でも、あなたの要求する駅近・安い・都心部・静か・ペット可どれも満たしています」


「住みます! そこにします!!」


「ただ、いくつか注意事項があります。

 内見しながら説明しますよ」


不動産屋と引越し先の部屋を見に行くことにした。

案内された部屋はきれいでとても家賃5000円とは思えない。


「こんないい部屋、よく空いてましたね!」


トントン拍子に話が進むことで男は不安を覚えた。


「あの、ここ、もしかして、いわくつきとかじゃないですよね……?

 それでめっちゃ安いとか?」


「いわくつきでもここまで安くなりませんよ。

 安心してください。うちは並行世界や未来不動産を扱ってるんです」


「……はい?」


「実は、今この部屋が置かれているのは現実世界じゃないんです。

 過去にひどい核戦争が起きて人口が減った終末世界のアパート。

 だから、家賃5000円でもまかなえるんですよ」


「いやいやいや! それじゃ現実にどう戻るんですか!?」


「大丈夫ですよ。別世界線にいてもこのドアノブを

 右に4回、左に2回、奥に1回押し込むと……ほらね?」


ドアを開けた先は現実世界が広がっていた。


「……どこでもドア?」

「いや、現実につながるだけのドア、です」


都心の一等地のアクセスで、家賃5000円。

それがたとえ別世界でも十分すぎる魅力だった。


「どうしますか? 住みますか?」

「もちろんです!!」


「ありがとうございます。

 くれぐれも窓を開けたりドアを開けたりして

 別世界のものを入れないようにだけ、お願いしますね」


鍵を渡されてそれから新居での生活がはじまった。


窓から見える風景はどこも砂埃ばかりで、

都心にあるはずなのにビルひとつない荒野が広がる。


誰もいないどころか生き物も植物も見たことがない。


「まぁ、眺めはアレだけど。

 新聞の勧誘や受信料の催促が来ないって考えれば

 それはそれでいいことなのかな」


宅配便も届かないがそこは気にしない。

ドアを開ければ都心の一等地なのだから。


駅まで歩いて1分なので、平日は毎日ゆっくり家を出られる。

近くに必要な施設がいくらでもあるので退屈しない。


「よぉ、お前の家引っ越したんだって? 遊びに行かせろよ」


「ダメダメ! うちのルールで人を入れちゃいけないんだ」


「なんで?」

「別世界への守秘義務」


「それ教えてる段階で片足破っているような……」

「忘れろ」


俺が家に帰り、ドアを開けて閉めると、部屋は別世界へとつながる。

ネットもテレビも繋がらなくなるので、しだいに家には帰らなくなった。


あんなに広くて豪華で、住みやすいはずなのに

まるでただ寝るための小屋のような存在になっていた。


「よーーし! もう一軒いくぞーー!」


「お前、いつも遅くまで飲んでるのな。今日はもういいだろ」


「ダメだ~~。家に帰ってもやることなんてないからなぁ~~。うぷっ」


具合が悪くなるほど毎日遅くまで飲んでいた。


「もう今日は帰ろよ」

「う゛ん゛……」


家に戻ると、気持ち悪さから逃げるように横になった。

そのとき。


どんどん。


「な、なんだ……? こんな遅くに」


どんどん。

ドアを叩く音が聞こえる。


玄関のインターホンを覗くと、ガリガリに痩せた老人が荒野に立っていた。


「開けてくれ……頼む……」


ドア越しに聞こえる弱々しい声。

一瞬、自分の中でルールがちらついたがすぐに体は動いた。


「だ、大丈夫ですか!?」


「あ……あぁ……」


老人は枯れ木のように乾ききっていた。

この荒野をどれだけさまよっていたのだろう。


コップに水を注いで渡すと老人は目を見開いた。


「水だ!! み、水だ!!」


「わっ、なんだ!? どうしたんだよ!?」


コップを押しのけ水道の蛇口をひねって水を流す。


「ああ、やっとだ。本当に長かった……水……」


「そんなに水が飲みたかったのか」


「お前さん、助かったよ。すでにこの世界は破滅している……。

 金なんて何の価値もありはしない。

 ここでは金よりも水のほうが価値があるんだ」


「そういう世界なんだ……」


「ここを出た先をまっすぐ進むと、大きな街がある。

 この水を見せればきっと高く買ってくれるだろうさ。

 水さえあれば、どんなものも手に入るぞ」


「どんなものも!?」


脳裏にはパワーストーンで幸せになった人の図が浮かんだ。

すっかり酔いも冷めてしまった。


「ありがとうじいさん! 俺ちょっと行ってくる! あんたの名前は?」


「わしの名前など覚える必要はない。わしはもう少しここにいるよ」


「ああ、でもドアは閉めておけよ」

「どうすればいいかくらいわかっとる」


水筒いっぱい水を入れて、肩から下げると歩き出した。

外に出て初めて、自分が本当は外の世界を確かめたかったのだとわかった。


「なんでも買える、か。ふふ、アラブの石油王みたいな暮らしもできるかな」


鼻の下が伸び切ったまま歩けども歩けども、一向に見えてこない。


「はぁ……重い……」


風景の変化しない荒れ果てた土地を歩くのは精神の限界。

やっぱり帰ろうと引き返した。


そして、家につく頃には、ドアだけが残っていた。


入り口のドアだけが残り、あったはずの俺の部屋は消えていた。


「あのクソジジイ!! 現実世界に行きやがった!!」


戸を一定の方向に回せば現実世界につながってしまう。


「どうする、どうする……どうすれば戻れる……」


焦りで頭がぐるぐると同じような思考を繰り返す。


また部屋が戻ってくるまで待つことも考えたが、

こんななにもない場所で待ち続けるなんて不可能。餓死する。


「そうだ! 不動産! どこかに不動産に繋がる場所があるはずだ!」


別世界に不動産を作るというからには、

こっちの世界のどこかに不動産屋への入り口があるに違いない。


ここにいても始まらないので、また街を探しに水を引きずりながら向かった。


「水を……情報量で出せば……きっと……どこかに戻れる入り口がある……はずだ……」


必死に歩き続けてどれくらい立ったのか。

やっと廃墟のような建物が見えてきたときには涙を流した。

道中で水も飲んでしまい、何も残っちゃいなかった。


「おい、誰だあんた」


「ああ、人だ……やっと人に会えた……」


「どこから歩いてきたんだ? 新しい人を見るのは初めてだ」


「それより、不動産……不動産を知らないか」


街の人達はボロ布のような物を身につけている。

お互いに顔を見合わせると、顔を横にふった。


「こんな荒れ果てた場所に不動産なんてあるわけないだろ」


「それじゃ! ドアとかは見たことないか!?

 なんでもいい、おかしなものを見たことは!?」


「お、おいそんな叫ぶなよ。見たことな……いやある」


「本当か!? どこだ!?」


「ものっていうか人なんだけど」


「そいつだ! きっと不動産屋の人だ!

 どこで見たんだ!? 教えてくれ! すぐに向かう!」


「もう行ってしまったから場所はわからないよ。

 何十年もこの街にいた変わり者の人だ」


「……なんだそれ。どんな人だった?」


「背丈はあんたより少し低くて、ひどく痩せていたよ。

 老け込んだおじいちゃんで……ずっと何かを探してた」


「そいつって……」


すぐに顔が浮かんだ。


「ああ、たしか。名前は○○って言ってたよ。

 ずっと、"俺の部屋を探してる"と言っていた変わり者さ」



思えば、アイツがどうして現実世界へのドアの回し方を知っていたのか。

あと何十年後に部屋が戻ってくるのか、それまで忘れるわけにいかない……。

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