第三話:初めての遺跡

「こんにちは、リュカ様。本日はどういったご用件ですか?」

「何か新しい依頼はないのかなって。……あ、良かった。いつもの人はいないみたいですね」

「ああ、あの子ですか。――日々うわ言のように『リュカちゃんはやく来ないかなあ……』などと表情をだらしなく弛緩させ、あまつさえ涎まで垂らしている本日お休み中の」

「もういいですやめてください。何で事細かにそれ、教えてくれたんですか」


***


 私は今魔法都市から遠く離れた遺跡にいる。

 もちろんこれはギルドからの依頼で、道中含めての危険度やその内容からして私のようなランクの術師のほうが都合が良いそうだ。

 そして私は一人ではなく隣にはレミア。


「いかにもって感じだよね。そう、まるで何かが眠っていそうな……!」


 ここから少しさかのぼる。街を出ようとした時に私達は偶然再会を果たしたのだ。

 依頼の遂行には別段誰かが一緒でも構わないとされているし、彼女も遺跡と聞いて何かを感じたのか成り行きで一緒に行くことになった。

 とにかく彼女は目をキラキラとさせていて落ち着かない。その様子からは早く行こうとも言わんばかりのものも感じる……。彼女をそうさせた『遺跡』には一体何があるのだろう?


 ひとまず気配遮断と隠れ身を施す。これでよほどの事がない限りは戦闘にはならないけれど、油断は禁物。

 こうして私達はこのスファード遺跡の調査を開始することになった。



「魔物の類の気配はないかなぁ……今のところは」

「もし出てきたらわたしに任せてね」

「いやいや、レミアも危ないと思うけど……本当に大丈夫なの?」


 彼女が言うには「多少は心得がある」のだそうだ。そういえば彼女がどんな魔法を行使できるのかは不明だ。初めて会った時も何かしていたのだけは見ていたけれど、詳しい事はよく分かっていない。


 調査と言っても最奥まで行って、その途中途中でおかしな反応があればそれを教えて欲しいとのことだった。それから盗掘は絶対にダメ、くらいのものだったかな。

 進んで行くものの特に変わったこともなく、この先の部屋が恐らく目的の場所にあたるのだろう。

 この時には隠れ身も解除して私達は油断しきっていた。


「ここを進むと何があるんだろうね。うぅ……わくわくしてきたよリュカちゃん!」

「本当子供みたいにはしゃぐよね。もしかして、こういうところ好きなの?」

「そうかも。何かね、神秘に触れるみたいな感じがして……!」


 普段よりひときわテンションの高いレミアを見ていたら、私も何だか嬉しくなってきてつい笑顔になる。友達が嬉しいと自分も釣られてしまうのは新たな発見だと言えそう。

 私達は気持ち早足で最奥へと到達する。

 ガランとしていて飾り気のない、うちの城の一室のような部屋だった。


「見てみて! これって何だろう!? 早く早く!」

「ちょっとレミア落ち着こうよ、危ないって」

「だってこれ何か、ひんやりしてるような暖かいような。不思議なんだよ?」


 そう言いながら彼女が触れているのは石像のようなもの。

 それは剣を携えて鎧と兜に身を包み佇んでいる。

 何でこんなところに無造作に置かれているんだろう。

 ――何となくだけど、嫌な予感がする。


「ひとまずそれから手を離したほうがいい、こっちに来て」

「え、急にどうしたの?」


 レミアを引き寄せると、石像の両目が確かに赤く光るのが見えた。

 これって魔法生物の類? でもどうしてそれが感知に引っ掛からなかったんだろう。


 ――ドドドドドド


「う、動いたぁ!?」

「レミア、一旦逃げるよ!」


 私達は来た道を引き返すように駆け抜けている。

 石像のスピードは思っていたよりも速い。落ち着いて魔法を撃つ余裕は今のところはなさそうだ。レミアの方も様子を伺っているようだけれど同じみたい。

 そして私が唯一撃つ事ができた、詠唱短縮からの簡易魔法は見る限りではあまり効いていない様子だった。やっぱり十分な時間を掛けなければ、魔法はその意味を持たない――!


「はぁ、はぁ……。リュカちゃん、もうダメ……」

「もう少しだけ、頑張って……」


 疲弊していく私達とは違って、石像の勢いが止まることはなかった。

 ――どうにか足止めでもすることができればいいのだけど。

 目の前には通路が左右に分かれている。


「リュカちゃ……どっち……行……?」


 どっちに行ってもと言うよりもこの際逃げることができれば。最悪、彼女だけでも無事でいてくれればと思う。

 直感でしかないけれど、レミアの手を引いて私は左の道を進む。

 相変わらず石像は大げさな音と共にそのまま後をつけてきている。


「こっちだ!」


 正面から突然誰かの声がする。少なくともそれはレミアのものではなかった。


「誰? どこにいるの!?」

「言ってる場合か、さっさとしろ!」


 よく見てみると壁際に誰かの姿が――突然現れた。


「お前らは術師か?」

「そ、そうだけど!」

「よし! 一旦オレが広い所まで引き付けるから、お前らは奴に追撃してくれないか?」

「でもあなたは大丈夫なの!?」


 目の前の彼は「余裕!」と一言だけ発するとそのまま前方へ駆けて行った。速い。私達も何とかそれに続く。


 広まった場所に出ると、彼は私達と場所を交代するようにすれ違い石像を待っている。左右の手には短いナイフのような刃物を握り構えていた。


「それじゃあ、始めるぜ!」


 彼は一つ腰を低く落とす。そして――次の瞬間には視界から消えていた。

 私が気づいた時には、石像の頭を飛び越えてその背後へと回っている。


「遅ぇよ――双手暗舞」


 石像目掛けて二振りの短剣が踊る。その攻撃はやっぱり目で捉えることはできない。確認できたのは散っていく火花とガキンという衝撃音と思われるもののみだ。

 それでも彼は何故か顔をしかめている。


「ったく、硬すぎんだろコイツ。おい術師ども、少しは休めたか? ……そろそろ頼むぜ!」


 合間を縫って私達の方に視線が向けられていた。その間にも石像の攻撃は続くけれどその全てをかわしている。押されているようにも見えた、彼のその表情は笑っていた。

 ――そうか、彼は詠唱の時間を稼いでくれている。


「リュカちゃん!」

「うん!」


 ようやく立ち上がったレミアと目配せをすると、私も詠唱を開始する。アークワンドを握る手に思わず力が入るのを感じた。ここはできるだけすぐに決めたい。

 ――できたら、一撃で。

 そうなるとがいいだろう。時間はそれなりに掛かってしまうけれど。


叡智えいちよ、集え――!」


 何かの術が私を包み込むように感じた。――詠唱プロセス短縮のイメージが流れ込んでくる。

 これまでになかったことが起こりつつあるけれど、今は考えている時じゃない。


「力よ、収束せよ――!」


 続けて魔力が増幅していくのを感じた。これなら――。


 私は「ちますよ!」と石像と相対している彼に向けて宣言をする。その声に気づくと、すかさず距離を取るように背後へと飛んでいった。


地獄の咆哮ヘルズ・ロア


 黒い光は幾重にも石像へと降りかかる。そして完全に対象を飲み込むと、ようやくその動きが止まった。

 短剣を持った彼が驚いたような顔して近づいてくる。

 

「す……すっげぇな。お前ら何者だよ……!?」

「ただの魔術師だよ!」

「うんうん」


 ――あ、そういえば。


「さっきのってレミアの術だったのかな? 詠唱がいつもより速くなって……」

「うん、わたしは補助の魔術が得意なの。あと他にもね――」


 急に地面が揺れだす。私達は顔を見合わせた。


「これは!?」

「マズいな。この遺跡、崩れるかもしれねぇ」

「じゃ、じゃあ!」

「そういうこった、出口まで急ぐぞ!」


**


 勝利の余韻などもなく私達は外まで走り事なきを得た。

 振り返ると遺跡の入り口は完全に塞がれてしまっている。

 これはもう調査どころではないだろう。


「あの、助かりました。あなたのお名前だけでも教えてくださいませんか?」

「ん、ああ……。オレはシオンって言うんだ」

「シオンは何でこんなところにいたわけ?」

「まあ、何て言うんだろうな……」


 彼は何となく言いにくそうにしている。どうやらこれは厄介な理由なのだろうから置いておこう。

 ――それより、この人よく見てみると……。


「とにかく助かったし。シオンがいなかったら、どうなってたか分からないよ。ありがとね」

「いや、こっちも困って隠れてたわけだし……お互い様ってとこだろ。礼なんていいって」


 そう言ってシオンとはここで別れた。

 色々あって疲れたし私達も帰るとしよう。



「ねえレミア。あのシオンって人ってさ、女の人なのかな?」

「うーん。『オレ』って言ってたし口調も声も男の人みたいだったよね。でも顔はどう見ても――」

「ああ、気になる気になる。聞いておけばよかった!」


 この世界にはまだまだ面白そうな事があるみたい。

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