迫り来る新たな脅威

第五話:ともに洞窟へ

 気がつくと目の前には勇者様がいる。そして見つめ合うと私は抱きしめられた。

 顔が段々と近づいてくる……!?


「勇者さま……それはいけません、だめですよ」

「何がいけないんだい? それに――もうすぐ昼を過ぎようというのに?」


 ――ガバッ

 とシーツを蹴り上げる。あれ、何だ夢か。

 ええと……。


 私は急いで支度を済ませると宿の部屋を出ていく。隣室のレミアもちょうどどこかへ出掛けるらしく、ドアを閉めているところが見えた。


「リュカちゃんおはよう。……あれ? 待ち合わせってお昼じゃなかったっけ?」

「そうなのおおおおお」

「あらあら」


 彼女の視線を背に受けて、ドタバタと一気に階段を下っていく。ああ、こういう時に壁に穴でもあけて飛んで行くことができればいいのに。

 そのままの勢いでここを飛び出すと、あの石像の時みたいだと思い出しながら全力で疾走している。宿屋のあるこの通りは色んなお店が軒を連ねていて、私もそれなりに顔が知られてきている。


「おう、今日は急いでるのかい?」

「うんちょっとねええええ」

「そうかいそうかい、またメンテナンスしてやっからな! 絶対寄っていきなよ、譲ちゃん!」


 今のおじさんは武器屋のカールさん。性格も頭も明るい気さくな人。新しい杖が入ったらすぐに教えてくれたり、使わなくなった装備を新しく改良してくれたりする。一切魔法に頼らないその技術を初めて見た時は本当に驚いた。


「どうも、こんにちは!」

「なんだリュカじゃ――あ、何か察した。とりあえずまた今度ゆっくり話そ?」

「はい、あの理論についてはまた!」


 このお姉さんも私達と同じようによそからこの都市に来ている術師だ。

 彼女は魔術について深いところまで話ができるいわゆる「分かる」人だ。むしろそれ以外の話をしたことはないけれど。

 頑張れよと何かの術を掛けられると途端に体が軽くなる。


「リュカ姉! ちゃんと足元見てないと、いつもみたいに転ぶよ!」

「転ばないし、いつもじゃないし!」


 今の男の子は道具屋さんとこの一人息子のケイン。初めて会った時からなぜかお姉さんと呼ばれている。そのわけをお父さんに聞いてみると「ずっとお姉ちゃんが欲しかった」のだそうだ。ふふ、かわいいやつめ。まあ、ちょっと生意気なところはあるけれど。


「ふう、ふう……」


 すると白壁の風変わりな建物が見えてくる。これが魔術師ギルド。初めに来たころは緊張したけれど、ここもすっかり私の居場所になりつつある。

 ――バーン

 扉を勢い良く開ける。すると中にいた誰もが私に視線を送り口をあんぐりと開けていた。急いでるから、急いでますからと心の中でとにかく言い訳をする。

 私はぜいぜいと息を切らせてあの人の待っているテーブルへと急ぐ。


「ご、ごめんなさい。遅れました!」


 勇者様は落ち着いた様子で私のことを見ていた。ああ、やっぱり凛々しい。


「大丈夫だ、そこまで待ってはいない。ところで、昨日言っていた依頼は済んだのか?」

「終わっています。いつでも出発できます!」


 ビシッと親指を真上に立てて準備万端のサインを出してみる。それには特にリアクションはなかったけれど私はめげない。


 そうしてついに私達は一緒に冒険をすることになった。

 ここアレクシアンから出発して、魔法鉱石の発掘場所であるフィリル洞窟へと向かう。その道中のこと。


「リュカ、案内は任せたぞ」

「はい! 任せてください勇者さ……あっ、ええと」


 しまった。ついついいつもの癖で呼んでしまった。勇者様はかなり疑うような目で私を見つめている。ここは上手く誤魔化さないといけない。


「ユシャサというのはですね私の生まれた地域の言葉で『勇敢な』という意味があって――」


 ありもしない今思いついた嘘を身振り手振りででっちあげる。

 勇者様は「なるほど」とだけ言うと視線を逸らし何かを考えているようだった。今のは苦しかったかもしれないけど、ここでバレるわけにもいかない。

 しばらく重い沈黙が続く。


「あの、どうかしましたか……?」

「いや、何でもない。ところで現地まではどのくらいかかりそうだ?」

「そうですね、ここからですと――」


 しばらくは怪しまれることがないように気をつける必要がある。迷惑を掛けないようにそつなくやらなければ。それだけさっきの視線と表情はの私の心に、ものすごく刺さったのだ。


***


「開錠とフロアライト。罠感知に気配遮断、完了しました。進みましょう!」


 ふう、とひとまず私は仕事を終えると、勇者様は顎に手を当てて声をあげる。


「リュカ、お前思っていた以上にすごいな……?」

「で、ですかね? えへへへ……」


 褒められた。この程度は誰でもできると思っていたのだけれど、もしかすると上出来の類になるのかな。やりすぎた? でもとにかく私は褒められたのだ。

 洞窟内は独特の空気に包まれていて、ちょっとひんやりとしている。いかにも居ますよといった雰囲気が出ているような。


「では、あとはお任せしますね……」

「何があるか分からないし、俺の側から離れるなよ」

「えっ……!? は、はい……!」


 依頼にあった洞窟を進んでいく。今のところは何かの気配は感じない。

 勇者様は急に立ち止まり私を見ていた。


「おい、そんなにくっついたら動きにくいだろ。もう少し上手く加減できないか?」

「はい……。ごめんなさいつい!」


 腕に抱きついていたらお叱りを受けてしまった。もしかして今度こそやりすぎた?

 なのでちょっとだけ離れる。距離にして15センチほど。これならお邪魔にはならないと思うけれど……。



「敵反応来ますよ。サポートします!」

「ああ、手筈通りに頼んだ」


 洞窟のおおよそ中程に差し掛かったあたりで、うごめく魔物の存在を感知する。勇者様にそれを知らせると、ひとまず私は攻撃魔法を行使することにした。本当に魔法が通じないのか試したかったのだ。

 光の矢ライト・アローを発動、すぐに魔物には到達する。やっぱり魔法は通りが悪いみたいで、少なくともこの姿ではまったく効いていない。私は首を左右に何度か振る。

 それを確認すると勇者様は剣を引き抜いて、リザードのような姿の魔物に斬りかかっていった。続けてもう一度剣を振ると魔物からは――。


 ――グオオオオッ!!


「ひいっ!」


 私は思わず叫んでしまう。え、怖い。人の体のせいなのか純粋に恐怖を感じてしまった。

 その様子を気にするでもなく、勇者様はリザードの攻撃を悠々と避けると流れるようにそのまま反撃に入る。軽いステップで間合いを詰めると相手を蹴り飛ばし、すぐに飛びついて剣を振り下ろす。その間ものの数秒。

 素早くそして力強い勇者様の動きに、私は息をするのも忘れてしばらく見とれていた。それから片がつき、今度はゆっくりと剣を鞘に戻すその姿も様になっていた。


「ふう」

「すごい、すごいです本当に! お強いんですね!」


 勇者様のところまで駆け寄ると、私はあらゆる言葉を用いて褒め称える。だってそのくらいドキドキしたんだもの。

 ああ、彼が何となく呆れているような表情をしているように見えたのは忘れよう。

 それでも私はめげないんだから!

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