第26話 立選り居選り
正平十五年(一三六〇年)五月三日、南河内は
龍泉寺城を奪われた楠木軍は、赤坂城に
一方、東条を占領した幕府方は、赤坂の楠木館を占拠して、ただちに楠木本城である赤坂城を包囲する。しかし、堅固な城を前にして、
正儀も、自ら戦を仕掛けようとはしない。無益な戦で兵を失うような真似はできなかった。
「討って出ても勝ち目はない。ここは、千早城に退き、機会がくるまで
赤坂城の本丸(主郭)の陣屋で正儀は諸将に命じた。しかし、武勇を誇る和田正武はこれに我慢がならない。
「三郎殿(正儀)、何と
しかし、正儀も珍しく熱くなる。
「新九郎(正武)殿、周りから何と言われようが、負けては元も子もない。我らが負ければ、帝(後村上天皇)は誰がお守りするのじゃ。無駄に兵を討たれてはならん」
「討って出たとて、負けるとは限らん。敵はこの地に不慣れな
正武も顔を真っ赤にして、食い下がった。
「ならん、新九郎殿。無駄な戦は止めるのじゃ」
「無駄な戦じゃと。わしに無駄な戦はない」
諸将は二人の衝突をはらはらしながら見守った。
正武は立ち上がり、正儀に背を向ける。
「止めても無駄じゃ。我ら和田党だけで出陣する」
そのまま、正武は肩を
兵を揃えた和田正武は夜を待った。
「我ら、和田の力を見せるときぞ。者ども、敵の本陣目掛けて突入じゃ」
星空の元、和田党の兵、三百を引きいて赤坂城から出撃した。
関東執事の畠山国清に従って、
「敵襲じゃ。者ども、押し戻せ」
真夜中に、双方入り乱れて派手な合戦となる。
将軍家執事の細川清氏は、
「
清氏が郎党に激を飛ばした。
細川勢がなだれ込むと、押し気味に戦を進めていた和田軍は劣勢に転じる。兵の数は圧倒的に差があった。さすがの正武も撤退を決意するしかない。
「くそ、今日はここまでじゃ。全軍、撤退せよ」
あちらこちらで和田党の諸将が大声で兵に命じた。
「撤退じゃ、撤退じゃ」
その声を聴いた和田党は、雑兵も含めて赤坂城へ撤退を開始する。
しかし、撤退の命令を聞いたのは、和田勢だけではなかった。
「やつらは撤退するようじゃ。敵に紛れてついて行けば、奴らの城に入れるぞ」
「なるほど、それは面白い。城の中の様子を殿に伝えれば、褒美に
二人の若者の会話に、他の者も割り込む。
「いや、それどころか、城の中に入って大将の首をとればよいのじゃ。大出世じゃぞ」
「おお、面白きことを話しておるな。わしも
もう一人も加わって、若い侍四人が撤退する和田の雑兵に紛れた。
和田正武が和田党を引き連れて赤坂城に戻る。
「皆の者、ご苦労であった」
結果はわかっていた。しかし、あえてそのことには触れない。まずは無事に正武が戻ってきたことに安堵していた。
そんな正儀に、正武が歩み寄る。
「いま、戻り申した」
「新九郎(正武)殿、無事で何よりじゃ」
いつもと変わらぬ表情で正儀が話しかけた。だが、正武は罰が悪そうに目を
「残念じゃが、敵軍に援軍が加わった。今日はここまでじゃ」
正武の抗弁にも、正儀は静かに頷くだけであった。
雑兵に紛れた
「迎えたあの者が大将であろうか」
「いや、まさか大将自らが出迎えには来ぬであろう」
「では、しばらく様子をみるか……」
和田の兵たちを見渡して、正儀が正武の耳元で
「新九郎殿、敵味方、入り乱れて戦ったのであろう。用心
そう言って、正儀は背中を向けた。
本丸(主郭)に戻っていくその後姿を目で追った正武は、渋い顔で兵の方に振り返る。
「山っ」
突如、正武が大声を上げた。するといっせいに和田の兵が立ち上がった。
驚いたのは、
「谷っ」
もう一度、正武が大声を上げた。すると、今度は兵がいっせいにその場に座り込む。
「あの者どもを取り押さえろ」
大声で正武が命じた。
これは楠木党が『
「あっ、わわっ」
敵兵の中で、ぽつんと突っ立ったままの四人は真っ青になり、慌てて刀を抜いて和田の兵たちに立ち向かう。だが、大勢に囲まれてはどうしようもない。次々とその場で討たれていった。ただ一人、
五月九日、
しかし、そこに楠木党は一兵も居なかった。
直光は
「くそ、またしても逃げたか。武士の風上にもおけぬ奴じゃ」
「いや、楠木正儀。なかなかの奴よ」
大将の国清は、正儀の思い切りのよさに、感心していた。
正儀は赤坂城を撤退するに際して、楠木
動座した帝の前で、正儀が平伏する。
「申しわけございませぬ。幕府に押され、
「
帝は正儀を責めることはなかった。
「
「幕府が撤退するとは、どういうことじゃ」
「それがしは京へ
この度の合戦では、紀伊の龍門山の砦を落とした
義長の兄で伊勢守護の
「今は河内守の言うことを信じるしかございませぬ」
正儀も
「しばらくは、この金剛山に籠って幕府の攻撃を何とか凌がなければなりませぬ。まことに恐れながら、帝におかれましては、山頂の
「何、山頂にか」
「我らは千早城に籠り、敵を引き付けます」
「
正儀の奏上に、帝は自ら答えた。
「はっ。必ず」
帝の不安を払拭するように、正儀は力強く返答した。
ついに関東執事の畠山国清が、二万の兵で千早城攻めに取り掛かる。守備に徹っしざるを得ない千早城だが、城内の士気は高かった。
「来たわ、来たわ。元弘の戦を再現してくれようぞ」
正儀の舎弟、楠木
千早城はかつて父、楠木正成がたった千で、鎌倉幕府五万の兵を寄せ付けなかった城である。正成がこの城で鎌倉幕府軍と戦った時、正儀はまだ四歳、舎弟の正澄においては生まれてもいなかった。
幕府軍が攻め上がると、楠木党がすかさず応戦する。千早城からは、大岩や丸太が転がり落ちて、畠山勢に死傷者が続出した。千早城の
山深い千早城の守りは、赤坂城とは比べものにならないほど堅いものである。正儀は、千早城の鉄壁の守りを駆使して国清の攻撃を凌ぎ、戦を膠着状態に持ち込んだ。
五月二十八日、幕府軍に動きがあった。
腹心の臣、津田武信が正儀の元に駆けつける。
「殿(正儀)、敵が撤退しております」
「何……」
正儀は武信とともに、急ぎ、
千早城を取り囲んでいた幕府軍は一部を残して兵を引きはじめていた。千早城を取り囲んでから、半月ばかりでの撤退は、正儀の読みよりもずいぶん早い。
「幕府はそれだけ深刻ということか……」
幕府内はこれ以上、千早城に構っている余裕がなくなっていた。
河内攻めをはじめて、すでに半年が経とうとしていた。難攻不落の千早城が相手では、さらに戦が長引くことは必至である。二万の兵を山深い金剛山の麓に留めておくには兵糧の懸念もあった。元弘の折の楠木正成の戦振りは、時を経てもなお、幕府方の城攻めを
さらに決定的であったのは、足利一門の
清氏は、京に戻った国清と土岐頼康を自らの館へ招く。清氏は二人と、上下の隔たり無く車座になって座った。
「
怒り心頭といった風に国清が吐き捨てた。
これに、清氏も大きく頷く。
「義長は、前の執事であった
「そういえば、以前、執事殿が
「土岐殿、それがしは、そのような私念で言うておるのではない」
むっとして言い返す清氏を国清がなだめる。
「わかっておりまする。いずれにせよ、前の執事の
兄の
国清が話を
一方、幕府軍が去った千早城では、正儀が広間に和田正武ら諸将を集め、今後について説明する。
「新九郎(正武)殿、待たせましたな。いよいよ我らが軍勢の力を見せるときじゃ」
「何、今更ながら、討って出るというのか……」
「いかにも。
これに正武は、にやりと口角を上げる。
「相変わらず策士じゃのう。判った。討って出ようではないか」
「では、我が策を説明しよう」
正儀は諸将に作戦を伝えて、出陣を命じた。
九死に一生を得た南軍は、六月に入ると千早城から討って出て、赤坂城と龍泉寺城を奪還した。さらに河内
正儀は、和田正武の馬の隣に自分の馬を並べる。
「新九郎(正武)殿、まだ戦は終わったわけではありませぬぞ」
「もちろんじゃ。まだまだ暴れ足りぬわ」
正武らしい返事に、正儀は笑みを返した。
正儀はさらに諸将に命じて、南朝の摂津の拠点である住吉郡の奪還を目指した。貿易の拠点、堺浦に接する住吉郡の確保は、南朝の懸案でもあった。
楠木軍の侵攻に驚いたのは、幕府方の摂津守護、赤松
「住吉から赤松を追い払え」
腕の覚えのある和田正武は、水を得た魚のように、兵を鼓舞して戦った。
「あれに見えるは、敵の大将ではないか」
津田武信が声を上げると、津熊義行を伴って十騎ばかりが大将、赤松
接近戦となると弓矢は使えない。
「こしゃくな。返り討ちにしてくれよう」
大将の
すると、楠木党の津熊義行が、馬上から槍を降り回し、
まさにその時、赤松方の赤い
「殿、ここはそれがしにお任せを」
「おお、六郎」
「さ、早う」
赤松
馬を追おうとする楠木の騎馬を、赤い
「これより先は行かせぬぞ」
そう言って騎馬武者が、武信や義行らと切り合うが、数人掛かりの武信らには
正儀は住吉大社に諸将を集める。
「皆、ご苦労であった。されど、もうひと踏ん張り。幕府勢を渡辺橋より北へ押し戻す」
これには武勇を誇る和田正武でさえ驚く。
「三郎殿、我らの兵も傷ついておる。ここで一息ついてはどうじゃ」
「いや、新九郎(正武)殿、時運に乗ることが重要じゃ。我らに流れがあるときは、少ない兵力でも敵を追い詰めることができる。逆に時運がない時に戦えば、数倍の兵が必要になるであろう。寝返った諸将を味方に付けるには、ここで幕府勢に対して徹底的に優位に立っておくことじゃ」
「う、うむ……」
いつもの戦嫌いの正儀はどこに行ってしまったのかと、正武は閉口した。
間髪置かず、楠木軍は住吉を出立して渡辺橋に出撃した。正儀の言う通り、赤松
「橋を落せ」
正儀の
勇猛果敢な楠木の戦振りが伝わると、いったん寝返って幕府方へ
しかし、大和の
住吉の戦いの結果を受けて、幕府内で政治的に動いたのは
道誉は下座から義詮に声を張り上げる。
「将軍、
道誉は深刻な顔つきで義詮に訴えた。
「さりとて、赤松
「いえ、将軍。赤松
えらい剣幕で言い寄る道誉に、義詮は面喰らう。
「ま、まあ待つのじゃ、入道(道誉)。そなたの言うことはわからぬでもないが、ここは執事(細川清氏)ともよく相談してみよう」
「執事殿と今更相談など、先代(尊氏)が生きておいでなら、悲しみますぞ。将軍は
道誉の迫力に押されて、義詮は十分に納得できないまま承諾する。結局、
しかし、これに激怒したのは、当の赤松
「将軍、道誉の目的は、
無言で頭を抱え込む義詮に対し、さらに清氏は続ける。
「まして、河内侵攻で後ろの方に控えていた京極に、兵糧の責任を問われるのは、筋違いもはなはだしい」
正論であった。しかし、清氏の言いように、次第に義詮は反省顔から憮然とした顔つきに変わる。
「それは
「いや、そのようなことではございませぬ。
「清氏、すでに決めたことじゃ。道誉の思惑があったにせよ、つけ込まれる隙を見せたは赤松
高揚する清氏に、義詮が冷や水を浴びせた。
「これはしたり。それがしにも落ち度があると」
「
「そ、それについては、それがしに策がござる。お任せくだされ」
「では、まずは、
清氏は拳をぎゅっと握り、苦渋の顔で平伏し、下がっていった。
七月、執事の細川清氏は、
楠木本城である赤坂城に戻っていた正儀の元に、河野辺正友が急ぎ現われる。
「殿、大変です。幕府の大軍が四天王寺に入りました。おそらく
「何、その数はどのくらいじゃ」
「確かにはわかりませぬが、一万は下らないかと」
正儀は
「又次郎(正友)、すぐに小七郎(正近)に使いを出して、城を放棄してこちらに戻ってくるように伝えるのじゃ」
「はっ。ただちに」
急いで広間を下がる正友を目で追いながら、正儀は呟く。
「面妖な……本気で我らを責めるのか。はたして……」
幕府の内部はごたごたで、今、京を空けることは火に油を注ぐようなもの。正儀は、幕府軍の出陣を不審がった。
将軍家執事の細川清氏は、四天王寺の陣で楠木が
しかし、清氏の動きを知った義長は、先手を打たんと、事もあろうに軍勢でもって将軍御所を取り囲み、将軍、足利義詮を軟禁する。将軍の
だが、京極道誉の手引きで、義詮は女物の小袖を
将軍が救出されたと知った清氏は、諸将に義長の討伐を命じた。すると多勢に無勢、
正儀は、この幕府の内紛に応じて、すぐさま楠木正近を
さらに八月には、関東執事の畠山国清が、諸将との間で不和が生じ、京を離れて鎌倉に戻った。
これで南朝は完全に息を吹き返し、帝(後村上天皇)は金剛山を降りて観心寺に戻った。
さらにその翌月には、摂津と和泉の間の堺浦を押えて経済地盤を確保するために住吉大社に動座する。そして、宮司である
東条に一年ぶりの平和が戻る。翌月、戦つづきだった正儀は、幕府から取り戻した楠木館に入った。
多聞丸・持国丸・藤若丸・菊子らこどもたちも紀伊橋本から東条に戻り、楠木館に入る。敗鏡尼(南江久子)も、
正儀の
「兄上、館が燃えていなくてよかった」
藤若丸は、多聞丸を兄と呼んだ。すっかり、楠木の家にも馴染んでいた。
こどもらから兄と頼られる多聞丸は、敗鏡尼らと一緒に、広間で待つ正儀と徳子の前に座り、手をつく。
「叔父上(正儀)、叔母上(徳子)、ただいま戻りましてございます」
「多聞丸、よう戻った。持国丸・藤若丸・菊子も息災であったか」
「はい、父上」
数えで六歳の持国丸が元気よく応えた。我が子の元気な返事に、徳子も安堵の表情を浮かべた。
「三郎殿(正儀)、心配しておりましたが、
正儀は敗鏡尼の言葉に苦笑する。
「いや、母上(敗鏡尼)、追い払ったというより、幕府が内輪揉めを起こして撤収しただけです。それがしは追い討ちをかけたまでのこと」
「いえいえ、それでもたいしたものです。父上にもあなたの立派な姿を見せてやりたかった」
そう言って敗鏡尼は目を
「敗鏡尼様……」
このところ、めっきり涙もろくなっていた。正儀はそんな敗鏡尼を見て、母も歳をとったものだと思った。
一方、徳子はこどもたちを見回して、にこりと笑みを浮かべる。
「さて、多聞丸殿。それから、藤若丸・持国丸。そなたたちも父上のように、知略に富み、勇気もある立派な武将となるよう
「え、叔母上(徳子)、明日からですか……」
口元を強張らせた多聞丸が、藤若丸と顔を見合わせた。
「そうですよ。それに、持国丸は六歳です。明日からこの母が弓矢を教えましょう」
徳子は女だてらに、弓矢、
「本当に、母上。やったあ」
義兄らと異なり、持国丸は喜びの声を上げた。
「何とも厳しいお母上じゃな。さすがは勇婦、伊賀局様じゃ」
「まあ、殿様」
顔を赤らめる徳子を見て、皆が笑った。
正儀と徳子の長男、持国丸は、次の日から徳子に弓矢を教わる。
袖をたすきで括った徳子が、小さな弓を持国丸に持たせて
「持国丸、また矢先が下がっておりますよ」
「はい、母上」
母の厳しい指導にも、持国丸は歯を食いしばって期待に応えた。正儀は縁に座って、そんな母子の様子を微笑ましく眺めた。
ある夜、正儀は月あかりのもと、目を閉じて
「何だ、持国丸。笛に興味があるのか」
すると、持国丸はこくりと頷く。
「笛など吹いていると、母上に怒られるかもしれんな」
笑いながら正儀は、自分の
「うむ、最初にしてはなかなか上手いではないか。今度、お前にも笛を作ってやろう」
一つ成し遂げ、無邪気に笑顔を見せる持国丸であった。だが今度は、うつむき加減に、顔を曇らせる。
「父上は、笛を教えていただいても、弓矢は教えていただけないのですか」
弓矢をはじめとする武芸を持国丸に教えるのは、もっぱら母、徳子であった。徳子の父は、新田四天王の筆頭、篠塚
「父上は弓矢ができるのですか」
持国丸の意外な問いかけに、正儀は苦笑いする。
「父は幾度も
そう言って、持国丸の顔に目を落す。
「……されど、我らは武士。我らに戦う意志がなくとも、敵から責められれば戦うしかない。武門に生まれた限りは弓矢、
「はい、父上」
満面の笑みを浮かべた持国丸は、勇んで館に戻って行った。
この子も武士の子。いずれ
それからしばらくの後のある日、楠木館の奥の間で、徳子が
「誰の
そう言いながら、正儀は徳子の前に座った。
「多聞丸殿のです。背も伸びて、
「そうか、そんなに背が伸びたか。早く多聞丸の元服を執り行わねばならぬな。本来、幕府が攻め寄せてさえ来なければ、元服させようと思うておったところじゃ」
「そうでございますね。いずれは楠木の棟梁に成る子です。たくさん人を集めて、披露してやらねばなりませぬ」
徳子は、正儀が多聞丸を楠木の次の棟梁に据えることを承知のうえで、楠木の家に嫁いでいた。
「
「うむ、やはり、九郎殿にお願いしようと思う」
「まあ、それはよろしいこと。
橋本九郎
正儀は徳子の喜ぶ姿を見て、すぐに多聞丸と
「多聞丸、お前の元服を行うぞ」
「ほ、本当にございますか、叔父上。待ちに待っておりました。ありがとうございます」
素直に多聞丸は目を輝かせた。
年が明け正平十六年(一三六一年)正月、
さらには住吉の朝廷からも、祝辞の使者を
「多聞丸よ。新たな名を与える。今日からそなたは、楠木太郎
「太郎正綱……叔父上、ありがとう存じます」
多聞丸改め楠木正綱が深々と頭を下げた。
正儀の実子、持国丸と、
「兄上、おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「うん、二人ともかたじけない。我らはそれぞれに父が異なる兄弟じゃが、この先も、力を合わせて楠木家を盛り立てようぞ」
楠木正綱は左右の手で、二人の肩を叩いた。
「さあ、太郎殿の元服の御祝いです」
徳子がそういって、自ら料理を運んで一同の前に現れた。続いて侍女の
この年の九月、将軍御所に京極道誉が出仕していた。道誉は周囲の気配に気を配ってから、征夷大将軍、足利義詮に
「将軍、御存知でございますか。執事殿のことでございます」
意味ありげに道誉が細川清氏の名を出した。
「入道(道誉)、何かあったのか」
「執事殿が僅か九歳の息子を元服させました」
義詮は不思議そうな顔をする。
「少々若いが、めでたいことではないか。それがどうしたのじゃ」
「いえ、執事殿であれば、将軍を
「執事だからこそ遠慮したのであろう。
義詮は気にする素振りを微塵も見せずに笑い返した。
「いえ、続きがございます。男山の八幡宮で八幡大菩薩を
「何、八幡八郎じゃと」
「八幡太郎といえば、将軍家のご先祖、源
「入道、何を申す。清氏は武骨な武者じゃ。よもやそのようなこと、あろうはずがない」
いつもの
「それがしもそのように思うておりました。されど、このようなものを手に入れてしまっては……」
そう言って一通の書状を差し出す。
「……これは、執事殿が
「なに……」
だんだんと義詮の顔色が変わった。これを見て、道誉は畳み込む。
「執事殿は仏事のためとして、天竜寺に入られたのはご存知でしょうか」
「いや……」
「兄弟・親族の他、
義詮は表情を失い沈黙する。
「まあ、この道誉の
道誉はそう言って、神妙な顔を義詮に見せた。
後日、執事の細川清氏が、将軍、足利義詮に召し出された。事の真偽を問いただす義詮に、清氏が唖然とする。
「お待ちくだされ。それがしは身に覚えのないことばかりでございます。それは道誉めにたぶらかされております」
「清氏、
「これは、
「あれはあれで役に立つ。ああ見えて、父上(足利尊氏)を裏切ったことはない」
「道誉は、見せかけの忠義と策謀とで将軍に取り入っているだけでございます。どうか、お信じくだされ」
義詮はふうむと思案してから口を開く。
「おって沙汰するまで、しばらく大人しくしておるのじゃ」
理不尽な仕打ちに、清氏は肩を震わせた。抗弁すればするほど、義詮は
父、尊氏とは異なり、義詮は神経
しかし、義詮は、清氏に限らず執事職にある者は、幕府内での権力を固めた後、次は将軍に刃を向けてくるのではないかと、常に注意を払っていた。鎌倉幕府の執権、北条氏は、有力御家人を次々に排除して実権を握った。結果、
後日のこと。楠木館の書院で軍注状に目を通していた正儀は、庭の方に人の気配を感じる。
「聞世か」
縁に出た正儀に、聞世こと服部成次が姿を現した。暗闇と同化するかのように、
「殿、京で事変がございましたぞ」
「やはり、細川清氏に何かあったか」
正儀は情報網を駆使して、京の事情に驚くほど精通していた。
「はい。足利義詮が京の帝に細川清氏追討の
「何、清氏が京を去ったと……うむ、これはよい機会じゃ。来たばかりですまぬが、和泉の新九郎殿(和田正武)と四郎殿(橋本正高)に龍泉寺城に
「出陣でございますな。承知しました」
そう言うと、聞世は姿を消した。
九月二十八日、龍泉寺城は出陣を控えた多数の兵でごった返していた。
「殿、御武運をお祈り致します」
「父上、幕府軍を追い払ってください」
正儀は、徳子と持国丸の見送りを受けていた。
「うむ、行って参る。持国丸、留守を任せたぞ」
そう言って、正儀は持国丸の頭を
向こうでは、初陣を迎えた楠木正綱が、菊子と藤若丸に見送られていた。
「太郎様、お気をつけて」
「兄上、御武運をお祈り致します」
菊子は心配そうに、一方、藤若丸は目を輝かせて正綱を見送った。
楠木軍は、舎弟の楠木正澄、従弟の楠木正近、そして元服間もない正綱からなる東条の将兵と、和田正武が率いる和田党、橋本正高が率いる橋本党などからなる総勢五百で摂津へ出陣する。
正儀の近臣、津田武信は、津熊義行を伴って一足早く、所領の北河内に戻っていた。ここで父、津田範高の津田党や
さっそく正儀は、摂津の天満宮に陣を布き、軍議を開いた。
「京極が五千騎を率いて出陣したようです」
武信が、津田荘で集めた幕府の動きを説明した。摂津守護は、赤松
「京極……率いるは道誉か」
正儀の問いかけに、武信は首を横に振る。
「
「そうか、まだ若いな……」
正儀が呟くと、すかさず和田正武が咳ばらいをする。
「三郎殿、情けは禁物じゃぞ。情けをかければこちらがやられる」
「いや、わかっておる。で、どこを進んで来ておる」
武信が絵地図を指差す。
「淀川の北を、川沿いにこちらへ進軍しております」
「で、三郎殿、どうする」
正武に求められ、正儀は腕を組んで考える。
「摂津の住吉には帝(後村上天皇)がおられる。京極勢が南に向かわぬようにするには、摂津の北へ餌を撒くことだ」
「では、
絵地図に目を落したまま正武が提言した。
これに正儀が頷く。
「うむ、そうしよう。楠木本軍が先発して神崎橋を渡って西に進もう。和田勢は
「ん、なぜ
顔を上げた正武が首を傾げる。すると正儀は、にやりと笑みを返した。
正儀の軍勢は、神崎橋を越えて、ゆっくり西に進軍していた。
楠木軍が神崎橋を越えたことは、すぐに京極軍にも伝わる。大将の京極
「若殿・御舎弟殿、それがしは山陰で万をも超える敵とも戦って参った。たかが五百の楠木など、何ら恐るるに足りませぬ。我らの大軍を見ただけで、恐れを成して退いていくことでしょう。若殿はそれに追い討ちをかければよいのです。まあ、それがしにお任せあれ」
最初から
京極軍は楠木軍を追って神崎橋に差し掛かる。
「楠木が後ろから攻めてくるぞ」
一人の兵が馬に乗って後ろから駆け上がり、隊列に触れ回った。
楠木軍がこの先に進んでいると思い込んでいた
触れ回ったのは、正儀が京極軍の中に紛れ込ませた聞世(服部成次)であった。
京極軍は隊列の途中から京極
「よし、頃合いじゃ。我らは東にとって返して京極軍を討つ」
正儀は楠木本軍を反転させて東に戻った。
津熊義行らが、兵たちとともに馬を駆って京極軍の先陣に襲い掛かる。そこに、
「よし、後はもう半分、大将の首じゃ。者ども、東に迎え」
正儀の
半分になったとはいえ、人数では京極軍が
「者ども、戦え。引くな」
若い大将の
しかし、多くの兵が神崎橋の手前で立ち往生する。見ると神崎橋は橋板が外されていた。知らずに橋を渡ろうとした兵は、後ろから来た兵に押されて川の中に落ちていった。それを見て、留まる兵と、後ろから逃げくる新手の兵で、神崎橋は阿鼻叫喚の地獄となる。
橋板が外されていたのは、吉田
伝令の兵には、
「な、なんだこれは……敵が橋を落としたのか」
「若様、御舎弟様、橋が落とされております。こうなれば是非もありませぬ。楠木軍の中央へ切り込んで、それがしが血路を開きます。若殿らは後に続いてくだされ」
「うむ、承知した」
「いざ、参ろう」
若くて血気盛んな
正儀の隣で戦況を見ていた楠木正綱が叫ぶ。
「叔父上(正儀)、あれを」
正綱が指し示す方に目をやると、京極の若き大将と
「馬鹿な。なぜ戻ってくる」
若い二人を死なせたくはないと、正儀は少し手加減をして退路を与えてやっていた。いったん
若い二人は馬上から刀を振い、数人の雑兵を切り倒すが、そこまでであった。楠木軍は幕府軍の大将である京極
自らの立てた策略通りに正儀は勝った。だが、
神崎川には、橋からあぶれた多くの敵兵が落ちていた。楠木の兵は、岸に上がって来ようとする敵兵に矢を射かけようとしていた。
「やめい。すでに勝敗はついた。戦が終われば敵を憎むことなかれ。岸に上げよ。溺れている者がいれば助けよ」
正儀は河野辺正友に命じて、兵たちに京極の残兵を助けさせた。
「服が必用な者はこっちにくるがよい。小袖を与えてやろう」
正友が河原に降りて声を張り上げた。
「怪我をしている者はこちらにくるがよい」
正綱が兵たちの白帯を集め、敵兵の傷口に薬を塗ってから縛った。正儀自身も、怪我をしている者には自ら薬を塗ってやる。そして、敵方へ返してやった。
橋の
「全く、兄弟そろうて情け深いことじゃ……」
かつて、正儀の兄、楠木
「……されど、三郎殿(正儀)、ここは
十月二十七日、領国の一つ、若狭に逃れた将軍家執事の細川清氏は、将軍、足利義詮に使者を立てて事実無根と訴えた。
しかし、義詮は、京極道誉の進言に従って、越前から
若狭に逃れた清氏であったが、この地はもともと
「こうなっては本国の阿波に戻り、幕府を相手に討ち死にするまでじゃ……いや、あるいは……」
清氏は考え直して、摂津の四天王寺に向かった。
摂津で勝ち戦を収めた正儀は、中納言の阿野
「中納言様、何かありましたか」
「細川清氏が、先に帰参した
「やはり……清氏に残された道はそれしかなかったかと存じます」
正儀は清氏の心中を察した。
「それで、それがしに御用とは」
「
「心得ました」
神妙な顔で正儀は頷き、帝の御前へと進んだ。
帝は
「細川清氏は、京を責めるのは、執事が居なくなった今を置いて他にない。自らが先達をつかまつると申しておるようじゃ。そなたはどのように思う。
正儀は少し思案する素振りを見せて言葉を選ぶ。
「わが父、正成の時代から、武家方を京から追い落とすことすでに四度。されど、勝った我らは長く京に留まることができませぬ。これはひとえに、天下に
「単に武家方を京から追い落とすだけであるならば、清氏の力を借りるまでもなく、我が楠木の力だけでもできまする。されど、我らが京を奪還しても、すぐに武家方は畿内の兵を集めて追い落としに掛かることでしょう。それを押して、我らが京に留まろうとすれば、幕府は諸国の兵を動かして大挙押し寄せることは必定。諸国に我らを求める者たちが居なければ、いずれ我らは京を明け渡さざるを得ないことは道理と存じます」
帝は正儀の話が進むにつれ、何とも言いようのない落胆の表情を見せた。その様子に、正儀は慌てて補足する。
「されど、これはあくまで、それがしの
正儀が意見を言い終わるのを待って、帝は深い溜息をつく。
「河内守、そちの考えはようわかった。そちの申す通りであろう。されど、
帝の言葉に、正儀は無言で平伏する。結果はわかっていた。にもかかわらず、帝の願いを叶えなければならないと思う自分に矛盾を感じていた。そして、京への侵攻はこれが最後になるだろうと思った。
南朝に帰参することになった細川清氏であるが、皮肉にも、清氏が幕府から追放した
義長は京を追われた後、伊勢の長野城に
義長が南朝帰参を許されたことで、それまで伊勢を巡って敵対していた伊勢国守、北畠
【本作では権限のない名目的な他国の国守と区別するため、北畠家の伊勢守は伊勢
正儀が楠木館に戻ると、河野辺正友が待ち構えていた。広間の上座に腰を下ろすと、正友が詰め寄る。
「殿、住吉はいかがでしたか」
「うむ、やはり清氏が
呆れたように、正友は右手で顔を覆う。
「これで、何度目でございましょうな」
「四度目じゃ」
肩を落とす正友に、正儀が仔細を話して聞かせた。大きく溜息をついた正友であったが、思い出したように顔を上げる。
「ところで殿、それがしの方からも一つ、よろしいですか」
「何じゃ、又次郎(正友)。申してみよ」
「弥太郎が迷い子を連れて参りまして」
「迷い子じゃと」
「はい、城にくる途中、この近くで見つけたようです。忠元の話では父を亡くした武家の子のようです。会ってみられますか」
「そうか、戦で父を亡くしたか」
正儀は責任を感じた。直接ではないにしても、正儀たちが戦をすれば、そのような子が確実に増えていくからである。
「うむ、会おう。ここへ連れて参れ」
「承知しました」
正友はいったん席を外す。そして、再び現われた時に、忠元と一人のこどもを連れ立っていた。
そのこどもは、忠元に
「その
「
「左様か、熊王丸と申すか。幾つじゃ」
「はい。八つでごじます」
「御父上は亡くなられたというが」
「はい。父は赤松
熊王丸は正儀の問いに、
「いったい、河内で何をしておった」
「父が亡くなり、一門の
自らも父兄を亡くした正儀は、熊王丸を
「そなた、この館に留まるつもりはないか。わしには似たような歳の子や、そなたと同じようにわしの元に来たこどももいる。大勢と一緒に暮らした方が楽しいであろう」
「いえ、殿様にご迷惑をかけるつもりはありません」
「迷惑などと。こどもの一人や二人で、楠木の家が困ることなどあろうものか。そなたはきっとよい武将になるであろう。楠木のために、働いてみるつもりはないか」
仏門に身を投じる覚悟であった熊王丸は、下を向いた。
「熊王丸、僧になりたいと申したな。しばらくこの館で暮らしてみて、それでもどうしても僧になりたい気持ちが変わらなければ、そのときはわしが寺を紹介してやろう。どうじゃ」
正儀の提案に、熊王丸はやっと首を縦に振った。
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