第42話
「階段を作るのは見ていてわかるが……あれは妖力ではないし、力が出る時に体から発する気が凄まじい。まさかあんな子供がと思っていたが……」
「見てみたいですが、今はやめた方がいいでしょうね。雪翔の力は神のそれに近いのかも知れませんねぇ」
「何れにせよ、我々はしばらく影に戻らせてもらうよ。水狐や葉狐辺りならばそこまで影響は受けるまいし。にしても、何故紫狐は平気なんだろうね?我らの次に力があるというのに」
「あの子供が守っておるのかもしれんが、無意識だとすれば、それはそれで脅威となるやもしれん」
「そうですねぇ。何か考えないととは思いますけど、今の所野孤も出ていませんし、他の妖もまだ大人しいので大丈夫でしょう」
「そう言えば、栞が下宿から外に出たが?放っておいていいのかい?」
「商店街に行く程度でしたら所々に私の結界が張ってあるので何かあればすぐにわかりますし、彼女もそれなりに雑魚くらいははらえるでしょう」
ひとまず寝ますと布団にもぐり、横になりながら意識を飛ばす。
栞は買い物で魚屋に立ち寄っているところ。何も問題はなさそうだ。
雪翔は神輿の掃除だろう。雑巾を持って丁寧に拭いている。
鳥居の前から順に白い線が引かれているのは、屋台の場所だろうが、数からしてかなり多く出店が出るようだ。
その中で飛ばなくてはいけないのかと思うと、人には見えずとも、突風くらいは起きるだろうとつい考えてしまう。
「冬弥様」
「橙狐?何ですか?」
「影から出てもいいですか?」
「構いませんけど、影響は?」
「それほどありません。みんなまだまだ動けます。社の鳥居周りの結界が緩んでいるようですが」
「え?」
もう一度意識を飛ばすと、大きな飾りのしめ縄が鳥居の前に置かれていた。
「さっきまでは無かったんですけどねぇ……しめ縄のせいですね。気にしないで構いませんが、無理のないように一度見てきてください」
「行ってきます」
やはり千年祭ともなれば、人々の活気も違い、神社にかなりの陽の気が集まる。
それに祭りとのことで、街にも活気が溢れているので当日は体が思ったように動かないかもしれない。
900年でさえかなり苦労して飛んだものだと思いを巡らせ、琥珀と漆にゆっくりと休んでくれといい、自分もひと眠りすることにした。
気づけばもう日が傾いて肌寒さを感じる時間。
夕餉の支度を……と思い、上着を着て土間へと行こうとしたら、粥を持った栞と鉢合わせした。
「あの、起きられても良いのですか?」
「ええ、何とか。夕餉の支度をと思いまして」
「勝手にとは思いましたが、もうすべて済ませました。お布団も干してシーツも被せましたし、お買い物にも行って夕餉の支度も。先に冬弥様に消化の良いものをと粥を持ってきたのですが……」
「大変だったでしょう?」
「いえ、途中で隆弘さんと堀内さんが手伝ってくれまして、今雪翔君と皆さん銭湯へ」
「そうでしたか……迷惑をかけてしまいました」と中へと招く。
「あ、お酒は今日はやめておいた方が宜しいかと」
お礼を言い、粥を食べている間にお茶を入れてくれる。
とても良い見合い相手だと思うが、兄も結婚しているし、次男の自分が急ぐ必要は無いとずっと思っていた。
だが、兄夫婦には子がおらず、余計にこちらに期待がかかってくる。
父からすれば、早く子を作り家のために……との事なのだろう。
「冬弥様?」
「あ、美味しかったです。ありがとうございました」
「いえ。朝もゆっくりなさって下さい。魚を焼いて卵焼きなどならば私にもできますし、和物も前と同じになってしまいますが」
「ではお言葉に甘えて」
多分これが気が滅入っている時や病の時に感じる、この人ならばという感情なのだろう。
もしもと思うことがないこともないが、そうすれば栞はあの社の狐では居られなくなるのが掟だ。
それは取り上げることにもなり、彼女も本意ではないだろう。
そう考えると、今このままの状態でまず祭りを成功させることだけに専念しなければ、邪心が入るとどうしても飛べなくなってしまう。
「お聞きしたいことがあるんですけど」
「何ですか?」
「冬弥様は私の事は見合い相手としてちゃんと見てくださっているのかと……」
「初めは思っていませんでしたよ?結婚なんて面倒だとも思ってましたし。それに、うちの兄夫婦に子がいないので早く後継をとこちらに期待されていることもご存知ですよね?」
「知っています」
「最近は二人でいる暮らしもいいのではと考えてます。ですが、祭りでちゃんと飛べるまで答えは待ってもらえませんか?それに、社のこともありますし」
「はい。ちゃんと話してくださってありがとうございます。また朝はこちらにお持ちしますね。何か違う味をとも思うのですが……」
「あぁ、なら、揚げ下さい。細かく切って梅と一緒に……」
「はい」
そう言って部屋を後にする栞を見てから、ふぅっと息を吐く。
女性に気を使う方ではないが、なんでも自分でやってきている分、甘える行為がとても苦手な部類に入ってしまう。
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