第33話

「誰かね?」


 出てきた門番に兄を呼んで欲しいと頼むと、冬弥様でしたかと中へと入れられお茶を出される。

 勿論音々には飲ませもしなかったが、その前に出てもいない。


「冬弥様……逃げませんので縄を解いてくださいませ」


 無言で睨み、茶を啜る。


 しばらく待って襖が開き、久しぶりに会う兄と対面する。


「お久しぶりでございます兄上様」


「よく戻ったと言いたいところだが、それが言っていた狐か……」


「ええ」


 兄が音々を見、紙を見ながら手配書の女と酷似すると調べを始めた。


「名前は?」


「……」


「店の名は?」


「……」


「主の名は?」


「……」


「よろしい。冬弥、中央に連れていくが良いか?」


「お好きに。後で家によります。その時に話を」


「分かった。お連れの方の部屋も用意しておこう」


 そのまま音々を係りの者に引き渡し、状況を一通り説明する。


「私にわかるのはここ迄ですので、栞さんからも詳しく聞いてください」


「冬弥、相変わらずと言うかなんと言うか……栞殿はまだ疲れておられる。一旦この先の医者のところへと連れていくが構わんな?」


「はい」


「栞殿、社は二三日開けておいても構わないようにこちらからも守りに役場のものを送っておきます。うちの屋敷で申し訳ないが、少しゆっくりとされた方が良い」


「ですが、他の方にも見ていただいてますのでこれ以上のご迷惑は……」


「いや、返って冬弥が無頓着で申し訳ない。気にせずに休んでいって下さい」


「有難うございます」


「では、医師のところには私が付いていこう。冬弥、久しぶりに帰ってきたんだから近くを見て回るのもいいだろう。ちゃんとお連れの方も案内しなさい」


「分かっております。では栞さんをお願いします」


 栞を任せ秋彪と役場を出てから一旦屋敷による。


「どうかしました?」


「いや、泊めてくれるのはありがたいんだけどさ、兄貴と似てないんだなって思って」


「あの性格は昔からです。父にでも似たのでしょう。奥さんはとてもいい方なのに」


「結婚してるの?」


「大恋愛で」


「見た目によらないんだな。見合いとか来てないの?」


「すべて断っています。変な女性ばかり連れてこられても困るので」


 役場から屋敷に行って母に会い、自室に置いてあるお金を持ってきてもらう。

 人間界の金を換金できる場所があるので、そこでしてもいいが、それほど持ち合わせてもいない。


 しっかりと案内してくるようにと言われ、町の中心までやってきたのはいいが、茶屋や芝居小屋などが多く、特に見るものは無い。


「どうします?花街にでも行きます?」


「お、俺はいい。那智なら喜びそうだけど」


「ですよねぇ?賭場に行ってもいいんですけど、今日は勝てる気もしませんし。行きたいところあります?」


「特にないけど、仙様が見れるなら見てみたいなとは思う」


 秋彪の指差す方には高い山があり、その山頂に一つ城が建っている。そこに年一度天狐様が交代でいるとの話だが、本当か嘘か。


 見晴台まで登り、ぐるりとあたりを見ると遠くに天高くまで伸びる山が7つある。そこに天狐様が御座すなどと良く聞かされたものだが、知っているのはその一つ。東の山の麓に住むと言われる仙人、仙狐様だけだ。


「あのさ、栞さん置いてきてよかったの?」


「無実であれば夜にでも帰ってくるでしょう。音々は多分無理ですね……手配書と同じ顔だと言うだけでも厄介なのに、逃げるわ社は乗っ取るわと散々しましたし、下宿のものの記憶も書き換えねばなりません」


「消すんじゃないの?」


「雪翔はまず無理でしょう。誰にも言わないと思いますし、書き換えも無駄でしょうが、他の子達はして置かないと、急にいなくなったとか騒ぎそうじゃないですか」


「そうなりそうだけど、帰ってからするのか?」


「既に那智がしているでしょうねぇ」


 とりあえず屋敷に戻ることにし、表玄関から入り秋彪ように用意してある部屋に案内する。


「広いなぁ……」


「そうですか?他のお屋敷はあまり見たことがないのでわかりませんが」


「そう言えば、那智の家も名家だって聞くけど」


「ですが我々は社の狐です。生まれは関係ないと思いますよ?ここを今夜は使ってください。私は奥の部屋になりますので」


「ちょ……ちょっと待ってって。こんな広い部屋で待ってるの嫌だからさ、屋敷でも案内してよ」


 案内しろと言われてもそんなに見て回るところはない。仕方がないので一通り案内してると、夕餉の匂いに惹かれたのか厨房にだけは迷わずにたどり着けるようだった。


「そう言えばお昼がまだでしたよねぇ。寝ていたとか言ってましたし」


「腹ペコだよ」


 中を覗いて何か菓子でもないかと聞くと、一番古い婆やがおり、「ぼっちゃま」と駆け寄ってくる。


「ぼっちゃまは止めてください。もういい大人ですので」


「ですがずっとお留守でみんな心配しておりました」


「兄さんがいるでしょう?それに私は社の狐ですから滅多に帰ってこれませんよ」


「社の狐になるなど婆やは聞いておりません」


「いきなりでしたので。それに立派なお勤めだと思いますが」


「わかっておりますが、このお屋敷では代々みな役所に勤められているので」


 おいおいと泣く婆やを余所に、秋彪を紹介し、お昼がまだのままこちらに来たので何か用意して欲しいといい、客間へと向かう。


「いいのか?あのばぁさん泣いてたぞ?」


「心配性なだけです。私が小さい頃からいますからねぇ。まだあれだけ元気なのであれば、何かしでかしたらお玉でももって追いかけてくると思いますよ?」


「誰がするんだよ」


「秋彪しかいないでしょう?」


「なんだよそれ」


「それよりも気になるのはあなたのお兄さんです。どの仙から聞いたのかわかります?」


「俺達の出身は北の方だから、そっちにいる人だと思うんだけど。兄貴も社が焼けて暫くは新しいのが建つんだろうと待ってたんだけど、更地になって。何年もそのままで、遂に帰還命令が出てさ……火がついて消火などしなかったとか色々責められて暫く家から出なかったよ。ああ見えてクソ真面目で約束は守るからさ」


「ふむ、帰還命令から次の移動まで時間が経ちすぎてますよね?」


「ずっと同じ地に拘っててさ。いい人でもいたのかな?」


「あなたの頭の中はそれしかないんですか?」


「他に何がある?」


「誰かとの約束……ですかねぇ?」


「それが人間なら、もう……」


「だから余計にかも知れませんね。秋彪、今回の黒幕らしき人見たくありませんか?」


 客間に着いてからも話していると、使用人がお握りとお茶を持ってきたので、秋彪に出す。

 パクパクと勢いよく食べ、ご馳走様とお茶を啜っていたが、数人の足音がしたかと思うと勢いよく襖が開く。



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