下宿屋 東風荘

浅井 ことは

下宿屋 東風荘

第1話 ようこそ下宿屋へ

 都会から少し離れたまだ緑豊かな郊外に、小さな神社と併設して、高校生、大学生専門の下宿屋がある。


 家賃は食事込みで五万円。

 トイレ・ミニキッチン付き8畳と4畳の部屋に押し入れが一つ。

 風呂は、隣に昔さながらの銭湯があるので、そちらを利用してもらうが、それも家賃込みとなっている。


「さて、今年も下宿人を見に行こうとするかねぇ」


 そう言って、1月の寒空に姿を消して神社の上から受験生を見ているのは、神社のお狐様でもあり、下宿屋のオーナーでもある妖狐。


 パンパン___


 神社の前で手を合わせて必死に祈るものの大半が、近くの高校や大学の受験生達。


『お願いします!合格します様に!』

『受かって可愛い子と付き合えます様に』

『これ落ちたら浪人だからお願いします』


 お願い行脚を聞きながら、供えてあるお神酒を飲み、次々と願いを聞いていく。

 そう、聞いていくだけ。


 列も少なくなり、そろそろ夕餉の支度をしなければと腰を上げると、下を向き覇気のない1人の子供がお参りに来た。


 作法を知らないのか、ぎこちなく礼をして小さくパチパチと手を鳴らして合わせ、「あ、明日の試験で緊張しませんように!」と大声で叫んでいる。


 思わず、「なんだ?あの子供は!また面白い子供が来たものですねぇ」と声に出して言ってしまうが、人には姿も声も見聞きすることは無いので、腹を抱えて笑う。


 いつもいつも同じ願いが続く中、面白いと思った狐は、妖術を使い子供の能力や今住んでいるところなどを見ていく。


 15歳、男。

 親の仕事の都合上アパート探し中。

 学力に問題なし……平均以上。

 そこそこの顔とそこそこの身長。そして、未知数の霊媒体質。

 受験日は明日。


「うん、いいんじゃないかな?あの子供……」


 そう言って、明日も着るであろう学生服に、念を込めた御守りを内ポケットに忍ばせる。


 長い間手を合わせていた子供だが、何故か読み取れないことがいくつかあり、余計に気になる……が、明日必ず合格するあの子供を、下宿に入れるための準備をしないといけない。


 下宿の一番端が土間となっており、竈門や流し、麻袋には芋や米が置いてあり、一段上がった板の間には4人用の机が2つくっ付けて置いてある。


 基本は大皿に盛り付けて数皿置き、炊けたお米はお櫃に移しておいてある。


 汁物も今は保温機というのがあるのでそれに入れて置いてあるが、帰ってきた者から自分で棚から食器を出してご飯をよそい食事を始め、食べ終わったら自分で洗ってから拭き、棚に戻す決まりとなっている。


 自炊ではないが、自分ですると言うのが食事付きで家賃が安い理由でもあり、親は子供の躾になると喜ぶ。


 朝だけはほとんど全員が揃うので賑やかだが、夜は部活動のある生徒に合わせて温め直すこともしばしば。

 大学生とはたまに酒の付き合いもする場となるので、つまみ欲しさに夜食を食べに来る高校生もいる。


 保温機や冷蔵庫、テレビ。様々なものが出る度に、時代が変わったなと思う瞬間でもあった。


 今いる下宿人は高校生が3人、大学生が2人、大学院生が1人の6人。

 今宵の夕餉は大鉢に筑前煮、芋のサラダ。平皿に白身魚の塩焼きを人数分乗せ、ご飯と味噌汁を用意し、自分の分だけは別にお膳で用意する。

 もちろん酒のつまみも別で用意し、この日は面白いものを見たからと、チンゲン菜のごま油炒めと、余った蓮根と人参と揚げで軽く炒め金平風にして皿に盛り付ける。


「ただいまー!」と高校生と大学生が珍しく揃って帰って来たのが18時。


「なんだか埃っぽくないですか?先に風呂に入ってきなさい。温めておきますから」と銭湯へ行かせ、大学生は飲むだろうと、自分用に日本酒を。大学生はみんな成人しているのでビールを用意する。


「ツマミももういるかねぇ?院生はまた研究室に泊まり__」とボードに書く。下宿人の帰宅を、持たせているお守りからでも、探らなくとも高校生からいるものならば、ある程度の行動などから予測できるがみんなはそれが出来ることを知らない。


 風呂上がりに風邪でも引かれたら困ると、ストーブと暖房を付けるが、あまり好きでは無い。


 なのでいつも、あまり当たらない場所を定位置にし、横に小さな火鉢が置いてある。


 ガラガラっと扉の開け閉めする音が聞こえたので、「おかえり」と食事の準備を各自にさせて、みんなで手を合わせて戴きますと食事を始める。


 男ばかりだが、最初からきっちりと躾をしてあるので喧嘩なども起きないが、食事の時間だけはご飯の勢いが止まらずすぐに米は無くなってしまう。


「冬弥(とうや)さん、お米なくなっちゃった……」と一番下の高校一年の海都(かいと)が言うので、「予備で炊いてあるのがあるから持ってきておくれ」とお櫃を指さす。高校生の1人は卒業の者もいるからあの子供が次に住むには問題は無い。


 殆どの料理がなくなりかけたので、摘みを出してビールも追加する。


 食事は無料だが、酒代はきっちりと頂く。

 毎月決まった金額を預かり、そこからビールを買うが、各々酎ハイやウイスキーなどを買って、冷蔵庫や棚に置いておく者もいる。

 余ることはほとんどないが、預かった酒代の残りは毎月神社へと寄付をしに子供たちが行くので、宮司も少なからず喜んではいるだろう。


「今のうちに聞いておいて欲しいんですけど……明日、夕餉は用意しておきますけど、私は用事でいないんです。後片付けは任せてもいいですか?」


「遅くなるの?」とまだまだやんちゃな甘えん坊の海都が聞いてくるが、「兄さん達と一緒なら寂しくないでしょう?」と諭す。


「大丈夫ですよ。俺達も早く帰るようにするから」とみんなが言ってくれたので、明日は1日準備に集中できそうだ。


「でも、どこ行くんすか?遅くなるの珍しいでしょ?」


「野暮用です。私もなるべく早く帰れるようにはするので、火の元だけは注意してくださいね?」


 自分の食器を下げて洗い、程々にしておくんだよと声をかけてから、自室に戻る。


 板の間から六部屋が下宿。

 自室は食堂を挟んで反対側の土間から続く扉を開けた向こう。


 一旦外に出なければならないが、小さいながらも平屋建ての一軒家。

 昔ながらの作りが好きで、玄関から入ってすぐの板の間には囲炉裏があり、続く隣の和室が書斎。続けて寝室があるだけの小さな家。

 和室側には縁側もあり、庭にある鹿威しの音を聞きながら、月見酒をするのが日課となっている。


 翌朝は早目に朝餉の支度をし、平皿に卵焼きや焼き鮭を並べ、蓋付きの鉢に胡瓜や茄子等の糠漬けを机に並べて置く。

 御飯などもいつも通りに用意し、昨日見た子供の向かう学校へと姿を消して門で待つ。


「今年は中々にいい感じの子が多いねぇ」と門を入っていく受験生達に憑いたモノを少しばかり気晴しに祓う。


 悪いモノは祓うが、害のないものまで祓っていると切りが無い。

 幾つか祓い待っている中で、たまに勘のいい者がこちらを見るが、完全に見えていることはまずない。

 見えていたならば着物を着た、耳としっぽを生やした人間が立っていると驚くだろうし、その時は『見た』記憶を消させてもらう。


 昨日の子供が、きょろきょろと周りを気にし、下を向いて自信なさげに歩いてくる。


「何と気の弱い……折角の守りもあんなに憑けては意味があるまい。やはり、呼ぶ体質かもしれませんねぇ……」


 ため息を一つつき、憑いているものを祓う。背中いっぱいに乗せたモノを数度に分けて祓うが、昨日見た時にはいなかったので、1日でどれだけ憑けるんだと今後が不安になる。


 後ろについて行き、受験会場となる教室までに行くまでに、色々なモノがそこかしこに憑いてる。

 放って置いても問題のないものばかりだが、この子供の体質ではいつ呼んでしまうか分からない。


 見えない御札だけを貼り、暫しの間問題を解く姿を見てから、親御のいる街まで行き家を探す。


 探すと言っても、あの子供の足跡を辿るだけなのですぐに見つかるのだが、家の中を見ると段ボールに物を詰めている母親の姿があった。


「親は普通か……」


 ふと目に入ったのは小さな仏壇。

 写真は祖母なのだろうか?写真と同じ着物を着た老婆が仏壇のすぐ側に立っている。


「貴方様は神様でございますか?」


「あと数年もすれば、神となるやもしれん」


「孫の香りが致します。お連れになるのですか?」


「あの子供は住む場所を探しておろう?我が神社に参りに来たゆえ、ちと気に入っての……」


「私の祖母が昔イタコをしておりましたので、私も少し見えるのです。あの子にはいつも変なモノがつきまとうので心配しておりました。貴方様であれば……宜しくお願いします」


「良いのか?我は野孤かもしれんぞ?」


「格が違うと……私にはそう見えます。どうか孫を守ってやってくださいまし」


 そう言って老婆は姿を消した。心残りを預け、心配事が無くなったから成仏したのかもしれない。


 母親は何も気付かずいそいそと引越しの支度をしている。

 見る限りでは、引っ越すのはすぐだろう。


『ご入学前からでも入居できます』と間取りとともに書かれた紙を、キッチンの台の上に置き、姿を消す。


 ここの中学からなら、下宿からでも卒業式には通えるだろう。


 それにしても、今まであの子供が憑けてきても何とかなっていたのは、あの祖母のお陰かもしれない。それとは別に、元々のイタコ家系だったのであれば、その素質が継がれているのかもしれないが、あの気性ではどれだけ優れた能力があっても、宝の持ち腐れだ。


 三月になれば神社の千年祭祭りがある。

 それまでには、何とかしたいものだが。と少しだけ考え、学校へと戻る。


「少しばかり婆さんに押し付けられた感はあるが、少し離れただけでもう札が破れそうだねぇ」


 周りにいるものを蹴散らし、新しく札を貼ってから下宿屋の自室に戻り、昼寝をする。


 夕餉もカレーだが作ってある。

 このまま今日はこっちにいてもいいだろうと、うたた寝を初めてしばらくしてからあの子供の気配がしたので、また姿を消して神社へと行く。


 この神社は毎日ちゃんと宮司が神酒を置いてくれているので、酒に困ったことは無い。


 暫く賽銭箱の裏で飲んでいると、あの子供が軽やかに走ってくる。

 多分札が効いているのだろう。

 何もつけておらず、走る姿は元気そのものだ。

 やはり原因は毎日憑かれているからかと思い、行動を見守ると、財布から五円玉を出し、賽銭箱に恐る恐る入れ、お辞儀をしてから、パチパチと手を叩いて合わせ、「頑張れました!ありがとうございます!」と大声で叫び、深々と御辞儀をして帰っていった。


「また……あの子供は大声で。誰か教え無かったのか疑問だが……やはり面白い」


 夕暮れ時は特に余計なモノが出やすいので、姿を消したまま街を見て回る。


 辻と辻の間に、昔からある丸い石。

 地元のものは昔からその石を拝んでいるようだが、何も無いものもあれば、人が拝みすぎ、そこで事故などした者の魂が憑き悪さをしているモノに変わり果ててしまっている石もある。


「何でこう同じ所に憑くのかねぇ……」


 祓いながら街を見、いつもの海の側にある小さな神社へと足を運ぶ。


 たまにしか来ないが、もう神気も感じなくなって寝込んでいる狐がいる。


「お爺さん元気ですか?」


「ああ、まだ迎えは来ないようじゃ」


「と言う事は、まだまだ頑張れって事ですよ」


 懐からお稲荷を出し、爺さんの側に置く。


「有難うよ。お前さんも次の祭りで千年じゃな……どうじゃ?降りそうか?」


「そればかりは仙孤の者か、はたまた神が決めるのか私にも分かりませんからねぇ」


「私は長く生きたが、善孤のまま九尾となった。その上の天狐とまではならなんだが、お主ならご神託があろうて」


「だと良いのですけどねぇ……」


「それよりも、祭り迄に見つかったのか?」


「一人……だが、間に合うかどうかは分かりません」


「そうか、それだけ気がかりであった。他の稲荷はみんな去ってしまったから、これからどうなる事か……」


「何も気にせずに休んでいてください」


「すまんねぇ」


 また来ると神社を出て、夜道を歩く。


 月夜を見ていると、ここにふらりとやって来たことを思い出す。たまたま通りがかった今の神社から信託を受け千年。それ迄色々な神社に行ったがまだ幼くて信託は来ず、旅を続け爺さんに会った。

 勧められ今の神社に行ったのだが、周りにいた神社の狐は皆、人が嫌になり神社を捨てたものが殆どだ。自分は爺さんが居る限りは居ようと決め、年月だけが経ち、興味本位で今の下宿を始めてからはまだ50年程だ。


 祭りには眷属の狐と共に、人の力を借りて社の一番高い鳥居を飛ばねばならない。

 普段はなんの結界か分からないが、上に乗ることすら出来ないようになっている。


 あの子供の力があれば飛べるかも知れない。



 毎年祭りの日に飛び越えては来たが、千年祭の高さは、天にも届く高さと聞く。

 それを超えれなくとも九尾にはなれるが、神通力を持つ九尾となるには人と飛ばねばならないと聞いている。

 不安はあるが、爺さんの思いを引き継ぐには飛ばねばならぬ……


 そんな事を考えながら、一日を終え眠り、いつもの朝餉の支度から一日を始める。


 丁度米が炊け、卵をと思っていると、今年卒業の高校3年生がやって来た。


「おはよう、今日は早いですね?」


「おはよう。これ、母ちゃんから送られてきたんだけど」と一通の手紙を渡される。


 中をみると、農家をやっている祖父母のお爺さんが倒れ、入院することになった事、その為下宿を引き払い帰ってくる旨が書いてあった。


「おや、どうするんです?」


「もう授業も無いし、登校日だけだから帰ろうかなって。じいちゃんも心配だけど、俺の家農家だからさ、父ちゃんはサラリーマンだけど、母ちゃん1人じゃ収穫も大変だし……婆ちゃんは朝畑仕事して、昼から病院に行ってるって昨日電話もあったから」


「そうですか。寂しくなりますねぇ」


「今日、母ちゃんから電話があると思うんだ。こんなんじゃなきゃ、ちゃんと挨拶に来たのにって言ってたけど」


「構いませんよ。詳しいことは聞いておきます。今日は学校でしょう?」


「うん」


「じゃあ、高校生だけ起こしてきて下さい。もうご飯できますから」


 分かったと、奥に向かったので、ベーコンと卵を出して、ベーコンエッグとサラダを一皿に盛り付け、味噌汁を作る。


 三人が起きてきたので、顔を洗いに行くようにと言い、支度をしていると、珍しく大学生二人も起きてきたので追加で卵を焼く。


「今日はみんな早いねぇ?どうかしたのかい?」


「あ、院生昨日の夜中に帰ってきて、朝ごはんはいらない、昼からまた研究室に行くって伝えてくれって。俺達は朝から講義。バイト先で晩飯出るから、俺は今晩は遅くなるよ」


「あ、俺は夕飯ありで!」


「はいはい。君達も仕度してご飯を食べなさい」と机にご飯を並べていく。もちろん、糠漬けも一緒に。


 最初は好き嫌いのあった子達もいたが、大抵最初の方で克服してしまう。

 食わず嫌いと言うものだろう。


 箸の使い方、テーブルではなく座布団に正座。昔ながらの食事の仕方だが、文句を言うのも最初だけ。段々と当たり前のようになって、姿勢も良くなり行儀も良くなる。いい事づくめだ……


「冬弥さんもう食べてもいい?」


「あ、あぁ。構わないよ」


「戴きます」とみんな手を合わせ食事を始めたので、食堂となっている板の間の壁にかかったボードにみんなの帰宅予定を書いておく。


 特に無言で食べるわけでもなく、テレビは朝はニュース番組だが付けてある。


「___の神社の取り壊しが決定した件で、県や市は、重要文化財だと怒りの__プツン」


「どうしたの?」


「みんな箸が進んで無いでしょう?何と言いましたっけ?私」


「ちゃんと食べるならテレビはつけてもいい……です」


「よく出来たのでトマトを一つあげましょう」


 まだ苦手なのに!などと文句は言うが、それでもしっかりと食べている。


「さっきの神社、海の側のかな?」

「みたいだけど、重要文化財だっけ?」

「聞いたことないけど、かなり古いよね?」


 確かに古いし、あの神社の裏手には小さいながら古墳もある。調査すれば壊される事は無いだろうが、少し気をつけてみておかないといけないかもしれない。


「みなさん、時間ですよ?神社のことなら回覧板が回ると思うのでその時に話しましょうか」


 もうこんな時間だと慌てて流しへと食器を運ぶ。

 朝だけ休みの日以外は学校優先なので、私が洗うこととなっている。


 みんなを送り出してから、後片付けをしてお茶を入れて飲んでいると、電話が鳴った。


「はい、東風荘です」


「あ、森と申しますが……息子がいつもお世話になりまして」


「こちらこそ、いつも新鮮なお野菜をありがとうございます」


 などと挨拶し本題に入ると、手紙には詳しく書かなかったが、かなり祖父は危ない状態だと言う。

 引越し業者は週末に。今日ダンボールだけ届く事になったと、急で申し訳ないとの事だった。


「お気になさらないでください。週末まで三日しかないので、みんなで手伝いますから大丈夫ですよ」と話し、何度もお礼を言われて電話を切る。


 10時を回るとダンボールが届き、部屋の前まで運んでおいてもらう。

 野菜などは下宿人の親や農家さんから沢山もらうので、ほとんど買うことがなく、肉を買うことの方が多いかもしれない。

 裏には鶏小屋があるので、卵も産みたてだ。


 今日、ある程度の片付けをいる者達でして、明日はお別れ会をしなければと思い、冷蔵庫の中を見る。


 買うものを頭の中で考え、食堂横にある客間を掃除してから、一度家に帰る。


 サッと湯に浸かり、その間に着ていた着物を洗っておく。

 今日の着物は薄いベージュの着物でいいかと、袖を通し、帯を巻く。


 出掛けに竿に干してから、近くの肉屋に行き、鶏肉や豚肉などを買い込む。


 帰りには酒屋に寄り、いつもより多目にビールを注文してから配達をお願いし、帰路に付く。


「蕎麦でも食べていきましょうかねぇ……」


 お気に入りの蕎麦屋で、天ぷら蕎麦を頼み堪能して、院生がまだ寝ていることに気づくが、食事は朝と夜のみ。お昼は学食とやらで食べると聞いていたので、作る必要も無いが流石に食べているのかわからないので、手早に済ませて下宿屋に戻る。


「あ、おはようございます……」寝起きの顔は酷い顔色だったので、肉を閉まってからおにぎりを作り、残りの味噌汁を温めて出す。


「あの……」


「いいから食べなさい。顔色が悪すぎです。寝てるんですか?」


「あんまり……やっと修士課程修了になるんですけど、このまま大学に残ることになったんです」


「それは凄い!よく頑張りましたねぇ。博士はどうするんです?」


「そっちには終わりがないと聞いたので、このまま教授の所で働かせてもらうことになったんですが、ここ学生までだから出ていかないといけないと思って言い出せなくて」


「そうですねぇ。例外は作りたくはなんですけど、一人家に帰る子もいますし構いませんよ」


「あ、ありがとうございます。ちゃんと記入しますのでよろしくお願いします」


 ご飯を食べてもらい、後片付けを頼んで自室に帰る。


 掃除は各部屋は自分で。共有部分は交代でする決まりなため、やる事は食事の支度ぐらいだ。

 今日は荷造りがあるが、三人も居ればすぐに済むだろう。


 一先ず、先に鶏の手羽元を水を入れた鍋に入れる。勿論、竈でだが。

 コンロより時間はかかるが、保温性もあり肉が柔らかくなる。

 3キロ分の鶏の手羽元を茹でて、アクを取ったら白だし醤油と酢を1:1で入れて煮込み、ほんのりと甘さもと、砂糖も少し入れる。

 味見をし、甘酸っぱくなったら、茹でておいた卵の殻をむき入れて、肉がとろける程柔らかくなるまで弱火で煮込む。


 その間に、畑から採ってきたほうれん草を茹でおひたしを作り、大食いの子供達のために里芋と烏賊を煮付ける。

 大鉢には手羽元のさっぱり煮。中鉢に里芋とイカの煮付けとおひたしの2鉢。


 今日は院生も予定を変えて帰宅すると言っていたので、修士課程修了のお祝いになるように夕餉をみんなの好きなお肉メインで作るが、やはり野菜が不足している。


 裏に行くと、白菜や大根、物干しには玉ねぎやニンニクに唐辛子など干してあり、その中から白菜と大根で浅漬けを作り、米は一升炊き二つに米をセットする。


 そこまで作ると大体高校生の帰宅する時間になるので、竈の火を小さくし、帰宅を出迎える。


「おかえり」


「ただいま」


「ダンボールが届いたよ。お母さんからも電話があったから、夕餉まで手伝うよ」


「ありがとうございます。でも夕餉の支度はできてますし、少し片付けてから銭湯に行きましょうか」


 一緒に部屋まで行き、ダンボールを組み立てることから始まったが、部屋は綺麗に片付いており、物も思っていたよりも少なかった。


「男の子の部屋は大体が散らかってるんだけど……また綺麗だねぇ」


「いや、実は押し入れの方が……」


 開けようとすると何かが引っかかって開かない。

 仕方ないので、襖ごと外すと、中には衣装ケースたっぷりに詰まった漫画本。


「これ、全部?」


「上の段の衣装ケースには、半分夏服が。もう半分が部活で使ってたサッカーシューズとか、ユニホームとか詰まってて。棄てられなくて」


「いつも引越し業者さんは、こういったケースはそのまま持っていってくれるから、サッカーのものは自分で詰めてくれるかい?大事なものだよね?」


「はい。あの、箪笥なんだけど……冬に母ちゃんが送ってきた」


「これかい?持っていくのなら、これもこのままで良かったはずだよ」


「じゃあ、後はかかってる服や机の上のものだけだから」


「大きな鞄に、必要な服だけ入れて、後はダンボールに詰めて書いておくよ」


「お願いします」


 三年間いたが、絨毯も敷いてあったので畳も傷んでいない。

 教科書やノートなどダンボールに詰めていると、他の子達が帰ってきたので、変わってもらい食事を温めに台所へと行く。


 いつもより遅くはなったが、院生も帰ってきた頃には部屋はダンボールだらけになっていて、ほぼ済んだという。


「みんな、今日は今日で嬉しい話があるからご馳走だよ。早く銭湯に行っといで」


「はーい」とみんなが桶を持って出ていったので、温め直してテーブルに並べる。


 一人遅くなるとは言っていたが、おつまみを食べ出す頃には帰ってくるだろうと思い、少し取り分けておく。


 みんなが帰ってきたので、院生に早くとせっついて、話をさせる。


「えっと、やっと修士課程修了になりまして、このまま大学に残り、働くこととなりました。まだ暫くこちらに厄介になるのですが、ご報告です」


 それぞれお茶やジュース、大学生はビールで乾杯し、食事を始める。

 ここの下宿に来るとみんなが兄弟のようになり上の者が下の者を見るなど、自然にできていくので見ていると大家族のようで微笑ましいが、その長男坊の院生が大人しい性格なので、他の子達が逞しく見える。


「楽しんでいるところ申し訳ないんだが、森くんが実家の方に帰る事になってねぇ。明後日に引っ越しだから、明日の夕餉にてお別れ会をしようと思うんだけど、予定の入っている者は言ってくれないかい?」


 すると各々帰宅時間をボードに書き、見ると夕方には全員帰宅となっていた。


「あの、みなさんありがとう……」


「じゃぁ明日も美味しいものを作らないといけないねぇ。みんな食べたいものはないかい?」


「水菜のサラダ」

「唐揚げ」

「刺身」

「肉じゃが」

「揚げ焼き……」


「じゃぁ明日はそれをみんな作るとしようかねぇ。海都は明日学校帰りに酒屋によって来てくれないかい?追加でビール3ケースといつもの日本酒持ってきて欲しいって言ってくれたら分かるから」


「良いけど、買い物とかいいの?」


「今日沢山買ったので。お酒だけ忘れましてねぇ」


「分かった。夕方に届けばいいんだよね?」


「そうです。あ、後は好きなジュースも買って下さいね」


 やったとばかりに早速コーラやオレンジの炭酸のジュースなど何がいいか話し合っている。


「冬弥さん」と大学生の一人が話しかけてくる。家庭教師のアルバイトを週2~3回している彼は、大学院を受けると毎日勉強を頑張っている子で、名を隆弘と言う。


「どうかしたのかい?」


「あのさ、俺も大学院とか受かったらここにいてもいいの?」


「勿論だよ?どうしてだい?」


「いや、居心地いいし毎日楽しいから。それと、来週親がお米持って来るって」


「いつも助かってますよ。お米代のかわりに、何かお返しできるといいんですけどねぇ」


「家賃もやすいから良いっていつも親が言ってるから大丈夫」


「そうですか?」


「明日は俺もバイト無いから手伝うよ」


「それなら残りの荷物を片付けるのを手伝ってあげて下さい。まだ細かいものが残っていたと思うので」


「了解!後力仕事も言ってよ?冬弥さん折れそうに細いから」


「折れはしませんけどねぇ。雨樋が外れそうなところがあるので、修理をお願いしましょうか」


「明日しておくよ」


 お願いしますと言って、膳を下げる。


 洗うついでに、酒を持っていこうと思い、並べてある銘柄から辛口の酒を選ぶ。


 何かつまみでもと冷蔵庫を開けると、チーズと大葉、餃子の皮があったので、餃子の皮に大葉、チーズと置き、春巻のように巻いて油で焼き上げる。


 結構な量ができたので、皿に盛り、少しだけ塩をまぶす。


 酒と皿を持って行き、摘みを出した頃残りのひとりが帰ってきたので、取り置いていた料理を温めて、お祝いに参加してもらう。


「食ってきたけど、やっぱり美味い!この大葉のチーズのやつも美味いね」


「今出来立てなので、温かいうちにどうぞ」


 みんなでワイワイと騒いでの食事が終わり、後は大人の時間だと声を掛ける。


「さぁ、高校生達はそろそろ寝なさい。ちゃんと堀内くんに挨拶してからですよ?」


 それぞれにおめでとう、これからもよろしく、また勉強教えてねなど様々に言って片付けを済まし部屋へと戻っていく。


「堀内君はあんまり飲まないねぇ?お酒はあんまり好きじゃぁないかい?」


「飲めないわけではないんですけど、ビールが苦手で」


「だったらさ、冷蔵庫に俺の酎ハイがあるから飲んで良いよ」と元気な隆弘が取りに行く。


「いつも研究室にいるか、勉強見てあげてるみたいですけど、ちゃんと寝てくださいよ?」


「集中してしまうとどうしても徹夜になってしまって。気をつけます」


「これからは休みももらえるんでしょう?ちゃんと休んでくださいね?」


 そう言ってお猪口と缶酎ハイで乾杯する。


「冬弥さーん、俺はもう飲めましぇーん」等とほざいて……いや、文句を言っているのはバイトから帰ってきた途中参加の大学生の菊地 きくち 賢司 けんじ大学三年生。年末に二十一歳になったばかりだ。


 良く手伝いしてくれているもう一人の大学二年生の あづま 隆弘 たかひろが面倒見が良く部屋まで運んでくれると言う。


運んでもらっている間にと、堀内と余り物にラップをし、洗い物は流しへと運び、机の上をある程度片付ける。


「いいよ。ここからは私の仕事だからゆっくりしておいで。それとこれなんだけど」と袖下から小さな封筒を出して渡す。

ちょっとした祝い金だ。


「え?悪いです」


「こういうのは遠慮しちゃいけないよ?何かの足しにしたら良い」


「有難うございます」


「後はやっておくから休むと良いよ。隆弘にも休むように言っておいてくれるかねぇ?」


分かりましたと廊下を部屋に向かっていくのを見届けてから、洗い場へと行き食器を洗って籠に入れておく。

片付けるのは明日でも良いだろうと、自室に向かい、布団を敷いて寝仕度をする。


コン__


庭を見ると、爺さんの様子を見に行かせていた眷属の狐が報告に来ていた。

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