CHI.E-RI
紬木楓奏
1st attack
物心ってもんがいつつくのか、どんなもんなのか。分からないし分かろうとも思わないが、とにかく脳みそに残る一番古い映像は、笑顔でキンコツリュウリュウとした男たちを殴りまくる親父の姿だ。まだガキだった俺は、お付きに守られ、それを見ていた。親父の細い腕が、魔法がかかったかのようにうなる。うなる。うなる。普段はどじょうみたいな親父が、あの時、確かに龍になっていた。
俺の名前にある、伝説の生き物に。
「おい、バカ息子。これから何か用はあるかい」
「んだよクソ親父。今日は外せねえ予定があるって、知ってるくせに聞くんじゃねえ」
「頼みごとがあってさ」
高梨蒼依。十年前、龍のごとき強さで高梨組組長の座をつかんだ、俺の親父だ。多分。
「店に行ってこい。お前に任せた店だ。苦情が来てる」
「誰が行くか」
理屈っぽくて、メガネで、細マッチョ。とてもその筋のトップとは思えないが、組員から絶大なる信頼を勝ち得ている。口喧嘩も拳の喧嘩も勝てた事がない。
「店にね、藤が来て暴れてるって」
「藤なんて、店の連中だけでどうにかなるだろ。だいたいあの店の近辺はうちの組の陣地(シマ)だ」
「……お嬢はどこだーって、叫んでるチビスケがいるらしいけど、それでも行かないのか。へなちょこ男め。だから、喧嘩に勝てないんだ」
「早く言えよクソ親父!!!おら、ガキども車出せ車!」
「行くんだ。早く帰ってくるんだよ~」
「当り前だ。三十分で終わらせる。チビが騒ぐってことは、“チィ”に何かがあったんだ」
「ああ、お前の大事なチィちゃんか。大人げないねえ」
「うるせえ!!おら、行くぞ!俺の陣地(シマ)に入っていいのは、ガキ連中と“チィ”だけだ!!」
◇◆◇
黒塗りの車を全速力で走らせる。俺たちのホームグラウンドであるこの街では、交番さえ機能しない。警察さえも恐れおののく俺たち高梨組は、きっと日本で最恐だ。
「つきました」
「いいかお前ら。三十分でカタつける予定だが、五十分たつまで待機だ。俺が直々に処理する」
「大丈夫ですか、俺らも……」
「馬鹿野郎、喧嘩ごときでお前ら連れてったら、俺が格好悪いだろうが!!」
「はい……」
盛大に音を立てて、車から出る。夜中の繁華街、黒のスーツに黒塗りから、背のデカい強面の男が出てきただけで、相当な威圧感があるのだろう。誰も俺に寄り付かない。しかしカップルというのは不思議な生き物で、最強の組み合わせなのか、奴らだけはイチャイチャしながらこちらをみて、笑う。いつもなら唾を吐き捨てるところだが、今は事態が違う。早く店に行き、敵対勢力のせん滅をはからなければならない。
俺たち高梨組は最強だが、隣町にもう一つでかい組がある。それが、藤本ナントカという熊みたいな男が引っ張る藤組だ。古くから犬猿の仲で、今でこそ冷戦状態であるが、昔はでかい抗争が相次いで起こっていたようだ。俺も、親父も、じいちゃんも反藤組教育を受け、伝えてきたが、俺は今、その構図に、馬鹿な脳みそをフル回転しながら悩んでいる。向こうの次期組長候補が、それは恐ろしく、勝てる気がしないからだ。
「おらおらおら、店長登場だコノヤロウ!」
「来やがった!高梨の脳ナシ野郎!!」
はい、鳩尾に一発。
「つまんねえ冗談言ってんじゃねえよ。公式戦は面白くしようぜ」
「っ……、お、温さん呼んで来い!」
「どこだノッポ野郎―――――――――――!!」
雑魚の指令か、叫びが先か。とにかく、会いたい奴が自ら参戦してきた。探す手間が省け、ありがたいことこの上ない。
「よォ、チビ野郎。相変わらずリーチが短ぇな」
「貴様がデカすぎるんだっ。早くお嬢を出せ!」
「いねぇし。まだ八時だ、遊んでんだろう、メガネ女と」
「もう八時だ、連絡もねぇ。どうせお前が連れまわしてんだろう!と、組長が言ってんだ!間違いねぇ!!」
「いいことを教えてやるぜ。お前んとこの組長は、頭が悪いんだ。チィに何かあったら俺に連絡が入るようになってる。チィは自由人だが、それだけは守る女だ」
「わー、すごいね。さすが高梨龍人だねえ。でっかいけど、頭いいー」
ここらじゃ有名な進学校・日向学園高校の女子制服を纏って、笑顔。強面の男たちが、いっせいに道を開けた。あまりにも場違いで、スポットライトや天使の翼まで見えるのは俺だけじゃないだろう。
可愛い。可愛すぎるぜこの野郎……
「お嬢!!」
「やっぱり。温(おん)、もしかして、パパがなんか言ったの?もう、今日は模試があるから遅くなるねって言ったのにー」
「チィ」
「みんなも、帰っていいよ。あ、帰るついでに荷物もってってくれるかなあ。角のマックに右京(うきょう)を待たせてるから」
この、頭が良く、周りの誰からも好かれる自己中心可愛すぎ天使が、藤組次期組長候補。ちなみに俺の女でもある。
「知英莉(ちえり)!!」
藤本知英莉だ。
◇◆◇
「そわそわすんなよ。今から説教すんだからよ」
チビ野郎たち藤組の雑魚を三分で追い払い、それを見ながら終始笑っていたチィを、店へ引きずり込む。最初のうちこそブーブー文句を言っていたが、恐ろしく回転の速い頭がこの状況を察知したらしく、カウンター席で大人しくワインをちびちび飲んでいた。
ちなみに、俺もチィも未成年であるが、飲酒なんて業界のタシナミだ。
「メガネ女はどうした」
「ああ、五分待って来なかったら帰っていいよって言っといたから、帰ってるんじゃないかなあ。右京のことだから、きっとうまくやるよ」
「よく、チビ野郎が暴れてるって気づいたな」
「温に関しては、鼻が利くの。それで、温が喧嘩するとなったら、龍くんぐらいでしょ?」
俺はチビ野郎の次かよ……
「とりあえず、帰宅時間の変更ぐらい連絡しろ。おまえんとこは雑魚ばかりだけど、組長とはやりあいたくねえからな」
「なになに、龍くん、パパに負けるの?」
「そうとは言ってねえ!!」
「必死だねえ」
口元に手を当てて笑うチィは、恐ろしいほど可愛い。贔屓を含めても可愛い。そこいらのアイドル(もちろん健全な部類だ)よりも断然可愛い。あのゴツいおっさんの遺伝子を継がなくてよかった……サンキュー、藤組のおかみさんだ。
「ねえ、龍くん。私、ピザ食べたい」
「ピザだあ?!ここは水モン以外種類はねえぞ。そうだな……ナッツならある」
「そんなお酒のつまみより、おいしーいピザ食べたいの。だから、お金貸して?」
「は?」
「私、美味しいピザ屋さん知ってるの。デリバリーやってないけど、交渉する。多少上乗せするかもだから、お金貸して?大丈夫だよ、ここはバレない。通りの先の十字路指定して、温に持って来させるから。だから、貸して?」
「……」
言葉に詰まるとはこういうことだ。
「もう、龍くんは石橋男だなあ。そんなに心配しなくとも、温は尾行をまくくらいのことはできる。でしょ?」
お金貸して=広く言えばカツアゲ。
無理やりデリバリーさせる=広く言えば恐喝。
さすが、藤組組長の娘だ……惚れ直したぜチィ……
「五分で来るってー。あ、お財布先に貸してもらった。事後報告で御免ねー」
今度はスリかよ!俺から!
コントのようだと思われても仕方ない。
チィの前では、誰も勝てない。俺ですら太刀打ちできない。
それどころか、心を許した人間から、毒気をぬいてしまう。
「おいしー。龍くんも食べなよ」
「お、おう……」
それが、藤本知英莉。
「右京も呼ぶ?」
「ここはお前の部屋じゃねえぞ!」
今夜もこうして、俺は尻に敷かれて過ごしていく。
いや……
「片付けよろしくね」
ずっと、かもしれない。
CHI.E-RI 紬木楓奏 @kotoha_KNBF
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