ひとり舞台は晴れ舞台

猫田芳仁

01 好機、食らいついて

 一身上の都合で引っ越すことになった。

 

 なんとなく、このいとしい街に骨を埋めるつもりでいたのだが、なってしまったものは仕方がない。

 そもそも絶望的に没交渉な人間なので、あいさつをするべきところも家族のほかには、しばしば展示会に作品を寄せてきたギャラリーくらいしかない。


 と、いうわけでギャラリーに行った。

 ゆっくり話がしたかったので、展示のない日に。

 そのギャラリーは飲酒ができる。缶ビールをやりながらオーナー氏に引っ越しの件を伝えると、このような木っ端作家を心配してくださり、その後、こう言った。

 というのは適切ではないかもしれない。なにぶんお互い酒を飲んでいたし、そもそも結構な日数が経過しており、正確な記憶と記録はない。

 だが、こんなようなことを、オーナー氏は確かに言った。


「行く前に、個展するでしょ」


 ***


 後日再度個展の話をした際、オーナー氏はちょっと、渋った。

 個展をするとなるとたくさん作品は必要だし、加えて吾輩には時間的余裕がない。引っ越しの準備をしながら作品を作らなくてはならない。個展が終わったら終わったで速やかに旅立つ必要もある。引っ越し予定日までは数か月あったが、個展をするに足る量の作品を用意できるか、吾輩は自信がなかった。オーナー氏はオーナー氏で、吾輩の忙しい身で個展をすることが大きな負担になると、心配してくれたのだと思う。

 オーナー氏は代案として、このギャラリーで毎年やっている年末の企画展に吾輩の”集大成”を展示するのもいいんじゃないかといったが、吾輩はその提案を容れなかった。1度決めたら頑ななのは、吾輩の悪い癖だと思う。


 いろいろと話し合った結果、オーナー氏は吾輩が個展をするのを認めてくれた。コンセプトとか、テーマとか、個展にきっと必要なものが全く決まっていない状況で――日にちを抑えてくれた。吾輩の事情との兼ね合いもあって、引っ越しの、本当に直前だ。


 さて、この愚かな自称画家は、この日までにギャラリーの壁を埋めるに足る総面積の作品を用意しなければならない。無論品質もおろそかにしてはならない。ちょっとくらいアレでナニでも怒られはしないだろうが、妥協しては吾輩のちゃっちいプライドにひびが入ってしまう。


 さて。

 個展まで、あと、約3か月。

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