05.痛いの好きなの……?
寄り道しつつも服屋にたどりつくと、私とフィリアで良さそうな布を物色し始めた。
科学が発展しておらず、同じ衣服の量産が難しいこの世界では、新品の服屋などはほとんどない。
通常は露店や古着屋で売られている古着を買うことが服の入手手段だ。
フィリアを買った日に買い与えたいくつかの服も、そうして購入した古着である。
しかしフィリアには下手な古着では主に胸元のサイズが合わない。
なので専用の服を新たにオーダーメイドで作る必要がある。
つまりは服屋で布を購入し、同じく服屋で新たな衣服を仕立ててもらえるよう依頼する。
それがこの世界での、新品の服を手に入れる方法だ。
「フィリアは欲しい服のイメージとかはあるかな」
「そうですね……魔法の特訓のこともあるので、動きやすい服が欲しいですね。汗もたくさんかいちゃいますし……」
露出が多めの服ということですね。実にいいと思います。
「ああでも、こうしてお師匠さまとお出かけする用のおしゃれな服も欲しいかも……」
「別に一着だけ頼むわけでもないんだ。必要だと思ったぶんだけ作ってもらえばいい」
「えへへ、それもそうですね。ありがとうございますっ。お師匠さまは新しい服はお作りにならないんですか?」
フィリアが私の全身を見ながら聞いてくる。
私は大体ワンピースの上から、袖口が広く丈が長いコートを羽織った格好をしている。
どことなく魔法使いっぽい見た目だ。どことなくというか、魔法使いそのものだけど。
初めはスカートにも大分戸惑ったが、人間は慣れる生き物である。今はもう違和感はない。
あ、いや、私人間じゃなくてエルフだった。
「私はいいよ。この衣装はそこそこ気に入ってるからね」
「そうですか……?」
「ああ」
「そう……ですか……」
「……」
「……」
…………。
「……いや、どうせだから私も仕立てて行こうかな」
「本当ですかっ!? じゃ、じゃあ、その、えっと、不躾なんですけどっ……お師匠さまに似合う布を私が選んでもいいでしょうかっ!?」
「……ああ」
「ありがとうございますっ! 頑張って可愛いの選びますね!」
「別に可愛くなくてもいいが……」
「ダメです! お師匠さまこんなに綺麗なんですから、ちゃんとおしゃれしないとっ!」
「う、うん」
仕立てるつもりなんて欠片もなかったのだが、気がついたら仕立てると答えてしまっていた。
だって、しかたないじゃん……。
ものすごい残念そうに、しゅんってしょぼくれた目で私を見てくるんですよ。
あれは断れない。
フィリアの服を仕立てに訪れたはずが、いつの間にやら私に似合う服の布やデザインを構想する様相を呈していく。
フィリアに手を引かれるがままいろんな布を見回って、衣装デザインのサンプルとかも見て。
フィリアは非常に真剣な表情で、私に合う衣装に悩んでいた。
正直その熱意を彼女自身のこれからの服に向けてほしいのだが……。
服屋でのオーダーメイドの注文は思いのほか時間がかかった。
というのも、フィリアが私の衣装であまりに悩みすぎていたからなのだが。
ちなみにその後のフィリア自身の衣装の選択は私の時の一〇分の一くらいしか時間がかかっていなかった。
私の服もそれくらいの感覚で選んでくれてよかったんだけどな。
「お師匠さま、次はどこに行かれるんですか?」
「まだ日が暮れるまで少し時間があるからね。本屋にでも寄っていこうかと」
「貸本屋、ですか?」
「いや、ただの本屋だよ」
手書きゆえに、衣服と同様に本もまた量産が難しいこの世界では貸本屋が主流だ。
貸本屋とはつまり、その名の通り本を貸す商売をしている店。
しかし今回向かう店は貸本屋ではなく普通の本屋である。
一定期間だけ借りる貸本屋と違って、永久的に本の所有権を得る本屋での本の値段は貸本屋とは比較にならない。
この世界では本は高級品なのである。
本屋に向かって進んでいくと、通りを歩く人々の身なりが少しずつ豪華なものに変わってくる。
高級店である本屋は貴族が多く住む貴族街の一歩手前にあるため、そこへ近づくごとに裕福な身分の者が増えているのだ。
「ごめんなさい、お師匠さま……」
奴隷として、金持ちたちからは商品として見られることが多かったからだろうか。
ふと、フィリアが腕を絡めるようにして密着してくる。
怯えているのか、少しだけ体が震えていた。
「……やっぱり帰ろうか?」
か、肩に、肩の辺りにお胸さまが……!
あぁ、至福だ……ずっとこうしていたい……。
直接手のひらで触れられないのがもどかしいが、これはこれでそそるものがある。
「いえっ。お師匠さまにこうしていただければ、大丈夫です……!」
「そうか。無理はしなくていいからね」
「はい!」
歩くたび、ぽにょんぽにょんと豊かなそれが形を変える感触が、肩を通して伝わってくる。
その道中は言うなればエデンへの道、ヘブンロードだった。
残念ながら本屋につくとフィリアは離れてしまったが、じゅうぶん堪能したので満足です。ありがとうございました。
それに帰り道でもたぶん同じようなことになるはずだ。その時は是非、是非またよろしくお願いします。
「わぁ。これ、懐かしい……まだ小さかった頃、どうしても読みたくて一回だけ貸本屋で借りた本だ……」
一冊の本を手に取って、懐かしむようにフィリアが呟いた。
「……それは?」
「えへへ、マイナーなおとぎ話の絵本です。皆から嫌われていた女の子が、お忍びで街に降りてきていた王子さまと出会って、苦難の末に結ばれるっていう……」
「王子さま、か」
私も前世と同じように男だったら、はばかりなく女の子と付き合えるんだけどな。
「この本の女の子は王子さまと出会って、王子さまに救われました……だとしたらきっと、私にとっての王子さまはお師匠さまですねっ」
はにかむような笑顔。
「……そ、そうか」
「えへへ……照れてるお師匠さま、可愛いです」
「……照れてないが」
可愛いのはフィリアの方なんですね。
「……フィリア。こっちに」
「あ、はい!」
フィリアを連れて向かったのは、魔導書が並べられている棚だ。
そこから魔法の基礎に関する下級中級上級の三種の本を取ってから、フィリアに言う。
「好きな本を二冊まで選ぶといい。それを買うから」
「えっ、いいんですか……? って、もしかして本屋に来たのって……」
「私は冒険者の仕事でどうしても家を離れないといけない時がある。私がいない時でも勉強できるようにしておかないとね」
最近はあまり活動していないが、フィリアを買う時に相当貯蓄を消費してしまったので、そのうち活動を再開するつもりでいた。
「お師匠さま……ありがとうございます! 大好きです!」
うるうると瞳を潤ませたフィリアがそう言って、ぺこりと頭を下げる。
いや、こちらこそありがとう……。
頭を下げた時に揺れた双丘、そして一瞬だけ覗けた谷間に対し、私も心の中で礼をした。
「……さて」
魔導書を眺めて小難しい顔で唸り始めたフィリアから離れて、店の手前の、おとぎ話が多く陳列している棚まで戻る。
そして私は、フィリアが最初に手に取って、その後戻していた本を、抱えていた三つの本の一番下に積んだ。
「お師匠さま、今日は本当にありがとうございましたっ」
本屋を出て、貴族街からも大分離れて。
夕暮れ時の帰宅途中。
あともうしばらくで屋敷につくというところで、フィリアが少し小走りで先に行ったかと思うと、振り返って笑顔でそう言った。
「ああ。でもまあ、礼を言われるようなことはしてないよ」
「そんなことないですよ! お肉を食べさせてもらって、服を買ってもらって、お師匠さまの服を選ばせてもらって、それから勉強用の本と……私が大好きだった絵本を買ってもらって」
私がフィリアのいるところまで追いつくと、フィリアは再び私の隣を歩き始める。
「でもなにより、お師匠さまの隣をこうして歩けたことが一番楽しかったです!」
あいかわらずの眩しい笑顔だ。
「私、お師匠さまの奴隷なのに……こんなに色々してもらっちゃって、なんだか申しわけないです」
「大した負担じゃない。気にする必要はないよ」
「気にします! だって私……いろんなものを貰ってばかりで、まだなにも、お師匠さまに返せてません」
ぎゅっ、とフィリアが私の服の袖を強く摘む。
ふと見ると、いつの間にか彼女の笑顔は消えて、不安そうな表情で俯いていた。
むっ。
「私は……お師匠さまのお役に立てていますか? まだ、なにか私にお師匠さまのためにしてあげられることはありませんか?」
……うぅーむ。
あとちょっと、あとちょっとで谷間を覗けそうなのに……。
もうちょっとだけ下を向いてくれればいけそうなんだけど。
私の方が身長高かったらなぁ。フィリアより頭半分以上小さいんだよね、私。
「お師匠さま……?」
「へっ!? あっ、えっと、そ、そうだな……」
やばい話半分にしか聞いてなかったぞ。
「ごめんなさい……やっぱり役に立ててないですよね。私なんか、お師匠さまにご迷惑をかけてばっかりで……」
お、おう。
どうやら谷間を覗こうとしていた時の沈黙を、フィリアの質問に対してなにも思い浮かばなかったと解釈したようで、フィリアはさらにどんよりと下を向いた。
相当なネガティブモードだ。テンションの落差が激しすぎる。
今なら覗けそうだが覗いていい雰囲気ではなさそうである。
って言っても、してあげられること、か。
率直に言えば性奴隷的なあれこれなんだけど……。
…………試しに言ってみる?
こう、フィリアと一緒にいるうちにそういうことがしたくなった、的な感じで言ってみようか。
フィリアは押しに弱そうだから、なんとなくいけそうな感じはある。
この豊満な肢体を思うがままにできると思うと、思わず生唾を飲み込みたくなる。
というか、もとより私はそのためにフィリアを買ったはずだ。
本来なら躊躇する必要はない。
それでもこうして迷ってしまっているのは、フィリアがあんまりに無邪気で純粋すぎるから。
……というだけじゃなくて、まあ、私が今の関係も割と心地がいいと感じているからなんだろうな。
「私はフィリアと一緒に過ごす毎日は楽しいよ」
「楽しい……ですか?」
「迷惑なんていくらでもかけてくれていい。それでも気になるようなら、少しずつできることからやっていけばいいさ。積み上げたものは裏切らない」
最初に望んでいた関係とは違うが、今の関係もそこまで悪いわけではない。
そんな思いを伝えるように、私はフィリアに告げる。
……ただ、その、ね?
えろいことしたいって気持ちには一切変わりはないけど……!
お胸さま触りたい! 顔埋めたい!
今なら谷間覗けそうかとも思ったけど、ギリギリ見えませんでした!
「お師匠さま……」
フィリアは目をぱちぱちとさせて私を見た。
それから私の言葉を噛みしめるように、そっと目を閉じて。
かと思えば突如、パチンッ! と自分で自分の頬を思い切りぶっ叩いた。
「いっ、た……! で、でも……!」
えっ……いきなりなにしてるんですかフィリアさん……。
いった、って、そりゃ痛いよ。だって手形残ってるもん。
それでその後の、でもってなに?
え? もしかしてフィリア……痛いの好きなの……? そういう趣味だったの?
いや、私も結構アレだから人の性癖はとやかく言えないけど……。
じんじんと痛そうにくっきりと手形が残ってしまっている頬を呆然と見つめていると、フィリアはそんな私をきりっとした顔で見据えた。
「私……お師匠さまの言葉で目が覚めました! そうですよね。頑張ることしか知らない私が頑張ることをやめたら、なにも残りません! 私にできることはただ一つ! 突き進むのみです!」
う、うん。
「……えっと、無理しない程度にね?」
「はいっ!」
元気に声を上げ、いつも通り笑顔を見せる。
なんか立ち直ってくれたようなので、これ以上は口を挟まないでおこう……。
……それにしても、痛そうだなぁ。
治そうか? ……え? 甘えたことを言った自分への罰だからいい?
そ、そう。治してほしかったらいつでも言っていいからね?
と、そんなやり取りもありながら。
フィリアの意外な性癖の可能性に少しばかり戦々恐々としつつも、日が沈みゆく中、二人で並んで屋敷に帰っていった。
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