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 血が着いた布がなくなってしまいました。お休みした時に、一日中布を噛んでいたから、全部きれいな布になってしまったんです。

 ぼくはお手伝いにいくことにしました。グレイおじさんと話したかったからです。


 グレイおじさんはぼくを見ると、「大丈夫だったか」と聞いてくれました。嬉しかったけど、ぼくが聞きたいのはそういうことではありません。「ぼくが殺した魔物はどうなりましたか」と質問すると、眉毛をぴくりとさせながら「燃やしたよ」と言いました。

 その後、手伝うことを聞いて、荷物を運んで、お昼休憩といっしょに帰りました。

 歩いて家に帰ります。変です、とっても変な気分。なんだか、だんだん通り過ぎる人が人に見えなくなってきました。涎が垂れそうです。


 家の前で、アリアが居ました。何かぼくに言ってくれたけど、内容が分かりません。まるで鳴き声みたいで、何を言ってるか分からないんです。違う、それはアリアだ、違う、食べ物じゃない、ちがうちがう。


 部屋に入って、本棚を扉のところに置いて、毛布に包まりました。体がぶるぶる震えています。

 どうして、こんなことになってしまったのだろう。

 手で耳を塞いで、シーツに鼻を埋めました。外で動いてるのは食べ物じゃない、外で聞こえてるのも食べ物じゃない。違うのに、涎が止まりません。お腹が空きました。自分の手首を噛みました。血が出ます。痛いです。おなかすいた。


 *


 目が覚めた時には、夜になっていました。口の中いっぱいに血の味がします。手首が歯型に赤くなって、血が出ていました。


 ぼくは窓を開けて、外に飛び出しました。

 前と同じで木を伝って地面に下りて、四足で走ります。人間の体は足が腕より長いので、狼の体の時より走りにくかったです。でも、誰かが起きてくるといけないから一番早く、と思ったらこれだったんです。


 柵が壊れてる場所まで、誰にも見つからず着きました。

 ぼくは、柵の上まで伸びた骨組みを登っていきました。狼にならなければ体重はそのままだからぼくなら登れると思ったし、実際登れました。一番上まで登って、村の方を見たら、ぼくが狼になった日、塔から見た景色を反対側から見たみたいでした。

 ぼくが、ぴょんって柵を飛び越えようとしたら、バチッって火花が鳴って、弾かれてしまいました。ぼくはびっくりして飛び越えようとした場所を見たけど、何にもないです。今度は指先だけ柵の向こうに出そうとしました。バチバチ痺れました。

 そこでぼくは、今まで空を飛ぶ魔物が村に入ってこなかった理由を知りました。ミリガン神父は、きっとこれの調子を見に来ていたんだ。


 ぼくは服を脱ぐと、狼になりました。お腹が空いていたからです。

 狼の目で見たら、透明な膜が見えたので、ぼくは服を持って思いきりそこに体当たりしました。体がビリビリして空中で止まってしまったので、掌を思い切り開いて、そのまま右前足で勢いつけて膜を殴りました。

 ガラスが割れる時の音がして、ぼくは森に落ちました。地面に落ちる前に体を丸めて、地面に着くと同時にくるりと一回転します。枝とかを引っ掛けたけど、ぶるぶる体を振るったら取れました。魔物の爪でも皮膚に届かなかったくらい、ぼくの毛皮は分厚いのです。


 村の外はきっと静かだろうと思っていたけれど、そうじゃありませんでした。とっても煩くて、いろんな匂いがして、こんがらがっちゃいそうなくらいです。

 特に葉っぱががさがさする音! すごい騒がしいです。近くから遠くまで、目に映る全ての場所から響いているようです。でも、場所によって音の大きさが違ったから、『この木の葉の音と同じくらいの音量だから、その音はここからしてる』とかそういうのは分かりそうだなと思いました。


 くんくん匂いを嗅いで、走ります。魔物はきっと、この森でも強い存在なんだと思います。そうじゃなかったら、こんなに匂いをぷんぷんさせていないよね。


 クマみたいなガッチリした体格の魔物がいたので、ぼくは近くの樹に飛びついて、それを蹴り飛ばして(魔物はとても背が高かったので、こうしないと上から飛びかかれなかったんです)、魔物を後ろから襲いました。両の前足を肩に引っ掛けて、体を安定させて、そのまま首をにかぶりつきました。魔物が悲鳴を上げて、大きく体を揺すってぼくを振り落とそうとしました。首の骨を思い切り噛みしめると、ようやく一番長い歯が毛皮を貫通しました。何回か叩かれたけど、前のものを殴るのとは勝手が違って、後ろを殴る時は力が入れにくいので、へっちゃらです。骨といっしょに喉も噛み潰していたら、息が出来なくなってきたようで、だんだん動きが鈍くなって、最後には止まって、後ろにだーんと倒れました。ぼくは下敷きになる前にぴょんと前に飛び退いて、前足を振り下ろして首の骨を完全に折りました(ぼくの前足は普通の狼よりも大きくて、それこそクマみたいなのです)。そのまま腹を裂いて、内臓にマズルを突っ込んで食べました。筋肉質で硬かったけど、お肉も食べました。変な味です。絵本で見た魔女の大釜の中身の、あの紫色を飲み下してるみたいです。おいしいです。骨はだんだん叩いて粉にして、吸い込みました。


 まだまだお腹が空いています。


 今度は狼みたいな魔物でした。いっぱい居ます。ぼくから逃げてるみたい? 追いかけて、茂みから飛び出しながら叩き潰しました。吠えられて噛みつかれて、でも痛くなかったから、そのまま跳んで、そいつが下敷きになるように地面に落ちました。多分もう動かないと思うので、その間に飛びかかってきた奴を、空中で叩き飛ばしておきました。木が折れる音がしました。さっきからぴょんぴょんしてるなぁ。でも、ぼく牙や爪を使うより、こうする方が好きです。全部殺してから全部食べました。やっぱり、紫のあじでした。

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