記憶の蝶は痛みをもたらす

 ぴるるるる。今日は明日へ、明日は今日へ。

 機械仕掛けのこまどりが0時を告げる。


『メリー・クリスマス! 親愛なる従妹姫へ

 暖炉の前を離れて、まずは書斎を見てくれたまえ。

 机の左の書棚、左から二番目の赤い革の表紙の本にプレゼントを開けるヒントが挟んである』


 恒例の鏡文字の手紙。偉大なる魔法使いにしてぼくの保護者ロシエからの贈りものは、ささやかで楽しい謎解きの先にある。

 さあ今回の謎と答えは何なんだろう? ぼくは胸を躍らせながら本を開く。

 挟んであったのは、亡き人を偲ぶための形見レコード。紅玉を編みこんだ金の髪でできた腕輪。赤い革の本は、あれれ、今度も大樹ツリーを示してる。

 ロシエってば、考えるのがめんどうになったのかな。彼はよく気まぐれを起こして、創りかけのものを投げ出したりしちゃうんだよね。

 まあいいや、探してみよう。答えはきっとまた系統樹ファミリー・ツリーにある。

 ぼくは白銀蝶の標本をじっくりと調べていく。少しずつ羽の形が違う、結晶のような蝶たちの系統樹。枝分かれた系統の中で、滅んだ一枝。

 あった! これだ。今はもう亡い存在を知るための記録レコード

 ぼくはそっと標本箱レコード・ボックスを取り上げ、蓋を開いた。紅玉に命を吹き込まれた白銀蝶たちの記憶レコードがあふれ出す――。


                * * *


 イルスレーンは扉のない塔の部屋で、ひとりきり機に向かい、タピストリーを織っている。窓の外にはずっと形の変わらない青い月。いつからだろうか、記憶は無い。覚えていないほど長い間、昼となく夜となく、彼女はここで、青い月を扉に夢を渡りやってくる白銀の蝶たちから、羽に蓄えられた記憶を受け取り、少しずつそれを織りつづけている。

 金の経糸たていとに銀の緯糸よこいとでタピストリーに描いていくのは、今は亡き王国の歴史だ。一角獣の駆ける沃野に消えた、うつくしき記憶の国。紅玉を飲みこんで自嘲わらう、機械仕掛けの金の鴉。繰り広げられる戦と騎士の愛。残されて嘆く姫君の哀。

 必ず戻ると誓った愛しい騎士は、王たちとともに戦場いくさばで散った。金の髪の姫君は生き残り捕らえられて、鍵の付いた部屋に押し込められる。

 褒美として姫君は与えられる、王たちを殺して戦の功を立てた騎士へ。懇願も悲鳴も何一つ聞き入れられずに、亡国の姫君は引き裂かれて、騎士の下で壊されていく。

 姫君の苦痛と涙は白銀の蝶になって、青い月へ向けて舞い上がる。引き裂かれた数、ひび割れて砕けた記憶の数だけ白銀蝶が飛び立っていく。

 イルスレーンは知っている。自分の仕事は、生まれた蝶たちの記憶を記録していくこと。紅玉の中に閉じ込められた魔法の火に照らされながら、タピストリーに織りあげていくこと。なぜなら、羅針儀ジャイロと呼ばれるこの塔で、彼女のみが記憶を受け取れる姫であるから。過去レコードを失った彼女だけが、白銀蝶に触れられるのだから。

 イルスレーンは歌を口ずさんだ。しわがれた鴉のような声で、機に織られた哀しい記憶を口ずさんだ。

 彼女の歌につれて、タピストリーが勝手に解けていく。

 するすると魔法のように解けて、白銀蝶の姿を借りた壊れた姫の記憶たちが、羽を広げて飛び去っていく。

 青い月を抜けて枝分かれた世界の中へと、溶け入った蝶が目指す先は――。


                * * *


 カタリ。小さな音を立てて、標本箱が黙するように閉じた。

 ぼくは細く息を吐き、たった今受け入れた、残酷な記憶を反芻する。

 ぴるるるる。今日は明日へ、昨日は今日へ。

 機械仕掛けのこまどりが、再び今日の0時を告げた。

 そうしてまた今年のクリスマスが、繰り返し始まる。

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