魔法少女ミラクル☆エンジェルズ(第1期)
水無月せきな
第1話「私たちが魔法少女!? 誕生、ミラクル☆エンジェルズ!」
〈本編〉
「でやぁああああああ!!」
「ハッ!」
暴れる怪物に蹴り込む少女たち。
純白の双翼をはためかせ、ひらりと宙返りして地に降り立つ。
「全てを照らす光、ミラクルソル!」
「闇の中に輝く光、ミラクルルア!」
『世界を照らす奇跡の光、魔法少女ミラクル☆エンジェルズ!』
これは、始まりの魔法少女たちの物語――
駅に直結した大きなショッピングモール「アイオン」の中を、少女は歩いていた。
学校帰りのひかるの頭の中は、晩御飯のことで一杯だった。両親が共働きのため、往々にして自分でご飯を準備し、食べなければいけなかった。
『未来へ導く希望の光、ミラクル☆エンジェルズ フューチャー!』
その思考が、途中で止まった。同時に足も止まった。
音の発生源は、おもちゃコーナーに設けられたテレビだった。
ちらほら姿の見える子供たちは、特段テレビに対して注意を払っていなかった。そのそばに設けられたスペースで遊ぶことに集中している。それでも流れ続けるアニメの映像を見て、ひかるは少し懐かしい気持ちになった。
(『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ』か……そう言えば、好きだったなぁ)
『すべてをてらすひかり、みらくるそる!』
『やみにかがやくひかり、みらくるるあ!』
『まほーしょーじょ、みらくるえんじぇるず!』
きらびやかな衣装で凛々しく悪と戦う姿に憧れて、何度真似したことだろうか。
(いけない、早く帰らなきゃ)
時刻は5時を少し過ぎたあたりで、特段急ぐ理由があるわけでは無い。ただ、子どもからの視線を感じて急に恥ずかしくなった。
歩き始めたひかるの足を、今度は誘惑が止めた。
「いらっしゃいませー」
(クレープ……)
甘い匂いがひかるの鼻腔を、欲求をくすぐった。
(ちょっとぐらい食べても……いやいや、ご飯が入らなく……あ、でも量を減らせば……ダメダメ、不健康だよ!)
悪魔の囁きと、天使の戒め。悩むひかるの目に、1人の少女が映った。
「神谷さん?」
気付いたときには、彼女の名前を呼んでいた。
「ふぇ?」
気の抜けた声と共に振り返ったのは、間違いなくクラスメートの
「あぁ、良かった。人違いじゃなくて」
そう言いながら、ひかるは名前を間違えていなかったことでもほっと胸を撫で下ろしていた。何せ、ひかると杏子の2人は、1週間前に初めて一緒のクラスになったばかりなのだから。
「米原さん? どうしてここに?」
「晩御飯の買い物をして帰ろうと思って。神谷さんは?」
「あ、あたしはちょっと欲しいのがあって……ついでに、甘い物でも食べようかな~って……」
杏子のぎこちない喋り方に違和感を感じつつも、ひかるはクレープ店に目をやって納得した。甘い匂いに誘惑されたのは一緒だった。
「それなら……一緒に食べない?」
「え、あ、うん」
(これも何かの縁だし、食べて良いよね)
そんなことを考えながら、ひかるは杏子と共にクレープ店のレジに向かった。
同じショッピングモールの屋上。そこには、眼下で行き交う人々を眺める者がいた。その引き締まった筋肉質の体や堂々と仁王立ちする様は、歴戦をくぐり抜けた男性ボクサーのように見える。しかし、「彼」は人間ではなかった。
青白い肌に、漆黒の大きな翼。額の脇から生える太い角――魔界からやってきた悪魔だ。その目は、人々の挙動、そして彼らが発する「魔力」に向けられていた。
きらきらと光る魔力――「善性」
ほの暗く光を吸い込む魔力――「悪性」
そして散見されるどちらでもない魔力――「中性」
人間界における混沌とした魔力のあり方を、悪魔は見ていた。
『じゃあな、また明日』
手を振って同級生と別れる男子高校生。そのまま横断歩道を渡ろうとした彼の前を、クラクションを鳴らしながら車が通り過ぎて行った。
『あっぶね、ちゃんと前を見ろよ……ってそれはオレの方か』
「ん?」
悪魔は眉をひそめた。男子高校生や運転手の行為に対してでは無い。
(魔力変性だと……?)
かの男子高校生が発していた魔力は、善性→悪性→善性と、目まぐるしく変わっていた。
(しかし、魔法はおろか魔術の発動はなかった……これは一体どういうことだ?)
よくよく観察を続けると、同様の事例はそこら中に転がっていた。
『うわ、びっくりした……』
『すみません、大変申し訳ありません! あ、ですからそれは――』
『うぇえええええええええん!!』
驚愕、恐怖、困惑、悲鳴、絶望。それらを見て悪魔は閃いた。
手をかざし、漂う悪性の魔力のみを集める。
「調査のために来たんだ。実験も仕事の内だ」
集めた魔力を練り上げながら、悪魔は微笑んだ。
「「おいしい!」」
屋外に設けられたベンチで、ひかると杏子の2人はクレープを頬張っていた。
まだ明るく、普段なら人もまだ多く座っている時間だが、運良く2人は1つのベンチを占有できていた。
「私のチョコバナナ、一口食べる?」
「え、良いの? じゃあ、あたしのもどうぞ」
それぞれに差し出しあったクレープを、ぱくり。言うのはもちろん、
「「おいしい!」」
2人とも満面の笑みで、美味しさと幸せを噛み締める。
そんな時だった。
ドシィンッ!!
上空から落ちてきた「何か」が、地面を
「な、何!?」
咄嗟に顔を隠した腕の間からひかるが見たのは、ゆっくりと立ち上がる人型の怪物。顔とおぼしき場所にはただ1つの穴が開いているだけ。
「ウガアアアアアアアア!!」
その穴から発せられた雄叫びは、付近のビルの窓ガラスを砕き、地面にさえ亀裂を生じさせた。
「ああああああああああ!!」
「今度は何!?」
至近距離から聞こえた叫び。振り返れば、杏子が四つん這いになって泣いていた。
「あたしのキャラメルミックスベリーが……まだ半分も食べてなかったのにぃ」
「そっち!? そっちなの!? あっちじゃなくて!?」
「あっち……?」
ひかるが指し示す先へゆっくりと目を向けた杏子は、怪物を見るや否や目をきらきらと輝かせて立ち上がった。
「あれってひょっとして怪獣!? あれ、でもあんなデザインの怪獣っていたっけ……あたしが知らないだけ? 『ミラクル☆エンジェルズ』シリーズでもああいうのは……あ、初期状態であったような気がする」
「と、とりあえず逃げよう!」
「え? あ、ちょっと!」
ぶつくさと呟き始めた杏子の手を引いて、ひかるは駆け出した。
(何かわからないけど、とにかく逃げなきゃ!)
走る2人の背後で、怪物はショッピングモールの壁面にパンチを打ち込んでいた。壁面が崩れ、ベンチを、チョコバナナとキャラメルミックスベリーのクレープを、瓦礫が潰していく。
「あっ」
小さな声だった。
足をもつれさせた杏子が、ひかるの手から離れて転んだ。
「ごめん、大丈夫?」
「大丈夫……イタタ」
杏子を立ち上がらせようと、ひかるは立ち止まって手を伸ばす。
怪物には、その一瞬で十分だった。
「ウゴオオオオオオオ!!」
怪物の次なる一撃が生んだ瓦礫。それは、杏子とひかるの上に容赦なく落ちてきた。
(ダメ……)
しゃがみこむ杏子の上に、ひかるは覆い被さった。目をつぶって、痛み――ほぼ間違いなく死に至る程の――を覚悟する。
「「あぶなーい!」」
だが、覚悟した死の瞬間は訪れなかった。
ひかるが恐る恐る目を開けてみると、小さな瓦礫は周囲に落ちていて、最も大きな瓦礫は2人の上に浮いていた。
「今の内に逃げるんだぜ!」
「急いで!」
「う、うん!」
ひかると杏子が瓦礫の範囲から抜け出た直後、それまで宙に浮いていた瓦礫は土埃を上げながら地面に落ちた。
「ありがとう。米原さん」
「いや、お礼を言われるほどじゃないよ。それよりも、さっきのは……」
「間に合って良かったぜ」
「本当です」
「ああ、本当にありがとう――」
振り返ったひかると杏子の前にいたのは、うさぎに似た「人形」たちだった。それも、2人の目線に合わせるかのように宙に浮いていた。
「に、人形が喋ってるぅううううううう!?」
「失礼な! ボクたちは――」
「ひょっとして、妖精!?」
「違うよ! ワタシたちは」
困惑するひかる、目をきらめかせる杏子を制して、「人形」たちははっきりと告げる。
「「天使だ!!」」
「て……んし?」
半信半疑の目を向けるひかる。
一方の杏子は、天使たちの手をにぎにぎと握っていた。
「あたしは神谷杏子。2人は伝説の戦士を探しに来たとか、そういう感じ?」
「伝説の……」
「戦士?」
「違うんだ……まあ、そうだよね。天使がいるだけでも奇跡だよね」
「ンゴォオオオオオオオオ!!」
『オレを無視するな』と言わんばかりの怪物の咆哮で、4人は自分たちの状況を思い出した。
「ワタシたちが時間を稼ぐから」
「その間に、キミたちは逃げるんだぜ!」
「わかった!」
「ありがとう!」
再び走り始めたひかると杏子の背中を見送って、天使たちは怪物に向き直った。
「ん?」
怪物が暴れる様を見守っていた悪魔は、あることに気付いた。まったく影響は無いが、怪物の邪魔をしようとしている者たちがいることに。
(善性の魔力……随分と小さいが……)
答えに辿り着いた悪魔は、思わず大笑いした。
(
悪魔の目がぎらつき、怪物に向かって手を向けた。
それまで天使のことを無視していた怪物が、狙いを天使に定めた瞬間だった。
「も、もう無理……」
杏子が音を上げたのは、アイオンから歩いて15分程度の位置にある公園を過ぎようかというところだった。
「でも、まだ……」
振り返ったひかるの視線の先には、まだ怪物の姿を認めることが出来た。
「こうなったら、米原さんだけで逃げて……あたし、ちょっと休むからさ」
「そんな! 神谷さんを置いて行くなんて、そんなこと――」
「「うわああああああああああああああ!!」」
悲鳴と共に、2人のすぐそばに何かが勢いよく飛んできた。
立ち込める砂煙が晴れていく中見えたのは、あの天使たちの姿。公園の砂地に穿たれたクレーターの中で、目を閉じてぐったりとしていた。
「大丈夫!?」
ひかるが一人を抱きかかえ、杏子もまたもう一人を抱きかかえる。2人の腕の中で、天使はゆっくりと目を開いた。
「逃げるんだぜ……」
「いや、これでも私たちは逃げてきたんだけど」
「アイツが来ます……」
「アイツ?」
天使が言うまでもなく、答えはすぐにやって来た。
最初に現れた時と同じように、勢いよく着地する怪物。公園を囲むフェンスが、その足でぐしゃりと踏みつぶされ、爆風が4人を襲う。
「ウゴォオオオオオ」
「ウソでしょ……」
呆然とするひかるの腕の中から天使が転げるように飛び出して、怪物の前に立ちはだかった。
「やい、デカブツ! ボクが相手だ!」
言葉だけは威勢が良いものの、体はフラフラと揺れて、目は半目を開けるのが精一杯だった。誰が見ても、既に限界が近かった。だからと言って怪物が手を緩めるはずもなく、ましてやその背後にいる悪魔にとっては好都合でしかなかった。
怪物がゆっくりと右手を引き、天使へと突きを放つ。
「危ない!」
駆け出すひかる。
間一髪で天使を抱え、体を弾ませて地面に倒れ込んだ。
「米原さん!」
駆け寄った杏子に、ひかるは笑顔を見せた。
「ギリギリ、セーフ」
「心臓が止まるかと思った……」
「キミは何をしているんだ! ボクのことは放っておいて、早く逃げるんだぜ!」
「嫌だよ」
はっきりと答えて、ひかるは立ち上がった。
「さっきはそれで逃げたけどさ。私たちを逃がすために、そんなになるまで戦ってくれたんだよね? 今さらかもしれないけど、そんな人を……見捨てて行けない!」
「……何か、かっこいい」
怪物を前にして毅然と立つひかるの隣に、杏子も立った。
「あたしたちを守るために頑張ってくれたんだもんね。もうひと踏ん張り、あたしも頑張らなきゃ。今度は、天使さんを守るために」
キッと怪物を見上げる2人。
いまだショッピングモールの屋上に立っていた悪魔は、怪物に告げた。
「焼き払え」
怪物の顔の穴に、光が集まっていく。
「強い魔力反応だぜ!」
「ひょっとしてこれって、ビーム?」
「うん、ビームだね」
「何でそんなに冷静なの!? 逃げるの!」
踵を返して走り始める2人。その後を追うように、怪物の顔から発射されたビームが迫る。
守りたい――ただ、その一心で。
突如として、光の柱が立ち上がった。それはビームを打ち消し、怪物さえも消し飛ばした。誰も動けない光の奔流が消えた時、そこにいたのは膝をついてしゃがんだ2人の少女だけだった。
「何が起きたんだぜ?」
「わからない……」
「大丈夫、神谷さん?」
「うん、大丈夫。米原さんも大丈夫?」
互いの安全を確認しようと顔を上げたひかると杏子は、奇しくも同じ言葉を発した。
「「あなた……誰?」」
ひかるの目に映る少女は、さっきまでそこにいた杏子の姿ではなかった。大きな黒いリボンで結ばれた銀髪のツインテール。白を基調としてスカートの裾や袖口に黒のラインがめぐるツーピースの服、等々。
一方の杏子の目に映る少女も、さっきまでいたはずのひかるの姿ではなかった。白のリボンでポニーテールに結われた黄色い髪、髪色と同じ黄色を主として白のラインがめぐるワンピースの服、等々。
「どうしてこうなったんだぜ?」
「わからないね……」
ひかるは腹部、杏子は胸元にあるリボンに付いた宝石から、天使たちの声が漏れた。それにつられて自分の体を見下ろした2人は、ようやく自分の身に起こったことを認識した。
「こ、これは――」
「俗に言う――」
「「魔法少女の格好!?」」
呆然としながら、ひかるはあの言葉を紡いでいた。
「全てを照らす光、ミラクルソル……」
「ほう、ミラクルソルか」
突然、悪魔が2人の前に姿を現した。
「え、何!? どこから!?」
「アイツは悪魔だぜ!」
「悪魔?」
「いかにも。七大悪魔が1人、アスモデウサ。貴様の名を聞こうか」
悪魔に問われ、杏子はどうしたものかと考えた。ふと、さっきのひかるの呟きを思い出し、小声でひかるに聞いてみた。
「ねえ、ひょっとして『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ』って好き?」
「昔の話だよ? さっきふと思い出しただけだから……」
少し恥ずかし気に答えるひかるを見て、杏子は決めた。
「闇の中に輝く光、ミラクルルア!」
高らかに己の名を告げ、そしてひかる――ミラクルソルの手を取ってくるりと回り、最後に背中を合わせて指鉄砲を悪魔に向けて告げる。
「世界を照らす奇跡の光、魔法少女ミラクル☆エンジェルズ!」
かくして、ここに奇跡の魔法少女たちが誕生した。
〈次回予告〉
米原ひかるです。クラスメートの神谷杏子さんと、魔法少女になってしまいました……。でも、何が何だかよくわかりません! ちゃんと説明してもらわないと!
次回、『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ』第2話。
「何がどうなってるの!? 教えて! ミーラ先生・クルル先生!」
私たちが、奇跡を起こします!
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