かなでくんと、れいすけくん(坂本一族シリーズ)
紬木楓奏
かなでくんと、れいすけくん
俺は根っからの嘘つきで、その割に性格はチキン。普段は飄々として、兄貴風を肩できって、親族の若い連中の駆け込み寺になっているくせに、本性は独りが嫌いな兎。弱い自分を魅せたくなくて強い仮面をつけ、毎日毎日、自分で反省会を開くような、根暗な男。容姿端麗も自負していて、勉強もスポーツもできるが、仮面に張り付けている奇人が災いして大人たちからは目をつけられている。しかも実家は金持ち。寄ってくる女性は絶えたことがない。馬鹿と天才は紙一重。それは、俺、坂本奏(かなで)のためにある有難いお言葉である。
毎日、必死で“馬鹿”を隠しているのに、それを知っている人間が、一族に二人いる。
「で、なんで金髪にしたの?確か、うちの大人たちは理事に絡んでるよね」
「面白くなるかなーと思ってさ。最近ウチの愛子ちゃん、元気なかったから」
「子供が自分をそんな風に呼ぶから、元気をなくすんじゃないかな」
「麗介君とこも?」
「僕は境遇が違いすぎるし、母は気にしないよ」
「確かに」
本家の離れに住む坂本麗(れい)介(すけ)君は、俺が退学した学校の系列大学の医学部に通う大学生だ。医学部合格を機に本家に引っ越してきたのだが、その裏事情を知っているのは、大勢いる親族の中でも一握り。容姿端麗で物腰柔らか、平等に人を見ることが出来る彼を、俺はひっそりと憧れていたりする。
「兄貴が、せめて高校は出ろって言うから、公立の学校に通うことになったよ。明らかに愛子ちゃんと兄貴が圧力かけた。俺、溺愛されてるから」
「ああ、栄太さん元気?」
「元気で寡黙なオジサンやってるよ。俺と歳が離れすぎてるから、父親気分らしい」
「そう」
ケトルがカチッと音を鳴らし、同時に麗介君も立ち上がる。女だったら絶対に惚れるような、一挙手一投足に品のある麗介君――
「麗介君、俺がもらうから女になってよ」
「生まれ変わってから、またご応募ください」
くそう。本家にいるから大声が出せない。俺を紙一重だと言い放った美津子大奥様とは、どうもウマが合わない。“坂本奏は崇高なる坂本一族の恥だ”と信じているから、嫌われていると言った方が正しいのかもしれない。きっと眼中にもないのだろう。親父が死んだら、俺は数ある分家の家長のひとりとなる。先が思いやられる。
「はい、ファーストフレッシュ」
「ありがとう」
「で、今日は何かあったの?」
「……なんとなく、家に居づらくてさ。空気がピリピリしてんだ。愛子ちゃんなんて溜息ばかり。ミヒには『身から出た錆じゃない!』って怒られた」
「いつの時代も坂本の女性は強いね」
くすくす笑う麗介君は、舌戦で俺に勝てる数少ない人間だ。ちなみにあとは兄貴と、同い年の親族であるミヒである。理詰めの兄貴に笑顔の麗介君、勢いで勝るミヒ。このトップスリーは揺るがない強さを誇っている。
「ねえ、ソウくん。ミヒさん、って……なんだっけ、ええと本名は……」
「早坂美(み)妃女(ひめ)」
「そう、ミヒメさん。どんな子なの?」
「秀才。怠け者。頑固。短気。逆鱗に触れると泣くわ喚くわ、やかましい。でも、いいやつ」
「ソウくんが言うなら、そうなんだろうね。情報ありがとう」
「なに、麗介君、ミヒに気でもあるの?やめた方がいいよー、面倒くさいから」
「でも、ソウくんはずっと隣にいるよね」
医学部首席卒の麗介君に、私立高校中退の俺が舌戦で適うはずもないか――でも、なんで、一族の瘤で、同時に希望でもあるエリートの麗介君が、本家監視下にあり、どう転ぶ分からないである怠惰女子高生のミヒなんかの情報収集をしているのだろう。
「ソウくんは、美妃女さんが好きなの?」
「まさか。双子の妹みたいなもんだよ。そういう麗介君は、何でミヒのことなんか」
「彼女の家庭教師をしてくれないかって、言われてるんだ。今日子奥様に」
坂本京介さん時代の本家で、唯一の常識人であるのは今日子奥様だ。当主の京介さんは忙しい身だし、その母である大奥様・美津子さんは坂本家至上主義。その娘で京介さんの妹の都子さんは結果主義で対人関係に難あり。元が閉鎖的な家風があるから誰も言わないけれど、それが今の坂本本家の実情である。
体は弱いけれど、太陽みたいに笑う今日子奥様は、本家の敷地に住まうほか三世帯にとって、善い悪いは関係なしに眩しすぎる存在だ。
「今日子さん、美妃女さんのお母さんに相談されたらしいんだ。僕は意外と時間が作れるから、是非請け負ってくれないかって」
「俺の時と一緒だ。俺も昔、本家のチビたちの家庭教師してた」
「じゃあ、彼女の人を見る目は確かだね」
それは、麗介君が秀才を自負しているのと同義だよ、そう言いかけてやめた。これ以上、舌戦で麗介君に負けたくない。メンタルが持たない。
棘の数こそ違えど、やっぱり子供は親に似るんだ。
「よく都子さんが許したね。噂だけど、麗介君を表舞台に立たすこと、嫌がってるらしいじゃないか」
「僕ももう落ち着いたし、あちらは医療界の大御所までのし上がった。僕の事なんて気にかけないさ」
「……失踪した親父さん、憎んだりしない?」
「ソウ君は、優太さんを憎んだりする?」
「しない、かな。喧嘩はするけど」
「そういうことだよ」
くそう、またしても負けてしまった。
坂本麗介という人間は理知的で温和な性格をしているけど、実は攻撃的な一面も持っている。きっとそれは、俺が一番よく知っている。大昔から続いている坂本本家の血は、やっぱり“王者の血”なんだろう。
北海道で生まれ育った麗介君が本家に召集されたのは、坂本一族が多額の寄付をしている関東の名門校・私立日向学園大学医学部に、首席で入学したからだ。大人たちは都合のいいことに、『才能は認めるが本家の認知はしない。分家の人間として“坂本”を名乗れ』と、半ば無理やり東京に引っ張り出してきた。それに対して母である都子さんは、何も言えなかったらしい。彼女にも未婚で子供を産んだ負い目がある。そんなもの気にせず言いたいことを言えばいいのに、という俺の意見は未熟だと、鼻で笑われ一蹴された。
坂本に生まれたが最後。成人して年齢を重ねるほど、色々面倒くさくなる。
「ソウくん、そろそろ帰った方がいいかもしれない。大奥様のお香の匂いがする」
「俺と麗介君が夜な夜な会っているなんて知ったら、麗介君はまたお引っ越しだし、俺は自宅謹慎だね」
「笑顔で言えることじゃないよ。でも、またおいで。美妃女さんによろしくね」
彼の笑顔を目に焼き付ける。にっこり笑った彼と、もう会えなくなるかもしれないという予感がした。大人たちの思惑は分からないけれど、俺の勘はよく当たる。当たってしまう。
◇◆◇
麗介君の分院への異動が決まり。
俺は、人生をかけた女性を守れずに、毎夜泣くことになり。
ミヒの想いは、麗介君に――
「幸せになってるといいなあ。おー、小鞠(こまり)、落ち着け。俺は逃げねえって」
「ソウがパパになるなんてねえ。美香さんが苦労するわ。ね、小鞠」
「いくらミヒでも小鞠はやらない」
「もらえないから安心しろ。あたしが欲しいのは……」
「何」
「……何でもないわよ。もう帰る」
「ミヒ」
「なによ」
「麗介君は、ちゃんとミヒを見ていた。良い医者になれって。きっと、ミヒの夢を、夢見てる」
いつかこの二人が、会うことができたら、心の底から祝福しよう。
その日の為に、俺はずっと前を向いていよう。
「バカ」
了
かなでくんと、れいすけくん(坂本一族シリーズ) 紬木楓奏 @kotoha_KNBF
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