放課後、密室、先輩とひみつ その2

 それから、何度かここからだつしゆつする方法を考えたりためしたりしてみたけれど、暗いし見えないし先輩は完全に諦めムードで少しも手伝わないし……で、ついに諦めることにした。

 先輩が座る席の向かい側の席に着いて、ため息をついた。

となり来ればいいのに。寒くない?」

だいじようです……」

 というか、隣に座るだけで暖かくなるほど、先輩が熱を放出しているとも思えない。

 まだ六月じようじゆん。確かに夜は冷える。

 ぶるっとぶるいして、うでをクロスさせて自分の体をきしめた。

 こんなことになるなんて……。

「あの、ごめんなさい、私で。先輩は、澪先輩と閉じ込められた方が良かったですよね」

だれとも閉じ込められたくないけど。ひとりででも閉じ込められたくないけど」

 それはそうか……。正論。私、何言ってるんだろう。

 このめつにないとくしゆな状況のせいで、変になっているみたい。

「こうなったのって、どっちかって言うと俺のせいじゃん? 何謝ってんの」

 こんな状況でも、先輩は笑えるんだ。すごいな。

 少し。ほんの少しだけだけど、……ひとりじゃなくて良かったと思っている。

「つーか、なんで澪ちゃん?」

「だって浅野先輩と澪先輩、付き合ってるんですよね」

「付き合ってないし。中学からいつしよだから仲いいだけだし。へー、梨子ちゃんもそう思ってたんだ」

 なんか急にげん……?

「えっ、付き合ってないんですか? みんなお似合いって言ってるのに。澪先輩れいだしやさしいしかんぺきだし。あっ、澪先輩が浅野先輩とか無理なんですかね」

「ちょっとだまろうか」

「いたいいたい、ごめんなさい!」

 手をばしてぎゅうっとほおをつままれて、パタパタ手を振ってこう

 浅野先輩は澪先輩にかたおもいで、私の言ったことが図星だったのかな。

 でも、そっか、付き合ってなかったんだ……。

 はなされた頬を両手で包んでさする。

 痛い。それなのに、どうしてだろう。そんなに嫌じゃないと思ってしまうのは。

「てか、澪ちゃん言うほど綺麗でもなくない? 梨子ちゃんだって可愛いじゃん」

「……目、悪いんじゃないですか?」

 ああ、もう、また可愛くないこと言った……。

 今日、ブスって言ったばっかりのくせに、可愛いとか言うから。

 ちょっと……うれしいとか思った私は、単純すぎる。

 頬が赤くなっている気がして、先輩から目をそむけた。

「梨子ちゃんだってさ」

「え?」

「知宏と付き合ってんでしょ?」

ちがいますよ、彼氏じゃないです。ただの幼なじみで」

「でも、知宏がサッカー部だから、マネージャーになったんでしょ? 男子苦手っぽいのに、わざわざ」

「違います! 私がマネージャーになったのは」

 先輩があまりにも見当外れなことを言ってのけるから、思わず声をあらげて勢いで白状しそうになったけど、直前で止めた。

 私がサッカー部に入った理由。それは……。

 澪先輩の押しに負けたから? すごく困っているように見えたから?

 ううん、違う。それもうそではないけど、私はきっとそんなに綺麗なことは考えていなかった。

 ……本当は。

「なに?」

 私の言葉の続きを待つ浅野先輩と視線が重なる。

 あの時、目をうばわれた。先輩の姿に。しんけんひとみに。あのしゆんかん

 だから、私は……。

「と、とにかく、知宏のそばにいたいとか、そんな理由じゃありませんから……。あ……男子苦手なのは、当たってます……けど」

「いいよ、苦手なままで。そっちのが遊びがいあるし」

「そっ、そんなふうに思ってたんですか!?」

 え、なに? 先輩が今まで私だけに意地悪だったのって、男子が苦手なことを分かっていて遊ばれてたってこと?

 上がりかけた株が、ヒューッと急落していく音が聞こえる。

 部活中、澪先輩に言われた言葉を思い出す。「梨子ちゃんのことはお気に入りなんだと思うよ」って。

 お気に入りっていうのは、おもちゃとしてだったの?

 ひそかにショックを受けていると、先輩はめずらしくため息をついた。

 少し、頬が紅潮しているようにも見える。月に照らされただけかもしれないけど。

「そっか……、おかしいと思ってたんだよな。知宏と付き合ってる割には、サッカー知らなすぎるし」

「知宏のサッカー見に行ったことなかったので……」

「それはそれで、あいつかわいそうじゃない?」

 そうかな……。確かに、何回か「試合見に来れば」ってさそわれたことはあったけど。

「で、男目当てのくせに、初心者なりにめっちゃサッカーのこと勉強してるし。図書室とかでさ、ずっとサッカーの本読んでたりとかしてたじゃん」

「男目当てとか言わないでください。違うもん……。てか、何で図書室でとか知ってるんですか?」

けんにこうやってシワギューッて寄せて、すごい顔してんの見つけたことあったから。あれブスだったよ」

「一言余計なんです!」

 またブスって言った!

 ルールブックの説明が、活字だと理解しがたくて、何度も何度も同じところを読み返してたから、難しい顔になってしまったのだと思う。

 今度から、周りの目に気を付けよう……。

「あの顔くせになっちゃってさあ、何回も見に行ったし」

「さっきは可愛かわいいとか言ったじゃないですか」

「かわいい、かわいいー」

「棒読みなんですが!?」

 せんぱいは、おこる私を楽しそうにながめながら、声を出して笑う。

 そして席を立ち、どうしたんだろうと様子をうかがっていると、私の隣のを引いて、そこに座った。

 かたれそうなほどのきよに、きんちようで縮まってしまう。

「な、なんですか……、いきなり」

「寒かったから」

 となりに座ったくらいじゃ、暖かくなったりはしないと思うのですが。

 おかしい、私。苦手で仕方なかった人がほぼゼロ距離の位置にいるのに、いやじゃない……みたい。

「梨子ちゃんはさ、今までのマネージャー希望とはなんか違うじゃんって思ってた。ビビリながらキャプテンに質問に行ったりとかさ。そんな真剣にやってる子、いなかったよ」

「だから、苦手なんですってば、男子は……。でも、本を読んだだけじゃ分からないところは直接聞くしかなくて……」

「うん、がんった」

 伸びてくる手のひらにおどろいて、ギュッと目を閉じると、大きな手のひらはポンッと頭の上に落ちてきた。

 な、でられている……?

 意味が分からない。

 先輩は、意地悪なはずなのに。優しくなんてないはずなのに。

 今が夜でよかった。暗くてよかった。私、きっと今すごい顔をしてる……。

 ずっとよしよしされていて、ずかしすぎてえられなくて、必死に話題を探す。

「あ、あの、今までのマネージャーの方ってどんな……」

「今までの? 俺の顔にしか興味が無い子たち」

 自分で言ってしまう辺りが、浅野先輩というか。自分の顔の正しい価値が分かっているというか。

 特に、他意はないらしい。その時のことを思い出しているのか、げんな表情。

 同時に、撫でていた手を離される。

 ホッとしたような、さびしいような……変な感じ。

「ただキャーキャーさわぐだけで仕事しないし、やったと思えば俺の世話ばっかして、ほかのことは全部澪ちゃんに丸投げ。そんな子しかいなかった」

 そっか、なるほど。澪先輩に嫌な思いさせたから……。浅野先輩の好きな人に……。

 ……また、なんか変な感じ。胸にモヤモヤが……。

「入部したからにはちゃんと働けって、少しキツいこと言うと、浅野くん思ってたのと違う~とか言ってさ。どう思ってたんだか知らないけど」

 チャラチャラしたパリピだと思ってたんじゃないでしょうか。私はそう思ってたんで。

 とは、さすがに言えず、口をつぐむ。

「意外です。先輩は、いつも見学の女の子たちにニコニコ手をってたから、女子にはやさしいばっかりなのかと」

 そう、私以外には。

「そっちのが余計な争いとかなくて、楽だからね。それに、俺がきっかけでも、サッカーに興味もってくれるのはうれしいから」

 私、今まで浅野先輩の何を見ていたんだろう。

 表面だけ見て、全部知った気でいて、どうせあの人はって決めつけて。

「だからさ、梨子ちゃんも同じだと思ってた。知宏目当てで入部するような子なんだし、それが俺じゃなくなったってだけで、結局は同じだろって。そんなマネージャーしかいないなら、いっそのこといらねーなって。だから、わざと冷たくしたこともあったんだけど」

 私に意地悪をしていた本当の理由は……もしかして、これ?

「でも、なんかちがうし」

 と、浅野先輩はうつむき加減の私の顔をのぞきこんだ。

「!」

 あまりの至近距離に、止まってしまうんじゃないかと思うほどにどくんと大きく心臓が高鳴る。

「誤解してた。ごめんね?」

 うわづかいでがおを見せられ、顔がばくはつしたみたいに熱くなる。

 この人は、もっと今以上に自分の顔面のかい力を自覚すべきだと思う。

「じゃあこれからは……、変な意地悪しないでくれるんですよね?」

「え? なんで? 嫌だけど」

「はい!?」

 嫌だけど!?

「最初は確かに誤解してたからだけど、最近梨子ちゃんいじるのおもしろくなってきたし」

 思わず、隣のうでをバシッとたたく。

 しまった。ついやってしまった。

「あっ、ごめんなさい……」

 怒るかな。怒るよね……。

 おそる恐る謝ると、浅野先輩は特に何も気にする様子もなく、叩かれた腕をさわった。

「いいよ、ムカついたときはそうやって叩いたり、文句言って。男が苦手とか言ってさ、結構しやべれるじゃん。そっちのがずっといいよ」

「それは、先輩が……」

 ここに閉じ込められてから、先輩がずっと優しいから。

 ふたりきりで朝までなんてどうしようかと思ったのに、この空間を心地ここちいいとすら感じ始めている。

 私のほおは、さっきからずっと熱いまま。

「そんなこと言って……、倍返しとかするんじゃないですか」

 またこうやって可愛くないことを言うと、

「当たり前じゃん」

「!?」

 信じられない言葉が返ってきて、顔面そうはくになりながら先輩を見る。

「ははっ」

 こんなに楽しそうに笑っている姿は、見たことがない。

 もっと、色んな顔が見てみたい。そんなことを思ってしまう。

「私も、誤解してました。先輩のこと……。いつも、すきあらば部活をサボろうとして。しかも女好きで、なんかチャラチャラしてて、適当にやってればそれだけで簡単にエースでいられるんだと……」

「ちょ、多い多い。マジか」

 笑い交じりのツッコミが入る。

「サボろうとするけど……、でも実際にサボったことは一回もなかったのに」

 ちゃんと、言わなきゃ。伝えたいこと。

 今、ここには私たちふたりだけしかいないんだから。

「いつも、みんなが帰ったあとにひとりで残ってたんですか?」

「あー、まあ……。梨子ちゃんにもバレるつもりなかったんだけどな」

 浅野せんぱいは、ばつが悪そうに困った様子で頭をく。

「何で秘密にしてるんですか?」

「……」

 私の質問には目をそらし、先輩は少しだまって、観念するようにため息をついた。

「覚えてる? インターハイ予選でのこと」

「インターハイ予選? えっと、はい……覚えてます」

 それは、ほんの数週間前のこと。今では引退した三年生の、最後の試合になった。

「俺が、最後のPK外した。それで、負けた。俺のせいで」

「先輩のせいじゃないですよ。だってあの試合は、先輩がゆいいつ点を入れたおかげで、あそこまでつながったから……」

 あの後のことは、よく覚えている。浅野先輩が、三年生の先輩に深く頭を下げて……。

 驚いた。とても、そんなことをする人には見えなかったから。

ちゆう経過は関係ないよ。結果がすべて。情けないよな、三年生差し置いてエースとか呼ばれてたくせにさ。あの人たちにとっては、最後のインターハイだったのに。……俺が終わらせたんだ」

 苦しそうに頭を下げて、この暗さも手伝って、表情が見えない。

 見えないのに……、その声で、仕草で、泣いてるように見えた気がした。

 先輩にも、弱いところがあったなんて知らなかった。

 何もなやみなんてないように見えていて、本当はどれだけのものをかかえていたんだろう。

「それでずっと、ひとりで練習を?」

「実は必死こいてエースの座守ってるとか、かっこわるいでしょ。だから」

「ううん、そんなことないです」

 それどころか、あんなに苦手だったはずの先輩のことが……だれよりもまぶしく見える。


 月明かりにあわく照らされて、先輩がやわらかく微笑ほほえむ。

 顔を上げて窓を見上げれば、れいな満月がぽっかりとかんでいた。

 今日は、こんなに月が綺麗な日だったんだ……。

 このまま、朝が来てかぎが開けられるまでここにいるしかなさそう。

 でも、それでもいいかもなんて、昨日までの私だったら、考えられないことを思ってしまう。

 先輩がいつしよで、よかった。




 少しウトウトしかけてきたころ、カチャッと軽い音がして目を覚ました。

 何の音?

 ボーッとする思考でまぶたをこする。

 片方のかたにのしかかる重さに気づいてゆっくりとなりを見ると、目を閉じた浅野先輩の顔が私の肩に乗っていた。

「ーっ!?」

「いてっ」

 おどろきで声も出せず、思いっきり立ち上がると、バランスをくずした先輩はテーブルの上にゴンッと落ちた。

 そうだ。私たち、部室に閉じ込められて……。

「ちょ、もー、何、梨子ちゃん」

 きの浅野先輩は、打ち付けた頭を押さえながら不満を口にする。

「ご、ごめんなさい、びっくりして……。あの、それより……」

 物音がした方を見る。

 いくらがんっても開かなかった部室のとびらの外が、ゆっくりと現れて……。

 ひとりでに開い……た?

「梨子ちゃん」

「あ、……え?」

 浅野先輩も立ち上がり、扉側に近かった私の腕を引き、自分の背中にかくした。

 扉は自動ドアだったわけではなくて、そこからひょこっと顔を出したのは、警備員の制服を着た男性だった。

 ……夜間警備員さん?

「うわっ、まだ人が!?」

 驚いたのは私たちよりも、警備員さんの方。

「見回り中、かばんが外に置いてあったので、まさかと思って……」

 と、警備員さんは申し訳なさそうに頭を下げる。

 私たちは、はぁーと同時に深く息をいた。

「なんだ、変質者とかかと思った」

 ホッと息を吐きながら、浅野先輩は私のたてになるように広げていたうでをだらんとだつりよくさせた。

 今のってもしかして、とつに守ってくれたのかな、私のこと……。

 そんなことを自覚しだしたら、どうが激しくなってきて。

 なんだろう、この……胸のドキドキは。

 扉が開いた時よりも、ずっと速く高鳴っている。




「本当にだいじよう? 俺、一緒に行って家族に謝ろうか?」

「はい、大丈夫です。男子とこんな時間まで一緒だって知られた方が、おこられそうな気がするので……」

 時刻は、日付が変わるギリギリ手前。

 浅野先輩は、この時間にひとりじゃ危ないからと、私の家の前まで送ってくれた。

 部室の外に置き忘れたかばんの中のスマホには、予想通り自宅からの着信がおにのように残っていて、私が考えた言い訳は、「部活帰りに先輩とファミレスでしやべっていたら、いつの間にかねむっていてこんな時間になった」という、少々苦しいもの。

 一緒にいた先輩の性別は、あえて言っていない。

 やましいことをしたわけではないけど、部室によるおそくまで男の先輩と一緒でした。……とは、さすがに言いづらくて。

 知宏や友理奈からも、心配するれんらくが入っていた。

 返信はしたけど、明日あした改めて謝ろう。

「じゃあ、俺はここで。気をつけてね」

「ありがとうございました……。あの、先輩、このことは……」

 私の不安がっている表情で察したのか、先輩は目を丸くしてまたたいたあと、フッと笑った。

「分かった、ふたりだけの秘密な。梨子ちゃんも、誰にも言っちゃだめだよ」

 去りぎわにポンと頭をでられて、私は少しだけその場に立ちくした。

「せ、先輩!」

 後ろをり向いた頃には、先輩の背中は小さくなっていて、私の声は届かなかったのか、立ち止まることなく歩き続けている。

「先輩も、気をつけてくださいね! さようなら!」

 先ほどよりも大きな声で呼びかけると、こちらを向かずにひらひらと振る手のひらだけが返ってきた。


 もうそばにいないのに、まだ胸がドキドキしてる……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

部室内レンアイ ズルいです、先輩。 榊あおい/角川ビーンズ文庫 @beans

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ