ガレンとダリウスの小競り合い
葉風草慈
ルーンテラの一幕
雄大な草原の中央に、精悍な大男が、自身の体躯程の大きさを誇る大剣を自身の前に突き刺して、仁王立ちをしていた。
名をガレン。正義と秩序を重んじる、デマーシアという巨大な王国の民。そして、その国を守る、屈強な兵士達の長を務める男だ。
頑強な鎧に身を包んではいるが、それでもなお隠しようの無い強靭な肉体を持っている。
青いマントを風にはためかせ、彼は何かを待っていた。
ーー風が変わる。
同時に、遠方から血の匂いを纏った獣、否、獣の様な男が歩いてきた。
ガレンと同じ様な体躯の男は、赤黒い鎧に身を包み、巨大な斧を肩に担いでいる。
男はデマーシアの者ではない。この国と長年の確執を持つ隣国、力を指標とする軍国主義国家、ノクサスの戦士だ。
「何の用だ。ダリウス」
ガレンが彼に話しかける。
「手紙の通りだ。久し振りにお前と酒を飲みかわそうと思ってな」
ダリウスと呼ばれた男は不敵に笑う。
それに対して、ガレンは僅かに顔を歪めた。
「ただそれだけの為に、兵を殺したのか」
ダリウスは頬に付いていた返り血を拭う。まだ乾いていないらしく、引き延ばされた血の跡が残っている。
「デマーシアの兵は血気盛ん過ぎやしないか?まあ、この俺に躊躇いなく切りかかって来たその勇気は、認めてやるがな」
どこでその血が付いたのか。ガレンは大体の予想が出来た。
ダリウスに対し、まだ未熟な兵を連れてきたのが間違いだったと悔やむ。自身の警護として、そして、ダリウスという人物を通して、ノクサスの国というものを、大まかに知ってもらおうとしたのだ。
だが、それが裏目に出た。彼の言い方からして、ダリウスの挑発に乗ってしまったのだろう。
デマーシアを小馬鹿にした言い様が我慢できずに、切りかかってしまった。
そこまで考え、しかしガレンは怒りを露わにした。
「貴様であれば、殺さずに黙らせることが出来ただろう?」
ダリウスは、そこで初めて不快を示した。
「随分と部下思いだな。だが、敵国の人間に攻撃して命を救って貰えるなどと、本気で考えているのか?最近刺激が無くて脳が退化したか?」
頭の横で馬鹿にするジェスチャーをしながら、ダリウスは笑う。
ガレンは剣を引き抜いた。それは合図だった。
周囲に誰も居ないことを確認し、ゆっくりと構えた。
ダリウスの顔に、僅かな緊張が走る。
「丁度良い。最近、楽しみが無くて困っていたんだ。帰ってからの話のネタになりそうだ」
彼はおもむろに斧を肩から下ろし、柄を両手で握ったと思うと、勢い良く振り抜いた。
ガレンは一瞬早くその場を跳びのき、それを躱す。
そして、デマーシアでは禁忌とされる魔法の力を、無意識のうちに剣に宿した。
「ほぉ、面白くなって来た。間違っても首を飛ばされるなよ?」
彼が魔法の力を持っている。その事実に、しかし不敵に笑うダリウス。
「ほざけ。軽口をたたいてられるのも今の内だ」
ガレンは柄を両手で握ると、ダリウスに向かって駆け出した。
ダリウスは再度斧を振る。
しかし、ガレンは跳躍でそれを躱すと、落下に合わせて剣を振り下ろした。
斧を短く持ち直したダリウスは、素早く振り上げて、それを受け止める。
直後、二人を中心に、風が吹き荒れた。
「良い一撃だ。褒めてやる」
「そんな義理は無い」
「連れねえなぁ。兄妹仲が心配だ」
「貴様に心配される覚えもないっ」
ガレンは交わったままだった剣を構え直し、突き出した。
ダリウスはそれを弾き返し、こちらは斧を突き出した。但し、ガレンからは敢えて僅かに逸らしてだ。
ガレンはその意図を素早く理解した。
だが、彼は何もしなかった。直後、ダリウスは勢い良く斧を引き寄せた。
斧とダリウスの間に居た彼も、当然引き寄せられる。
それを確認した彼は、ダリウスとの距離がゼロになる直前、剣を逆袈裟に振り払った。
下からの一閃。それを察したダリウスは引き寄せを中断し、強引に横に転がった。
「賢いな。流石だ」
「ふんっ」
尚も軽口をたたき続けるダリウスに、ガレンは不快感を隠そうともしない。
「つまらねえな」
「生憎、戦闘中に談笑する趣味は持ち合わせていない」
その言葉に、今度はダリウスが不快感を示した。
「デマーシアらしいな。俺達とは無限の時間をかけても分かり合えなさそうだ」
「その必要はない。我々が貴様らを理解するのは、ノクサスが滅びた時だからだ」
二人の間に、見えない火花が散った。
突撃するガレン。迎え撃つダリウスは斧を構え、一文字に鋭く薙いだ。ガレンは寸前で身を屈め、数本の髪を散らして躱し、切り上げた。咄嗟に上体を逸らして、ダリウスは彼を蹴飛ばした。
一度、二人の距離が離れる。しかし、次の瞬間には切り結んでいた。
その場は、ある種の異空間と化していた。
剣戟受け、踏み締める。ただそれだけで地面は抉れ、刃が交わる衝撃で、草が散り乱れる。
その様子は闘争を超え、小規模な戦争にすら匹敵する。
だが、それ程の戦闘を行なっても尚、二人は一切息を切らしていなかった。
「そろそろ終わりにしないか?」
「時間の無駄だ」
ダリウスの提案に、ガレンは賛同する。
彼らは武器を構え直す。
そして、跳躍したーー。
それは、闘い、否、戦いの終結を示すようであった。
ーー二人は武器を振り上げた。
二人が交わる時ーーガレンの、ダリウスの頭上に、斧が、剣がーー打ち下ろされた。
瞬間、空が、大地が割れる。
彼らは同時に着地する。
そのガレンの背後には、岩盤にすら到達する程の深い穴が穿たれていた。
一方、ダリウスの背後には、魔法による黄金に光る、巨大な剣が突き刺さっていた。
暫しの静寂が場を支配する。
そして、二人が漸く振り返った時、魔法の大剣は既に消失していた。
彼らはお互いを見据える。そこに、先程までの闘気は無かった。
それを確認し、互いに歩み寄った。
固い握手が交わされる。
「良いバーを知らないか?」
ダリウスが笑いながら、懐から割れた酒瓶を取り出した。
「部下に探させよう。地理には疎くてな」
ガレンは遠方で待機させていた兵を、号令一つで呼び寄せた。
二人はガレンの部下に先導され、戦場を後にした。
ガレンとダリウスの小競り合い 葉風草慈 @sose07
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます