第2話 生きた魔法、死んだ魔法

 俺はアドルフ。享年十七歳。公立の高校に通うごくごく一般的な高校生だった。ちなみに、日本人。もちろん生前の話だ。このアドルフって名前は今現在の名前。前はなんだかって?よく覚えてないや。

本当に普通の高校生なんだ。成績は中くらい、体力はそこそこ、趣味は読書と映画鑑賞で、休日はもっぱら友人とカラオケかゲーセン。家庭だってただの中流家庭だ。そこそこの値段の借家に住む一人っ子。まあ、聞いてるだけで眠くなるようなプロフィールだ。


 趣味……読書と映画鑑賞が趣味というのは、それ以外であんまり楽しまないからだ。本当に読書や映画鑑賞が好きな人間は俺みたいな奴はムカつくだろう。主に読むのはファンタジーかライトノベルだが、大した量は読んじゃいない。映画だって流行りの映画だけだ。


 そんな超のつく平凡な俺は、ある日急死した。なんで死んだのか、それはよく覚えていない。思い出そうとすると頭がぼんやりしてしまう。だけど、確かなこともある。


 1つ目。俺は死んだ。

 2つ目。俺は『神』みたいな変な奴にあった。

 3つ目。俺はアドルフ・ルイ・シャヴァネエって名前にされた。

 最後に。俺は赤ん坊になっていた。


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「おんぎゃあ。おんぎゃあ。」


 とにかくまあ、泣きたくて泣きたくてしかたがなかった。でも、泣くというコミュニケーション方法にいくらか違いがあること、どうして泣いてるかなどはなんとなくだけど自覚的になれた。腹が減ったとか、ママがいないとか。そして、母親もだいたい分かってくれるんだ。


「あらあら、どうしたのアドルフちゃん。お腹空いた?おっぱい飲む?」

「おぎゃあおぎゃ(イエスマミー!)」


 そうそうこんな感じで。


「アドルフちゃんは大食いね。将来絶対大きくなるわよ~」


 色の白い、こぶりな胸をはだけた赤髪の女性は、マリッサ・シャヴァネエ。さっき言った通り、俺のママンだ。訂正、母ちゃんだ。いやどっちでもいいんだけどさ。俺はとにかく腹が減って仕方がなかったので、ママンの胸にかぶり付いた。あんまり勢いよく含んだもので、ママンは少し痛そうにした。でも、すぐに幸せそうな顔になった。


「はっはっは。そんなに勢いよくしたらママが痛いだろう? 腕白坊主め」

 

 同じく幸せいっぱいな表情で俺らを見つめているのは、パパン。レエモン・シャヴァネエ。浅黒い肌の、健康的な印象を与える風貌の若い男だ。うん、赤ん坊の俺から見てもかっこいい。笑うと本当に人懐こくて、それでいて爽やかで、なんかもう、モテるだろうなあって人。マリッサもすごく美人で、そんな二人から生れた俺も……まあそれはこれから明らかになっていくだろう。


 さて、大体の人にとってはもう一度人生をやり直せるだけでも色々とありがたいのだが、俺の場合はちょっと特殊だ。特殊も特殊、奇妙も奇妙だ。そしてそれは、俺にとって凄く大きな希望だった。


そう、この世界、なんと、


「きゃっ! あなた、虫、虫よ!?」

「虫だって? おいおいマリッサ、そんなにビクビクするなよ。ちっちゃい毛虫じゃないか」

「い、いいから早く追い払って!」

「全くしょうがないなあ」


 パパン……いや、父さんはそういうなり、懐から杖を取り出した。そう、杖だ。

 そして何かを小声で呟くと、軽く杖の先で空に円を描くように動かす。途端、地面をうにうに這っていた毛虫が空中に浮かんだ。父さんはひょい、と杖を振ると、毛虫は窓の方に向かって飛んでいった。


………


 そう、なんとこの世界には、魔法があった。ファンタジー好きの俺には、とっても嬉しい世界だったんだ。

 魔法。その言葉が秘める魅力は凄まじい。俺はまだ生れて数ヶ月だが、もうやりたいことは決まっている。魔法使いになるんだ。………



「おや? アドルフは一体どこへ?」

「アドルフちゃんなら、今ご本を読んでるわよ。ねえねえ、あの子ってまだ三歳よね?」

「ん?……ああ、君の言いたいことは分かるさ。確かに僕は読み書きは教えていたが、まさかあそこまでとはな……」


 マリッサ、レエモンはどちらも世俗の者ではない。特にレエモンは貴族の一家。シャヴァネエ家と言えば同じ地方の者なら誰もが知っている名前である。次男以下は分家として扱われるシャヴァネエ家のために、今は貴族的生活から離れ一般の民として暮らしてはいるが、仕事は国家直属の行政機関の役人であり、まだ二十五にして彼らが住む王国――ヴァガバット王国のろくむ身だった。


 マリッサは旧姓をヴラマンクと言った。ヴラマンク家は代々薬種商の家系であり、マリッサにも薬草に関する天賦の才が備わっていた。婚前は薬草の研究所に勤める学者であり、つまるところ、ふたりともエリートなのである。


 そのため、識字率の高いヴァガバット王国の住民の中でも、上位数パーセントの教養人なのだが、そんな二人から見ても息子の早熟さは異常だった。僅か三歳にして、レエモンの書斎の本を読む、あまりにも早熟な言語能力と、ことに魔法に関しての高い知的好奇心……。二人は、もしやすると自分たちの息子は天才なのではないか、という疑念を持ちつつあった。


 元々は普通の学校へ送ってやり、ゆくゆくはレエモンと同じ役所に入れる腹積もりだったが、特異な才能が備わっているとなると話は別である。その才気を伸ばしてやるためには、ふさわしいところへ入学させねばなるまい……。


 そんな二人の思案など露知らず、アドルフは読書に夢中になっていた。


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「すげー!うわー!すげー!」


 ページをめくるごとに俺はそう言った。仕方がない。本当に凄いんだ。とにかく、前の世界では考えられないような常識が、この本にはたくさん詰まってやがる。

 《魔導入門》《よく分かる魔術書》《魔術体系全史》……どれも飛び切り文章が固くて、文字がぎっちりで、本当に読みづらい本ばっかりだが、それでもとにかく面白い。


 魔法というのはこの世界では、当たり前のように扱われている技術らしい。父さんは杖を使って魔法を発動していたが、杖だけではなく、本、札、タロット、宝玉……色々なものを使って発動する形式があるらしいが、全てに共通しているのは、触媒エーテルを用いていることだ。高価なものらしくてあまり量産はできないから、一人ひとりが持っている発動媒体は一生モノ、そして一品物だ。買い直すにしても手に馴染まないという可能性があるらしい。


 発動の形態も様々。よくある詠唱スタイルもあるし、父さんがよくやる杖で宙に何かを描く仕草で使えるのもあれば、魔法陣なんかでできるものもある。とにかく、様々な方法で魔力を触媒エーテルに送り、そこから魔法を使うことができる。と、ここまでは一般的な魔法論。よくあるやつだな。


 けど、一つだけ気になった文章があった。それは「生きた魔法」と「死んだ魔法」という部分。少し自分では飲み込めない概念だった。


「我々魔術師は杖、書、石を媒体として魔力を現象に変換する術があり、これらの技術体系を魔術、或いは魔導と総称することは前項の通りであるが、魔力を他の物体へ流す技術があっても、すでに普遍的な現象変換の力を失っている。故に、我々は書や杖の媒介エーテルと、動きや詠唱などとの外部刺激を用いて魔法を再現する。これらは死んだ魔法モルスと俗称される。

一方で、発動者の脳内や体内に根付いた技術に基づき、魔力を通すことによって媒体なしに発動されるものは、生きた魔法マギアと俗称される。……」


 つまり、あれか? ハ◯◯◯◯◯ーで言う所無言呪文的な感じ? 頭で考えて発動できる魔法?

 そこまで考えて、少しこんがらがったので本を閉じた。生きた魔法マギアは魅力的ではあるが、自分にそこまで出来るかどうかなどはまだわからない。大体、魔法を発動できる年齢ではないらしい。まだ俺は三歳だ。焦らず行こう。さて、この本に乗っている方法に拠れば、魔力量は媒体なしでも確かめられるんだっけ?


「ええと……なんか長いな。あー……詠唱アリア……我が肉体に宿りし神の宝物よ、その性質は如何なり、その色は如何なり、その大きさは如何なり――全てを示し神の導きを表し賜え!」


 なんかすげえ固いしとんでもなく恥ずかしい文章なのはよく分かるが、とにかく魔法のために俺はいい切った。いい切ったぞ、俺。


 本を持っていた掌が熱くなった。最初はホッカイロくらいなもんだったが、どんどんどんどん熱くなって、火に直で触っているかのような痛みに変わった。驚いて本を投げた途端、俺の掌から、宝石みたいに綺羅びやかな金色の炎が勢いよく噴出した。やがてそれはすぐに剣の形を備えた。


「ぎゃっ!?」


 三歳の俺にはなんにもすることができず、ただ素っ頓狂な声を上げて手をめちゃくちゃに振り回す。どうやらこの炎は、炎の形をした魔力にすぎず、他のものを燃やしはしなかった。が、俺の体の中にある『なにか』が猛烈な勢いで外に噴出しているようだった。例えるなら、急激にお腹が空くような感じ。肺に穴があいて空気が漏れていくような感じ。苦しくてたまらず、俺はつい泣き出してしまった。

 やべえ、だんだん意識がぼんやりしてきた。しまった、まさか死ぬのか? よくわからないけど、もう立ってられない。

 倒れ込んだ俺の視界に映ったのは、凄い勢いで掛けてくる母親の姿だった。

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魔王殺しの勇者サマ @takahira_naizo

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