第七泊「キャンプスタイルにこだわる。が、こだわらず」
森のまきばオートキャンプ場
第一話「キャンプ場にたどりついた。が、キャンプができない」
「つ、着いた……」
すでに12月に入り、風はかなり冷たい。キーンと冷えて、時折吹く風は肌の表面に爪痕を残すかのようだ。
だというのに、【秋葉 杯斗】の体はかるく汗ばんでいた。これはすべて、キャンプ場間際にあった坂道のせいだ。
確かにここまでの道のりは長かった。電車に揺られ、バスに揺られ、約2時間。そこから徒歩で20分以上。
もちろん単に徒歩で20分ぐらいなら、普段から鍛えていた秋葉にとって大したことではない。しかしそこそこ重いリュックを背負い、かなり重い荷物を載せたキャリーカートを引っぱって、最後の最後にわりと急な坂道はきつい。あとから来た車が、悠々と坂を登っていくのを見て、どれだけ「乗せて欲しい」と思ったことか。
だが、とうとう登りきり、彼はたどりついたのだ。
目的の地に。
(ここが、僕の初ソロキャンプの地になるのか!)
目の前に見える看板には、大きく「森のまきばオートキャンプ場」と書かれている。
その奥には管理棟と売店が一緒になった建物があった。
(予約、とれてよかったよなぁ。急だったから、もうとれないかと思ったけど……)
ソロキャンプの日程は、急に数日前に決めた。
理由は、絶対にソロでは行かない(行けない)と思っていた【梅島 遙】が、いきなりソロキャンプを経験してしまったと聞いたためである。結果、「キャンプ同好会(仮)」のメンバーで、ソロキャンプを体験していないのは自分1人になってしまったのだ。
ただでさえ泊に「秋葉くんは、マネージャーね」とか冷たい扱いを受けそうだというのに、ソロキャンプ未経験ともなれば立場的にはかなり弱くなってしまう。
これはまずいと考え、とにかくソロキャンプを経験しなければと思い立って行動に移したのだ。
ただ、やはり急な予定でのキャンプ場予約は大変だった。
まず秋葉は泊と違って、バイクの免許を持っていない。泊とツーリングもしたいから自動二輪車免許を取ろうと思っているが、それにはもう少し貯金が必要だ。それにそもそも秋葉はまだ15である。自動二輪車免許の試験が受けられるのは、来月以降だ。
となると、公共交通機関で行ける場所を探さなければならない。これだけでかなり条件が絞られる。
その上、スケジュールギリギリのため、予約で埋まっているところがほとんどである。だからと言って、予約なしで行けるキャンプ場は、早朝から場所とりする必要があるところが多い。電車やバスをを使っていかなければならない秋葉には、時間的に早朝着は難しい。
いろいろと調べたところ、「インターネット予約できるところより、電話予約しかないところの方がとりやすい」という情報を見つけたので、それを頼りに見つけたのが、千葉県にある、ここ【森のまきばオートキャンプ場】だったのだ。
チェックインは10時からだが、到着したのは13時近く。
すでに受付は空いていたので、すんなりフロントで受付をすませる。
フロント周りはあまりキャンプ場という感じではない。管理人の家なのか、一般の建物まで建っている。
しかし、木々の壁に沿いながら道を進んでいくと、すぐにテントの姿が見えてきた。
最初に見えてきたのは、木々の下に立ち並ぶ大きめのテント群だ。横付けされた車に、ファミリーキャンプ向けのテントが立ち並ぶ。
この辺りは電源有りの区画サイトだが、秋葉が借りたのはフリーサイトの方である。
右手に区画サイトを眺めながら、もう少し先に進む。
左手に炊事場、それにコインシャワーのボックスが並ぶ。さらにその先にはトイレが設置されていた。
(炊事場……湯沸かし器があるのか。寒いから、これは助かるぞ)
さらに歩みを進めると少し下り坂になっていく。
そして視界がだんだんと開けてきた。
「おおーっ!」
木々が途切れて見えたのは、広がる草野原だった。
めちゃくちゃ広い……というほどでもないが、端から端まで歩くのはかなり距離がありそうだ。
秋葉がいる辺りから敷地の中央に向かって少し下っており、そこから先は逆に勾配が上向きになっている。一番向こう側は、かなり高い位置になっているようだった。
その敷地の中に、すでにわりとたくさんのテントが立っている。
(いい場所、まだ空いてるかなぁ……)
さらに進みキャンプ場の一番低い位置までくると、フィールドの中央を横切る車道が真っ直ぐに走っている。その両サイドに並ぶテントの数を見ると、やはり出遅れた感が否めない。
(ソロテントだからスペースはそんなにいらないしな)
秋葉は受付で受けとった、キャンプ場のマップを見る。
炊事場とトイレは、3箇所ほど。シャワーは、2箇所。シャワーを使う予定はないが、炊事場とトイレは近い方がよい。
(となると、端の方だけど、やはりよさげな場所は取られているな……)
広がる草原の中で髪の毛をかき上げながら、冷たい風を受けて今日の野宿場所はないかと探す秋葉。
そんな自分に、彼は寒さからではなく少し身震いしてしまう。
(ヤベェ! なんか僕、超キャンパーっぽくないか!?)
秋葉の中にあるキャンバー像は、やはりワイルドで男臭い、それでいてちょっとオシャレなキャンパーだ。かっこいいキャンプギアを並べて、夕日を見ながら文学を嗜む。夜は焚き火で豪快に料理をして、朝日を浴びながら自分で豆から挽いたコーヒーを嗜む。それが、秋葉の中にある理想的なソロキャンパー。
最初、そこそこの興味しかなかったキャンプだが、泊の気を惹くためにいろいろと調べていた。ところが、気がついたらすっかりかっこいいキャンパーに憧れるようになってしまっていたのだ。
(それに僕のカッコイイ、ソロキャンスタイルを見れば泊も……ふふふ……)
などという下心もあるが、それを抜きにしてもかっこいいキャンパーになりたいという気持ちは、秋葉にキャンプを趣味にさせるぐらい強くなっていた。
(この辺りかな……)
芝生の上や砂利道では、いくらタイヤが大きめでもキャリーバッグを転がすのはつらい。結果、ちょくちょく持ちあげて歩かなければならなくなる。あまり歩かずに場所を決めたい。とは言え、他のテントとは離れて立てたい。
(そう。孤高さが大切だよね!)
トイレからは少し離れるが、このぐらいならばなんとかなるだろうと荷物を降ろす。
(さあ、ここからが僕のソロキャンプライフの始まりだ!)
まずはテントだ。何はともあれ、テントを立てなければならない。だからキャリーカートに縛っていた、買ったばかりのテントを取りだして地面に置いた。
地面の勾配で少し転がってから、動きをとめるコンパクトなテントバッグは、明るい茶色というか黄土色。メーカー的には「サンセットイエロー」というカラーらしい。もちろん派手な気色などではなく、渋い男ならばこれというアースカラーと呼ばれる系統だ。
そして形は、もちろんパップテント。いわゆる軍幕と呼ばれる簡易テントだ。ワイルドな男ならばこれだろう。しかし、単なる軍幕ではつまらない。ここは他人と一線を画したい。
(ふふふ。だから、わざわざ通販でしか売っていない、しかも日本のメーカーじゃない物を選んだんだ。これで周りと差がつけられる!)
購入したのは、【POMOLY】というメーカーの【STOVEHUT70】というテントだ。2本のポールで立ち上げる横長のパップテントスタイルなのはまちがいないのだが、左右対称の形をしていない。向かって右側は軽量化のためかサイドが斬り落とされたような形をしている。逆に左側には大きめの張りだしがあり、そこに薪ストーブが設置できるように煙突の穴がつけられていた。
(薪ストーブとか……めっちゃ通っぽい! ……と思ったけど、今回は金がなくて買えなかったけどね)
今回、かっこいいキャンプギアでかっこいいキャンプを目指したかったのだが、さすがにすべてをそろえられるほどの資金はなかった。それにこれからもキャンプに出かけるのに金がかかる。おかげでいろいろと妥協している。
(理想のキャンパーへの道は長いな……。しかし!)
とりあえず、いろいろとキャンプグッズは買うことができた。
その中のグッズのひとつ、グランドシートをまずは広げる。グランドシートは、専用がないので安いのを見つけて購入した。最初は妥協してレジャーシートとかでよいかと思ったが、小型のグランドシートはわりと安いものが存在していたのだ。
グランドシートをペグ打ちして固定したら、秋葉はワクワクとしながら、その上にテントバッグの中身を広げる。初めてのテント張りだ。ワクワクしないわけがない。
(えーっと説明書は……あ、あれ?)
バッグの中身を全て出してみるが、そこに説明書は見当たらない。一切、紙切れらしきものも見当たらない。
(立て方がわからないじゃないか。……あ! もしかして、ウェブに説明書があるタイプか?)
慌ててスマートフォンでメーカーページを見てみる。と、そこに4コマ程度の簡単な立て方が書いてある図を見つけることができた。
秋葉は、安堵のため息を漏らす。基本的には立てるのが簡単なパップテント形だが、やはり説明書がないと不安になる。
(えーっと、コーナーとかをペグで止めて、ポールで立ち上げるだけか。よしよし、余裕じゃん!)
説明書通りにテントの底部をペグダウンしていく。形を整えながらやればいいので、そこまで難しくはない。
無事にペグダウンを終えると、次はポールで立ち上げる。これできっとテントらしくなるだろう。
(……あれ? ちょっ、ま……マジか!?)
だが、そこである重要なことに気がつく。
いや、そもそもなぜもっと早く気がつかなかったのか不思議なぐらいである。
(ポールが……)
テントバッグに入ってなかったのである。
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