成田ゆめ牧場

第一七話「宝探しに失敗した。だけど、宝は見つけた」

 晶の中で、これほど同じ単語が頭の中でグルグルと駆け回ったことはなかった。


(デート……デート……DATE……でぇとぉ? どういうことだ!?)


 デートと言っても、広義の意味はいろいろある。

 男女の恋愛感情による逢い引きから、父と娘の交流や、友達同士の買い物でも、「デート」という言葉を気楽に使うことがある。


(で、でも……ここキャンプ場だし!)


 晶は回らない頭を回そうとする。

 かず兄は、アルコールを飲んでしまっている。従って車の運転はできないから、目的地は歩いて行ける範囲になる。

 しかし、すでにもう辺りは暗い。ライトがないと歩きにくいほどだ。

 周囲に一般的なデートで行くような喫茶店や映画館などもありはしない。

 あるのは、暗闇の中に茂る木々ぐらい。


(え……まさか……外……木の陰で……ええぇっ!? す、すっかりく、暗いけどまだ一八時ぐらいだしぃ!?)


 かず兄についてくるように言われて、暗闇の中を歩き始めて晶は混乱した。

 このまま寒空の下、一気にいろいろと済まされてしまうのではないかと本気で思ったほどだ。


 しかし、さすがに途中で気がついた。

 かず兄が向かっていた場所は、晶も来たことがある場所だったのだ。


「ゆめ牧場……。夜、やってんだなぁ」


 冷たい風の中、晶は冷や汗を流して顔を強ばらせる。

 そこは先日、一人で訪れたゆめ牧場の入り口だった。

 入り口にはさほど派手ではないもののイルミネーションが飾られ、改札門のところにはライティングで地面に模様が映しだされている。

 ひとけはあまりなかったが、それでも何組かの客が訪れてきているようだった。


「せっかくキャンプ中は使えるチケットを購入したんだから、もう少し使わないとな」


「デートって、ここ散歩すんの?」


「ん? つまらないか?」


「あ、ううん! そんなことない! きれいで楽しそう!」


「そうか。ちょっと寒いけどな」


「だ、大丈夫。わりとカッカしてるし!」


「ん? カッカ?」


「あ、なんでも……」


(一人で妄想して赤面するなんて……泊ではあるまいし!)


 自分もそのタイプだと気がついていない晶は、内心で泊を揶揄してしまう。


「さあ、入るか。俺も夜に来るのは初めてだ」


 チケット売り場で手続きすると、無人の改札口を通りぬける。

 やはり昼間と夜では牧場内のイメージがかなり違う。もちろん多くの店が閉まっていて、先の方は照明が点々としていた。

 唯一、右手にあった土産屋はオープンしている。こちらは煌々と明かりが灯っていた。閉園まで営業しているらしい。

 そして左手には、外にテーブルが置いてあり係員が一人立っていた。


「お。宝探しの受付か。あまり時間がないけど、ついでだしやってみるか」


 テーブルの近くに行くと、ポスターが貼ってある。

 どうやらブラックライトを使って場内のどこかに描かれている、ゆめ牧場のキャラクター「牛の妖精ゆめこちゃん」を探す遊びらしい。


(あの牛のキャラを探すのか。子供の遊びじゃん……)


 冷めた目で見ているうちに、かず兄はとっとと受付で二人分を申し込んでしまう。

 そして、問答無用で晶にブラックライトを渡してきた。


 小さな手のひらに収まりそうなライトは、先端のスイッチを押しこむと青白い光のスポットを生みだす。

 壁に光を当てると、周囲の白い部分がやたら浮きあがるように光を返した。


「この辺にはないって言ってたぞ。ここから先のミルキーハウスより向こうにあるらしい」


「ミルキーハウスって言われても……」


 晶は奥の方を見つめた。

 闇の布に光が染みるように広がり、斑点を作っているようだ。

 特に季節的なこともあるのだろう。大きな遊園地でやるような賑やかさや鮮やかさはない。これから進む道の先は、ハッキリ見えずに少し不安さえ感じる。


(キャンプ場からここまでの道のが暗かったのに……なんでだ?)


 これから、かず兄と夜の散歩という楽しいイベントがある。本当ならば手放しで大喜びしているところだ。

 しかし、今の晶は最初の一歩を踏み出すことを臆してしまっている。


「ほら……」


 そんな晶に、ダウンジャケットに包まれたかず兄の腕が差しだされた。その手先は、かるく開かれている。


「怖いなら、手をつないでやるぞ」


「こっ、怖くなんかねーし!」


 晶はつい、プイッと顔を背けてから歩みだした。

 その様子をかず兄にクスリと笑われる。


(ちぇっ! 子供扱いしやが……ああっ!)


 そして数歩進んでから、やっと気がつく。


(しまったぁぁぁ! ここはかわいらしく怖がって、手をつないでもらうシーンじゃねーか!)


 頭を抱えて後悔するも時すでに遅し。

 いろいろとテンパってしまい、夜のデートの初っぱなから大失敗をしてしまった。これでこの後、手をつなぐチャンスはほぼなくなってしまったのだ。


「と、とにかく、あまり時間ないんだろう。早く行こうぜ、かず兄」


 晶は頭を切り替える。

 手はつながなくても、スキンシップのチャンスはあるはずだ。

 そもそも、イルミネーションが見える暗闇に二人きりで何もないはずがない。

 とりあえず、ブラックライトで周りをいろいろと照らしながら進んでみる。


「お。なんか派手なのがあるぞ、晶ちゃん」


 しばらくすると、正面に七色の派手な光の波が見える。

 ギラギラとしたアクティブさのある電球で照らされ、まるでそこだけ浮きあがったように見えるのは、「芝すべり」用の坂だ。

 坂に芝生代わりの滑る敷物が敷かれていて、レインボーカラーの光をシャワーのように受けながらソリで滑ることができる。

 別世界のようになった坂を親子連れの子供達が数人、楽しそうに騒ぎながら滑っていた。


「晶ちゃんもやるか?」


「だから、子供じゃないって! それより、宝探しやるんだろ! 早く探そうぜ!」


 内心で「少し面白そうだ」と思っただけに、晶は慌てて言い返す。

 そしてそれをごまかすように、周囲の建物や木の塀などに青く光るブラックライトを当てまくって、「ゆめこちゃん」を探すことにした。

 かず兄も、「はいはい」と言いながら探し始める。


 まっくらな道を二人のヘッドライトが照らす。さらにそこに、ブラックライトの輪がときたま重なる。

 ほどなく道は緩やかな下りとなる。

 二人は、青い光を右に左にと動かす。

 始める前は、晶もしょせん子供の遊びだろうと舐めていた。ところが、これがなかなか見つからない。

 とりとめのない雑談をしながら探していた二人だったが、だんだんと探すことに夢中になり始める。


「こっちはないな。そっちは?」


「ないよ。もしかして見逃したかな?」


 しゃがみ込んで覗くように照らしたり、看板の裏に回って照らしたり、二人で探すものの一つも見つけることができない。

 ついつい晶もむきになるが、ふと見ればかず兄もかなりむきになって探している。


(かず兄、たまに子供っぽくなるな……)


 晶は思わず笑ってしまう。

 どうやら、かず兄も今を楽しんでくれている。そう、同じ物を楽しんでいる。それが晶にはすごく嬉しかった。


(けど、かず兄も一人だったらここに来ないんだろうな……)


 かず兄は、成田ゆめ牧場ファミリーオートキャンプ場に何度も来たことがあると言っていた。しかし、夜にゆめ牧場に来たのは初めてだという。

 たぶん、いつものソロキャンをしていたなら、テントの前で一人、焚き火を見ながら過ごしていたのだろう。


(ここに来たのも、きっとオレを昼間、一人にしていたからお詫びみたいなつもりなんじゃねえのか?)


 晶は改めて不思議になった。

 こうやって二人で来れば、大勢で来れば、一緒に遊んだりお喋りしたりして楽しい時間が過ごせるではないか。

 それなのに彼は、むしろ一人を選ぶ。


「なあ、かず兄……」


 思わず晶は、足をとめて口を動かす。


「なんでかず兄はさ、ソロキャンプのが好きなんだ?」


 かず兄も足をとめて振りむくが、その顔は見えない。

 「ゆめこちゃん」マークを探すためか、ヘッドライトは一時的に消していた。


「どうしたんだ、急に?」


「ん~……いやさ、なんて言うか……昼間に一人でいる時間の意味はなんとなく感じられたんだけどさ。やっぱりこうやって一緒に遊んだり話したりした方が楽しくないか?」


「そうだなぁ。まあ、楽しいのは楽しいよな」


「なら、ソロキャンプにこだわる必要はないんじゃないのか?」


「かもしれん。……けどな、俺にとってのソロキャンプの意義が、最初の頃から少しずつ変わってんだよ」


「どういうことだ?」


「俺にとってのソロキャンプは最初、そのものだったんだ。孤独からの逃避だ」


 その顔は、暗くてきちんと見えなかった。

 顔の輪郭の一部が、少し離れた緑のイルミネーションに照らされているぐらいだ。

 しかしなぜか、晶には彼の顔に悲痛に近い色がうかがえた。


「晶ちゃんには話したことなかったが、両親が死んで広い家に一人でいるのがイヤだったんだ。家族がいるはずの場所に一人でいるというのは、独り……孤独というのをすごく感じた。だから、俺はソロキャンプを始めた」


「……どういうこと?」


「ソロキャンプは、最初から一人が当たり前だろう? それが普通だと思えるんじゃないかと思って始めたんだ。それにキャンプ場に行けば、ほかにもソロキャンプをしている人たちがいるだろう? その状態だと、やはり孤独を感じなかったんだよ。孤独になったのではなく、自分の意志で一人になったからかもな」


「もしかして、オレや姉貴がキャンプに連れて行けって言っていたのを断っていたのは……」


「まあ、そういうことだ。ファミリーキャンプみたいになったら意味がなかった。ソロキャンプじゃないとダメだったんだよ、あの頃は……。でも、そのうちソロキャンプをする理由が変わっていったんだ」


「……逃避じゃなくなったってこと?」


「うーん……いや、まあ、逃避は逃避だったな。仕事を始めて忙しい中、仕事や人間関係から……いろいろなしがらみから逃げたかった」


「かず兄、会社始めてからしばらくはキャンプも行かないでがんばっていたけど、しばらくしたらまた始めたのは……そのせい?」


 暗闇の中でかるい笑い声が響く。


「そういうことだ」


 そして、かず兄がまた歩きだすので晶もそれについていく。


「でもな。そこからまた今は、ソロキャンプの意味が変わっている」


「ふ~ん。どんな風に?」


「俺の日常は、仕事の関係で多くの人に囲まれている。IT機器に囲まれて、便利な社会に生きている。しかし、しがらみに縛られて自由がない。それが当たり前だ。そして当たり前に慣れてきてしまう」


 晶は意図が読めないが、コクリと頷く。


「だから、俺は非日常を欲した。多くの人に囲まれず一人でいること。IT機器に囲まれず、自然に身を置くこと。しがらみに縛られず自由にいること」


「それがソロキャンプ? でも、それで……その非日常でなにが得られるの? みんなで楽しむ事以上のことが得られるのか?」


「得られる。晶ちゃん、昼間に一人でどうやって過ごしていた?」


「……なんとなく、ぼーっと考え事をしていた気がする」


「うん。俺もそうすることが多い。一人で考える。自分のこと、そして周りのこと。そのうち一人でいたいと思っていたのに、考えていることを誰かに話したいと思ったり、会いたいと思うことがある」


「それは……わかる……」


 晶も焚き火を見て考える内に、泊に話したいことができていた。


「不便な自由に憧れたのに、便利な不自由を欲したりする。スリルを求めたのに、安全が恋しくなったりする。非日常に一人でいることで、日常より他人を感じる。つまり、当たり前の価値の再認識だ」


「価値の再認識……」


「そう。それにより見つけられるものがある」


「見つけられるものって……――ああっ! かず兄、あれ!」


 たまたま、ブラックライトが建物の壁を撫でた時だった。

 そこに白く輝く、「ゆめこちゃん」の絵が描いてあったのだ。


「見つけた! 見つけたぜ、かず兄! あったぜ!」


 晶は思わず、拳を握りしめて突きあげる。


「おお。本当だ。やっと一つだな。なかなか難しいもんだ」


「だね! 最初は子供だましだと思っていたんだけど、やってみると楽しいな、これ」


「ああ。楽しめる」


「ありがとうな、かず兄。宝探し、やらせてくれて」


「……それだ。つまりは、そういうことなんだよ」


「へ?」


 かず兄の脈絡のなさそうな返答に、晶は首を捻る。


「よくある子供だましでも、楽しいことはある。それは当たり前だと思っていた価値の再認識。その結果、生まれるのは『ありがとう』という言葉。つまり?」


「感謝……か?」


「そういうことだ。普段、周りにいる人が、どれだけ自分の力になっているのか再認識することで感謝が生まれる。会って話ができることが、どんなにすばらしいことなのか実感する。街の中に住んで、便利に買い物できて、安全に暮らせて、そんな当たり前のことがどんなにすばらしいことなのかと思い知る。ソロキャンプは非日常を作る一手段にすぎないのかもしれない。しかしその非日常のおかげで、日常という世界が感謝でリフレッシュされるんだ」


「非日常が日常に感謝を生む……世界のリフレッシュかぁ。考えたことなかった」


「それは同時に、他人に依存せず、自分が生きるために力を尽くすことが、どれだけ難しくて必要なことなのかわかるということだ。一人で生きられなければ、価値の再認識ができないのだからな」


(自分が生きるために力を尽くす……)


 その言葉が、妙に晶に響く。


 たぶん、「誰かのために力を尽くす」ということは、悪いことではないのだろう。少なくとも晶はそう信じている。

 しかし、それは「自分のために力を尽くす」ことができる者こそが、真に果たせることなのではないだろうか。一人で生きられないものが他人を助けるなどがましいことではないのだろうか。

 そもそも助ける相手が周りにいなくなったとき、自分がどう生きていけばいいのかわからなくなったら、それは他者に依存していることに他ならない。


 そして、ひとり立ちできない者が、ソロキャンプを続けるかず兄の横に並んで立てるわけがないのだ。


「……なあ、かず兄。帰ったらさ、いろいろとキャンプのことを教えてくれないか?」


「それはかまわないが、いきなりどうした?」


「ちょっとさ、オレもソロキャンプとかやってみようかなって思ってさ」


 晶の進む道のかなり先に、光に満ちた場所があった。多くの色鮮やかなイルミネーションが輝き、暗闇も寒さも忘れさせてくれるようなたどりつきたくなる場所だった。

 晶の足は、自然とそちらに向かって歩み始めた。


 結局、宝探しの「ゆめこちゃん」すべてを見つけることはできなかった。

 それでも晶は、そこで宝を手にいれた気がしていたのである。

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