第三話「いじめるつもりだった。しかし、逆にいじられた」

「ダンジョン……。ほむ、これはダンジョン!」


「ダンジョンではなく、袋田の滝トンネルだけどな……」


「あの辺りから、スライムとか襲ってきそう」


「俺、装備が何もないんだが?」


「キャンプなのだから、ナイフは持ってきているのでは?」


「キャンプ場の外で、意味なく持って歩いていたら捕まるだろうが」


 横幅四メートル、高さ三メートルほどのコンクリートむき出しのトンネル。

 アーチ型をしている高さ三メートルほどの高さの天井には、むき出しの配管が十数本走っている。

 それらを照らしだすのは、天井からぶら下がる裸電球と、壁に取りつけられたレトロな雰囲気のランプ。

 足下に非常灯があるが、上を見れば電球色に照らされる場景は雰囲気がある。

 いい大人の営野でさえ、潜む童心を少しくすぐられる。

 側を歩いていた家族連れの低学年の子供たちが、はしゃぎまくるのも仕方ないだろう。


「ほむ。子供は無邪気ですねぇ」


 そういう泊こそ、無邪気なニコニコ顔で動画を撮りまくっているではないか……と言いたいところだが、そこは口にしなかった。

 大人として、楽しんでいる子供に水を差すことはしない。


「ソロさん、なぜニヤニヤしているのですか?」


「別に……」


「ほむ。少し気持ち悪いですよ」


「そこまでニヤニヤしてないだろうが……」


「しかし、わりと長いですね、このトンネル……」


「二七〇メートルぐらいあるらしい」


 そんな会話をしながらさらに進むと、やっと第一観瀑台にたどりつく。

 それは大きなベランダのようだった。

 四角い柱が何本か立ち、大きなコンクリートの屋根を支えている。

 そして正面は柵があり、その向こうに目的の物が見えていた。


「ほぉっむうぅぅぅぅ~!」


「聞いたことない声をだしたな……」


 そんな営野のツッコミも泊には聞こえていないらしい。

 目の前に見える滝の魅力に目を奪われてしまい、とっとと柵の近くまで走りよる。

 営野もゆっくりと泊のあとに続く。


(なるほど。いい景観の滝だ)


 腰の上ほどの柵の向こうに広がるのは、山の岩肌に挟まれた、垂れさがる白銀の糸、その束だった。


 営野たちがいる第一観瀑台は、滝の底から少し上。

 滝は階段のように段々になっており、その最下段の正面あたりだった。

 この位置から上の方の段はあまり見ることができないが、目の前には幅七〇メートルぐらいにの黒くぬめっとした岩肌が広がっている。

 そして、それを隠す絹のベールのように、空気を孕んで白くなった水が休むことなく流れる。


 その流れと共に耳に流れてくるのは、水が激しく叩く音だ。

 ともすれば騒音にもなりかねないほどの音量。

 それなのに、不思議と耳障りに感じない。

 ざあぁと、途切れることなく続く音は、まるで自分を包みこんで他人と切りはなす、これまたベールのようだ。


 その滝を挟む岩肌は、少し寒々していた。

 さすがに一一月にもなると木々の葉も少なくなり、わずかに萌葱色の木々と鶯色の草、そして散りそこねている紅葉が残っているぐらいである。


 そして寒々としているのは見た目だけではない。

 実際、非常に寒い。

 まるで一気に真冬にでもなったかのように、トンネルをくぐる前とは明らかに温度が違っていた。

 営野も突き刺す冷気に、開けていた上着の前を閉じる。


「ソロさん! 迫力、すごいですね!」


 音のベールを破って、泊が声をかけてくる。

 営野は少し近づいて、大きくうなずいて返す。


「ここは【四度の滝】と呼ばれているらしい。滝が大きく四段あるからという説もあるが、西行法師が『四季ごとに風趣を楽しまないともったいない』みたいなことを言って、季節ごとに訪れたからという説の方が有力らしい」


「ほむ。そう言えば、さっきそんなことが書いてありましたね。他の季節も確かに見てみたいです」


「夏は緑が鮮やかで、秋は紅葉が鮮やかだ。ある意味、このタイミングが一番中途半端だったかもしれないな」


「ほむ。なにゆえ?」


「一月ぐらいに来れば、もしかしたら氷瀑が見られたかもしれない」


「ひょーばく? 白くするやつ?」


「それは漂白。まあ、ある意味で白くなるのは正しいけど。……氷瀑は滝の水が凍るんだそうだ」


「ほむ? 凍る? 滝が?」


「ああ。写真を見たがすごい迫力だぞ。現実に見てみたかったな」


「そ、それは……わたしも見たいこと、この上マックスですよ。……よし。一月、一緒にまた見に来ましょうよ、ソロさん!」


「なんで一緒になんだよ。一人で見に来いよ」


「そんな……氷瀑だけに冷たいこと言わないで」


「誰が上手いことを言えと……。それに必ず毎年、凍るわけではないらしいし」


「ほむ。そうなんですか。でも、凍りそうなら一緒来ましょう」


「……そんなに、また一緒に来たいのか?」


「ほむ。どうせなら、次も一緒のが嬉しいですけど?」


 どうやら、彼女はまだここがなんと呼ばれているか知らないらしい。

 やはり、あとでからかってやろうと思う営野だが、一方で純粋に誘われて嬉しさを感じてしまっている。

 もちろん、というわけではないだろう。


(これはあれだな……子供に好かれたことないから……)


 そう考えて、ふと少しだけ傷ついてしまう。

 無愛想だと言われることはあるが、子供に好かれた記憶はない。


(ああ。でも、晶ちゃんや直己くんには好かれて……というより、単に昔からの知り合いだからだろうけど)


 最近、会っていない二人の顔を思いだし、帰りにお土産でも買って帰ろうと心にメモする。

 せめて好いてくれる子供ぐらいは、大切にしようと思う。


「ソロさん」


 泊が、横で滝の写真を撮りまくりながら声をかけてくる。


「わたし、ここでしばらく執筆しますから先に行っていていいですよ」


 そう言いながら指さしたのは、第一観瀑台の真ん中に並ぶベンチだった。

 どうやら彼女は、そのベンチに座って執筆をするつもりらしい。

 背負っているリュックにパソコンを入れてきているのは知っていたが、営野はまさかこんなところでととまどってしまう。


「おい。ここは寒いぞ。なにもここじゃなくても……」


「ほむ。確かに寒いです。でも、この迫力を文字にして残してみたいので」


「写真をそんなに撮ったのにか?」


「ほむ。それはそれです。なにしろ、写真には音も匂いも寒さもありませんから」


「…………」


 泊の丸い瞳が、どこか挑戦的に、そして意欲的に輝いている。

 そんな明眸に、営野は思わず目を奪われてしまう。

 たまに見せる泊の熱い色。

 それは年相応ではなく、大人顔負けの戦う者を思わせる。


「どのぐらいかかるんだ?」


「わたしも寒いので、三〇分……いや、二〇分ぐらい?」


「そうか。なら、俺もここでしばらく滝を見ているよ」


「ほむ。無理をなさるな、ご老体」


「舐めんなよ。こちとら、バリバリのアウトドア派だからな」


「バリバリ……言いまわしが古い」


「君に言われたくない……。それに、別行動になっても連絡が取れないから困るだろうが」


「ほむ、そうでした。なら、まずは電話番号を教えてください」


「断る」


「間髪いれずに断った!? 連絡先を教えてくれる約束ではないですか!」


「メアドぐらいは教えてやる。だからって、電話番号まで教えてもらえると思うなよ?」


「なんですか、それ……。体は許しても心までは許さない乙女みたいな言い方しないでくださいよ。わたしとソロさんは、一緒にお風呂にはいった仲ではないですか」


「おっ、おい……言い方が……」


「よかったら、一緒に今日もお風呂にはいりましょう。どうせ泊まる場所も同じなんですし」


「だから、言い方! まじ捕まるからやめろ!」


 滝の音で周りには聞こえないと思いながらも、年甲斐もなく「絶対にあとでいじめる」と心に誓う営野であった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

【袋田の滝】

https://www.ibarakiguide.jp/db-kanko/fukuroda_falls.html

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