第四泊「ソロキャンプが好きだ。しかし、他のキャンプも好きだった」
キャンプ村やなせ
第一話「独りは嫌だった。しかし、一人は楽しかった」
一言で「キャンプ」と言っても、実際にはいろいろなスタイルがある。
これは、例えば「構成」と「目的」でわけることもできる。
まず構成だが、基本的には参加メンバーの話である。
一人ならば、ソロキャンプ。
家族ならば、ファミリーキャンプ。
グループならば、グループキャンプ。
規模が大きくなれば、組織キャンプ。
呼び方に決まりがあるわけではないが、大きくわけるとこのようになるだろう。
次に目的だが、これは「なんのためにキャンプをするのか」という命題になる。
自然を楽しむため。
観光のため。
仲間との親密度を高めるため。
社会性を身につけるため。
目的はいろいろあるが、人数が増えるほどこれを明確にしないとキャンプというプラン自体がグタグタになりやすい。
特に大人数の組織キャンプでは、この目的の定義は必須と言っても過言ではない。
そのため教育目的などで行われる組織キャンプでは、総責任者たる【キャンプディレクター】と呼ばれる者を頭にして、準備や管理を行う【マネジメントディレクター】や、現地での細かい行動計画を立てて実施する【プログラムディレクター】等を配置し、全体のプロジェクトマネージメントが行われることもある。
この場合は準備も念入りに行われ、下見により危険な場所がないかの実地確認、キャンプ場との打ち合わせなどもなされる。
一方でソロキャンプの場合は、そこまで大規模な前準備が必要となることはないだろう。
目的の多くは「自分が楽しむため」に集約されるからだ。
ただ、その楽しみ方はいろいろとある。
ひたすら自然の中に身を置いて、その時間を静かに楽しむスタイル。
テントを拠点として、周辺の観光も楽しむスタイル。
最低限の装備で徒歩と電車を使って、ミニマムに楽しむスタイル。
オシャレな装備をそろえて車で運び、雰囲気を楽しむスタイル。
キャンパーの数だけ、楽しみ方はあるのかもしれない。
ちなみに泊曰く【ソロ】こと営野は、どの楽しみ方も好きだったが、一番好みなのは「一人で自由に楽しむキャンプ」というものである。
なぜ一人なのかには、もちろん理由がある。
そもそもキャンプ自体は、幼い頃に亡き両親に何度か連れて行ってもらった経験がある程度だった。
それが自分一人で行くようになったのは、家族で過ごしていた家に
両親との思い出が詰まった広い家にいると、どうしても「独り」ということを意識する。
だからと言って、その思い出の家をすぐ捨てられる気分にもなれないし、引っ越しとて簡単なことではない。
ならば気分転換ぐらいの感覚で、もともと「一人」を前提とし小さなテントに泊まれば、逆に「独り」を意識しないのではないかと考えたのだ。
言い換えれば、「独り」を忘れる時間が欲しくて「一人」になった。
つまり泊に偉そうな事を語ったが、営野も最初は「孤独」から逃げたかったのだ。
だが、ソロキャンプをくりかえすごとに、一人でいる時間を楽しむ事ができるようになっていた。
いつのまにか自然の中でテントを張ると、不思議と心が安まるようになっていたのだ。
それからというもの、高校に行きながらアルバイトとキャンプに明け暮れた毎日。
友達と遊びに行くだとか、恋人を作りデートするだとか、そんなこととは無縁の生活を送った。
おかけで彼は、かなり変わった青春時代を過ごしていたと言えるだろう。
その後、大学に入ってから彼は起業する。
おかげでしばらくは忙しく、なかなかキャンプに行けなかったこともあった。
それでもなんとか時間をひねりだし、たまにだがキャンプを続けていた。
ただそのような状態だと、急な仕事で帰らなくてはいけないこともある。
出発の時間も仕事の都合で変わることもあり、電車の予定も立てにくかった。
さらになにかあった時のため、仕事道具たるパソコンを用意しておく必要があり、荷物は多めとなっていた。
結果的に車が必要となり、彼のソロキャンプスタイルは、オートキャンプに落ちついていた。
(まあ、それが不満ではないのだが……だけど、今回もやりすぎたか……)
目が覚めて眼前にあるテントの天井を見ながら、そんなことを考える。
車だと、なんだかんだとつい荷物を増やしてしまう。
特にテントが問題だ。
DOD製【タケノコテント】ほどではないが、今回のスノーピーク製【ドッグドームPRO.6】も正直やり過ぎたと思っている。
泊にも説明したが、もともと一人で使うテントではないのだ。
本来なら、もう少し小さいテントにするべきなのに。
(でも、試したくなるんだよなぁ)
誰かに「なぜ?」と聞かれれば、「仕事としていろいろなキャンプ用品を使っておく必要があるから」と答えるが、半分以上は建前だ。
真の理由は単純。
キャンプギアが好きなのだ。
新しいアイテムを見れば、欲しくなるし使いたくなる。
そして、ついつい買ってしまう。
しかも、独り身でそれなりの収入があるときている。
止める人も、止めなくてはならない理由もない。
いわゆる「キャンプ沼」にズブズブに沈んでいるのだ。
しかし、キャンプ用品というのはとにかく場所をとる。
その中でも大型のテントは、収納場所に困ってしまう。
実際に彼も、自宅の一部屋をキャンプ用品倉庫化してしまっている。
本来なら、使わないテントは処分してしまうべきかもしれない。
(でもまあ、このテントもそのうち家族ができれば使うかも……ってか、俺に家族できるのか?)
もしかしたら自分が広いテントを買ってしまうのは、一人ではなく家族でキャンプを楽しみたいという心の表れなのかもしれない。
などと考えるが、反面でそんなわけもないかと思ってしまう。
営野はここしばらく、結婚どころか恋人を作ることさえ避けていた。
最後に恋人ができたのは、会社が急成長し始め、大学でも少し有名になりつつある時期である。
そんな中、学内美人ランキングで五本指にはいる女性から告白されたのだ。
当時は何も考えず、そんな美人から告白されたのだからとつきあい始めた。
しかし、別れはかなり早いタイミングで訪れる。
原因はいろいろあるのだが、その最たるものが皮肉なことに「キャンプ」だった。
つきあって、しばらく経った時のこと。
営野の趣味がキャンプだと知った彼女が、一緒にキャンプに行きたいと言いだしたのだ。
ソロキャンプが好きだった営野だったが、別に気の知れた友達となら、一緒にキャンプすることも嫌いではない。
それが恋人となれば、当然そういう流れになっても不思議はないだろうし、断る理由もなかった。
だから、彼女をキャンプに連れて行ったのだ。
しかし、彼女にキャンプは合わなかった。
特に夏に連れて行ったのがまちがいだったのかもしれない。
陽射しの暑さも、虫の多さも、彼女の希望でやったバーベキューの熱も、炭の片づけや汚れも、風呂の遠さも、テントの小ささも、寝袋の寝にくさも、その他の不便さも、全て彼女の予想を上回っていたらしかった。
たぶん彼女の中では、もっとオシャレで簡単で楽しいイメージだったのかもしれない。
思い返してみれば、金回りがよかった営野に彼女は、大きくオシャレなテントが用意されて、料理も豊富で簡単にできる……そんな豪華なキャンプであるグランピング的なものを期待していたのかもしれない。
それ以降、彼女はキャンプに行きたいとは言わなくなったし、営野も誘わなくなった。
しばらくは都内のオシャレなスポットでのデートをしていたが、休みになると営野はソロキャンプに行くため、彼女と逢う時間が減ってしまった。
結果、二人の関係は終わってしまったのだ。
(なんか久々に思いだしてしまったな……)
寝袋から起きあがると、ソロは固まっていた体を伸ばす。
腕時計を見てみると、五時ちょっと。
インナーテントの入り口のチャックを開けると、ひんやりとした空気が中に入ってくる。
外は青白い薄い明かりがすでに広がっていた。
(やはり朝はかなり冷えるな……)
これから本格的な冬がやってくる。
それに合わせてそろそろ、ストーブ等の冬装備をそろえなければならない。
トンネル状の入り口から出て、タープの下で体をもう一度、伸ばす。
そして、そのまま横に視界を動かす。
(お。もう起きていたのか)
少し離れたグレーのテントは、すでにキャノピーがはねあげられていた。
風よけのためか、体は前室にほとんど隠れていたが、チラリと彼女の足らしきものが覗いている。
今はそこで、あの持ち前の集中力を発揮し、キーボードに手を走らせて執筆しているのかもしれない。
(寒いからインナーの中でやれば……まあ、この趣を楽しまないのはもったいないな)
川と反対から照らされ始めている朝焼け。
少し歩いて川面を眺めれば、まだ弱い光をそれでもキラキラと返し始めている。
そして川向こうの木々の上に流れる霞み。
もしかしたら泊は、この景色を早起きして日の出から楽しんでいたのかもしれない。
(今日も天気は良さそうだ。予定通り、滝を見に行くか……)
最初の頃はわりとキャンプ場で大人しく過ごしていることが多かった営野だが、いつからか近くの観光スポットや道の駅などに足を伸ばすことも多くなった。
今日も近くにある日本三大名瀑の一つ【袋田の滝】を見に行くつもりだった。
そのついでに昼は外食で済ませる予定だ。
わりとキャンプ経験のない人には勘違いされやすいが、朝昼晩と三食きっちり自炊するパターンは少ない。
どこかで手を抜かないと一日の多くが調理と片づけに消費されてしまうのだ。
そのため三食のどれかを簡単なキャンプ料理にするか、インスタント食品を利用するか、または外食で済ませるパターンが多いのだ。
営野の場合、近くにその地域の名物やおいしい物があれば、フットワークかるく車を走らせることが多かった。
(食いしん坊という意味では、泊のことを言えないかもな……)
がんばって執筆しているであろう泊のテントを一瞥してから、彼は二杯分のモーニングコーヒーを淹れる準備を始めるのだった。
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