道の駅・常陸大宮~かわプラザ~
第五話「肉ざんまいと決めていた。ところが、魚も捨てがたかった」
(ほむ……。テンションあがること、この上マックス!)
泊はその建物を見てつい鼻息を荒くする。
青い空の下で、大きく横にアーチを描くように伸びる黒い屋根は迫力満点。
その前に敷かれた白磁色や薄墨色のタイルが、明るく清潔な雰囲気を抱かせてくれる。
【道の駅・常陸大宮~かわプラザ~】
https://www.michieki-hitachiomiya.jp/
建物の看板に書かれてたその文字を見て、泊はひとりでうなずいた。
常磐自動車道を那珂インターチェンジで下りてから北へしばらく走った場所。
ここが本日、二番目のチェックポイントである。
(わりと新しいのか……デカくてきれいだな……)
建物近くの駐車場に荷物いっぱいの愛車PS二五〇をとめると、周りを改めて見回した。
駐車場も敷地もかなり広い。
周囲に建物も少ないせいで、実際よりも広大に感じられているのかもしれない。
(左からトイレ棟に、お約束の直売所……。右はイベント? 公園もあるのか……)
建物右手では、出店が並んでなにかイベントらしきものをやっていた。
そしてその先には、芝生がひろがり、滑り台などの遊具が少し並んでいる。
(ほむ。これはのんびりできそうな場所……)
とりあえず建物の中に入ってみる。
正面にまず見えたのは、テーブル席。
さほど広くないが奥にはガラス戸があり、外から多くの明かりを取りこんでいた。
そのガラス戸の先に見えるのは、テラス席と鮮やかな緑の地面。
(フードコート……いいではないか、いいではないか、奥さん!)
誰にも聞いてもらえないオヤジっぽいネタを心の中でつぶやきながら、今度は左手を眺める。
そこには、瑞穂牛の店、麺の店が並ぶ。
(ほむ……出たな、瑞穂牛!)
左奥にはレストランがあるらしい。
(ほむほむ……昼飯は豪華にそこか!)
そして右手には、ジェラートの店。
(ほむほむほむ……ジェラートはデザート!)
泊の興奮度は、空腹度に比例する。
先のサービスエリアで我慢した分、頭の中まで胃袋になった泊のテンションはどこかおかしくなっていた。
(だが、その前に……)
テラス席に出てみることにする。
そこは、かなりしゃれたカフェテラスだ。
この季節でも強い日差しの中、丸いテーブル席にベージュのパラソルが生えて濃い影を落としている。
その先には煉瓦模様の石畳が続き、周囲の芝生の緑とのコントラストが鮮やかだ。
少し離れたところには、わずかに赤味を帯びた森の木々。
そして、その手前に横たわっているのは、空を映しだす川だった。
(ほむ。これはすごいな……)
川の流れは穏やかで、わりと浅いのだろう。
水遊びをしている人たちもうかがえた。
少し歩いてみると、屋根の下にいくつものテーブルが並んだ施設もある。
(……なんだろう?)
看板があるので近くへ寄ってみる。
どうやら予約制のバーベキュー用のレンタルスペースらしい。
スマホで詳しく調べてみると、基本的な道具は貸してもらえるし、食材は道の駅で買えるし、値段も非常に安いときているので、かなり手軽に楽しめそうである。
ちなみに体験農園などもあり、季節によっては鮎釣りも楽しめるそうだ。
これなら、一日ゆっくりと楽しめそうな内容である。
(川と緑を楽しみながらバーベキューが手軽にできる……ほむ。今度、二人と来てみるか)
適当に周辺の写真をとり、到着報告として遙に送信する。
しばらくして返ってきたのは、「OK」を現すウサギのアイコン画像。
(ほむ。忙しそうだな……)
遙が画像で返事をしてくる時は、なにか用事がある時か、周囲に誰かいる時がほとんどだ。
きっとまだ「行軍中(?)」なのだろうと思い、それ以上は特にコメントしないことにする。
(レストランのメニューは……)
室内に戻ってから、レストランの入り口に向かった。
そこに貼りだされたメニューを前に、うまい物はないかと目を皿にする。
(ぐへへへ。今回のキャンプは肉攻めだぜ。瑞穂牛は今夜のバーベキューにしてやるのだ。今は茨城ローズポークあたりで……ん? こ、これは……)
空腹から、よくわからないキャラクターになりつつあった泊の目に飛びこんできたのは、「鮎」という文字。
(鮎天ざるそば……鮎天重……鮎御前(※1)……)
かりかりの衣を纏った鮎の天ぷら。
まるごと塩焼きされた鮎。
滅多に食べる事のない鮎という魚類が、肉と心を決めていた泊に揺さぶりをかけた。
そう言えば、入り口の近くで串に刺さった鮎の塩焼きが売っていたことを思いだす。
よく見なかったのであまり気にならなかったが、こうなると気になってしまう。
(ほむ、そうか……。裏の川で鮎釣りもできるんだから、鮎も当然名物なのか……)
揺れる。
心が揺さぶられる。
鮎という存在に。
(これは……恋と同じ衝撃!? コイではなくアユだけど!)
そんなラブハートのまま、レストランに突撃する。
細長い作りだが、わりと席の数は多かった。
片面は大きなガラス張りで、外の風景を楽しめるようになっている。
客もわりと多かったが、まだ満席というほどではない。
空いていた席に着くと、決断できぬままにメニューを手にする。
(うぐっ……ここに来て、【ぶな豚生姜焼き定食】とかまで出てきやがったぜ……強敵ばかりだな、茨城……)
メニューを見るたびに、混迷していく思考。
どうして人生は、こうも迷いに満ちあふれているのか。
どうして悟りの道は、こうも険しいのか。
ああ。胃袋が小さいことが悔やまれる。
せめて小さくとも二つあれば、この人生の岐路で苦しまずともすんだのに。
(ほむ……いや、待てよ。どうせなら三つ……いや、四つぐらい胃袋があれば今後も……)
空腹で完全にネジの飛んだ泊は、生きるために大切な食事のメニューを決めることができなかった。
――だが。
そんな泊に、運命の出会いが待っていた。
標準メニューと一緒に置いてあった、ラミネート加工された一枚の紙。
そのたった一枚の紙に、彼女の運命を確定する全てがあったのだ。
「お待たせいたしました。ご注文はお決まりですか?」
「お決まりです。この期間
決定打、それは
やはり「限定」にはめっぽう弱い泊であった。
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(※1)鮎御前 …… 現在はメニューにないらしい。
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※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。
http://blog.guym.jp/2019/04/scd003-05.html
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